R-2021-009
・コレラの流行で始まった水道整備 ・水道の普及により生活は一変 ・老朽化が進む水道施設 ・放置され続けてきた問題 |
コレラの流行で始まった水道整備
日本最初の近代水道は、横浜で始まった。日本は19世紀後半に欧米との交易を積極的にはじめ、外国船を受け入れる港が指定されたが、そこを中心にコレラが蔓延した。横浜で行われた疫学調査の結果、汚染された井戸とコレラとの関係が明らかになり、安全な水の供給が対策として必要であると考えられた。
1885年、神奈川県知事は英国人技師パーマーを顧問に迎えた。彼は英国の工兵中佐(後に少将)で、中国・広東、香港で水道工事の実績を上げていた。相模川と道志川の合流地点の三井(現在の相模原市緑区三井)を水源に水道建設に着手し、1887年10月に給水を開始した。1)
近代水道の特徴は、安全な水を供給するために、緩速ろ過システム(ろ過層の表面の生物群集のはたらきにより水を浄化する)を備えたこと、それまで日本では使用されていなかった鋳鉄管を使用したことにある。鋳鉄管を使うことで有圧の供給が可能になり、汚染水の侵入を防ぐことができた。
その後、他の港湾都市に対して国家的な資金支援が行われ、近代水道の整備が始まり、1889年には水道を規制監督する初めての法律として「水道条例」が制定され、市町村営原則のもとで、全国的に整備が進められた。
2度の大戦の影響で水道の整備は停滞したものの、戦後に施行された日本国憲法には、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」「国は(中略)公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」と明記された。この理念の基に1957年に制定された「水道法」を根拠に、国は自治体に対し資金面での支援を積極的に行った。こうして全国の水道が急速に布設・拡張された。
水道の普及により生活は一変
水道の布設は高度経済成長とともに進み、人々の生活を一変させた。
水道が普及する以前、人々は川、井戸、用水、溜池、天水に生活用水を求めた。女性や子供たちがバケツに入れた水を天秤棒で担ぎ、自宅の土間にある水甕に運んだ。現在は開発途上国で見られる光景が、60年前の日本にあった。
家事を行う主婦にとって、水の利用法に知恵を絞るのは必然だった。たとえば、米のとぎ汁、野菜を洗った水を床拭きに利用し、さらに菜園に用いた。地域においても水源を良い状態に維持するため、共同作業を行ったり、厳しいルールを作ったりして地域ぐるみで水環境を守ってきた。掟を守るためにあちこちに水神様、井戸神様が祀られ、年に一度「水講」(水神への参拝、水場の清掃を行なったのち、酒宴などを設け水利用者同士の親睦を深める)を行うなど、コミュニティー意識は豊かであった。
水道が普及するにつれ、女性や子供は水汲みという重労働から解放された。子供の就学率は向上し、女性の自立が促進され、家庭外で働くことが可能になった。都市部を中心に風呂、洋風水洗便所、ダイニングキッチンを備えた団地が建設された。これらのことが核家族化を進行させた。
この60年間で日本人の生活と文化は劇的に変化し、これを支えたのが経済成長と水道の普及であった。
1950年に26.2%だった水道普及率は、高度経済成長期に飛躍的な拡張をとげ、現在では98.1%(2019年末)に達し、「国民皆水道」がほぼ実現されている。2)
出典:国土交通省水管理・国土保全局水資源部「日本の水」(2014年/https://www.mlit.go.jp/common/001035083.pdf/最終閲覧日2021年11月10日)
老朽化が進む水道施設
2021年10月7日夜に発生した地震の影響で、首都圏ではいくつかの場所で水道が損傷した。松野博一官房長官は、翌10月8日の会見で、「破損は直接的には地震によるものだが、水道管の老朽化と耐震性への対応が十分でないことも課題として認識した」と発言し、水道事業者などに対し、技術的、財政的支援を政府として行っていく方針を示した。
まず、水道の耐震化の実態はどうなっているのか。厚生労働省「水道事業における耐震化の状況(令和元年度)」3)によると、2020年3月末の基幹管路(導水管、送水管、配水本管などの主要な水道管)の耐震適合率は、全国平均で40.9%。都道府県によって差異があり、上位は、神奈川県72.3%、東京都64.5%、千葉県59.3%などだが、下位は徳島県24.4%、秋田県24.9%、鳥取県26.4%となっている。さらに同じ都道府県内でも都市部と地方部では差異がある。老朽化した水道管の入れ替えも兼ねているが、小さな自治体ほど苦労しており、その背景には予算と人手の不足がある。
また、管路以外の浄水施設の耐震化率は約32.6%、配水池の耐震化率は約58.6%であり、地震への備えは十分とは言えない。
次に水道管の老朽化について、厚生労働省によると、全国の水道管の総延長は約72万キロである。法定耐用年数の40年を超えた割合(老朽化率)は、2006年度末時点で6%だったが、年々増え続け、2018年度末には17.6%にまで上昇した。逆に、その年に更新された水道管の割合(更新率)は06年度が0.97%だったが、18年度は0.68%に低下した。毎年約5,000キロが更新されているが、現在のペースでは全てを交換するのに約140年かかる。
法廷耐用年数を超えたからすぐに交換が必要というわけではないが、布設から50年、60年経過した水道管を地道に補修しながら使用しているのが現状だ。4)
そのため年間2万件を超える漏水・破損事故が発生している。
たとえば、2018年6月18日に発生した大阪府北部地震の際は、水道管が破損して水が吹き上げ、21万人が一時的に水を使えなくなった。同年7月4日には東京都北区で老朽化した水道管が破裂し、地面が陥没した。2019年3月には千葉県旭市で断水が発生した。浄水場から水を送る大元の管が破損したため影響が大きく、約1万5,000世帯が断水した。2020年12月には千葉県富津市で水道管が壊れ、約5,000戸が断水した。40年以上前に設置された地下5メートルから7メートルの深い地点の送水管が破損し、工事は難航した。
放置され続けてきた問題
老朽化対策の重要性は、長年言われ続けている。
1995年、同年1月に発生した阪神・淡路大震災を教訓に、「地震に強い水道づくり」を検討してきた厚生省(当時)の水道耐震化検討委員会は、「老朽化した水道管については、向こう五年以内にすべて耐震性のものに更新する」ことを求めた。
その後、2004年にまとめられた「水道ビジョン」5)には以下のような記述がある。
「20世紀に整備された水道施設の多くが老朽化しつつあり、その更新が課題となっている。21世紀は、今後幾度となく繰り返される水道施設の大規模更新・再構築を初めて経験する世紀となる。」「長期にわたる不況や少子化、財政の逼迫、若年の水道技術者の不足等が、安定的な供給を実現する上での大きな課題となっており、事業の広域化・統合等により、経営・技術の両面にわたる運営基盤の強化を図ることが必要である。」
「水道の普及が進み、ほとんどの国民にとって水道が唯一の水の確保手段となっている中で、人々の生活様式や社会経済活動が高度化、多様化した今日においては、災害等により水道が停止した場合の人々の生活や社会経済活動に与える影響は大きく、かつ、深刻である。」と指摘され、「達成すべき代表的な施策目標」として以下が掲げられた。
「・浄水場、配水池等の基幹施設の耐震化率を、100%とする。特に、東海地震対策強化地域(以下、東海地域)及び東南海・南海地震対策推進地域(以下、東南海・南海地域)においてはできるだけ早期に達成する。
・基幹管路を中心に管路網の耐震化を進める。基幹管路の耐震化率)を、100%とする。特に、東海地域及び東南海・南海地域においてはできるだけ早期に達成する。」
さらに2013年3月にまとめられた「新水道ビジョン」6)には以下のような記述がある。
「給水人口や給水量の減少を前提に、老朽化施設の更新需要に対応するために様々な施策を講じなければならないという、水道関係者が未だ経験したことのない時代が既に到来したといえます。」
「水道施設のうち、高度経済成長期に布設された管路の老朽化など、施設の経年劣化が全国的に問題視されており、漏水被害等が全国各地で発生している状況にあります。管路施設からの漏水被害の中には、道路を冠水させ、周辺地域を浸水させるケースもあります。特に都市化の進んだ地域においては、国道等の幹線道路、鉄道の線路敷地、地下鉄や地下街の周辺、河川堤防敷といった埋設環境を考慮した漏水被害防止への対応が大きな課題です。そのような箇所での漏水事故は給水に支障を与えるばかりでなく、人的被害を含め、周辺に甚大な影響を及ぼすことが懸念されます。今後はますます水道施設の老朽度が増すことから、水道施設の老朽化対策は、速やかな対応が求められます。」
実際、東日本大震災の発災後の断水は約257万戸、約5か月に及び(津波地区等除く)、熊本地震後は44万6,000戸、約3か月半に及んだ(家屋損壊地区除く)7)。
こうして見ると、水道インフラの老朽化は、今始まったことではなく、放置され続けている問題ととらえることができる。
更新には費用がかかる。水道料金の引上げにつながる可能性もある。市民の負担の増大については、政治的理由から先送りされがちだ。首長や議員の無理解も多い。水道事業の現状を理解せずに選挙公約に「料金値下げ」を掲げるケースもある。コロナ禍で生活支援策として水道料金減免を実施した自治体もある。料金の減免の財源は何か。減免を実施した自治体の発表では、水道事業の黒字分を料金の減額に回すケースと、一般会計からの繰り入れを行うケースがあった。水道事業の黒字分とは本来、設備の更新に使う資金だ。
水道が布設された昭和の時代には、女性や子供たちが水汲みの労働から解放され、家庭で水をたくさん使える生活ができるようになるなど、市民は大きなメリットを感じた。
しかし、更新のメリットは、その重要さにもかかわらず感じにくい。
水道事業者のなかには、水道料金を引き上げて工事費に充てる案が浮上したものの、住民の理解を得にくいと立ち消えになるケースもあり、行政は、市民の理解を得られるようなコミュニケーションが求められる。
老朽化する水インフラの実態を社会で共有し、将来世代への継承を実現する策を考え、実行すべきだ。次回以降、資金面、人材面から課題を確認していく。
<資料>
1)「横浜水道のあゆみ(概要)」(横浜市/https://www.city.yokohama.lg.jp/kurashi/sumai-kurashi/suido-gesui/suido/rekishi/ayumi.html 最終閲覧2021年11月10日
2)「水道普及率の推移(令和元年度)」(厚生労働省/https://www.mhlw.go.jp/content/000763828.pdf 最終閲覧2021年11月10日)
3)「水道事業における耐震化の状況(令和元年度)」(厚生労働省/2021年2月3日/https://www.mhlw.go.jp/content/10908000/000732891.pdf 最終閲覧2021年11月10日)
4)「水道の現状と基盤の強化について」(厚生労働省/2019年11月11日)
5)「水道ビジョン」(厚生労働省/2004年6月/https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/kenkou/suido/vision2/dl/vision.pdf/最終閲覧2021年11月10日)
6)「新水道ビジョン」(厚生労働省/2013年3月/https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/topics/bukyoku/kenkou/suido/newvision/newvision/newvision-all.pdf 最終閲覧2021年11月10日)
7)「最近の水道行政の動向について」(厚生労働省/2017年9月/https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10900000-Kenkoukyoku/0000203990.pdf 最終閲覧2021年11月10日)
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