R-2022-023
1.野党の公約に踊る「消費税減税・廃止」 2.安倍政権の全世代型社会保障 3.欧州諸国の消費税減税は効果があったのか 4.消費減税の物価軽減効果は多くない |
1.野党の公約に踊る「消費税減税・廃止」
7月10日に行われる参議院選挙、野党各党の公約をみると、物価対策という理由で、消費税について減税や廃止という言葉が並んでいる。
最大野党の立憲民主党は「税率5%への時限的な消費税減税を実施。地方自治体の減収は国が補填する」とした。日本維新の会は「長期低迷とコロナ禍を打破するため、2年(目安)に期間を限定した消費税 5%への引き下げを断行します」、国民民主党は「賃金上昇が物価プラス2%に達するまでは消費税を5%に減税する」、れいわ新選組は「消費税とインボイスの廃止」を公約に掲げた。
消費税減税・廃止を有権者に訴えることで、票がどの程度入ってくるのだろうか、消費税減税・廃止という政策に、国民のどの程度の支持が集まるのだろうか。
2.安倍政権の全世代型社会保障
まず安倍政権が行った消費税引き上げと全世代型社会保障政策について考えてみたい。
2012年の社会保障・税一体改革では、「消費税5%引き上げ分の4%分を財政再建に、1%を社会保障の充実に回す」と三党で合意がなされていた。安倍総理はこの合意を変更し、財政再建に回す分を縮小、消費税を8%から10%に引き上げ、増収分(5兆円強)の半分を勤労世代、子持ち世帯への支援に回すこととした。
これまで消費税の使途は、高齢者医療・介護・年金など高齢世代に偏っていたのだが、これを次のように見直すこととした。
- 幼児教育の無償化―すべての3~5歳児について幼稚園、保育所、認定こども園の費用を無償化
- 待機児童の解消―2020年度末までに32万人分の受け皿を確保
- 高等教育の無償化―低所得家庭に高等教育を無償化
- 年収590万円未満世帯への私立高等の授業料の実質無償化
などを行うことによって、より全世代へと使途を変更したのである。
高齢者を含む国民全員に負担増を求め、その増加分の使途を子育て世代中心にシフトした。さらには教育分野にも使途を拡大した。この政策は、子育て世帯の可処分所得を大いに増加させた。つまり子育て世代にとっては、消費増税の負担増を上回る「受益」があったのである。
大和総研の報告書を見ると、「2012年から2020年の間に2度の消費増税が行われたものの、幼児教育の無償化などにより30代4人世帯の実質可処分所得は2019年より増加し、かつ、2012年時点よりも4.6%高い水準にある」という内容の試算結果が示されている。
安倍政権では若者ほど自民党支持が多かったが、このような消費増税による全世代型社会保障の構築という政策にその理由の一つがあるように思われる。
有権者は、増税により負担が増えたとしても、自分たちに受益となって跳ね返ってくる(還元される)と実感すれば、その負担を受け入れる素地を持っているということを示しているといえよう。
アベノミクスは、想定したトリクルダウンは生じず、成長戦略も今一つで恒久的な賃上げにはつながらなかったが、子育て世代の可処分所得を増やすという点には効果があったといえよう。
3.欧州諸国の消費税減税は効果があったのか
次に消費減税の効果を見るという意味で、実際に消費税減税を行った欧州諸国の状況を調べてみよう。消費税(付加価値税)の本場である欧州諸国では、多くの国がコロナ対策(コロナ禍の経済落ち込みを防ぐための経済政策)として消費税減税を行った。もっとも、消費税率を一律引き下げた国は、ドイツとアイルランドの2か国のみである。
ドイツは2020年7月1日から12月31日までの半年間、標準税率について19%から16%へ、軽減税率については7%から5%へと引き下げた。現在は元に戻っているのだが、外食については 2022年末まで減税措置が継続されている。またアイルランドでは、標準税率が23%から21%に引き下げられた。観光宿泊についての軽減措置は今年8月まで継続中だが、それ以外はすでに元に戻されている。
このような減税の効果・評価について、ドイツのシンクタンク(ifo)やマスコミの論調を見てみたい。
ドイツ最大のシンクタンクであるifoは、ドイツの消費税軽減についての評価レポート「付加価値税の削減は消費を刺激したか」を公表している。概要を筆者が要約すると以下のとおりである。
引き下げによる個人消費の拡大効果は63億ユーロで、そのための財政支出(財源)は200億ユーロであること、引下げ分がすべて消費者に還元されるわけではなく、一部企業の手元に残ったこと、企業は引下げとその後の引上げという2度の事務コストを負担することになったこと、消費税の引き下げが消費者の消費増につながったと答えた人は少数であったことなどから、期待通りの効果は達成されなかった、としている。
次は英国の状況である。英国は外食やホテル、映画館などに限定し2020年7月15日から2021年9月30日まで標準税率の20%から5%に引き下げ、その後12.5%まで引き上げた後、2022年4月1日に標準税率に戻した。これに対してガーディアン紙は、「多くの企業は差額(引き下げ分)をポケットに入れる予定だ」と批判している。
4.消費減税の物価軽減効果は多くない
わが国で、物価対策として主張されている消費税減税・廃止だが、ドイツや英国の状況を見ると、減税分が事業者の手元に残り、消費者に物価の軽減として還元される度合いは多くないようだ。わが国でもチョコレートや菓子のように定価の明記されていない商品が多くなっているが、消費税率の引下げが事業者のマージンとなり消費者に還元されない場合が出てくるので、物価対策としては効果不明な政策と言えよう。エネルギーや農産品など対象をピンポイントした政策の方がはるかに有効だろう。
また税率が引き下がるまでの買い控えや、再引上げの際に起こる駆け込み消費といった混乱が生じ、事業者も2度の税率改定に伴う事務負担を強いられる。消費税は、所得に対する消費税負担割合について逆進性があるが、消費額に対しては比例的にかかるので、高額商品を買う高所得者に減税の恩恵が偏るという点も問題と言えよう。
さらに、消費税について、時限的とはいえ一度減税すれば、元に戻すことは政治的に極めて困難であるというわが国特有の事情もある。
このように、消費税減税・廃止には、様々な問題があり、有権者にそのまま受け入れられるわけではないと考えられる。
NHKの世論調査では、消費税を「引き下げるべきだ」という意見は34%で、「引き下げるべきではない」の47%を下回っている。
野党の公約である「消費税減税・廃止」を行った場合、全世代型社会保障の基盤が大きく緩んでしまうという点について、野党は明確な答えを示しておらず、全世代型社会保障を支える財政的基盤となっている消費税の減税・廃止という公約は、子持ち世代や若者、更には高齢者の心に響かないだろう。