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岸田減税の問題点を検証する—連載コラム「税の交差点」第113回
画像提供:共同通信

岸田減税の問題点を検証する—連載コラム「税の交差点」第113回

November 8, 2023

R-2023-068

1.国民の共感を呼ばない岸田減税
2.モデルは1998年の橋龍「特別減税」
3.「はざま」を作らない給付付き税額控除・デジタル・セーフティネットの検討を

1.国民の共感を呼ばない岸田減税

岸田首相は「成長の成果である税収増を国民に還元する」として、所得税・住民税で1人当たり4万円の減税と、住民税非課税世帯への10万円(世帯当たり、実施済みの3万円を含む)の給付の具体案作りを与党に指示した。給付は11月の補正予算成立後に実施されるが、減税は、来年の通常国会で税制改正法案が成立した後の6月ごろになる予定だ。

今回の岸田減税、国民の支持が低い。日経新聞の世論調査では、65%が「適切でない」という回答をしており、驚くべき数字だ(1030日朝刊)。他の大手新聞の社説の見出しを見ても、「意義も効果も疑問が拭えない」(1025日読売新聞)、「選挙対策のバラマキか」(同日、朝日新聞)と、批判的な内容となっている。112日の経済対策も「この経済対策では将来不安が増すだけだ」(113日日本経済新聞)など、散々だ。

国民から受け入れられていない理由はおおよそ以下のことであろう。

第一に、所得減税の大義名分がわからないという点である。デフレ脱却のためというが、世の中はインフレで悩んでいる。物価対策というなら、来年6月の減税では遅すぎる。ちなみに、給付の方も、11月に補正予算が通過して地方自治体から世帯に給付されるのは、来年になるのではないか。

結局、SNSで揶揄された「増税メガネ」のイメージを払拭するための減税、選挙目当てのバラマキと受け止められている。

次に、政策の矛盾である。年末には国民負担増の議論が避けられない。昨年暮れに防衛財源として所得税、法人税、たばこ税での1兆円の増税が決まった。2024年度は剰余金でしのげるにしても、2025年度からは増税を実施しなければ、わが国の防衛は国債頼みの「張り子の虎」になってしまう。

年末に決める異次元の少子化対策でも1兆円の財源が問題になっており、支援金(仮称)制度の創設により対応することとなっている。支援金(仮称)の中身は健康保険料の上乗せで、労使折半の負担増(といっても国民健康保険については本人負担増だけ?)が予定されている。減税する財源があるのなら少子化対策に使うべきだ、というワイズスペンディングからの批判もある。

もっと言えば、コロナ対策で膨張し、毎年財政赤字が累積する中、増収は、新たな借金(国債発行)を少しでも抑えるために活用すべきだという意見もある。筆者の意見はこれだ。

このように、負担増と減税という真逆の方向の議論が行われることは、政策の信頼度を低くする。

2.モデルは1998年の橋龍「特別減税」

岸田減税のモデルは、1998年に橋本龍太郎総理(当時)により行われた特別減税だ。筆者は主税局総務課長としてこの減税を担当したので、当時の話を思い起こしてみたい。

まずは経済情勢である。国内では199711月に山一證券や北海道拓殖銀行が経営破綻、韓国をはじめとするアジア諸国では外貨準備が払底するなど金融危機が生じていた。同年1217日、ASEANの会議に出張中の橋本総理から大蔵省主税局長(当時)に連絡があり、「日本発の世界恐慌の引き金を引かないために、特別減税を緊急的に講じたい」という指示が寄せられた。

すでに前日の1216日の与党税制調査会では、減税は行わないという決定をしたばかりだったので、われわれ関係者は、急な政策変更に驚くとともに、どうすればタイムリーかつ有効な減税を実施することができるかの検討に入った。結果、本人2.6万円(所得税・住民税)、配偶者や扶養親族は1人当たり1.3万円(同)、規模は2兆円の減税となった。

異例と言われるのは、以下の2点である。

・1点目は、世帯単位の減税であるという点だ。税制は個人単位なので、税を負担していない配偶者や扶養親族まで「減税」するというのは論理的に問題があるが、経済対策としての緊急性が勝った。

2点目は、ワンショットで、源泉徴収で返すという点だ。源泉徴収義務者(事業主)は、1月に社員から提出される扶養控除申告書に基づき減税対象者を確認・特定して、2月の源泉徴収額から減税分を控除する。引ききれない場合には、3月からも控除する。転職する者には、転職先に証明書を発行する。給与支払明細書に、特別減税であることを明示するなど、国税庁や事業者をも巻き込んだ減税であった。

様々な工夫をして実施した減税であったが、わが国経済はつるべ落としのように悪化していき、その年の8月の源泉徴収から同規模の減税を追加的に行うこととなった。それでも経済は好転せず、平成10年の暮れに小渕恵三総理(当時)による6兆円規模の定率減税(いわゆる恒久的な減税)につながった。小泉内閣の時代の18年に半減され、第一次安倍内閣により廃止された。

当時の財政当局に身を置いた個人として、金融危機の経済に及ぼす影響の深刻度を十分理解できていなかったという反省がある。

3.「はざま」を作らない給付付き税額控除・デジタル・セーフティネットの検討を

今回の岸田減税、筆者が最も問題だと思うのは、給付と減税との組み合わせで、「はざま」に落ちる人たちが数百万人(新聞情報)存在することだ。例えば住民税は課税されているので給付金10万円はもらえないが、所得税の負担は4万円以下なので給付金と比べて不公平だという者たちだ。

財務大臣は1027日の記者会見で、「この狭間にいる方の数につきましては、例えば住民税の均等割のみの課税の方が約500万人、それから定額減税の恩恵を十分に受けられないと見込まれる所得水準の方々が約400万人という数字です。」と答えている。
鈴木財務大臣兼内閣府特命担当大臣閣議後記者会見の概要(令和5年10月27日(金曜日)) : 財務省 (mof.go.jp)

この問題を根本的に解決するには、筆者がこの論考でたびたび提案してきた「給付付き税額控除」をわが国で導入し、減税と給付が一体的に行われるセーフティーネット、つまりデジタル・セーフティネットを構築することが必要だ。
【政策研究】全世代型の社会保障の構築に向けての提案 | 研究プログラム | 東京財団政策研究所 (tkfd.or.jp)

「給付付き税額控除」は、麻生内閣時に検討され、2007年11月の税制調査会答申「抜本的な税制改革に向けた基本的考え方」には以下の記述がなされた。

「近年、アメリカ、カナダ等の諸外国では、給付と組み合わされた税額控除制度が導入されているが、我が国でもこうした制度の導入を検討してはどうかという議論がある。・・・若年層を中心とした低所得者支援、子育て支援、就労支援、消費税の逆進性対応といった様々な視点から主張されている。・・・国民の安心を支えるため・・・議論を行っていくことには意義がある」としつつ、課題として「正確な所得の捕捉方法」を上げ、今後「議論が進められていく必要がある」と。 

その後社会保障・税一体改革のスタートともいえる2009年の所得税法等改正法附則第104条3項に、給付付き税額控除(給付と税額控除を適切に組み合わせて行う仕組みその他 これに準ずるものをいう。)の検討」が書き込まれた。

直後に民主党に政権交代したが、三党合意を経た2012年の税制抜本改革法第7条に、消費税の逆進性対策として「給付付き税額控除」が明記された。(消費税アーカイブを参照) 課題は「正確な所得の把握」だったが、2016年にマイナンバーが導入され、正確な所得把握の条件は整った。

今回の減税と給付の「はざま」に落ちる者の問題を契機に、わが国に突きつけられた課題である。マイナンバーとIT技術を活用したデジタル・セーフティネットとして、前向きな検討を期待したい。


参考
拙著「日本の消費税 社会保障・税一体改革の経緯と重要資料」(2022年中央経済社)
拙稿「デジタル・セーフティネットの現在地―国税DX、記入済み申告、プッシュ型給付」――連載コラム「税の交差点」第101回 | 研究プログラム | 東京財団政策研究所 (tkfd.or.jp)

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