R-2021-013
不動産価格の高騰を理由に、中国不動産バブル崩壊の可能性についていわれて久しいが、人口が多いことと強い需要が見込まれることから、中国国内ではこのバブルは崩壊しないと広く信じられている。しかし、世の中には潰れないバブルは存在しない。
そもそもバブルが発生する背景に、投資家がキャピタル・ゲインを追求するあまり、増大するリスクを無視するrent seeking(超過利潤を追求する行為)がある。一般的にバブルの膨張を助長するのは、マーケットにおける情報の非対称性と投資家の投機行動である。
中国は古い国だが、市場経済についていえば、若い経済である。社会保障制度が十分に整備されていないため、人々は老後の生活を心配して、当座の消費を控え、できるだけ貯蓄を増やそうとする。結果的に、一般家計の貯蓄率は30%にも達しているといわれている。問題は、このように莫大な金融資産が家計に蓄積されているにもかかわらず、安心して投資できる金融商品と金融市場がないことである。結局のところ、富裕層は不動産価格の上昇を見込んで、不動産投資を積み増ししている。
中国の不動産開発を中心とする都市再開発が始まったのは1990年代半ば以降だった。「改革・開放」が始まったのは1978年であるが、都市再開発が遅れたのは土地が公有制であり、自由に売買できなかったからだ。1990年代半ば以降、土地の所有権と使用権(定期借地権:宅地の場合、最長70年間)が分離され、土地の使用権が払い下げされるようになった。特に、胡錦涛政権(2003-2013年)になってから、土地使用権払い下げによる売り上げは各々の地方政府の財源にすると決められた。
この決定のそもそもの目的は、各々の地方政府が管轄する社会保障ファンドの資金が不足がちであったため、土地使用権払い下げによる売り上げをもってそれを補填することだった。しかし、ガバナンスが構築されていないため、多くの地方政府はこの貴重な財源を、巨大な役所建物の建設に投じている。要するに、地方政府の財源は増えたが、社会保障機能は十分に強化されていない。
逆に中央政府のこの決定は、不動産バブルをさらに助長してしまった。なぜならば、地方政府は財源をさらに増やすために、不動産デベロッパーと結託して、地上げに走ったからである。中国で開発され販売されているマンションの価格のうち、土地使用料は全体の4~6割を占めるといわれている。論理的に考えれば、一定の面積以内であれば、中央政府は公有制(全人民所有制)の土地使用権を自国民(人民)に無償で譲渡しないといけないはずである。たとえば、現在、中国都市部の一人当たりの居住面積は30㎡超であるため、一人当たり30㎡まで土地使用料が無償でなければならないはずである。30㎡を上回った分については市場価格で購入しなければならないとしても、公有制の土地を自国民に買わせるというのは論理的には通じないはずである。
しかし、現状ではマイホームを購入する人も不動産投資を行う人も、まず、土地使用料を負担して、そのうえ、建物を購入しなければならない。厳密にいうと、不動産バブルは土地バブルといって過言ではない。
ここで、不動産デベロッパーによる開発についてみてみよう。
中国の不動産デベロッパーは、ごく少数を除けば、多くが民営企業である。これらのデベロッパーは土地使用権の入札にあたって、それを担保に国有銀行から融資を受ける。落札された土地を開発するにあたり、さらに国有銀行から資金を借り入れる。マンションなどを開発すると同時に、一般販売を行う。国有銀行からみれば、デベロッパーの不動産開発は必ず売れると思われ、ノーリスクとされている。しかも、中国政府は不動産開発を軸とする都市再開発を経済発展のボーナスと位置付けており、政策的にバックアップしている。
李克強首相は農家の一部を都市部に移住させる都市化を推進している。農家が都市部に移住するとき、必ずマイホームを購入しなければならない。これこそ都市化ボーナスといわれるゆえんである。このように論点整理を行えば、確かに中国の不動産価格は高騰しているが、不動産バブルが崩壊しそうにないと思われてもさほど間違った判断とはいえない。
問題は不動産デベロッパーが借金して不動産を開発し、一般個人も借金してマイホームを購入することである。不動産開発と不動産市場が債務チェーンによって結ばれている。その川下に位置する個人は、コロナ禍をきっかけに給料が減る可能性が出てきた。不動産デベロッパーにとって、高額の土地使用料を払って開発されたマンションなどの不動産は当然高い物件になるが、個人がそれを購入してくれる限り、このゲームが続く。しかし、個人の給与などの所得が減少すれば、高額の不動産物件が売れなくなり、それは不動産バブルが崩壊することを意味する。ある意味では、不動産バブルはババ抜きのゲームといえる。
振り返れば30年前に、日本では不動産と株式を中心とする資産バブルが崩壊した。その後、日本は失われた20年を喫した。いまだに日本経済はなかなか本調子を取り戻すことができずにいる。ただし、日本は20年を失ったといわれているが、技術力を完全に失ってはいない。
目下の中国経済をみると、2021年第3四半期の経済成長率は第2四半期の7.9%から4.9%と大きく落ち込んだ。中国人民銀行(中央銀行)・貨幣政策委員会の劉世錦委員は、このままいけば、第4四半期の成長率が4%を下回る可能性が高いと警鐘を鳴らしている。こうしたなかで、不動産バブルが崩壊した場合、中国経済はハードランディングする公算が高くなる。
世界経済を鳥瞰すれば、日米欧など世界主要国経済は中国に大きく依存している。リスク管理の基本は、最悪な状況を想定して対策を事前に用意することである。目下の世界経済はポストコロナ禍の弱い需要と世界的な原油高に加え、チャイナリスクの影響が心配されている。
特に、日本は外交と安全保障についてアメリカに依存しているが、経済は中国に完全に依存している。ここで、日中経済のデカップリング(分断)は現実的に不可能である。ある意味では、日中経済は運命共同体といっても過言ではない。中国にとっては、かつて日本が経験したバブル崩壊が貴重な教訓となる。また、景気下降期における景気刺激策のあり方も中国にとって大いに参考になる。日中両国は経済協力の可能性が十分にあると思われる。
むろん、グローバルサプライチェーンの再編において、日中は利益相反の局面も予想される。これからの世界は米ソ冷戦時代と大きく異なり、競争と協調が同時に起こり得る。今後の日中関係は、まさに競争と共存が同時に起きる時代に入っていく。両国の政治指導者の政治的手腕と知恵が試されることになる。