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第2回 菊池明敏さん(総務省経営・財務マネジメント強化事業アドバイザー/元岩手中部水道企業団局長) 水みんフラ卓越人材を探せ
October 25, 2024
R-2024-047
第2回 菊池明敏さん(総務省経営・財務マネジメント強化事業アドバイザー/元岩手中部水道企業団局長)
1.水みんフラ卓越人材の活動概要 |
1.水みんフラ卓越人材の活動概要
2014年に、4つの水道事業を統合し創設された「岩手中部水道企業団」は、日本初の広域統合事例として新たな水道事業のあり方を世に示した。その中心にいた一人が同企業団二代目局長を務めた菊池明敏氏である。全国の水道事業は、人口減少に伴う使用水量の減少によって際限なく減収していく。一方で、高度成長期に大量投資した施設設備が老朽化し、収入減少下の大量更新投資が必要になっている。今後は社会の縮小に合わせて施設等の削減を行わなければ水道経営は成り立たない。岩手中部水道企業団はこの状況に対処するため、広域統合および施設等の削減(ダウンサイジング)を全国に先駆けて行った。今年で統合から10年間になるが、約250億円の将来費用を削減することに成功した。
岩手中部水道企業団の特色は人材育成にある。多くの自治体では職員が他の部署に定期的に異動し、水道事業に関する専門性の蓄積が困難となっている。しかし、岩手中部水道企業団は「特別地方公共団体である一部事務組合」として専任職員制度を採用しており、職員が水道業務に専念する。この結果、高度な専門性を持つ職員が長期的に水道事業に従事し、次世代の水道事業を担う水みんフラ卓越人材チームの育成と確保が可能となる体制ができた。
2.水みんフラ卓越人材プロフィール
菊池明敏さん:1991年、市町村合併後の岩手県北上市役所に入庁。財政課、企画課などを経て、2001年に水道部営業課。2014年、岩手中部水道企業団創設に伴い移籍、2015年に二代目局長に就任。2022年に同企業団の参与職を退き、現在、総務省の経営・財務マネジメント強化事業アドバイザー事業を主として、全国の上下水道事業における「広域化」「料金改定」「公営企業法適用(複式簿記、企業会計化)」「経営分析と経営改善に向けた具体的なアドバイス」などに従事。共著に『地方公営企業経営論』(関西学院大学出版会)、『水道が危ない』(朝日新書)など。
3.水みんフラ卓越人材にせまる一問一答
(1)取り組みの内容とそれをはじめたきっかけを教えてください。うまくいってうれしかったことを教えてください。
「水道事業の将来をシミュレーションすると経営存続は難しかった。そこで水道事業の広域統合と施設削減に取り組み、成果を上げることができました」
2007年、岩手県北上市で下水道課に異動したとき「隠れ赤字」に気づいた。官庁会計上は、年10億円近くの使用料収入が支出を少し上回り黒字。しかし古くなった施設の更新費など減価償却費が計上されておらず、年6億円の赤字だった。すぐ市長に直訴すると、民間企業出身の市長はすぐに「事実上の破綻」を理解した。そこで約25%の使用料値上げを決断し、同時に下水道事業の縮小を図った。その結果、年間20億円の下水道事業が2億円まで激減した。
下水道は地元業者の主たる仕事だ。北上市で下水道事業を10分の1に削減したことで倒産する会社も出た。いまでも「トラウマ」だが、もっと早く対処できていれば被害を抑えられたという後悔もある。1)
水道事業も同様で、人口減少時代に安定的な経営を目指すには施設等の削減が重要になる。そのためには広域統合が有効だ。私は岩手中部水道企業団の局長として、岩手県北上市、花巻市、紫波町の3市町及び用水供給企業団の4つの水道事業の広域統合を実施した。3市町は独自に水道事業を行なってきたが、多くの自治体同様、経営は苦しかった。人口減少が進み、水道施設や水道管は老朽化が進んでいた。施設更新すれば事業費がかさみ、料金を大幅に上げざるを得なかった。水道事業は装置産業だから施設を減らすコスト削減効果は大きい。岩手中部水道企業団では広域統合、施設削減の結果、統合からの10年間で約250億円の将来費用を削減することに成功した。
岩手中部水道企業団は「平成28年度優良地方公営企業総務大臣表彰」を受賞(写真提供:菊池明敏氏)
(2)最初にどんな困難に直面したかを教えてください。
「関係者の説得に多くの時間が必要でした。説得材料として有効だったのは将来予測です。広域統合した場合としなかった場合の30年後の予測データを見せました」
事業統合までには10年という長い時間がかかった。数々の困難があったが、最初に直面したのは関係者の説得だった。事業体の担当者、部課長、首長などを順番に説得した。首長を説得すると住民や議員の理解も得やすくなった。
説得時に効果を発揮したのが将来予測データだった。3市町が単独で事業を続けた場合、広域統合を図った場合の料金を長期にわたり算出した。 単独で事業を続けると紫波町では1000リットル当たり200円から360円に上昇。1世帯の1か月の平均的な使用量とされる20立法メートルで比較すると、月額4000円から7200円に上がる。一方、広域統合すると1000リットル当たりの料金は2038年まで230円。このデータを見た3市町の議会は全会一致で広域化に賛成した。2) 住民説明会でも同様データを見せ、「子供や孫に負担を残しますか、それとも統合を進め、明るい未来を選びますか」と訴えた。
(3)ご自身の活動をやめようと思ったことはありますか?それはなぜですか?
「隣の市から横槍が入り別部署に異動させられました。水道の広域統合を果たせないと思い、心が折れそうになりました」
つらかったのは広域統合計画が進んでいるなかで、別の部署に異動になったこと。他市の幹部から「やりすぎ」「生意気だ」という批判の声が上がったことが原因。時間をかけて進めてきた広域統合に関われなくなり、心が折れそうになった。
(4)そのときに踏みとどまった理由はなんですか?
「仲間たちが私を戻せという嘆願書を書いてくれたことです。私自身も水道事業の重要性や面白さを感じていたので諦めることはありませんでした」
別の部署に異動になって1年が経過した頃、市長に「水道に戻して欲しい」と直訴した。すると市長は十数通の嘆願書を見せてくれた。水道部局の先輩や後輩が市長宛に「明敏を戻せ」という嘆願書を書いてくれた。市長は笑いながら「仕方がないから戻す」と言ってくれた。
私は水道事業に関わるなかで、この仕事の面白さを強く感じていた。役所の仕事のなかで、原因と結果がこれほど直結している仕事は他にないと感じる。自分で予算を付け、重点的に取り組んだ施策の結果がすぐ目に見えてわかるので面白い。これが仕事のモチベーションにつながった。
(5)活動してきて個人にとってよかったことは何ですか?
「いろんな人と知り合えたことです」
入庁後、財政課、企画課などを経て2001年に水道に配属になった。ベテラン技術者たちとの会話は刺激的だった。断水が起こると普段はのんびりしているベテランが突然キビキビと現場で指揮する姿は圧巻だった。市内の水道管路図がすべて頭に入っている彼らが現場で奮闘する姿を見て水道の仕事の魅力を強く感じた。
広域統合では他市の水道職員といろいろ話ができたし、企業会計をやれば監査法人の人ともお付き合いさせていただく。現在は全国の水道事業のアドバイスを行なっているが、全国の水道人と話をするのが面白い。水道人はみんな自分のまちの水道に強い思いをもっている。
水道勉強会やシンポジウム等に登壇する機会も多い(写真提供:菊池明敏氏)
(6)ご自身の活動を若い人にすすめますか? それはなぜですか?
「水道の仕事に自負があります。次の世代に繋ぎたい」
自分たちが積み上げてきた知見は伝承していかなくてはならない。後輩を育てれば彼らが引き継いでくれる。上の世代の思いや経験を、次の世代に受け継いでほしいという気持ちが強くあった。
台風被害調査の現場打ち合わせ(写真提供:菊池明敏氏)
(7)活動をともにする仲間や新たな卓越人材を生むために必要なことはなんですか?
「卓越人材は卓越人材チームから生まれます。つまり専門家集団をつくることが大事。そのために岩手中部水道企業団を全員専門職員にしました。卓越人材に共通しているのは新しい技術や取り組みが好きなこと。何かをやりたいという人が現れたら積極的に挑戦させると良いでしょう」
岩手中部水道企業団は専任職員制度を採用した。最初は「出向でもよいのでは」という声もあったが、私は覚悟を決めた人に来てほしかった。事業開始にあたり水道職員に限らず全職員に移籍希望調査を行い、定員72人に対して65人の職員が役所を退職し、水道のプロとして企業団に移籍した。近年の役所はゼネラリストを育成する方針で動いてきた。役所の文化を作っていくうえで必要だが、並行して水道部門などでは専門人材を確保する必要がある。3、4年で異動していたら専門家は育たない。卓越人材は卓越人材チームという環境から生まれる。
小さな水道事業者のなかには1人の卓越人材が神業的な働きで業務を遂行するケースがあるが、属人化しすぎているし次世代への知見の継承が難しい。そうした事態を避けるためにも広域統合して専任職員を育成する。目指したのは、事務がわかる技術職、技術がわかる事務職。両者がいて水道持続は可能になる。そのために人事交流を行い、昨日まで帳簿を見ていた職員が施設管理を行ったり、漏水管の修繕をしていた技術者が決算を行ったりする。慣れない業務に最初は苦労するが、経営と技術を理解する職員が増えている。技術力の向上とは、日々の施設運転や維持管理だけではなく、経営の技術も含まれる。
また、卓越人材は新しいものが好きで、いろいろなことに興味を持つ。何かを試して成果が出れば、その瞬間に仕事の魅力にはまる。こういう人が未来を切り開く。一歩を踏み出さないと何も始まらない。行動しないと未来は変わらない。私自身新しいことにどんどん挑戦してきた。大きな失敗はほとんど経験していない。たとえば、日本で初めてクレジットカード収納を導入した。リスクはあったが挑戦した。東北初となる包括業務委託をしたとき、その会社の社長(当時)に「随分安価で引き受けた」と言われたが、「リスクを取って実験したのだから恩恵はください」と答えた。挑戦しないと得られない成果は多い。
(8)生まれ変わったら何をしてみたいですか?
「水に関わりたい。水に関わって20年以上になるがいろいろな経験ができ本当に楽しかったです」
水道の仕事はとても重要で、とりわけ災害時に強く感じる。
水道事業は非常に専門性が高く、技術の蓄積が重要。しかし、役所内で頻繁に異動が行われる現在の体制では、専門家の育成は難しい。岩手中部水道企業団のような専門家集団をすべての自治体につくるのは難しいかもしれないが、意識的にコア人材を育成していく必要がある。現場で働く人たちが水道に誇りを持ち、一生の仕事として取り組む姿勢が、今後の水道事業にとって欠かせない。
4.ヒアリングを通じてわかったこと
1.きっかけ
水道事業の広域統合と施設等の削減を早急に行わなければ、事業破綻すると感じた。
2.個人のモチベーション
水道事業ほど原因と結果が直結している仕事はない。自分で予算を付け、重点的に取り組んだ施策の結果が目に見えてわかる。
3.卓越人材を生むために必要なこと
卓越人材は卓越人材チームという環境から生まれる。岩手中部水道企業団は専任職員制度を採用した。3、4年で異動していたら専門家は育たない。長期間働いて知見、技術を獲得する制度やしくみが必要だ。
(2024年6月6日/オンラインでヒアリング)
参考資料
1) 下水道の現在地 下水道事業が自治体経営を窮地に追い込む
https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=4340
2) 水インフラ改革のキーワード1「管路更新と有収率」
https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=3932
水みんフラ卓越人材を探せ
現在まで日本の安全な水の安定供給を支え、水の災禍を低減させているのは、上下水道、農業水利施設、治水施設などの構造物(いわゆるインフラ)、自然生態系や人為的な生態系、それらに関わる人や組織といった要素が組み合わさったシステム全体=水に関する社会共通基盤(水みんフラ)だ。しかし、人口減少、土地利用変化、財源不足、担い手不足、災害の頻発化などのため、持続可能な維持管理が困難になっている。
都市のみならず地方においても、地域に合った「水みんフラ」の再構築による、持続可能な維持管理、突発的な事故や災害への対応体制の整備が急務で、それには「水みんフラ」に関する総合知を習得した卓越人材(水みんフラ卓越人材)が不可欠だ。
本研究ではこうした水みんフラ卓越人材がどのように育成され、彼らを中心とした組織がどのように生まれ、ノウハウがどのように共有されているかをヒアリング、レビューにまとめ、その後、調査研究・集約し、卓越した水みんフラ人材を体系的に育成する方策を提言する予定である。