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「未来の水ビジョン」懇話会6 水みんフラ維持構築のための人材育成とは
画像提供:Getty Images

「未来の水ビジョン」懇話会6 水みんフラ維持構築のための人材育成とは

March 28, 2025

R-2024-117

6回は、福島災害後に保健師向けに実施された人材育成講座を題材に、水みんフラ維持構築のための人材育成のあり方について議論を行う。

2025117日 東京財団政策研究所にて)

1.はじめに〜水みんフラ人材育成の対象と媒体
2.福島災害後の保健師向け出前講座の背景と概要
3.「県内広域型支援」の変遷と工夫点 
4.人材育成の効果をどう測るか?
議論 さらなる課題探求 

Keynote speech(概要)

村上道夫(大阪大学 感染症総合教育研究拠点)

(写真提供:橋本淳司氏)

1.はじめに〜水みんフラ人材育成の対象と媒体

今日は題材としては、水に直接関わりがない話をするが、ちょうど阪神大震災から30年の節目に福島災害(東日本大震災と福島第一原子力発電所事故)の視点も交えて議論できることは意義深い。
今回の未来の水ビジョンプログラムでは、人口減少、土地利用の変化、財源不足、担い手不足、災害の激化といった課題に対応するため、水みんフラに関する総合知を持つ卓越人材の育成が不可欠とされている。その人材については一人ではなくチームとして総合知を持つあり方も考えられるとこれまでの議論で指摘されてきた。また、その育成方法や組織形成、ノウハウの共有方法を整理し、体系的な人材育成方策を提言することがプログラムの趣旨となっている。対象となる人材として、自治体の水関連職員、地域のリーダー、水管理担当者、NPO関係者などが考えられる。人材育成に関わる分野としては、水利学、環境、生態系、景観、治水、渇水、農業、利水、都市計画、防災、保険、コミュニケーション、合意形成など幅広い領域が関係する。地域ごとに異なる課題に応じた柔軟な人材育成が求められる。

人材育成の媒体には、小中高校の単発の総合学習や特定の学校と連携したシリーズ学習、大学の一般教養・専門分野の講義、大学院や社会人向けの講座があるが、ごく近い領域でも隣接分野の知識が不足していることが多い。大学の一般教養の学びは、幅広く展開できる可能性があるが、卓越人材育成につながるかは不明だ。また水みんフラ分野の講師の確保も必要となる。市民講座やセミナー、書籍、テレビ、新聞などのメディアを活用した単発の講演もあるが、関心層が限定される。一方、SNSは広く認知される媒体だが、スピード勝負で仲間を集めていくという側面があり人材育成とは相性が悪いような印象を持っている。

本命となってくるのは、NPO向けセミナーや自治体連携の研修会ではないか。これらは、関係者の育成に有効であり、地域コミュニティの役員などを巻き込み、楽しく意義のある形で関与できれば、新たな層を取り込める可能性がある。研修をシリーズ化し、持続的な関係構築を目指すのが理想的と考えられる。

(村上道夫氏作成)

2.福島災害後の保健師向け出前講座の背景と概要

福島災害後に実施した保健師向け出前講座の経験を共有する。福島災害は、放射線被曝や風評被害の問題だけでなく、長期避難やコミュニティが分断されたことなども要因となって多様な健康影響が生じた「健康影響のオンパレード」とも言える状況である。

避難直後の死亡率増加に加え、6ヶ月以降の災害関連死の増加、糖尿病患者の増加など、多岐にわたる影響が確認されている。特に糖尿病は年齢調整をすると全国的には大きな変化が見られないが、福島では3倍近く増加し、要介護・要支援の方も増えている。

災害関連死の認定は各自治体が行い、医療者や法律関係者も加わって認定理由が決められる。認定理由と死因は別のものであり、理由としては避難の影響、医療ケアの不足、ストレスなどが主に挙げられる。心理的苦痛の増加や自殺率の上昇も確認されており、健康被害は単純に測れないほど多様な要因が絡んでいる。また、避難者だけでなく、避難を受け入れる側にもストレスが生じている点は見落とされがちである。

出前講座は、私が福島県立医科大学に所属していた時にそれまでの取り組みを引き継ぐ形で実施し、リスクへの対処や住民との対話方法、ステークホルダー間の調整を行う保健師のリスクコミュニケーション能力向上を目指した。主な活動は、県内のリスクコミュニケーターの育成と、福島県外の人々への教訓伝達で、下記3タイプの活動を行った。

  • 県内広域型支援:県内の保健師を対象とする災害関連健康リスクをテーマとした出前講座
  • 県内モデル型支援:県内の特定モデル地域での保健師・放射線相談員や住民との共考活動
  • 県外支援:県外の地域医療福祉保健従事者や自治会長ら住民向けの一次避難に関する研修

 

3.「県内広域型支援」の変遷と工夫点

3つの活動のうち、県内広域型支援が今回の水みんフラ卓越人材育成のイメージに近いと考えている。県の保健福祉部と連携し保健師の現任教育の一環として、県内各地の保健福祉事務所で出前講座を実施した。およそ10年にわたり年間約10回実施され、多い時には30種類程度の講義テーマを用意し、事務所ごとに必要なものを選択する形で運営された。現場のニーズは実施時期によって変化し、当初は放射線被曝に関するものへの要請が多かったが、次第に生活習慣病やメンタルヘルス、ヘルスリテラシー、プロジェクトマネジメント(PCM)へとシフトした。

(村上道夫氏作成)

 

福島県が既に行っていた現任教育(現役の保健師に定期的にスキルアップの講座受講を義務付ける)に組み込むことで、福島災害後の健康影響に即した新しい知見や技術を現場に伝達することができた。講義は講義形式だけでなく、話したり手を動かしたりするワークショップ形式も取り入れた。参加の度合いを高め、楽しく参加してもらうには、お菓子の提供が非常に重要だった。

最終年度にはアンケート調査を実施し、受講者のスキル向上や実践への活用度を評価した。結果、ヘルスリテラシー関連の講座を受講した保健師は、住民の意見を前向きに受け止める能力が向上し、職場環境にも良い影響を与えていたことが確認された。

4.人材育成の効果をどう測るか?

知見を現場に実装し、プレイヤーが効果的に活躍できることを目指してきたが、一方でどのような効果があったのか気になるところだ。言い方は悪いが、思い付きのようなプログラムで本当に良いのかという問題があり、効果を評価するというのはその点からも大事だ。

教育効果を測る方法には様々なアプローチがあるが、例えば授業後のレポートや学生の反応から評価することがある。また、東京大学の片山浩之先生からは「管理者的評価」という概念を教えてもらったことがある。大学では年度が変わるとそれまで研究室にいた学生が卒業し、新しい学生が入るため、研究室のパワーが一時的に落ちる。この落差自体が教育の効果を示しているという考えで、何も変わらなければ研究者は何も教育できていないことになる。疫学的評価は集団レベルでの効果を見るという点では、個人でどうかということはさておき、意味があるとは思う。

また、RCT(ランダム化比較試験)を用いた評価もある。RCTは無作為にグループを分け、介入の有無で効果を比較する方法で、教育効果の測定に適している。代表的な例にヘックマンの幼児教育がある。しかし、実際の現場では無作為な割り付けが難しく、関心の高い人が自発的に参加するため、バイアスの影響を受けやすい。RCTではない場合は、共変量の調整を用いることが一般的だが、それでも因果関係を明確に評価することは難しい。マシュマロ実験のように、当初見込んだ調査では共変量の調整が不十分ということが後からわかることもある。

効果の評価は実に難しい。単純にプログラムの前後で比較すればよいというものではない。プログラムと同様に、効果を測るためのデザインも良く練る必要がある。

 

(村上道夫氏作成)

 

福島での実践を踏まえて、人材育成プログラムの設計においては、自治体と連携し、職務の一環として組み込むことが鍵となると考える。関心のある人だけでなく、幅広い層が参加できる形を構築することが重要であり、チームプレーの要素を取り入れた方が拡散につながる。また、学びの楽しさと実用性も重要だ。さらに、地域ごとの課題に対応するカリキュラムの必要性を強調し、受講側が適切な内容を選択できるようにすることが望ましい。10年を目安とした長期的な関与を前提にプログラムを設計することも必要となる。

評価手法としては、「クロスオーバーデザイン」が挙げられる。最初に受講者を2グループに分けて片方に先に実施し、その後もう一方のグループに実施する。実施前後でデータを観測し、比較することで効果を測定する。長期的な影響を測るには、類似した地域と比較し、数年後のフォローアップ調査を実施するのが現実的な手法となるだろう。あるいは、量的研究ではなく、インタビューを行うというのも一つの考えかもしれない。

また、何をアウトカムにするのかというのも本質的な問題だ。そもそも、量的に評価することができるとも限らない。インタビューではその意味でも有用な知見が得られるかもしれない。

繰り返しになるが、人材育成プログラムを行うのであれば、その内容と同様に、どのような効果を測るのかという指標を定めること、ならびに、その効果をどのように測るのかというデザインを事前によく練ることが重要だ。

 (村上道夫氏作成)

議論 さらなる課題探求



「未来の水ビジョン」懇話会について

「未来の水ビジョン」懇話会を結成し、次世代に対する責務として、水と地方創成、水と持続可能な開発といった広い文脈から懸念される課題を明らかにしたうえで、それらの課題の解決への道筋を示した「未来の水ビジョン」を提示し、それを広く世の中で共有してきた。

第1期(20224月〜20243月)では、私たちの豊かで安全、健康で文化的な暮らしを支える有形無形の社会共通基盤システムを「みんなのインフラ」という意味で「みんフラ」と名付け、特に水をマネジメントする社会の仕組み全体を「水みんフラ」と呼び、社会全体で支えていこうという提言を行なった。

2期(20244月〜20253月)では、「水みんフラ」を支える人材について議論する。地域に合った「水みんフラ」の再構築による、持続可能な維持管理、突発的な事故や災害への対応体制の整備が急務で、それには「水みんフラ」に関する総合知を習得した卓越人材(水みんフラ卓越人材)が不可欠だろう。日本各地を見回すと、コミュニティでの水道の維持管理や、市民普請でグリーンインフラを整備するケースで、そうした卓越人材が地域社会を先導する場合が多い。こうした水みんフラ卓越人材がどのように育成され、彼らを中心とした組織がどのように生まれ、ノウハウがどのように共有されているかを議論していく。

※「未来の水ビジョン」懇話会メンバー(五十音順)
沖大幹(東京財団政策研究所研究主幹/東京大学大学院工学系研究科)
小熊久美子(東京大学大学院工学系研究科)
坂本貴啓(金沢大学 人間社会研究域地域創造学系)
笹川みちる(東京財団政策研究所主席研究員/雨水市民の会)
武山絵美(京都大学 大学院地球環境学堂農学研究科/愛媛大学 大学院農学研究科)
田中尚人(熊本大学 大学院先端科学研究部)
中村晋一郎(東京財団政策研究所主席研究員/名古屋大学大学院工学研究科)
橋本淳司(東京財団政策研究所研究主幹/水ジャーナリスト)
村上道夫(大阪大学感染症総合教育研究拠点)
吉冨友恭(東京学芸大学環境教育研究センター)


 

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