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フューチャー・デザイン3:研究の最前線へ
写真提供:GettyImages

フューチャー・デザイン3:研究の最前線へ

January 24, 2022

R-2021-044-3

2021年10月から東京財団政策研究所で「フューチャー・デザイン:世代を超えた持続可能性に関する意思決定手法の構築」という新たな研究プログラムが開始しました(研究代表者:小林慶一郎/研究分担者:千葉安佐子加藤創太西條辰義)。
この研究プログラムでは、日本発の新たな研究枠組みであるフューチャー・デザインにより、持続可能性のある社会制度の具体的なあり方を、自治体・国レベルでの実地の課題解決の実践活動を通じて市民と共に探索し提案すること、またフューチャー・デザインの研究枠組みを理論的に深化させることを目的としています。
全3部となる本シリーズでは、フューチャー・デザインの背景、考え方、この研究プログラムが挑戦する課題を紹介します。

前回はフューチャー・デザインの概念的な枠組みを紹介しました。今回は、まず、フューチャー・デザイン(Future Design, FD)の効果を確認するために、被験者を用いた実験の結果、さらには実験結果を基礎にして始まった幾つかの市町の実践の話を紹介しましょう。次に東京財団政策研究所で実施する研究プログラムの概略をお示ししたいと思います。

アメリカ先住民による連邦国家の総称であるイロコイの、七世代先の人々に成り代わって今の意思決定をするという仕組みに触発され、阪大の研究者とともに、授業で、学生さんに年齢を変えずに将来にタイムスリップするという仮想将来人になることをお願いし、エネルギーの未来や原子力のあり方などに関する討議実験を開始しました。すると、きちんと統制された討議ではなかったものの、仮想将来人を導入すると、討議の中身が変容することに気づいたのです。

この結果を受け、新たな研究を開始しました。Kamijo et al. [1]は、環境問題で良く使われている囚人のジレンマゲームではなく、新たに世代間持続可能性ジレンマゲーム (Intergenerational Sustainability Dilemma Game)を開発しました。このゲームを用いて、実験ラボの中ではじめて仮想将来人の効果を検証したのです。被験者三人を一組とし、この中で一人を仮想将来人に指名すると、持続可能な選択が倍増したのです。

仮想将来人を用いない仕組みも検討の対象です。意思決定の理由を現世代のみならず将来世代に残すというアカウンタビリティ・メカニズムの有効性を確認しています[2]。意思決定の理由を将来世代に残すことを考慮に入れて意思決定をすると、自己にのみ有利な決定はなかなかできなくなるのです。

パースト・デザインも有効です[3,4]。過去に起こった出来事に対し、今の目線で過去の人々にアドバイスを送るという手法です。過去の人々にアドバイスを送っても、過去が変わるはずはありませんが、現代の人々は過去の人々からみれば、将来世代です。パースト・デザインは、フューチャー・デザインの準備運動になります。パースト・デザインをそのまま平行移動すると、仮想将来人として将来から今の意思決定にアドバイスをすることになります。

30年前の過去の出来事、たとえば音楽の供給がレコードからCDに変わろうとしていた時期を考えてみましょう。その当時、それに伴い、たとえば、CDだと音楽のコピーが簡単にできるため、音楽そのものが衰退するなど、さまざまな将来ビジョンがあったことでしょう。そのうちの一つが今につながっているはずです。一方、今から過去の人々に送るアドバイスの中には、当時の人々が思いもつかなかったビジョン、たとえば、インターネット上で音楽が配信されたり、レコードが再評価されたりしている今に基づいたものがきっとあるでしょう。

今度は、たとえば2050年に飛び、仮想将来人になり、2050年を描き、今にアドバイスをすることを考えましょう。その2050年は今から考えるのでは思いもつかなかった世界かもしれません。つまり、今から将来を考えるフォアキャストでは出てこなかった世界かも知れないのです。さらには、そこから今にアドバイスを送るなら、そのアドバイスに基づくビジョンは今の人々が思いもつかなったものになるかもしれません。つまり、今から将来像を描き、そこからバックキャストをすることでは得られないビジョンかも知れないのです。

ただ、仮想将来人、意思決定情報の公開、パースト・デザイン以外に有効な手法はまだ発見できていません。子供にも選挙権を与えるDemeny投票はほとんど機能しませんし[5, 6]、 John Rawlsの無知のヴェールも機能しません[7]。一方で、バングラデシュの都市域と非都市域では仮想将来人の効果が大きく違うことのフィールド実験による確認[8]、財政の持続可能性に仮想将来人が有効であること[4, 9]、インドネシアにおける農村域では翌年以降の収穫に思いをはせるものの、漁村域では目先の漁獲に集中すること[10]、北京市内においてエネルギー選択が地域によって大きく異なること[11]、社会的ジレンマにおける承認メカニズムが有効であること[12, 13]など、仮想将来人のみならず、将来世代を今の意思決定に持ち込む様々な仕組みの効果の検証が始まっています。

FDが目指すのは、今の世代の「しあわせ」と共に将来世代の「しあわせ」です。ここでいう「しあわせ」は今の世代が将来可能性をアクティベイトした後の「しあわせ」です。つまり、将来可能性をアクティベイトする前と後では「しあわせ」の中身が変わっているかもしれないのです。こうすることで、経済の成長を生むかもしれませんし、生まないかもしれません。つまり、脱成長や反成長を目指すのではなく、目指すのは今と将来世代のしあわせなのです。もちろん、これがある元素の循環を乱すかもしれませんし、乱さないかもしれません。乱すのなら、どの程度なら今と将来世代にとって許容できるのかを考える社会のデザインを目指すのです。このような見解の哲学的な基礎付けをする研究も始まっています[14, 15]。

日本国内では、様々な市町における実践も始まっています。最初の実践は岩手県矢巾町です[16]。内閣府は全国の各市町に2060年に向けた「長期ビジョン」を策定することを要請し、矢巾町はその一部を仮想将来人になった市民たちが作成しました。その際、現代から将来を考える通常のグループと将来から現代を考えるFDグループでは、提案の中身が全く異なったのです。現代グループは子供の医療費の無料化など今の問題を将来の問題に置き換えた一方、将来グループは宮沢賢治の「銀河鉄道」に基づく交通体系や公園などを提案したのです。実は、賢治が矢巾町にあるおむすび型の南昌山によく登ったことを受けて、町民の皆さんは南昌山の頂上に銀河鉄道の出発の駅があったことを共有しているのです。これに加えて、維持困難になりつつある水道事業の住民ワークショップにFDを用いたところ、住民側が自ら水道料金の値上げを提案し、町は2018年度から料金の6%値上げに踏み切ったのです。住民側からの反対はほとんどなかったとのことです。これらのワークショップを観察した矢巾町の高橋町長は、2018年度の施政方針演説で町がフューチャー・デザイン・タウンであることを宣言し、2019年4月、町に未来戦略室を設置しました。そして、2020年度には、未来戦略室は住民と共に町の総合計画をFD手法で策定したのです。総合計画の提案のうち、83%がフューチャー・デザイナー、つまり仮想将来人からのものだったのだそうです。矢巾町は町の仕組み自体を変えつつあり、住民の考え方そのものも変わりはじめています。

西村直子さんが率いる信州大学FDチームは松本市と連携し、市庁舎建て替えのFDセッションを実施しています[17]。通常の討議だと、窓口の増設や駐車場の拡大、松本城がよく見えるフロアの設置など、今ある不満、または欲望が基本的な要望になりがちですが、仮想将来世代になって検討した人々からは、それらの要望は皆無でした。仮想将来世代の人々は、松本市の人口減少や、AI化、自動運転の発達により、これらは不要であると判断し、むしろ、コンパクトでネットワーク型の庁舎を提案したのです。

京都府宇治市でも地域の未来をどう考えるのかにFDを用い、そのセッションに参加した8割の方が 市民団体「フューチャー・デザイン宇治」を作り、宇治市とともに政策立案に参加し始めています。彼らにインタビューしたところ、彼らのマインドセット(考え方)そのものが変わっていることを観測しています。さらには、宇治市は職員研修でFDを用いているのです。

そのほか、京都府(下水道)、西条市(インフラ)、米原市(空き家)、小田原市(環境エネルギー)、飛騨・高山地域(医療体制)、木津川市(市政そのものの変革)などにおいてもFDを実施中です。

海外では、2021年3月、アートの視点からオランダにあるJan van Eyck AcademieがIPCC (Inter-governmental Panel on Climate Change国連気候変動に関する政府間パネル)の二人の副議長などを招きFDを用いて三日間の討議の実践である Inter-governmental Panel on Art and Climateを開催しました。また、オランダの Generation Politics (YoungMinds.Amsterdam) がFDの実践を開始しています。さらに、INRIA (フランス国立情報学自動制御研究所)では、食に関するFDを実践中です。小規模ではあるものの、オランダ、フランス、イギリス、スイスのさまざまな領域の研究者、実践者がネットワークを作り出しているのが現状です。また、欧米の研究者もFD研究を開始したところです。

2015-21年にかけてのFD実践においてわかってきたことは、「今」から「将来」に向けての議論では、どうも「今」に足が絡んでしまい、参加者の皆さんの思いの向きが異なるため、問題の解決に向けたアイデアが出にくいことです。一方で、参加者の皆さんが「将来」に飛び、そこでの社会を描き、そこから「今」何をすべきかを考えると独創的なアイデアを提案し始めるのです。さらには、将来に飛んだ「仮想将来人」は、「今」と「将来」の両方を高い位置から鳥瞰するようになり、参加者の皆さんの間での対立が起こりにくいこともわかっています。さらには、いったん将来可能性をアクティベイトした人々が簡単には元に戻らないこともわかりつつあるようです。

ここからは東京財団政策研究所で実施予定の研究プログラムの概略についてご紹介しましょう。COP26を振り返ってもわかるように、「今」から「将来」に向けての議論は「今」に足が絡んでしまっているようです。地域レベルでは、絡んだ足を解きほぐすのにFDが役に立つことが少しずつわかってきていますが、地域を超えたレベルでFDが有効かどうかはまだよくわかっていません。ここ数年、火力発電所の燃料としてアンモニアを混ぜるという実証実験が始まっています。アンモニアを燃やしても二酸化炭素がでないためです。その一方で、アンモニアを燃やすことで反応性窒素が出てしまいます。さらには、大量のアンモニアに対する需要が窒素肥料、ひいては食糧の生産に影響を与える可能性もあります。本研究プログラムでは、さまざまなステークホルダーの皆さんに「将来」に飛んでいただき、そこから今の政策のデザインを考えるという「アンモニア燃焼のフューチャー・デザイン」を開始します。同様の視点からさまざまな案件についてフューチャー・デザインを実施する予定です。

地域といっても、地域の中の一部の人々しかFDに参加できません。「代表性」が満たされていないのではないのか、という批判があることもよくわかっています。そのため、いっそのこと、ある自治体の皆さん全員がFDを経験することも視野に入れています。

仮想将来人やアカウンタビリティ・メカニズム以外の手法、仕組みの開発も大きな課題です。未知の領域ではありますが、被験者実験やその結果を基に理論構築を試み、政策に生かそうと考えています。

今後の「フューチャー・デザイン:世代を超えた持続可能性に関する意思決定手法の構築」研究プログラムの活動やFD手法の深化にご注目ください。

 

参考文献

[1] Kamijo, Y. Komiya, A. Mifune, N. Saijo, T. (2017). Negotiating with the future: incorporating imaginary future generations into negotiations. Sustainability Science 12, 409–420.

[2] Timilsima, R., Kotani,K., Nakagawa Y., Saijo, T. Accountability as a resolution for intergenerational sustainability dilemma, SDES-2019-2 Kochi University of Technology: Kochi, Japan, 2019.

[3] Nakagawa, Y., Kotani, K., Matsumoto, M., Saijo, T. (2019). Intergenerational retrospective viewpoints and individual policy preferences for future: A deliberative experiment for forest management. Futures, 105, 40-53.

[4] Nakagawa, Y., Arai, R., Kotani, K., Nagano, M., Saijo, T. (2019). Intergenerational retrospective viewpoint promotes financially sustainable attitude. Futures, 114, 102454.

[5] Kamijo, Y. Hizen, Y. Saijo, T. Tamura, T. (2019). Voting on behalf of a future generation: A laboratory experiment. Sustainability 11, 4271

[6] Katsuki, S. Hizen, Y. (2020). Does Voting Solve Intergenerational Sustainability Dilemma? Sustainability 12, 6311.

[7] Klaser, K. Sacconi, L. Faillo, M. (2021). John Rawls and compliance to climate change agreements: insights from a laboratory experiment. International Environmental Agreements 21, 531-551.

[8] Shahrier, S., Kotani, K., & Saijo, T. (2017). Intergenerational sustainability dilemma and the degree of capitalism in societies: A field experiment. Sustainability Science, 12(6), 957-967.

[9] Hiromitsu, T. (2019). Consideration of keys to solving problems in long-term fiscal policy through laboratory research. International Journal of Economic Policy Studies, 13(1), 147-172.

[10] Hernuryadin, Y., Kotani, K., Saijo, T. (2020). Time preferences of food producers: Does “cultivate and grow” matter? Land Economics, 96(1), 132-148.

[11] Jingchao, Z., Kotani, K., Saijo, T. (2018). Public acceptance of environmentally friendly heating in Beijing: A case of a low temperature air source heat pump. Energy Policy, 117, 75-85.

[12] Masuda, T., Okano, Y., Saijo, T. (2014). The minimum approval mechanism implements the efficient public good allocation theoretically and experimentally. Games and Economic Behavior83, 73-85.

[13] Saijo, T., Masuda, T., Yamakawa, T. (2018). Approval mechanism to solve prisoner’s dilemma: comparison with Varian’s compensation mechanism. Social Choice and Welfare51(1), 65-77.

[14] 小林慶一郎『時間の経済学:自由・正義・歴史の復讐』ミネルヴァ書房、2019.

[15] 西條辰義・宮田晃碩・松葉類編著『フューチャー・デザインと哲学:世代を超えた対話』勁草書房、2021

[16] Hara, K., Yoshioka, R., Kuroda, M., Kurimoto, S., Saijo, T. (2019). Reconciling intergenerational conflicts with imaginary future generations: Evidence from a participatory deliberation practice in a municipality in Japan. Sustainability Science14(6), 1605-1619.

[17] Nishimura, N., Inoue, N., Masuhara, H., Musha, T. (2020). Impact of future design on workshop participants’ time preferences. Sustainability12(18), 7796.

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