R-2022-102
「未来の水ビジョン」懇話会では、近年、雨の降り方が変わり都市部での内水氾濫が増加していることを受け、都市部での雨水管理と市民参加について議論を行う。(2022年10月5日 東京財団政策研究所にて)
Keynote Speech(概要) 1.都市の雨水管理のリスク 2.都市の雨水管理と市民活動 3.小規模雨水管理をどう評価するか 4.都市の雨水管理と市民活動の未来についての提言 さらなる議論 |
Keynote Speech(概要)
笹川みちる 東京財団政策研究所主席研究員/特定非営利活動法人雨水市民の会理事
1.都市の雨水管理のリスク
気象庁によると、1時間に50mm以上の雨の降る日は増加し、最近10年間(2012~2021年)の平均年間発生回数(約327回)は、統計期間の最初の10年間(1976~1985 年)の平均年間発生回数(約226回)と比べ約1.4倍に増加している[1]。この傾向は今後も続き、21世紀末にかけて短時間に強い雨が降る日は増加し、一方で、雨が降る日数は減少すると予測されている[2]。
首都圏の土地利用に目を転じると、1965年から2003年の間に緑地は22%失われた[3]。東京下水道局によると、下水道の整備当時は降雨量の50%が地面に浸透したが、現在は20%に減少した。
下水道には雨水と汚水をいっしょに流す「合流式」と雨水と汚水を別々に流す「分流式」がある。全国的には分流式が84%を占めるが、都市部では合流式が多く、東京都区部は82%が合流式だ。今後、強い雨(おおむね5mm/hr.以上)が降る日が増加すると、下水管路内の水量が一気に増加することになる。
強い雨が降ると、晴天時の汚水量の3倍までは、水再生センター(下水処理場)で処理されるが、それを超える量は河川等に放流される。汚水混じりの雨が年間40回弱放流されており、水質悪化につながる[4]。
写真1 呑川の流量の変化
上の写真は都内を流れる呑川である(2022年6月、笹川氏撮影)。強い雨が降り始めて10分ほどでみるみる増水した(写真左)。水再生センターの処理可能量を超えた汚水混じりの雨水が放流されたと思われ、河川から異臭が発生した。その後、30分ほどで流量は減少した(写真右)。
2.都市の雨水管理と市民活動
東京都墨田区は川と水路に囲まれた低地に位置する。市街地化が進んで大規模な緑地がなく、雨が降ると水捌けが悪く、洪水も頻発した。そこで(1980年代後半から)都市(墨田区)のなかで一旦水をたくわえ、ゆっくり流すことで都市型洪水対策の一助とする取り組みが始まった。東京都墨田区は、「流せば洪水、貯めれば資源」というスローガンを掲げ、区内に雨水利用施設の設置を開始した。両国国技館などの大規模施設のほか、小規模施設の設置にも注力した。区民向けに助成金をつくり、敷地面積500平方メートル以上の開発には雨水利用施設の設置を指導、公共施設には設置を義務付けた。
特定非営利活動法人雨水市民の会は、都市型洪水の抑制を市民レベルで実施することを企図し、1995年、東京都墨田区を主な拠点に活動を開始した。以来、雨水活用を実践したい市民に情報提供、アドバイスを行うほか、講座、ウェブ、イベントなどを通し、墨田区と連携して雨水活用の普及啓発に努めてきた。
現在、墨田区内に雨水利用施設は759箇所(内訳は路地尊21、施設423(公共45、民間378)、小規模貯留槽315、総貯留量は26,033㎥である[5]。 雨水市民の会の調査の結果、すべてのタンクが空の場合、墨田区に降る約2mm分の雨を貯めることができるとわかった。約2mmという数字は流出抑制としてはわずかであり、活動の意義を再考することになった。
3.小規模雨水管理をどう評価するか
環境負荷の低減という点では、現在の2mmの貯留量を4mmに増やせば、現在年間40回弱行われている汚水の放流を半分程度に減らすことができる。今後墨田区内の京島地区を中心に実証実験を行なっていきたい。
一方、治水という点ではいくつかの課題がある。「東京都豪雨対策基本方針」(2021年改訂/図)[6]によると、今後増加が予想される雨量に対し、河川整備、下水道整備などに加え、流域対策(雨水流出抑制)で10mm分に対応すると示されている。雨水浸透ますや緑地の設置などが想定されるが、開発が進んだエリアでは新規導入が難しい。個人住宅も対象だが、現状では個人の雨水タンクなどはカウントされていない。理由は、個人がどのようにタンクを管理しているかが把握できず、⺠間の取り組みの持続性が担保されていないことだ。
現時点で、市民による小規模雨水管理は、治水対策として十分に機能しているとは言えないが、雨水タンクを設置すれば、草木の水やりに水道水を使わずに済む、雨が降るのが楽しみになる、雨の強さに対してたまる量を把握できるなど、雨と暮らしとの関わりを感覚的に納得しやすい。
まちなかに雨水タンクのある風景は、雨と共にくらす都市の体現にもなる。市民活動においても、行政の施策においても、流出抑制と生活の豊かさの感覚を橋渡しし、自分が雨を貯めることでまちがより安全に住みやすくなるというメッセージを伝えることが大切だ。
4.都市の雨水管理と市民活動の未来についての提言
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グリーンインフラとしての小規模管理型の技術の普及
近年、国はグリーンインフラ(GI:自然環境が有する多様な機能を積極的に活用して、地域の魅力・居住環境の向上や防災・減災等の多様な効果を得るインフラ)を推進してきた。2015年には国土形成計画に盛り込まれ、2020年3月にはグリーンインフラ官⺠連携プラットフォームが発足(会員:1480名、2022年6月現在)し、2021年7月には国土交通グリーンチャレンジの重点プロジェクトの1つになった。
今後は、公共空間での大規模な取り組みに加えて、個人でも扱える小規模管理型の技術が国や自治体の施策に組み入れられることが重要だ。小規模な雨水施設には、雨水タンクのほか、竪樋非接続、雨庭、雨花壇、緑の道、屋上緑化などがある。
小規模管理型の技術は、DIYやガーデニングなど個人の生活の豊かさにつながっている。「よいこと」をやるという意識だけでなく、「楽しい」という意識を醸成する。
そのためにも、小規模管理型の技術の効果や持続性を検証する必要がある。墨田区のこれまでの取り組みの追跡調査や新しいGI施設のモニタリングをもとに、小規模雨水管理施設の運用マニュアルを制作し、制度化に向けて行政に提言したい。
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「自分ごと化」と「インフラ化」のバランスを見極める
環境問題やSDGsの目標実現に関して「自分ごと化」の重要性が言われるが、社会の全員がすべての課題を自分ごと化することは不可能だ。市民活動には、幅広い層に課題に気がついてもらうという普及に加えて、先駆者として技術を開発したり、行政に働きかけて制度をつくったりする役割がある。市民団体が、できることを一通りやっても課題は簡単には解決しないが、発展的により一層やっていくことで、新たに関心を持つ人も出てくる。また、技術や制度が発展すれば、意識しなくても自分の家に雨水タンクがついている、雨の降る前に自動的に空になっているという社会の変化を後押しすることができる。一人でも多くに課題を意識してもらうことと同時に、意識しないでもそうなっているという「インフラ化」とのバランスを見極めることが重要だ。
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政策と生活を橋渡しするための水リテラシーを醸成する
政策と生活を橋渡しするために、水リテラシーが必要だ。ミツカン水の文化センターの調査[7]では、水に関心がある人の原体験は、子どもの頃に受けた水教育にあるとしている。「未来の水ビジョン」懇話会メンバーへのインタビュー[8][9][10]でも水の原体験をもっていることがわかる。
きっかけづくりには、誰が、どのように発信するかも大切だ。たとえば、グループ名に雨の要素の入った『嵐』による雨の情報の発信があれば大きな影響があるだろうし、新海誠監督のアニメ映画『天気の子』は雨を考えるきっかけになった。雨水ハイボールを楽しんだり、雨水ドリンクを楽しんだりすることもその一歩となるだろう。
さらなる議論
「未来の水ビジョン」懇話会について
我が国は、これまでの先人たちの不断の努力によって、豊かな水の恵みを享受し、日常生活では水の災いを気にせずにいられるようになった。しかし、近年、グローバルな気候変動による水害や干ばつの激化、高潮リスクの増大、食料需要の増加などが危惧されている。さらには、世界に先駆けて進む少子高齢化によって、森林の荒廃や耕作放棄地の増加、地方における地域コミュニティ衰退や長期的な税収減に伴う公的管理に必要な組織やリソースのひっ迫が顕在化しつつある。
水の恵みや災いに対する備えは、不断の努力によってしか維持できないことは専門家の間では自明であるが、その危機感が政府や地方自治体、政治家、企業、市民といった関係する主体間で共有されているとは言い難い。
そこで「未来の水ビジョン」懇話会を結成し、次世代に対する責務として、水と地方創成、水と持続可能な開発といった広い文脈から懸念される課題を明らかにしたうえで、それらの課題の解決への道筋を示した「水の未来ビジョン」を提示し、それを広く世の中で共有していく。
※「未来の水ビジョン」懇話会メンバー(五十音順) 沖大幹(東京財団政策研究所研究主幹/東京大学大学院工学系研究科) 小熊久美子(東京大学大学院工学系研究科) 黒川純一良(公益社団法人日本河川協会専務理事) 坂本麻衣子(東京大学大学院新領域創成科学研究科) 笹川みちる(東京財団政策研究所主席研究員/雨水市民の会) 武山絵美(愛媛大学大学院農学研究科) 徳永朋祥(東京大学大学院新領域創成科学研究科) 中村晋一郎(東京財団政策研究所主席研究員/名古屋大学大学院工学研究科) 橋本淳司(東京財団政策研究所研究主幹/水ジャーナリスト) 村上道夫(大阪大学感染症総合教育研究拠点) |
<参考>
[1]「大雨や猛暑日など(極端現象)のこれまでの変化」(気象庁)
https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/extreme/extreme_p.html
(2022年12月28日 午前8時50分最終閲覧)
[2] 「日本の気候変動2020」(気象庁)
https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/ccj/2020/pdf/cc2020_shousai.pdf
(2022年12月28日 午前8時50分最終閲覧)
[3]「みどりの政策の現状と課題」(国土交通省社会資本整備審議会都市計画・歴史的風土分科会都市計画部会/平成18年9月22日)
https://www.mlit.go.jp/singikai/infra/city_history/city_planning/park_green/h18_1/images/shiryou06.pdf
(2022年12月28日 午前8時50分最終閲覧)
[4]「合流式下水道の現状と課題について」(東京都)
https://www.gesui.metro.tokyo.lg.jp/about/pdf/currentproblem.pdf
[5]「雨水利用実績」(令和4年3月末現在)
https://www.city.sumida.lg.jp/kurashi/kankyou_hozen/amamizu/riyou/dounyuu_sisetu/amamizu_riyouzisseki.html
(2022年12月28日 午前8時50分最終閲覧)
[6]東京都豪雨対策基本方針
https://www.toshiseibi.metro.tokyo.lg.jp/kiban/gouu_houshin/
(2022年12月28日 午前8時50分最終閲覧)
[7]ミツカン水の文化センター「水にかかわる生活意識調査」2022年 第28回調査
https://www.mizu.gr.jp/chousa/ishiki/2022.html
(2022年12月28日 午前8時50分最終閲覧)
[8] 第1回 村上道夫(大阪大学)「安全の拠りどころはどう決まる?〜みずからリスクを考える」未知みちる水のインタビュー
(2022年12月28日 午前8時50分最終閲覧)
(9) 第2回 坂本麻衣子(東京大学)「土木工学から始まり、国際協力の現場で目の前の現実を動かしていく」未知みちる水のインタビュー
(2022年12月28日 午前8時50分最終閲覧)
(10) 第3回 武山絵美(愛媛大学)「小さなつながりを観察し、世界を理解する目を養う」未知みちる水のインタビュー
(2022年12月28日 午前8時50分最終閲覧)
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