GDPナウキャストの枠組みの変更:更なる予測精度の向上にむけて | 研究プログラム | 東京財団政策研究所

東京財団政策研究所

詳細検索

東京財団政策研究所

 GDPナウキャストの枠組みの変更:更なる予測精度の向上にむけて
画像提供:Getty images

GDPナウキャストの枠組みの変更:更なる予測精度の向上にむけて

September 1, 2022

R-2022-034

GDPナウキャストについて、202112月以降、その予測結果を東京財団政策研究所より定期的に公表してきたが、この度、更なる予測精度の向上を目的として、従来予測に用いてきたモデルの改定を行うこととした。

具体的には、コロナ禍において生じた日本経済の特徴的な変化に対応するため予測に用いる変数の見直しを行うとともに、予測のより早い時点から(従来予測に用いてきた伝統的な経済データが利用可能となる前の時点から)予測精度の向上を図るため、伝統的データよりレポーティングラグが短く、その結果、よりタイムリーに経済の動向を捉える、いわゆるオルタナティブデータ(AD)を積極的に活用することとした。

本稿では、今回行った予測モデルの改定、また、改定を踏まえたGDPナウキャストの枠組みの変更について概観する。

なぜ、改定を行うのか
どう、改定を行うのか
 財中心のウエイトをサービスとの間でリバランス
 クレジットカード利用情報の活用
更なる工夫も
最後に 

なぜ、改定を行うのか

GDPナウキャストについては、2012年以降、継続的に取り組んできたが、これまで予測に用いてきたモデル(旧版モデル)は、その2012年当時に、日本の景気循環の特性や景気判断実務の中で特に重視されてきた変数をもとに構築された(表1を参照)。一言で言えば、鉱工業生産指数を中心に据えた予測モデルであった。

 

1:旧版モデルの変数

 

この旧版モデルによる予測は、GDPナウキャストについて論じた前回のReviewでも触れたように、例えば、最終予測(予測対象四半期に関する3か月分の情報を原則全て利用して行う場合の予測。通常、1次速報値公表の数日前に実施)で評価する場合、新型コロナウイルス感染症の影響を受けて経済が大きく変動する前の期間では、一部を除き概ね公表値(1次速報値)と一致していたなど、その予測精度はコンセンサス予測と比べても遜色なかった。しかし、コロナ禍以降、経済社会活動の抑制・再開の繰り返し等の影響を受けてGDPが大きく変動するようになると、旧版モデルの予測精度は、最終予測に限らず全ての予測時点(1次速報値公表のおよそ半年前に開始する予測から数日前に行う最終予測に至るまで)で顕著に悪化することとなった(図1を参照)[1]

 

1GDPナウキャスト(最終予測)と公表値(1次速報値)の比較

(備考)改定版モデルについて、2021Q1以前の結果はインサンプル予測の結果を報告.サービス消費(棒グラフ)は、各四半期の1次速報値における形態別国内家計最終消費支出のうちサービス(実質)を報告.

 

旧版モデルによる予測の精度が悪化した背景として、その1つに、予測に用いる変数が捉える経済活動に偏りがあり(すなわち、鉱工業生産指数で捉える財分野における活動が中心)、経済の多様な変化を予測に反映させることができなかった点が挙げられる。具体的には、サービス分野の経済活動について、コロナ禍では緊急事態宣言の発令及び解除が繰り返される中、過去の傾向と異なり、特に大きく変動することとなり、そうした動きがGDPの変動の大きな要因となってきたが(図1を参照)、旧版モデルでは、景気の動きに比して安定的であったサービス分野については、直接的にその動きを予測の中で考慮してこなかった[2]

2つ目として、予測に用いる伝統的データにはレポーティングラグが伴うため、現在進行形で起こっている経済の変化をリアルタイムに捉えることができなかった点がある。特に、コロナ禍では、人為的に経済社会活動を抑制するもとで、GDPが過去に見られないほど大きく変動することとなったが、そうした経済の変化を報道等を通じて日々見聞きすることは出来ても、そうした変化を反映したデータが公表されない間は、わかっていても予測に反映させることができなかった。GDPナウキャストを行う際には、今起こっている経済の変化をいち早く捉えることが極めて重要となる。 

どう、改定を行うのか

そこで、今回、予測モデルの改定を行う上では、予測に用いる変数の見直しを行い、まず、予測対象期間に関するデータが全て利用できる段階での予測(最終予測)の精度を高めることとした。当然のことではあるが、精度の高いGDPナウキャストを実現させる前提として、まず、予測に必要となる情報が全て利用できる場合に、モデルによる予測がGDPの公表値を十分に説明できる必要がある。

また、レポーティングラグの存在により、予測対象期間に関するデータが十分に利用できない段階での予測の精度を高めるため、伝統的データに限らず、速報性に優れたADを活用することとした。

財中心のウエイトをサービスとの間でリバランス

まず、コロナ禍における経済の特徴的な変化への対応として、サービス分野における消費の動きを直接的に捉えることとした。具体的には、第3次産業活動指数(広義対個人サービス)を新たな変数として用いることとした。

また、財の分野においても、GDP(速報推計)の推計方法を踏まえ、従来用いてきた生産指数に替え、出荷指数を利用することとした(表2)。その際、最終需要への配分を考慮し、資本財出荷指数、消費財出荷指数を用いている。こうした変数の見直しにより、これまで鉱工業生産指数中心であったモデルのウエイトをサービス分野との間でリバランスした。経済におけるサービス分野の重要性が高まる中、また、特にコロナ禍以降、財とサービスといったように形態別の消費に異なる動きが見られるようになる中、モデルにおいても、直接的にサービス分野の動きを補足していくことが必要となった[3]

 

2:改定版モデルの変数

 

変数の見直しを踏まえたモデル(改定版モデル)の予測精度を評価するために、旧版モデルによる結果とともに、予測対象期間に関するデータが原則全て利用できる段階での最終予測を見ると、改定版モデルでは、コロナ前の期間では旧版モデルとほぼ同様の予測結果となる一方、特に、コロナ禍以降において予測の精度が格段に向上していることが確認できる(図1を参照)。 

クレジットカード利用情報の活用

コロナ禍における経済の特徴的な変化への対応としてサービス消費の動きを直接的に捉えることとしたが、実は、このサービス消費については、公的統計による補足の遅れが指摘されている。その一方、最近では、業界データやクレジットカードの利用情報、インターネットの閲覧数など伝統的データに限らずよりタイムリーなデータの活用が進んでいる分野とも言える。

そこで、今回の改定では、このサービス消費の動きをリアルタイムで捉えるため、クレジットカードの利用情報(「JCB消費NOW」)を用いることとした[4]

JCB消費NOW」は、半月ごとに集計され概ね2週間のレポーティングラグで公表されているが、1か月半程度のラグを伴って公表されるGDP統計において示される一国経済全体のサービス消費とも概ね整合的であり、そうであるなら、こうした情報をもとにサービス消費の動きをリアルタイムで予測し、GDPナウキャストに反映させることで、伝統的データのみを用いた場合と比べ、予測のより速い時点から予測精度を改善させることが期待できる[5]

具体的には、サービス消費の動きを直接的に捉えるため第3次産業活動指数を新たに用いることとしたが、今回の改定では、この第3次産業活動指数の実績値が公表されるまでの間、「JCB消費NOW」を用いて、その補外予測を行う。つまり、2週間毎(各月の初めと中頃)に公表される「JCB消費NOW」の前年比情報を用いて、実績値が公表されるまでの間の第3次産業活動指数の前年比の予測値を作成する。例えば、1月前半のサービス消費の動向を反映する「JCB消費NOW」は2月初に公表されるため、半月分の情報ではあるが1月のサービス消費に関する情報を、3月中旬に公表される第3次産業活動指数と比べて、1か月半早く知ることができる。こうして得た前年比の予測値を、季節調整済み前期比へと変換し、GDPナウキャストに反映させる。

なお、この補外予測については、娯楽、外食、宿泊、旅行、旅客輸送、通信、医療といった利用可能である分野別データ(「JCB消費NOW」のマクロセクター配信業種)から得られる情報を用いて行う[6]

こうして実装されるクレジットカード利用情報を反映したGDPナウキャストの精度については、その試みを新たに始めた段階であり、今後のリアルタイム予測の結果の蓄積を待って評価していくことになる。他方、今回の補外予測の方法と厳密には異なる方法となるが、やはり、「JCB消費NOW」から得られる情報を基にサービス消費の補外予測を行い、その結果をGDPナウキャストに反映させた場合の予測精度への影響をコロナ禍以降を対象とした疑似的リアルタイム予測の中で評価すると、「JCB消費NOW」を用いることで、コロナ禍といった経済の非常時において、特に伝統的データの利用が間に合わない予測の初期段階において、より精度の高い予測を実現させる可能性も示されている。

更なる工夫も

今回の改定では、予測のより早い時点から予測精度の向上を図るため、サービス分野において、第3次産業活動指数の補外予測に「JCB消費NOW」を用いることとした。加えて、財の分野においても、製造工業生産予測指数(補正値)を、やはり実績値が公表されるまでの間の2つの出荷指数の補外予測値として利用する。経済産業省より鉱工業生産指数と同時に公表される製造工業生産予測指数は、鉱工業生産の対象となる製品のうち主要製品について、主要企業から聴取した前月の生産実績に加え、当月、翌月の生産計画を指数化したものであり、企業の生産活動の先行きを把握するための有用な情報として幅広く利用されている。

その補正値とは、生産計画と実際に実現された生産実績との傾向的な乖離(予測指数のクセ)を考慮して、当月の生産計画の値を調整したものであり、製造工業生産予測指数そのものより高い精度が期待できることから、この補正値を用いることで、企業の見込みを介してではあるが、財の分野においても今を知ることにチャレンジする。繰り返しになるが、GDPナウキャストでは、今起こっている経済の変化をいち早く捉えることが肝要となり、利用できる情報については積極的に活用していくこととした。

最後に、今回の改定を踏まえて行う実際のGDPナウキャストにおいては、上述の変更に加え、レポーティングラグが1か月半から2か月程度へと延長された消費総合指数に替え、消費活動指数(旅行収支調整済)を利用することとした[7]。日本銀行より公表される消費活動指数は経済の供給面より我が国の消費活動を捉えるものであるが、概ね40日程度のラグで公表される。加えて、この消費活動指数については、日本銀行において、複数の異なるADを用いたナウキャストが検討されており、将来的にこうしたナウキャストの結果が公表されるような場合、消費活動指数を介して個人消費の動きをよりタイムリーにGDPナウキャストへ反映させることも可能となる[8] 

最後に

改定版モデルについては、この1年間、旧版モデルとともに実際にリアルタイム予測を行い、その挙動を検証してきたが、図1でも示されている通り、旧版モデルと比較しても良好な結果が得られている。例えば、旧版モデルでは、GDP1次速報値と鉱工業生産指数の動きが異なることを背景として、時に正負の符号さえも異なる結果を予測したこともあったが(最近では、2022Q1)、そうした状況が改善されることも期待される[9]

いずれにせよ、繰り返しとなるが、日々、予測を繰り返す中、時に実態にそぐわない結果が得られる場合もあるが、モデルの特性や入力データの挙動を精査することを通じて、機械的な予測に人間味のある解釈を加えることを心掛けていく。


[1] コロナ禍における予測精度の悪化に関する詳細については関連文献を参照。

[2] 旧版モデルでは、サービス分野の動向については、消費総合指数や所定外労働時間、景気ウォッチャー調査などを通じて間接的に予測に反映されていた。

[3] 景気動向を把握する上でのサービス分野の扱いについては、政府においてもその必要性が議論されており、20227月には、「景気を把握する新しい指数(一致指数)基本方針」の中で、「デカップリングが生じやすい財とサービスについては、両者がバランスよく含まれるようにする」といった方針が示されたところである。

[4] JCB消費NOW」は、JCBグループのカード発行会社が発行するカードを利用する会員のクレジット利用情報を加工・集計したデータであり、株式会社ジェーシービー及び株式会社ナウキャストにより、統計閲覧会員向けに提供されている。

[5]JCB消費NOW」とGDP統計を含む公的統計により示される一国経済全体のサービス消費との関係については、「JCB消費NOW」を用いたサービス消費のリアルタイム予測を議論する関連文献を参照。

[6]jagged edges(毎回の予測時点で利用可能となる最新のデータの時点が変数によって異なる)”なデータフローへの対処や「JCB消費NOW」に潜在的に含まれるノイズの除去等を目的として、「JCB消費NOW」の分野別データとともに、第3次産業活動指数、GDP統計のサービス消費を変数として含むダイナミックファクターモデル(DFM)を用いた枠組みで予測を行う。

[7] 消費総合指数から消費活動指数に変数を変更することによるGDP予測(最終予測)への影響は、2000年以降にかけて検証した場合、▲0.2%~0.1%程度。

[8] 日本銀行では、鉱工業生産に関するナウキャストも検討されており、将来的にそうした結果が公表されるようになると、やはり、GDPナウキャストへの反映も可能となる。

[9] なお、旧版モデルの予測結果は、当面の間、参考系列として、あわせて公表していくこととしたい。

注目コンテンツ

BY THIS AUTHOR

この研究員のコンテンツ

0%

PROGRAM-RELATED CONTENT

この研究員が所属するプログラムのコンテンツ

VIEW MORE

DOMAIN-RELATED CONTENT

同じ研究領域のコンテンツ

VIEW MORE

INQUIRIES

お問合せ

取材のお申込みやお問合せは
こちらのフォームより送信してください。

お問合せフォーム