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財政問題について経済学者と国民の意識はどう乖離するのか 「経済学者及び国民全般を対象とした経済・財政についてのアンケート調査」の紹介
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財政問題について経済学者と国民の意識はどう乖離するのか 「経済学者及び国民全般を対象とした経済・財政についてのアンケート調査」の紹介

May 15, 2023

R-2023-010

I.調査の動機
II.調査結果
 1.設問別の経済学者と国民意識との乖離
  (1)乖離の小さかった設問
  (2)乖離の大きかった設問
 2.国民別の経済学者との意識の乖離
III.まとめ
補記

I.調査の動機

東京財団政策研究所「多様な国民に受け入れられる財政再建・社会保障制度改革の在り方」研究プログラム(代表:佐藤主光研究主幹)では、「経済的実現可能性」と「政治的実現可能性」との両立の観点から、財政・社会保障制度のありかたについて検討してきた。

財政再建及び社会保障制度改革は、数十年先を見越した厳格な推計をベースとした、経済的に実現可能なものでなければならない。同時に、日本は憲法で財政民主主義を採ることを明記しており、民主主義の究極の担い手である国民に受容される、政治的に実現可能なものでもなければならない。

少子高齢化が進むわが国の厳しい現状を踏まえた、経済的に実現可能な財政再建策、社会保障制度改革案は、経済・財政学者などにより提案されてきた。しかし、それらの多くは政治的に黙殺されてきた。改革案に含まれる増税、年金改革といった政策が政治的に不人気とされるからだ。一方で2022年の英国トラス政権が実施しようとしたような財政バラマキ策は、政治的実現可能性はあっても経済的実現可能性を失わせるため、市場からときに強い反発を受ける。

経済的実現可能性と政治的実現可能性の領域はどこで重なり合うのか?研究の一環として、われわれは経済学者及び国民双方に対して、経済・財政について、共通の質問項目13問を含むアンケート調査を行った。本稿は踏み込んだ分析に立ち入ることなく、その結果の紹介に主眼を置く。

経済的実現可能性については、世界的に評価されるような研究を行っている経済学者の意見が参考になると考え、経済学の学術データベースIDEASにおいて上位25%にランクされた日本の大学・研究機関に所属する経済学者を調査対象とした(以下、「経済学者調査」)。727名にアンケートを送付し、282名から回答を得た(回答率38.8%)。アンケート期間は、2022年11月4日〜11月24日である。こちらの詳細については、佐藤研究主幹によるReview「『経済学者を対象とした経済・財政についてのアンケート調査』結果」を参照されたい。[1]政治的実現可能性については、民主主義の究極の担い手である国民の意見が参考になると考え、ネット調査会社を通じて1,000名から回答を得た(以下、「国民調査」)。アンケート期間は2022年12月2日〜5日である。

アンケート結果については、佐藤(2023)に加え、加藤・前田(2023)でも一部を紹介してきた。[2]本稿では、経済学者調査と国民調査がどう乖離しているか(あるいはどう重なり合っているか)に重点を置き、より詳しく調査結果を紹介する。また、現時点での分析などについても簡単に触れる。

II.調査結果

1.設問別の経済学者と国民意識との乖離

経済学者調査及び国民調査では、両者に13の共通の設問を投げかけた。その上で、設問別に両者の乖離度を測った。各質問の具体的内容は表1に記してある。

図1は、共通する設問別に経済学者と国民との意識の乖離度を測り、大きい順に並べたものである。設問別乖離度は単純に、設問の各選択肢について経済学者及び国民の選択率の差分(絶対値)を求め、その上で、全選択肢の差分を総和して求めた。[3]

表1:経済学者・国民に共通の設問(全13問)

設問内容

Q2

日本経済の将来的な成長可能性についてのお考えを教えてください。2030年度までを念頭にお答えください。

Q3

財政政策についてお伺いします。他の条件が変わらない場合、あなたは現時点で日本が財政の歳出規模をさらに拡大すべきだと思いますか。以下の中からご自分の考えに最も近いものを1つ選んでください。

Q4

日本の財政状況についてお伺いします。財政赤字についてどのようにお考えですか。以下の中から、あてはまるものを1つ選んでください。

Q5

あなたの消費税に対するイメージとしてあてはまるものを2つまで選んでください。(2つまで)         

Q7

あなたは、他の条件が変わらないとした場合、日本は今後、消費税率を引き上げるべきだと思いますか。以下の中からご自分の考えに最も近いものを1つ選んでください。

Q8

社会保障等、今後の財政支出の財源をどこに求めるのが適切だとお考えですか。あてはまるものを2つまで選択してください。(2つまで)       

Q10

日本の金融政策についてお伺いします。これまで日本銀行が取ってきた非伝統的金融政策(金融緩和)は、低迷脱却に総体としてどの程度効果を発揮したとお考えでしょうか。以下の中からご自分の考えに最も近いものを1つ選んでください。

Q11

円安やエネルギー価格の上昇などにより物価は上昇基調にありますが、その中で財政・金融政策はどうあるべきと考えますか。以下の中からご自分の考えに最も近いものを1つ選んでください。

Q12

国民負担と歳出改革との関係について、今後政府はどのような方針で臨むべきだと思いますか。あてはまるものを1つ選んでください。

Q13

財政赤字の原因は何だと思いますか。あてはまるものを2つまで選択してください。(2つまで)

Q14

このまま国の借金が増加の一途を辿るとして、将来的に何が起きると思いますか。

Q15

福祉のサービス水準と負担のあり方について、あなたはどうお考えでしょうか。以下の中からご自分の考えに最も近いものを1つ選んでください。

Q16

日本経済において成長と分配(格差の是正)のどちらを重視するべきだとお考えになりますか。最もあてはまるものを選んでください。

全体として、経済学者と国民の意識の乖離は、当初想定していたより小さかった。[4]ただ、1からも明らかなように、設問によって乖離度は大きく異なる。以下では、乖離度の小さかった設問、大きかった設問を中心に結果を紹介していく。

(1) 乖離の小さかった設問

経済運営の基本的方向性

経済学者と国民の意識の乖離は全般的に小さいことが明らかとなった。福祉水準と負担との関係についての問い(Q15)の乖離度は、全質問中で最も小さかった。経済学者の66.7%、国民の56.6%が「中福祉・中負担」が望ましいと答え、他を大きく引き離した。成長と分配の関係についても(Q16)全体的な方向性については共通性が見られた。ただ、経済学者の方が国民よりも成長を重視する傾向がある。

 

財政赤字問題への認識

日本の財政赤字についての問い(Q4)の乖離度は、全設問中2番目に小さかった。経済学者及び国民の双方とも、財政赤字は「大変な問題」と答えた者が最も多かった(経済学者 44.3%, 国民 40.4%)。「大変な問題」「ある程度問題」と答えた割合は、経済学者が86.5%、国民が65.5%だった。一方で、「まったく問題ではない」「あまり問題ではない」と答えたのは、経済学者の6.7%、国民の11.6%に過ぎない。

さらに、国の借金がこのまま増えた場合にどうなるかという問い(Q14)について、経済学者及び国民の双方が最も多く選んだのは「増税や歳出カットなど厳しい財政再建を強いられる」という回答だった(経済学者 44.3%, 国民30.5%)。

近年、財政赤字や公的債務を問題視しない現代貨幣理論(MMT)などの考えが、一部の政治家や論者の間で強く支持されるようになっている。しかし今回の調査結果を見る限り、経済学者・国民のいずれにも、今のところはさほど浸透していない。両者の多くは、財政赤字の問題を深刻に捉え、借金が増え続けた場合、厳しい財政再建が必要となると考えている。

 

日本経済の展望と金融政策

当面の日本経済の成長可能性についての問い(Q2)においても、経済学者及び国民双方の乖離は小さかった(全体3番目)。両者に最も多く選ばれたのは「成長は困難」という回答であり(経済学者 50.0%, 国民43.2%)、次に多く選ばれたのは両者ともに「構造改革で成長は回復」であった(経済学者 36.9%, 国民 20.1%)。ここでも、経済成長による税収増を優先させ財政再建を図るべきという「上げ潮派」的な考えへの強い支持は見られない。

日銀が採ってきた大胆な金融緩和策についての評価でも両者は似通う(Q10)。両者とも「あまり効果は発揮していない」が最も多く選ばれた(経済学者 39.4%, 国民 43.8%)。ただ、「ある程度効果を発揮した」が両者とも次に多く選ばれ(経済学者 36.2%, 国民 16.8%)、特に経済学者の間では評価は拮抗している。

 

(2) 乖離の大きかった設問

消費税についての認識

すでに見たように、経済学者と国民の間では、経済運営の基本的方向性のあり方、日本の経済・財政の現状認識、財政赤字に対する問題意識、などにおいて両者の意識の乖離は小さい。しかし、問題の要因や対応策(用いるべき政策ツール)となると乖離は大きくなる。特に両者の乖離が大きかったのが、消費税に対する意識である。

経済学者と国民との間で最も乖離度の高かった設問は、消費税の引き上げについての問い(Q7)である。経済学者、国民の双方とも現状維持と答えた者は多かったが(経済学者 30.9%, 国民 40.9%)、他は、税率引き上げ(経済学者)の方向と、税率引き下げ・廃止(国民)の逆方向に大きく分かれた。経済学者の選択で最も多かったのが「15%への引き上げ」(経済学者 31.9%, 国民 5.4%)であり、全体では経済学者の56.7%が消費税の引き上げを選んだ。これに対して国民で消費税引き上げを選んだのは7.8%に過ぎない。対照的に、国民の44.2%は消費税の廃止あるいは消費税率引き下げを選んだのに対し、経済学者でそれらを選んだのは8.5%である。

消費税のイメージ(Q5、2つまで選択可)でも、経済学者と国民の認識は大きく分かれた。経済学者の選択で最も多かったのは「安定財源」(60.3%)であり、以下、「投資や雇用への歪みが少なく効率的」(35.1%)、「世代間で公平」(34.0%)とプラスのイメージのものが続く。これに対して国民の最も多くが選んだのは「景気に悪影響」(44.1%)であり、次が「逆進的で不公平」(23.8%)とマイナスのイメージが上位を占めた。3つ目に多かったのが「安定財源」(22.0%)である。


財政赤字の原因

財政赤字の原因についての問い(Q13, 2つまで選択可)でも、経済学者と国民との間に大きな意識の乖離が見られた。経済学者が最も多く選んだのが「社会保障費」(72.0%)であり、次が「政治の無駄遣い」(41.1%)、その次が「公共事業」(19.5%)となる。これに対して国民に最も選ばれたのが「政治の無駄遣い」(71.5%)であり、次が「高い公務員の人件費」(40.4%)、さらに「社会保障」(17.5%)となる。「高い公務員の人件費」は、全設問の全選択肢中で経済学者—国民間の意識の乖離が最も大きかった選択肢である。経済学者でこの選択肢を選んだのは1.7%に過ぎない。

少子高齢化が進む日本の現状、社会保障費は、削減どころか現状を維持することも非常に困難であり、今後も大きく増加していくことが予想される。そのため、経済学者のように社会保障費が財政赤字の最大の原因と考えれば、それを賄う大きな財源を、消費税など他に求めることが必要となる。政府の無駄遣いの削減や公務員の人件費削減では、規模的に社会保障費は賄えないというのがおそらく多くの経済学者の考えであろう。

これに対して、国民は「政府の無駄遣い」や「公務員の人件費」などが財政赤字の主因と認識しており、であれば、無駄遣いの抑制や公務員の人件費削減などの歳出削減により、財政赤字問題には対応できると考えている可能性がある。こうした財政赤字の原因についての認識の違いも、消費税に対する認識の違いに結びついていることが推察される。


財政・金融政策のあり方

上記の乖離と関連し、財政・金融政策のあり方についても、経済学者と国民間で大きな乖離が見られた。物価が上昇する中、「財政・金融政策はどうあるべきか」という問い(Q11)に対して、経済学者が最も多く選んだのは「企業の生産性の向上に努めるべき」(48.2%)だったのに対し、国民で一番多かったのは「消費税の減税を行うべき」(22.7%)だった。経済学者でこの選択肢(消費税減税)を選んだのは、具体的な対策を示した選択肢中で最も少ない3.5%に過ぎない。


2.国民別の経済学者との意識の乖離

設問別の乖離度に加え、国民別の乖離度の計測とその分析も行った。[5]まず、国民調査で回答した個々の国民(サンプル数: 906人[6])の回答が、経済学者調査における経済学者の回答とどの程度乖離しているかを計測した。[7]その上で、その乖離がどのような要因と相関するかについて簡易な回帰分析を実施した。

現時点では、回答した国民のうち、①主要な情報源がSNSである者、②政府への信頼が低い者、③男性、については、経済学者との意見の乖離が有意に大きいという結果が暫定的に得られている。逆に、④主要な情報源が新聞である者、⑤財政社会保障の知識が多い者、⑥大卒以上、については、経済学者との意見の乖離は有意に小さい。また、回答者の年齢と乖離度には有意な相関はなく、この問題でよく言われる世代間の対立は観察できなかった。

こちらの乖離についても今後、実験手法を用いた研究などを通じ、因果の方向性などにつき、より精緻に分析していくつもりである。

III.まとめ

本アンケート調査により、経済学者と国民の間での意見がどのような点で乖離するかが示された。経済運営の基本的方向性のあり方、日本の経済・財政の現状認識、財政赤字に対する問題意識、などにおいて両者の意識の乖離は小さい。盛んに喧伝されたMMTなども両者にはさほど浸透していないようだ。しかし、財政赤字問題の要因となると両者の意識の乖離は大きくなる。経済学者は少子高齢化による社会保障費に主要因を求めるのに対し、国民は政府も無駄遣いや公務員の人件費など、政府の放漫な運営に主要因を求める。この相違が、消費税に対する両者の、劇的とも言える対照的な意識にも結びついている可能性がある。

国民の多くがおそらく求めているのは、徹底した歳出削減による財政再建である。消費税増税に対する拒否反応は非常に強く、消費税を含む改革案の政治的実現性は、現時点ではおそらく非常に低い。

これに対し、おそらく経済学者の多くは、「政府の無駄遣い」を減らすことなどによる歳出削減の必要性は認めつつ、規模的に見て、歳出削減だけでは現在の財政赤字問題は解決できないと考える。今の日本において社会保障費の膨張を抑えるのは非常に困難であり、歳出削減のみの改革案の経済的実現可能性もおそらく非常に低い。

このように、現状、経済的実現可能性と政治的実現可能性が重なる領域は非常に狭い。重なってすらいないかもしれない。その領域を拡げるには、まずは政府や専門家と、民主主義の担い手である国民全般との情報格差を狭めることが重要になる。実際、財政社会保障の知識の多い国民ほど、経済学者との意識の乖離が小さかった。政府の側でも、こうした世論調査や国民とのコミュニケーションなどを通じて、国民の意識や嗜好をより正確に把握することが、重なる領域を拡げる上で有益である。

本研究プログラムでは今後も、行動経済学や実験政治学の手法を活用しつつ、国民に受容される(=政治的実現可能性のある)財政・社会保障制度のあり方につき研究を進めていく予定である。



補記

本文中で触れなかった設問の回答結果は以下のとおりである。




[1] 佐藤主光 2023. 「『経済学者を対象とした経済・財政についてのアンケート調査』結果」東京財団政策研究所Review。

[2] 加藤創太・前田幸男 2023.「経済教室  財政・社会保障制度改革の視点 消費税増税前に歳出削減を」日本経済新聞朝刊4月3日。

[3] 設問別乖離度=
  Econi: 経済学者全体の選択肢iの選択率(%)
  Massi: 国民全体の選択肢iの選択率(%)
  k: 設問中の選択肢数

[4] 経済学者に比べ国民は「わからない」の回答が多いが、この点を調整すると、両者の乖離はさらに狭まる。

[5] 回答した国民一人一人の設問別の選択が、経済学者の平均的選択からどの程度乖離しているかを計ったもの。

[6] 全サンプル(1,000人)中、欠損値のあったサンプルを除いた数。

[7] 国民別乖離度(国民j)=
  EconKj: 各設問K(全13問)で各国民jが選んだ選択肢についての経済学者の選択率(%)

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