R-2023-103
はじめに
東京財団政策研究所の研究プログラム「多様な国民に受け入れられる財政再建・社会保障制度改革の在り方:行動経済学・政治学の知見から」は、2022年に経済学者(大学研究者)及び一般国民を対象に日本経済と財政について、インターネットでの意識調査を行った。経済学者及び一般国民は我が国の財政赤字について危機感を共有しており、将来的には増税や歳出削減を伴う厳しい財政再建に迫られる可能性を懸念している。MMT(現代貨幣理論)のように財政赤字を問題ではないという主張への支持は少なかった。他方、財政赤字の原因については経済学者と一般国民との間では顕著な違いが見受けられた。経済学者は赤字の原因を社会の高齢化で増え続ける「社会保障」とするのに対して、一般国民は「公務員の高い人件費」や「政治の無駄遣い」とする回答が多かった。財政赤字は問題だが、それを社会保障サービスからの受益と負担との乖離によるとする意識は乏しい。また、消費税についても経済学者は「安定財源」であり、投資や雇用への歪みが小さいと好意的に捉える一方、一般国民は「逆進的で不公平」、「景気に悪影響」と否定的だった。財政再建の手段としての消費税の増税には、否定的なことが伺える。
同研究プログラムでは、2023年12月末にも、新たな一般国民向けのアンケート調査を、インターネットにて実施した。消費税の増税を含む財政再建への国民的な合意を得るために必要な情報、あるいは財政再建の手法について検討するのが狙いである。具体的には回答者を幾つかの「シナリオ」に割り当て、社会保障サービス(受益)の見える化や代替財源としての社会保険料負担との比較、増税と引き換えにした政府の「身を切る改革」などを提示した上で、消費税増税の賛否を訊いた。各シナリオを更に、消費税増税のみを問うグループと、給付削減や社会保険料の引き上げなどの増税以外の選択肢、つまり財政再建のメニューを示すグループに分けた。こうした行動経済学の「ナッジ」的な手法を用いて消費税増税への賛否の違いを見る。調査の回答者数は4,482人である。回答者の中には社会保障サービスからの受益が高いと思われる母子世帯、逆に低いであろう単身世帯を一定数確保した。一般世帯については、シナリオ・グループ間で均等に配分する一方、単身・母子世帯は受益を見える化したシナリオに当てた。
調査結果は次のようにまとめられる。調査ではシナリオ提示に先立って、社会保障サービス(年金、医療、介護、子育てなど)から恩恵を受けていると思うかと否かの質問を与えたが、社会保障サービスから受益を感じない回答者が、全体の57%を占めた。受益の多いであろう多子世帯や高齢者でも、他の回答者に比べて少ないとはいえ否定的な回答が多かった。また、全てのシナリオを通じて消費税増税に対して反対が賛成を上回った(「分からない」との回答も一定数あった)。情報提供や財政再建の手法の如何に拠らず、増税には抵抗が根強いことが伺える。なお、消費税の増税に反対でも「何もする必要はない」という回答は少なく、社会保障の給付削減、他の税金の増税を代わりに挙げている。他方、社会保障サービスから受益があると「思う」とした回答者の間では、他の回答者に比べて(反対を上回ることはないものの)増税に賛成する割合が上がっていた。また、消費税を増税しなければ社会保険料を引き上げることになるとしたシナリオ・グループにおいては、賛成の割合が高くなった(「ナッジ」が効いていた)。
アンケート設計
前述の通り、アンケート調査では5つのシナリオとシナリオ毎のグループ分けを行った。シナリオ1では、10歳階級の年齢別に児童手当・公的年金を含む、一人当たり現金給付額及び一人あたり医療・介護給付費を示している。現金給付は「全国家計構造調査(2019年)」(総務省統計局)、医療・介護給付費は「医療保険に関する基礎資料~令和2年度の医療費等の状況」(厚生労働省保険局)、「介護給付費等実態統計報告」(厚生労働省)による。シナリオ1は「消費税は社会保障費の財源です」「社会保障の財源を将来にわたって確保するためには安定的な財源が必要とされています」とした上で、グループAには消費税の増税の賛否(「賛成」、「反対」、「分からない」が選択肢)を問う一方、グループBについては「社会保障の財源を将来に渡って確保するために消費税を増税しないとすれば、社会保障給付の削減を削減しなければならないとします」との一文と「2040年を見据えた社会保障の将来見通し」(厚生労働省)から推計した、社会保障給付に対する公費の「不足分(スキマ)」を消費税で埋めたときの消費税率、税率は現行の10%で据え置いて給付を削減したときの削減割合を与え、賛否を訊いている。グループAは消費税増税の可否のみなのに対して、グループBは増税か給付の削減かの財政再建のメニューを選択することになる。
シナリオ2では、「全国家計構造調査(2019年)」(総務省統計局)から(30代以下を1に基準化したときの)年代別の消費税と社会保険料の負担を比較している。グループAにはシナリオ1・グループAと同じ質問をする一方、グループBには「社会保障の財源を将来にわたって確保するためには消費税を増税しないとすれば社会保険料を引き上げなければならないとします」とした上で増税に賛同するかどうかを問う。シナリオ1と同じ「2040年を見据えた社会保障の将来見通し」(厚生労働省)より、公費のスキマを埋めるのに必要な消費税率と社会保険料の引き上げ割合を情報として示している。ここで、グループBは増税か社会保険料増かのいずれか選択する。
シナリオ3では、「中長期の経済財政に関する試算」(内閣府)より「例えば、2019年度の基礎的財政収支赤字は14兆円ですが、うち6兆円は社会保障費が原因となっています」との説明を行い、基礎的財政収支赤字の多くは社会保障費に原因があることを強調し、「消費税はその社会保障の財源」とした。以ってシナリオ1同様、グループAには消費税の増税に賛否、グループBには増税か給付削減かの選択を問いている。
増税と「身を切る改革」のセットを提示したのがシナリオ4である。グループAについては特に情報提供なく「消費税は社会保障費の財源」とした上で「社会保障の財源を将来に渡って確保するためにも財政赤字を減らして、財政を健全化する必要があるとされます」とした。他方、グループBには「財政の健全化にあたっては消費税率の引き上げと合わせて、国は公務員の人件費等を削減するとします」との文言を加えている。
図表1:シナリオ・グループ別の設問
シナリオ5では、有識者(経済学者)の認識が回答者の選択に影響するかをみた。具体的には「消費税は所得税・社会保険料や法人税などに比べると中長期的には経済成長との親和性が高い税といえます。このことは経済学の研究でも裏付けられています。例えば、国際機関OECDのエコノミストJens Arnoldら(2011)の論文によれば、税収(対GDP比)を変えないとしたとき、他の税目を減税して消費税を増税する(税収に占める消費税の比重を上げる)方が経済成長を促進することが知られています」と実証結果を示している。このシナリオについてグループ分けは行っていない。
回答者数4,482名のうち、シナリオ1には単身世帯・母子世帯をそれぞれ204名・106名を確保して、等しくグループA及びBに配分した。残りの一般サンプル4,172名は、各シナリオ・グループに概ね均等に当てている。シナリオ1~4ではシナリオ毎に836名(各グループ418名)、シナリオ5は828名となっている。調査にあたっては消費税増税の賛否の他、個人の属性として年齢・性別、最終学歴、年収、扶養する子供の数と年齢など、財政への認識として「Q2.あなたは国・自治体が提供する社会保障サービス(年金、医療、介護、子育てなど)から恩恵を受けていると思いますか?」、「Q3.財政赤字の原因は何だと思いますか。あてはまるものを2つまで選択してください」といった質問も行った。
なお、本アンケート調査は東京財団政策研究所の研究倫理審査を経ている。
調査結果
調査結果は次のようになった。回答者をシナリオ・グループ別に分ける前に社会保障サービスからの受益や財政赤字の原因、消費税への認識について訊いている。「Q2.あなたは国・自治体が提供する社会保障サービス(年金、医療、介護、子育てなど)から恩恵を受けていると思いますか?」との問いに対して、「1.思う」は9.3%、「2.どちらかといえばそう思う」(27.8%)を合わせても全体の37%にとどまる。むしろ、「3.どちらかといえばそう思わない」と「4.思わない」が57%を占めている。政府は子育て支援を含めて社会保障サービスの充実を強調しているが、国民には伝わっていないようだ。社会保障からの受益が多いと思われる60代回答者の間でも「3.どちらかといえばそう思わない」と「4.思わない」が52%余りと半数を超えている。子ども(23歳未満)が二人以上いる回答者でも約5割が受益を感じているとは思わない、あるいはどちらかといえばそう思わないとする。他方、(一般サンプルとは別にとった)母子世帯については「1.思う」は17.3%、「2.どちらかといえばそう思う」が合わせて52%程度になっている。ただし、後にみるように母子世帯については社会保障からの受益が消費税の増税への賛同には繋がってはいない。増税に起因する生活不安が背景にあるのかもしれない。
図表2:社会保障サービスからの受益
次に財政赤字の原因について訊いている(二つまで回答)。これは2022年の調査と同じ質問である。前回同様、「3.公務員の高い人件費」(回答者の30.6%)、「4.政治の無駄遣い」(同75.6%)を挙げる回答者が多かった。高齢化で増え続けている社会保障費を財政赤字の原因とする回答者は2割に留まっている。政府はこれまで、社会保障給付などの受益と、消費税を含む負担の乖離が財政赤字を拡げてきたとしてきた。「天の川」とも称されるが、諸外国では社会保障などの受益(対GDP比)と負担(対GDP比)との間には概ねプラスの相関関係が見受けられる。これに対して日本は負担が増えないまま受益だけが伸びてきた経緯があった。あるいは社会保障費のうち公費で賄うべき部分と(社会保障目的税とされる)消費税収との乖離が先にも説明した「スキマ」であり、これが財政赤字に繋がっているとの説明も聞く。しかし、いずれも国民の認識が共有されていないことが伺える。他方、「3.公務員の高い人件費」が問題とされるならば、その削減と増税を一体にした「身を切る改革」(無論、ここで身を切るのは公務員であり、政治というわけではない)が国民から支持を得やすいかもしれない。本調査のシナリオ4・グループBでは「消費税率の引き上げと合わせて、国は公務員の人件費等を削減する」とした。
図表3:財政赤字の原因
図表4:消費税への認識
消費税についての認識も2022年調査同様、否定的な回答が多かった。「Q5.あなたの消費税に対するイメージとしてあてはまるものを2つまで選んでください。(複数回答、2つまで)」との問いに対して、「2.景気に悪影響」が約42%と最も多かった。「1.逆進的で不公平」も23%余りあった。他方、「3.世代間で公平」(回答者の26.6%)や「5.安定財源」(24.7%)と肯定的に受け止める向きもあった。中長期的には他の課税に比べて経済成長との親和性が高いとする経済学のエビデンスとは対照的だ。次に述べる通り、全シナリオを通じて消費税の増税には反対が多かった。国民にとって消費税が最も身近な税であればこそ、社会保障からの受益や保険料の負担など情報提供の如何に拠らず、「岩盤的」な反感があることが示唆される。
図表5:シナリオ別消費税増税への賛否
本調査ではシナリオ・グループ毎に情報提供、特にグループBには増税以外の選択肢や公務員の人件費の削減といった条件の提示を行った後、「Q7.消費税率を上げることに賛成ですか、反対ですか?」を訊いている。(シナリオ4・グループBの設問は「Q8.公務員の人件費等を削減することを条件に消費税率の引き上げに賛成ですか、反対ですか?」)その結果をまとめたのが図表5である。ただし、回答は一般サンプルのみで、単身世帯・母子世帯は除いている。いずれのシナリオ・グループでも増税反対が賛成を大きく上回っている。例えば、受益を見える化したシナリオ1・(代替的選択肢のない)グループAの場合、賛成が12.4%に対して反対は62.9%に上る。経済成長との親和性のエビデンスを示したシナリオ5では増税賛成が10%に過ぎない。回答者にエビデンスはさほど響かなかったようだ。他方、シナリオ4・グループBでは賛成が2割近いなど他のシナリオに比べて賛成の割合が高い。「公務員の人件費削減」を条件としたことで、回答者を賛成に導いたことが伺える。なお、同じシナリオ4だが、具体的な情報や条件の提示はなく、シンプルに「財政赤字を減らして、財政を健全化する必要があるとされます」としたグループAでも賛成が15%と、他のシナリオよりも高い。メッセージがストレートだったからか、財政の健全化の中に人件費を含めて他の歳出改革をイメージした回答者がいたからかもしれない。グループ間で回答が大きく違ったのがシナリオ2である。増税の可否を訊いただけのグループAでは賛成は7.9%に過ぎなかったが、「消費税を増税しないとすれば社会保険料を引き上げなければならない」としたグループBでは、賛成の割合が約2倍の15.3%まで増えている。後の実証分析(多項ロジット分析)でも、シナリオ4とともにシナリオ2・グループBが統計的に有意に賛成の確率を高めていることが示される。賛否を逆転させるには至らないが、シナリオ2・グループBやシナリオ4のような改革メニューの提示が影響していることが伺える。
グループBについては増税か給付削減か、あるいは増税か保険料の引き上げかといった「二者択一」ではなく、これらの見直しを組み合わせるとすれば、どちらの比重を大きくすべきかを質問した。シナリオ1と3は増税と給付削減との間での選択だが、後者の比重を大きくすべきとの回答が4割強を占めた。消費税を挙げた回答は2割程度だった。社会保障からの受益を回答者の多くが感じていないことが影響している可能性がある。他方、保険料との比較になるシナリオ2ではむしろ消費税の比重を大きくすべきとする回答が27%と、社会保険料の25.8%を僅かながらも上回った。税か保険料かを問われると、国民の意識も変わってきそうだ。なお、いずれのシナリオも図表5よりも消費税への賛同が増えている。消費税の単独増税には反対でも、他の政策との組み合わせならば同意できることを示唆する。
図表6:他の選択肢との組み合わせ
社会保障サービスからの受益を実感しているかどうかも増税への賛否に影響しそうだ。実際、図表7にある通り、(一般サンプルを対象に)全シナリオ・グループを合わせたとき、社会保障から恩恵を受けていると「1.思う」回答者の間では賛成が26.2%だった。反対には及ばないものの図表5の結果よりも賛成割合が高い。逆に恩恵を受けていると「4.思わない」回答者の間で増税への反対が多かった。十分条件ではないまでも社会保障からの受益を「見える化」して、国民の実感を促すことが増税への合意形成の必要条件といえそうだ。(無論、真に受益を伴わないような無駄な社会保障サービスは抑制されなければならない)
図表7:受益と消費税
実証分析
本稿の最後に多項ロジット分析を行う。「Q7.消費税率を上げることに賛成ですか、反対ですか?」、あるいは「Q8.公務員の人件費等を削減することを条件に消費税率の引き上げに賛成ですか、反対ですか?」との問いに対して、シナリオ・グループ別の情報提供等が「1.賛成」、「2.反対」、「3.分からない」の選択に与える影響を検証した。ここでは「3.分からない」をベースラインとし、シナリオ5を基準とした。従って、シナリオ5に比べて他のシナリオが回答者の選択をどのように変えたかという解釈になる。モデル1は、個人の属性等は考慮せず、シナリオ・グループのみを説明変数としたときの結果である。消費税の増税と社会保険料の引き上げを比べた、シナリオ2・グループB及びシナリオ4が有意(P値が10%未満、以下同様)に消費税増税への賛成を高めている。シナリオ4については、財政の健全化の必要性のみを訴えたグループA、公務員の人件費削減を増税の条件にしたグループBとも賛成に対してプラスに働いている。財政赤字の主たる要因を社会保障費としたシナリオ3・グループBは賛成・反対とも(分からないに比して)割合が上がっている。また母子世帯は賛成・反対ともマイナスで「3.分からない」との回答の比重が高いことが伺える。
モデル2では、回答者の性別・年齢、学歴、子供の数の他、「Q2.あなたは国・自治体が提供する社会保障サービス(年金、医療、介護、子育てなど)から恩恵を受けていると思いますか?」との問いへの回答や財政赤字の原因に「社会保障」を挙げた回答者、及び消費税を「逆進的で不公平」とした回答者のダミーを加えている。ただし、Q2で「分からない」との回答はサンプルから除いた。シナリオ2・グループB、シナリオ4が引き続き、賛成の割合を有意に高めている。ここでは幾つかのシナリオ・グループに交差項も与えている。モデル1とは異なりシナリオ1・グループでも消費税を安定財源とする回答者が増税に同意する傾向にある。(賛成の割合が上がり、反対の割合が下がっている)シナリオ3では財政赤字を「政治の無駄遣い」に拠るとした回答者が反対する一方、シナリオ3・グループAの係数単独(財政赤字を「政治の無駄遣い」としなかった回答者の間)では「反対」に対しては(P値が9%と弱いながら)有意にマイナスに働くことがわかる。
女性ダミーは賛成・反対ともマイナスに有意(「分からない」との回答が多い)な一方、学歴が大学以上の回答者については賛成・反対が有意に高まっている(「分からない」との回答が減少)。社会保障から恩恵があると思わない回答者は、増税に対して有意に反対していた(賛成の係数がマイナス、反対の係数がプラスをとる)。また、消費税を逆進的とする回答者の反対割合は高い一方、財政赤字の原因を社会保障とした回答者が増税に賛成する割合は上がっている。
図表8:多項ロジット分析の結果
まとめ
消費税増税に対する国民の反対は根強いことが今回のアンケート調査からも明らかになった。その背景には、財政赤字の原因を専ら「政治の無駄遣い」や「公務員の高い人件費」によると認識していること、財政赤字の真の原因の社会保障から受益を感じている国民が少ないことがあるだろう。結果、財政赤字が「自分事」にはなりにくい。加えて、消費税が身近な税である分、「逆進的で不公平」や「景気に悪影響」などと否定的なことも増税への反対を強めている。他方、今回の調査では回答者の一部に消費税の増税の如何ではなく、増税でなければ給付削減、あるいは保険料の引き上げといった財政再建の選択肢を、提示した保険料の引き上げを消費税の代替としたグループでは、増税への賛成割合が高まっている。また、増税と公務員の人件費削減といった「身を切る改革」も賛成を増やしていた。増税単独ではなく、改革のメニューと選択肢を示すことが、財政を健全化させ社会保障の持続可能性を確保するためには必要といえそうだ。