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第5回 佐藤祐一さん(滋賀県琵琶湖環境科学研究センター専門研究員) 水みんフラ卓越人材を探せ
「水みんフラ」曼陀羅より一部抜粋 https://www.tkfd.or.jp/files/research/2023/Oki_PG/tktd_mizu_pos_web_001.pdf

第5回 佐藤祐一さん(滋賀県琵琶湖環境科学研究センター専門研究員) 水みんフラ卓越人材を探せ

January 22, 2025

R-2024-080

1.水みんフラ卓越人材の活動概要
2.水みんフラ卓越人材プロフィール
3.水みんフラ卓越人材にせまる一問一答
4.ヒアリングを通じてわかったこと

1.水みんフラ卓越人材の活動概要

佐藤祐一氏は滋賀県琵琶湖環境科学研究センターの専門研究員として、琵琶湖およびその周辺河川の水質や生態系の保全に取り組んでいる。特に、「小さな自然再生」と呼ばれるアプローチを通じて、地域住民、行政、研究者、企業と協働しながら、自然環境の回復を進めている。

「小さな自然再生」とは、大規模な工事に頼らず、小規模な作業を地域の力で積み重ねることで自然環境を再生する取り組みを指す。この方法の特徴は、地域住民が主体的に関わりやすいこと、コストが低いこと、そして必要に応じて修正や撤去が容易なことである。例えば、河川に魚道を設置して魚が遡上しやすくする、川底を掘り起こして産卵場所を整えるといった具体的な作業が挙げられる。

佐藤氏は2015年から始まった「家棟川・童子川・中ノ池川にビワマスを戻すプロジェクト」に携わり、魚道の設計や設置に関する専門的な知見を提供しながら、地域の人々とともに試行錯誤を重ねてきた。2016年には、単管パイプと木片を組み合わせた魚道を設置したが、課題が残った。その後、鋼製フレームや木製板を用いて魚道を改良し、2018年にはついにビワマスの遡上が初めて確認された。

家棟川を遡上するビワマス(筆者撮影)

さらに、愛知川支流の渋川では、愛知川漁業協同組合と協力し、魚道設置を通じてビワマスの産卵域を倍増させる成果を上げた。加えて、大浦川では「小さな自然再生」現地研修会を開催し、地域住民や子どもたちとともに仮設の魚道を設置するなど、教育的な役割も果たしている。

佐藤氏らが取り組む「小さな自然再生」は、地域の多様な主体が協力し、小規模な改善を積み重ねることで自然環境を再生するモデルケースとなっている。この取り組みは、ビワマスをはじめとする生態系の回復だけでなく、地域住民が自然との関わりを深める機会を提供している。また、子どもたちを含む次世代への教育や地域の活性化にも繋がり、持続可能な地域社会づくりに寄与している。

佐藤氏は、小さな自然再生が行われるプロセスを(1)目標設定、(2)体制構築、(3)技術と実行、(4)維持管理に分類し、他の多くの事例、自身の携わった家棟川での事例を『中小河川における「小さな自然再生」推進に向けたプロセス構成要素の把握と適用』(河川技術論文集.第28巻.2022年6月)にまとめている。ここで概要を以下に示す。


(1)目標設定

目標設定は小さな自然再生の出発点であり、人材育成においても重要な役割を果たす。特定の生物種や遡河性魚類に限定するのではなく、生物多様性の向上、人と自然のつながり、地域活性化といった広い目標が、多様な主体を巻き込みやすい。これにより、自然科学の専門家に加えて、地域住民や行政職員、教育関係者など、多様なバックグラウンドを持つ人材の参加が可能になる。この時、SMART目標を導入する。Specific(明確性)、Measurable(測定可能)、Achievable(達成可能)、Relevant(関連性)、Time-based(時限性)を満たす具体的な目標設定により、効果を可視化し、関わる人々のモチベーションを維持することができる。

家棟川では、ビワマスをターゲットにした目標設定が、地域住民との対話を通じて形成された。住民の声をもとに、地域文化や歴史を踏まえた目標として「ビワマスの保全再生」を掲げた。これは、住民が自らの地域の未来に関わる主体として認識するきっかけとなり、多様な参加を促した。

(2)体制構築

体制構築は、プロジェクトを持続可能にする基盤となる。早い段階で広範囲にわたるステークホルダーを抽出し、主要メンバーで構成されるチームを編成する。対等な立場で役割分担を明確にすることが、メンバー間の協力と信頼関係を構築する鍵となる。小さな規模で始め、必要に応じて参加者を増やすことで、計画段階からの修正や調整が可能になる。特定の組織が主導するのではなく、協働のプロセスを重視することが重要である。

家棟川のプロジェクトでは、多様な主体が協力して持続可能な体制を構築した。当初は住民・市民、野洲市、県環境部局、研究者(協働分野)で構成されたが、住民らが地元企業に、県環境部局が河川管理者(県土木部局)に、研究者がビワマスや小さな自然再生の研究者らに声をかけ、最終的なプロジェクトメンバーが決定された。プロジェクト事務局は、市民、野洲市、滋賀県、研究者による協働体制で運営されている。複数の主体がそれぞれ複数の組織等に声をかけたために、網目状の人的ネットワークが形成され、役割分担をベースとした協働体制の構築につながった。

(3)技術と実行

技術の選定と実行段階では、専門家と市民の協力が不可欠である。魚道設置や河床攪乱、バーブ工など、比較的簡便な技術を採用することで、市民が技術を学び、実践を通じてスキルを向上させる場が提供される。また地元企業の寄付やクラウドファンディングを活用するなど継続的な資金確保が重要である。

家棟川では、住民と行政が協働して技術を実行した。小さな自然再生の研究者が提供した複数案をもとに、河川管理者が測量を担当し、住民は助成金を活用して実際の魚道制作と設置を行った。これにより、住民がプロジェクトに直接関わることで責任感と技術力を養った。

小さな自然再生の現場。オレンジ色のジャケットが佐藤氏(筆者撮影)

(4)維持管理

維持管理の段階では、モニタリングと柔軟な対応が鍵となる。ターゲット生物種の状況や設置物の劣化を定期的に確認し、活動の効果を測定する。地域住民やボランティアが参加することで、現場の知見が蓄積される。また設置した施設等は、結果に応じて活動を柔軟に調整し、必要に応じて修復や撤去を行う。また、活動を継続するために新たな参加者を取り込む努力も求められる。

家棟川では、住民参加型のモニタリングが効果を上げている。ビワマスの遡上数や稚魚の調査を住民と研究者が協力して実施。調査結果を毎年の「ビワマスフォーラム」で発表し、住民が活動の意義を共有できる場を提供している。

2.水みんフラ卓越人材プロフィール

京都大学大学院環境地球工学専攻を2003年に修了。民間の建設コンサルタントを経て2006年に琵琶湖環境科学研究センターに入庁、2018年より現職。環境システム工学を専門としており、流域スケールでの水文・水質・生態系モデリングを行う傍ら、滋賀県内において多様な主体の協働による環境保全・再生事業に従事。琵琶湖版SDGsである「マザーレイクゴールズ(MLGs)」の案内人代表も務める。

3.水みんフラ卓越人材にせまる一問一答

(1)取り組みの内容とそれをはじめたきっかけを教えてください。うまくいってうれしかったことを教えてください。

家棟川では、住民協力のもと水質調査を行っていたが、その住民から「次は生き物のつながり(生態回廊)を再生したい」という声が上がった。これを契機に、多くの住民と共に上流から下流までの生物調査(主に魚類)を行い、その結果、この川が在来種の宝庫であり、県内でも貴重な河川であることが判明した。調査の中で特に注目されたのがビワマスであった。かつては多く遡上していたが、近年その姿はほとんど見られなくなり、さらに遡上・産卵を阻む多くの障壁が存在していることが専門家の協力で明らかになった。こうした背景から、2015年にビワマスをシンボルとした川の環境保全再生プロジェクトを、多主体協働で立ち上げた。元徳島大学(現:吉備国際大学)の濵野龍夫先生、滋賀県立大学の瀧健太郎先生、兵庫県立人と自然の博物館の三橋弘宗先生ら小さな自然再生の中心メンバーから助言を得て、産卵床の造成や魚道の設置といった取り組みを開始した。
 活動をしていてうれしかったことは3点ある。2015年に産卵床を造成した翌年の春、ビワマスの稚魚が確認され、活動の成果が目に見える形で現れたこと、試行錯誤の末、仮設の手作り魚道を設置し、3年目に初めて遡上が確認され、その後上流側での産卵と稚魚も確認されたこと、これらの成果が認められ、2023年には行政により本設魚道が設置されたことだ。

(2)最初にどんな困難に直面したかを教えてください。

家棟川の生き物の保全・再生を目指すにあたり、最初の課題は「何に取り組むべきか」、意見がまとまらなかった。住民側は内湖(琵琶湖周辺に点在する小型の池や湖(潟湖))の再生といった大規模な事業を求めたが、行政としては容易に対応できる話ではなく、衝突もあった。結果として「まず小さく始める」という合意に至り、ビワマスの保全・再生に取り組むこととなった。
 また、野洲市(基礎自治体)の協力を得るのにも苦労した。河川管理者が滋賀県であるため、市として「直接の管轄ではない」という姿勢だったが、何度も話し合いを重ね、最終的には市も協力し、現在では事業の最前線で取り組んでいる。さらに、治水を担当する県土木部局との調整にも課題があった。川の保全再生活動では、砂利の投入や魚道の設置などが必要となるが、これが洪水流下能力に影響すると判断され、慎重な対応を求められることが多かった。

(3)ご自身の活動をやめようと思ったことはありますか?それはなぜですか?
(4)そのときに踏みとどまった理由はなんですか?

活動をやめようと思ったことは一度もない。活動を続ける中で人とのつながりが増え、規模が大きくなるにつれてやりがいも増している。また、基本的に異動のないポストに就いているため、立ち上げた事業は最後まで責任を持って進める必要がある。これは自身が抱える使命感でもある。大学時代に、ダムなどの河川開発と環境保全の対立や合意形成をテーマに研究してきた経験がある。こうした課題に科学と社会の両面からアプローチして解決することを目指しており、現在、その目標に取り組めているという実感があることが大きな理由である。

(5)活動してきて個人にとってよかったことは何ですか?

①小さな範囲であっても、川を実際に良くすることができるという実感を得られる
自然環境の保全活動では、大規模な成果を求めがちだが、たとえ小さな改善でも、川の流れや生態系が目に見える形で変化していくことに大きなやりがいを感じる。例えば、手作りの魚道を設置後に実際にビワマスが遡上する姿を確認したときには感動するとともに、活動の意義を改めて実感できた。

DIYやものづくりを通じて、多くの技術を学べる
魚道の設置や産卵床の造成といった活動では、単純な道具の使用から複雑な構造物の設計まで、多岐にわたる技術を習得する機会がある。例えば、材料の選定や組み立て、現場での調整など、ものづくりの楽しさを学びながら、実践的なスキルを身につけることができる。

③川や湖を見る目が変わり、解像度が上がる
活動を通じて、普段見過ごしていた川や湖の細部に気づくようになる。例えば、水の流れの速さがどのように砂利を移動させるかや、魚の産卵に適した場所の条件など、環境の一つひとつに注意を払えるようになる。この「見る目」の変化は、日常生活でも新たな発見をもたらす。

④自分の知識を子どもに教える楽しさを感じられる
活動を通じて得た知識を、地域の子どもたちに伝える機会が増えた。子どもたちが川や魚に興味を持ち、楽しみながら学ぶ姿を見ると、自分の経験が次世代につながっていることを実感できる。また、子どもの純粋な疑問や反応から新たな気づきを得られることも多く、教えること自体が学びとなる。

(6)ご自身の活動を若い人にすすめますか? それはなぜですか?

ぜひ勧めたい。事務作業や机上の計画づくりが増える行政の仕事の中で、現場で体感し学べる機会は貴重である。現場の経験を通じて得た知識やつながりは、政策立案にも活かすことができるため、非常に有意義な活動だと考える。

佐藤さん(中央)と家棟川でビワマスのモニタリングを続ける地元の人々(筆者撮影)

(7)活動をともにする仲間や新たな卓越人材をうむために必要なことはなんですか?

協働は、事前に計画的に作り上げるものではなく、「振り返ればそこにあるもの」である。つまり、活動を進めていく過程で生まれる自然な流れの中で形成されるものだ。最初から協議会や組織の形を整えることにこだわるのではなく、現場で直面する具体的な課題を一つひとつ明確にし、それに向き合いながら取り組む中で、必要な仲間や協力者が次第に集まってくる。このプロセス自体が、協働の本質といえる。「協働」は目的ではなく、あくまでも課題解決のための手段である。そのためには、まず「課題は何か」を的確に見極めることが最も重要だ。課題を共有し、その解決を目指して行動する中で、多様な主体がそれぞれの役割を持って関与し始める。たとえば、住民が現場の知見を提供し、研究者が専門的な助言を行い、行政が実行支援を行うといった形で、それぞれが持つ力を活かしながら協働が深まっていく。また、協働とは、計画通りに動くものではなく、実践の中で育まれる動的なプロセスである。そのため、活動の初期段階では柔軟性を持ちながら進めることが求められる。これにより、持続可能で実効性のある協働体制が自然と生まれるのである。

(8)生まれ変わったら何をしてみたいですか?

特定の分野の専門家になってみたい。現在は研究者というよりはゼネラリストであり、広く浅く知識も経験もあるので、それを活かしてつなぎ役として活動している。それはそれで社会的な役割もあると思っているが、この分野なら誰にも負けないというものがないのも事実。つなぎ役はつなぎ役、専門家は専門家としての存在意義があり、それが協働につながっているのだが、専門的な知見を深める姿勢にも憧れを抱いている。

4.ヒアリングを通じてわかったこと

(1)きっかけ

家棟川では水質調査をきっかけに、住民から生態系保全・再生の要望が寄せられ、生物調査が実施された。その結果、この川が在来種の宝庫であり、県内でも貴重な河川であることが判明。特にビワマスに注目が集まり、遡上や産卵を妨げる障壁が多数存在することが明らかとなった。これを受けて、2015年にビワマスをシンボルとした環境保全プロジェクトが多主体協働で始動。専門家の助言を得ながら、産卵床の造成や魚道の設置に取り組んでいる。

(2)個人のモチベーション

・川を実際によくする社会実装を体感できる。

DIYやものづくりの技術を学べる。

・川や水辺を見る視点が変わり、理解が深まる。

・子どもに教える機会を得られる。

(3)卓越人材に必要なこと

協働は「振り返ればそこにあるもの」と認識すること。最初から(協議会などの)形をつくらずに、やりながら仲間を増やしていく。「課題はなにか?」が一番大事。「協働」は課題解決のための手段。

水みんフラ卓越人材を探せ

現在まで日本の安全な水の安定供給を支え、水の災禍を低減させているのは、上下水道、農業水利施設、治水施設などの構造物(いわゆるインフラ)、自然生態系や人為的な生態系、それらに関わる人や組織といった要素が組み合わさったシステム全体=水に関する社会共通基盤(水みんフラ)だ。しかし、人口減少、土地利用変化、財源不足、担い手不足、災害の頻発化などのため、持続可能な維持管理が困難になっている。

都市のみならず地方においても、地域に合った「水みんフラ」の再構築による、持続可能な維持管理、突発的な事故や災害への対応体制の整備が急務で、それには「水みんフラ」に関する総合知を習得した卓越人材(水みんフラ卓越人材)が不可欠だ。

本研究ではこうした水みんフラ卓越人材がどのように育成され、彼らを中心とした組織がどのように生まれ、ノウハウがどのように共有されているかをヒアリング、レビューにまとめ、その後、調査研究・集約し、卓越した水みんフラ人材を体系的に育成する方策を提言する予定である。

 

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