R-2024-068
・ポータルサイトの重要性 ・本プロジェクトで構築したポータルサイトについて ・教育における生成AI利活用に関する提言 ・おわりに |
生成AIは教育現場に大きな影響を与えることが予想されており、教員や学習者、保護者など、教育に関わる全ての関係者の理解と適切な活用が求められている。特に、ChatGPTを始めとする対話型生成AIは、学習支援、教材作成、授業準備など、様々な場面での活用可能性が示唆されている。ただし、生成AIの出力の正確性や信頼性、著作権への配慮、個人情報の取り扱いなど、活用に際して考慮すべき要素が多岐にわたる。
このような状況において、新しい技術の理解と活用を促進する上で、最新の情報や実践例を一元的に提供できる情報ポータルサイトの存在は極めて重要である。教育現場において、個々の関係者が置かれている状況や課題は多様であり、一律の研修や情報提供だけでは十分な支援とはならない。特に、生成AIのような急速に発展する技術分野においては、最新の情報や知見を迅速かつ正確に提供できる仕組みが不可欠となる。そこで、本稿では、教育における生成AI活用の情報ポータルサイトの重要性について、理論的背景と実践例を元に論じる。そして、それらの知見をふまえて、生成AI時代における情報提供のあり方について提言する。
ポータルサイトの重要性
先行研究をふまえた一元化された情報管理の重要性
情報管理研究の進展によって、組織における知識マネジメントの重要性が指摘されており、特に急速に変化する技術分野においては、最新の情報や知見を一元的に管理・提供することの重要性が強調されている。Davenport & Prusak(1998)は、組織における知識の共有と活用において、情報の一元化と適切な提供が果たす役割の重要性を指摘している。彼らの研究によれば、組織内での知識の効果的な流通と活用には、情報へのアクセシビリティと利用可能性が決定的な要因となることが示されている。本知見は組織内における知識共有という文脈であるが、全国の教員間の知識共有においても参考となる知見だと考えられる。
教育分野においても、新しい技術や手法の導入に際して、信頼できる情報源からの正確な情報提供が重要であることが指摘されている。特に、教育現場では、個々の教員が置かれている状況や課題が異なることから、それぞれのニーズに応じて必要な情報にアクセスできる環境の整備が求められる。この点について、Hargreaves & Fullan(2012)は、教育における専門的資本の構築において、知識へのアクセスと共有の重要性を強調している。
さらに、教育工学の分野からも、テクノロジーの教育活用における情報提供の重要性が指摘されている。例えば、Mishra & Koehler(2006)が提唱するTPACK(Technological Pedagogical Content Knowledge)フレームワークにおいては、技術的知識、教育学的知識、内容知識の統合的な理解の重要性が強調されており、これらの知識を効果的に提供し、実践に結びつける仕組みの必要性が示されている。
これらの先行研究を参考にすると、新しい技術や知識の効果的な導入と活用においては、情報の一元管理が極めて重要な役割を果たす。特に生成AIのように技術の進展が急速で、活用方法や留意点が日々更新される分野においては、信頼できる情報源から最新の知見を効率的に得られる仕組みが不可欠である。情報の一元管理により、個々の教育関係者が独自に情報収集と整理を行う負担が軽減されるだけでなく、情報の信頼性や一貫性が担保され、実践知の共有と蓄積も促進される。このように、情報の一元管理は、生成AIの教育活用を組織的かつ効果的に推進する上での基盤になると期待される。
コロナ禍におけるオンライン授業支援ポータルサイトの構築と公開
ここで、著者も大きく関わったポータルサイトに関する先行例について紹介したい。2020年の新型コロナウイルス感染症の世界的な拡大は、教育機関に対して前例のない課題をもたらした。多くの教育機関が対面授業からオンライン授業への迅速な移行を迫られる中、効果的な情報提供の重要性が改めて認識されることとなった。この文脈において、著者も構築に関わった東京大学「オンライン授業・Web会議ポータルサイト」(utelecon: 現「情報システムの総合案内サイト@東京大学」)は、オンライン授業に関する情報を一元的に提供する場として重要な役割を果たし、学内外の教育関係者が参照するサイトとなった(田浦ら 2020, 吉田 2021, 竹内・玉造 2023)。
uteleconの特徴として特筆すべき点は、まず情報の一元化による効率的な情報提供にある。オンライン授業の実施に必要な技術的情報から教育方法に関する知見まで、包括的な情報を体系的に整理し、一箇所で提供することで、利用者の情報探索コストを大幅に低減することに成功した。
次に、対象者別の情報提供アプローチが挙げられる。教員向け、学生向けなど、利用者の立場や役割に応じて必要な情報を整理し、それぞれのニーズに合わせた形で提供することで、情報の有用性と利用可能性を高めている。このような利用者中心の設計は、情報ポータルサイトの効果的な運営において重要な示唆を与えている。
さらに、状況の変化に応じた迅速な情報更新の仕組みも重要な特徴である。特に、パンデミックの初期段階における状況の急速な変化に対応して、必要な情報を適時に更新し、提供し続けることができた点は、危機対応における情報ポータルサイトの有効性を示す好例といえる。
加えて、学内外を問わず誰でもアクセス可能なオープンな情報提供の姿勢も特筆に値する。これにより、個々の教育機関が独自に情報を収集・整理する負担を軽減し、教育界全体での知見の共有と活用を促進することに貢献した。
このuteleconの事例は、新しい技術や手法の導入における情報ポータルサイトの重要性を実証的に示すものである。特に、情報の一元化、対象者別の情報提供、迅速な更新、オープンな共有という要素は、教育における生成AI活用の情報提供を考える上でも重要な示唆を与えている。
本プロジェクトで構築したポータルサイトについて
目的
図1に示す本研究で構築したポータルサイト Manabi AI(まなびあい: Manabi AI 2024)は、教育における生成AIの利活用に関する基本的な情報や最新情報をまとめることを目的としている。教育現場における生成AI活用の現状を鑑みると、個々の教育関係者が独自に情報収集を行い、その妥当性を検証することには大きな負担が伴う。また、情報の更新頻度が高く、新たな知見や留意点が日々追加されていく状況において、確実な情報源へのアクセスの重要性は一層高まっている。
このような背景から、本ポータルサイトでは、教育における生成AIの利活用に関する情報を包括的に把握できる環境の提供を目指している。具体的には、基礎的な概念や活用方法から最新の実践事例まで、教育関係者が必要とする情報を体系的に整理し、提供することを意図している。2024年12月現在はβ版として公開しており、利用者からのフィードバックを得ながら、継続的な改善を進めている状況である。
図1. Manabi AI(まなびあい) トップページ
開発体制
本ポータルサイトの開発・運営は、監督者である著者を中心とした体制で進められている。監督者は全体の方向性の決定、記事の品質管理や執筆を担当し、学生のリサーチアシスタントが記事執筆や企画補助を担当している。この体制により、教員と学生視点の両方を取り入れた情報提供が可能となっている。
また、特筆すべき点として、本プロジェクトで別途運営している教育における生成AI利活用に関するコミュニティのメンバーとの連携が挙げられる。実際の教育現場での活用を見据え、教育関係者との定期的な意見交換を通じて、提供する情報の実用性や有用性を継続的に検証している。このような協働的なアプローチにより、理論と実践の両面から、より実効性の高い情報提供を実現することを目指している。
構築環境
プラットフォームの選定においては、情報の更新と管理の容易さを重視し、文書管理サービスNotionとWebサイト公開支援サービスSuperの組み合わせを採用している。Notionは直感的なインターフェースと柔軟な情報構造化機能を備えており、頻繁な更新が必要な情報の管理に適している。特に、複数の執筆者による協働的な編集作業や、情報の体系的な整理において優れた特性を発揮している。Notion自体にWebサイトとして公開する機能があるものの、後述するようにカスタマイズ性に欠けていることから次に説明するSuperを導入している。
Superは、Notionに書かれた文書をWebサイトとして公開することができるサービスであり、Notionが提供しているWebサイト公開機能よりも高度な機能を有している。具体的には、カスタマイズ可能なナビゲーションバーの実装により、利用者の情報アクセシビリティを向上させている。また、詳細なアクセス解析機能を通じて、利用者の行動パターンや需要の高い情報を把握し、サイトの改善に活用している。さらに、柔軟なサイトデザインのカスタマイズ機能により、情報の見やすさや使いやすさの向上を図っている。
このような技術的基盤の選択により、情報の効率的な管理と提供を実現するとともに、利用者のニーズに応じた柔軟な改善を可能としている。特に、生成AIのような急速に発展する分野においては、このような機動的な更新と改善の仕組みが極めて重要である。
構成
ポータルサイトの構成は、利用者の多様なニーズと情報アクセスパターンを考慮して設計している。全体は「まずはここから」「生成AIサービス」「活用場面」「特集記事」という四つの主要セクションで構成され、それぞれが異なる役割を果たしている。この構成は、情報の階層性と関連性を考慮して設計されており、初学者から実践者まで、様々なレベルの利用者が必要な情報に効率的にアクセスできるよう配慮している。以下、各セクションについて説明を行う。
まずはここから
「まずはここから」セクションは、生成AIに関する基本的な理解を促進するための入口として位置づけている。このセクションでは、学習者、教員、保護者という三つの主要な対象者に向けて、それぞれの立場や関心に応じた情報を提供している(図2)。また、どの対象者に対しても共通して重要な生成AIへの指示出し(プロンプト)についても記事を用意している。
各対象者に向けたページは、生成AIに関する基礎的な理解を促す「生成AIについて」、実践例を具体的に記載している「使い方」、生成AIを用いる上でリスクになりうることが列挙されている「使う上で気をつけること」の三章立てとしている。例えば、生成AIについての説明では、各対象者の背景知識や関心事項を考慮しながら、技術の本質的な特徴や可能性、限界について解説している。具体例には、教員向けのコンテンツでは教育実践との関連性を重視し、保護者向けのコンテンツでは家庭での活用や安全性の観点を強調するなど、対象に応じた内容の最適化を図っている。
「プロンプトの基本」ページでは、生成AIを効果的に活用するための基礎となる適切な指示出しの方法について解説している。このページは、プロンプトに関する考え方と実践的なテクニックを、初学者にもわかりやすい形で説明することを意図している。内容は「プロンプトを作るにあたって」「プロンプトを作る方法」「プロンプトを作るコツ」という三つの主要部分で構成している。「プロンプトを作るにあたって」では具体的かつ明確な指示出しの重要性や試行錯誤の必要性について説明し、「プロンプトを作る方法」では様々なアプローチについて具体例を交えながら解説している。「プロンプトを作るコツ」では、明確な指示出し、例の活用、思考プロセスの明示化、区切り文字の活用など、実用的なテクニックについて詳細な説明を提供している。
図2. 「まずはここから」セクション
生成AIサービス
「生成AIサービス」セクションでは、教育現場で活用可能な主要サービスについて、サービス比較のページと主要なサービスに関する詳細が記載されたページを提供している(図3)。「サービス比較」ページにおいては、利用上限や年齢制限といった基本的な情報から、データの学習有無や対応可能なファイル形式、マルチモーダル機能の実装状況まで、幅広い観点からの比較情報を提供している。これらの情報は、実際の教育現場での活用を想定し、実践的な判断材料となるように整理している。
個別サービスのページについては、具体的な利用方法や設定手順を詳細に解説している。特に重要な点として、各サービスの利用に際しての注意事項、特に年齢制限やデータの取り扱いに関する制約について、図を多用しながら明確な説明を提供している。また、基本的な使用例から発展的な活用方法まで、段階的な説明を心がけている。
図3. 「生成AIサービス」セクション
活用場面
「活用場面」セクションでは、生成AIの具体的な教育活用の方法について、実践的な視点から解説を行っている(図4)。学習者、教員、保護者それぞれの立場での活用について、実際の使用場面に即した形で情報を提供している。
学習者の活用については、授業内での活用と課外活動での活用に分けて説明を行っている。授業での活用では、レポート作成や語学学習における活用など、具体的な例も合わせながら活用方法および注意点を提示している。課外活動での活用では、部活動や学園祭での活用例を具体的に示している。
教員の活用については、授業での活用と校務・事務作業での活用に関する情報を提供している。授業での活用では、教材作成や授業設計での具体的な活用方法を示している。校務・事務作業での活用では、業務効率化の観点から保護者向け案内文の作成に関する活用事例を紹介している。
保護者と子どもによる活用については、教育・学習面での活用と遊びでの活用について解説している。教育・学習面での活用については、わからない問題を一緒に考える場面、漢字クイズを作ってもらう場面など具体的な場面を設定して使い方や注意点を解説している。遊びでの活用については、塗り絵を使って遊ぶ場面やオリジナルの物語を作る場面などの事例を提供している。
いずれの活用例も、今後記事を拡充することで多様な場面における使い方を具体的に示し、読者に活用のイメージをつけてもらうことを目指している。
図4. 「活用場面」セクション
特集記事
「特集記事」セクションでは、「トピックス」と「最新情報」の二つのカテゴリーで構成された生成AIの教育活用に関する記事を提供している(図5)。「トピックス」では、「OpenAI o1-previewに東大数学を解かせてみた」のような特定のテーマについて、技術的な特徴や教育的な意義、実践上の課題などを多角的に検討した記事を掲載しており、今後も記事を追加予定である。特に著作権に関する興味関心および懸念を多くの教員が持っていることから、著作権に関する記事を作成中である。トピックスにおいては、特に教育関係者が生成AIの可能性と限界を具体的に理解できるよう、実際の利用場面に即した形での解説を心がけている。
「最新情報」では、本プロジェクトで実施しているオンライン研修で扱った最新情報をもとにして、月ごとの生成AI関連の重要な動向や更新情報を整理して提供している。2024年12月現在で、2024年5月から2024年11月の各月における生成AI技術の発展や教育活用に関する最新の知見を把握できる記事を提供している。
図5. 「特集記事」セクション
教育における生成AI利活用に関する提言
ワンストップで情報を把握できるポータルサイトの必要性
急速に進展する生成AI技術に関する情報を、教育関係者が効率的に把握し活用するためには、一元的な情報提供の場が不可欠である。特に、技術の進展速度が速く、活用方法や留意点が日々更新される状況においては、信頼性の高い情報源へのアクセスが極めて重要となる。
本研究で構築したポータルサイトの運営経験から、情報の一元化がもたらす利点として、情報収集・整理の効率化、情報の信頼性向上、実践知の共有促進などが挙げられる。また、様々な立場の教育関係者が必要な情報に効率的にアクセスできる環境を整備することで、生成AIの教育活用に関する理解と実践が促進されると期待できる。
機動的な情報更新の重要性
著者も委員を務めている文部科学省の「初等中等教育段階における生成AIの利活用に関する検討会議」(2024)においては、情報管理や更新の負担から、会議体としてのポータルサイト運営は見送られる方向性が示された。しかしながら、生成AIのような急速に発展する分野においては、機動的な情報更新が可能な媒体の存在が不可欠である。特に重要な点として、技術の進展や新たな活用事例、発見された課題などについて、タイムリーな情報提供が求められる。このような要請に応えるためには、柔軟な更新体制と効率的な情報管理の仕組みを備えたポータルサイトの構築を支援する施策が望まれる。
持続可能な運営体制の構築
効果的な情報提供を継続的に実現するためには、持続可能な運営体制の構築が肝要である。具体的には、以下の三つの観点からの取り組みが必要となる。
第一に、サイト作成・運営の支援体制の整備である。技術的なサポートから内容の検証まで、多岐にわたる業務を効率的に遂行するための体制づくりが重要となる。
第二に、主体的な情報発信体制の構築である。現場の教育関係者との連携を通じて、実践的な知見を継続的に収集・共有できる仕組みの確立が求められる。
第三に、継続的な更新を可能とする人的・財政的リソースの確保である。特に、専門的な知識を持つ人材の確保と、安定的な運営を支える財政的基盤の整備が重要となる。
おわりに
生成AIの教育活用はまだ始まったばかりであり、今後さらなる実践と知見の蓄積が求められる。その過程において、教育関係者が必要な情報に容易にアクセスできる環境を整備することは、より効果的かつ適切な活用を実現する上で重要な基盤となる。
本研究で構築したポータルサイトは、このような環境整備の一つのモデルケースとして位置づけられる。今後は、利用者からのフィードバックを踏まえながら継続的な改善を進めるとともに、他の教育機関や研究機関との連携を通じて、より充実した情報提供を目指していく。
参考文献
- Davenport, T. H. & Prusak, L. (1998). Working knowledge: How organizations manage what they know. NewYork Harvard Business School.
- Hargreaves, A., & Fullan, M. (2012). Professional capital: Transforming teaching in every school. Teachers College Press.
- Mishra, P., & Koehler, M. J. (2006). Technological pedagogical content knowledge: A framework for teacher knowledge. Teachers college record, 108(6), 1017-1054.
- Manabi AI (2024) 教育×生成AIポータルサイト Manabi AI, https://manabiai.super.site/ (参照日: 2024年12月9日)
- Wenger, E. (1998). Communities of practice: Learning, meaning, and identity.Cambridge University Press.
- 田浦健次朗, 明比英高, 秋田英範, 郡司彩, 工藤知宏, 空閑洋平, ... & 吉田塁. (2020). 東京大学におけるオンライン授業の始まりと展望. コンピュータ ソフトウェア, 37(3), 3_2-3_8.
- 竹内朗, & 玉造潤史. (2023). 学生・教職員の協働によるワンストップの大学 ICT サポート窓口運営の実践. 学術情報処理研究, 27(1), 142-156.
- 文部科学省 (2024) 初等中等教育段階における生成AIの利活用に関する検討会議, https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/193/index.html (参照日: 2024年12月9日)
- 吉田塁. (2021). ぺた語義: オンライン授業導入の舞台裏~ 東京大学のオンライン授業を支えた一教員の視点から~. 情報処理, 62(11), 614-618.
◆ 教育×生成AI ポータルサイト Manabi AI(まなびあい)
教育における生成 AI の利活用に関する基本的な情報や最新情報をまとめることを目的にしたポータルサイトです。(吉田塁主席研究員: 監修・記事作成)