R-2024-065
・コミュニティの重要性 ・運営しているコミュニティについて ・コミュニティに関する提言 |
生成AIは教育現場に大きな影響を与えることが予想されており、教員の理解と適切な活用が求められている。特に、ChatGPTを始めとする対話型生成AIは、教材作成、授業準備、学習者への個別支援など、様々な場面での活用可能性が示唆されている。一方で、生成AIの特徴や限界を理解した上で適切に活用することが肝要であり、そのための知識や実践知を教員が獲得する必要がある。
ここで、新しい技術の理解と活用を促進する上で、実践知を共有し、相互に学び合えるコミュニティの存在は重要である。教育現場において、個々の教員が置かれている状況や課題は多様であり、一律の研修や情報提供だけでは十分な支援とはならない。そこで、本稿では、教育現場における生成AI活用を検討するコミュニティの重要性について、理論的背景と実践例を元に論じる。そして、それらの知見をふまえて、生成AI時代におけるコミュニティの必要性とあり方について提言する。
コミュニティの重要性
理論的背景
コミュニティ研究の進展によって、実践知の共有や相互学習を促進する「実践共同体(CoP: Community of Practice)」が、学習・知識創造の重要な場として位置づけられてきた(Lave & Wenger 1991, Wenger 1998)。Wenger(1998)は、実践共同体を、共通の関心事や実践活動を中心に、継続的な相互作用を通じて、共有された実践、価値観、そしてアイデンティティを形成する人々のグループとして捉えている。彼は、実践共同体において、個々の学習は孤立したものではなく、相互に織り交ぜられ、共同体の実践の発展と個々のアイデンティティの変容に貢献することを強調している。ここで、実践共同体を本稿では簡易にコミュニティと呼ぶ。
特にLave & Wenger(1991)が示した「正統的周辺参加(Legitimate Peripheral Participation)」の考え方は、コミュニティ内部で新規参加者が徐々に中心的メンバーへと成長するプロセスを明らかにしており、このモデルは教育現場における教員の専門性育成にも示唆を与える。すなわち、教員はコミュニティへの関与を通じて互いの経験的知識を共有し、周辺的な関与から徐々に実践の核心に至るまでのプロセスを経験する中で、自身の専門能力を深化させることが可能となる。
さらに、教育分野に焦点を当てた研究として、Lieberman & Miller(2008)は、教員の専門的学習を促進する場としてのコミュニティの役割を検討し、対話やフィードバックを通じて実務的な知識が洗練されることを示している。彼らは特に、実践例の共有や情報資源の活用、そして運営主体からの適切なサポートが、コミュニティの持続的発展を支える要素であることを強調した。
教育現場におけるコミュニティの重要性
教育分野においては、個々の教員が置かれている状況や課題が異なることから、多様な実践例や意見を共有できる場としてのコミュニティの重要性が特に高い。実践知の共有という観点では、成功事例だけでなく、失敗から得られた教訓も含めて、具体的な実践のプロセスや工夫を共有することが可能となる。また、地域や校種を超えた情報交換により、より広い視野での学びが実現できる。
相互支援の側面では、教員が日々の実践で直面する困難について相談できる場として機能する。また、他者の実践事例から新たなアイデアを得ることで、自身の実践を改善するヒントを得ることができる。さらに、同じ課題に取り組む仲間との対話を通じて、教員のモチベーション維持・向上にも寄与する。
このように、コミュニティは理論的・実践的な観点から重要であると考えられるものの、生成AIのような新しい技術の活用においては、どのようなコミュニティ運営が効果的であるか、十分な知見が得られているとは言えない。そこで本研究では、教育現場における生成AI活用を検討するコミュニティを運営し、その実践を通じて効果的なコミュニティ運営のあり方を明らかにすることを試みた。以下、具体的な実践内容とそこから得られた示唆について述べる。
運営しているコミュニティについて
本研究では、教育現場における生成AI活用を検討するコミュニティを運営している。現在のコミュニティ名は「ChatGPTなど生成AIの教育活用について情報共有・検討するグループ」であり、2024年12月時点で271名が参加している。各学校種の教員に加えて、大学生、社会人など幅広く参加しており、多様な視点からの議論が可能となっている。コミュニティとしては2024年12月現在、活動は大きく二つ行われている。一つは月1回以上実施されるコミュニティミーティングであり、もう一つは日常的なテキストベースでの情報交換・検討である。以下、まずはコミュニティのルールとプラットフォームといった基本的な情報を示した後、それぞれの活動の詳細について述べる。そして、今後取り組むべき課題について言及する。
コミュニティのルール
安心・安全な対話の場を実現するためにルールを設定しており、以下に主なものを挙げる。
- 意見が異なる場合でも相互に敬意を持って接すること
- コミュニティ内で共有された情報は、情報提供者の氏名や所属を特定したり、他の参加者を特定したりする情報を伏せた形でのみ利用可能(チャタムハウスルール)
- 個人情報や機密情報の共有は控えること
- 迷惑行為等が見られた場合、運営がアカウント停止などの対応可能性があること
ここで、チャタムハウスルールは、英国王立国際問題研究所(チャタムハウス)で始まった会議運営方式に由来し、参加者が自身の実践や課題を特定されることを懸念せずに共有でき、より率直で建設的な対話を可能とすることを目的として設定している。このルールにより参加メンバーの学校内などコミュニティ外でもコミュニティの知見を共有できる環境を整えている。
プラットフォームとその利用方法
プラットフォームとしてはSlackを採用し、テキストや画像などでやりとりが可能なチャンネルを用いて情報や意見交換を実現している。一つ一つのチャンネルが掲示板に類似した役割を果たしている。主要なチャンネルの分類は四つあり、コミュニティの基本情報や運営からの連絡を共有する「番号0系列」のチャンネル、全般的な情報共有を行う「番号1系列」のチャンネル、特定のトピックについて詳しく議論するための「番号2系列」のチャンネル、参加者が独自にトピックを設定して作成できる「番号3系列」のチャンネルが存在する。番号0~2系列のチャンネルは運営メンバーのみ作成可能とし、番号3系列のチャンネルは参加メンバーであれば誰でも作成できるようにしている。2024年12月現在、具体的には以下のようなチャンネル構成で運営している。ただし、チャンネル構成については参加者の活動状況や要望に応じて適宜調整を行っており、より効果的な対話と学びの場となるよう改善を重ねている。
0.基本情報・運営連絡チャンネル
- #0_はじめに:運営からの発信専用、コミュニティの基本情報共有
- #0_全体連絡:運営からの全体連絡用
1.一般活動チャンネル
- #1_自己紹介:新規参加者の自己紹介用
- #1_活用例:教育実践事例の共有
- #1_雑談や情報共有など:自由な対話や情報交換
2.特集チャンネル
- #2_特集_chatgptは課題に対応できるのか
3.グループ活動チャンネル
- #3_グループ_ポータルサイト
- #3_グループ_語学教育
- #3_グループ_自作文章生成プロンプト探究
- #3_グループ_倫理・情報モラル
コミュニティミーティング
主なコミュニティ活動の一つとして、月1回以上の頻度で45分~1時間のオンラインミーティングを実施している。これらのミーティングでは、参加者のニーズや生成AIの進展や活用状況に応じたテーマを設定している。ミーティングの進行においては、まず運営側から当日のテーマに関する簡単な説明や話題提供を行い、その後、参加者間での質疑応答や意見交換の時間を設けている。また、ミーティング後には議事録を作成し、参加できなかったメンバーも後から内容を確認できるようにしている。表1にこれまでに行ったミーティングの一覧を記載する。
表1. コミュニティミーティングの一覧
コミュニティ参加者数271名に対してミーティング参加者数が6〜22名程度と比較的少数であることは課題の一つとして認識しており、今後は参加者を増やすための工夫を検討している。一方で、現状の少人数での開催には独自の利点も見出されている。例えば、一人ひとりの発言時間を十分に確保でき、より詳細な意見交換が可能となっている。実際に、コミュニティ運営に関する深いヒアリングや、教育における生成AI利活用に関するポータルサイト構築に向けた詳細な議論など、少人数だからこそ実現できた取り組みも存在する。このように、量的な参加者数の確保と質的な対話の深さのバランスを考慮しながら、より効果的なミーティング運営を模索していく必要があると考えられる。
テキストによる意見・情報交換
Slack上でのやり取りは各チャンネルの目的に応じて行われており、2024年12月現在、総投稿数は2,277となっている。例えば、「#1_活用例」チャンネルでは、授業での具体的な活用方法や、生成AIを活用した教材作成の工夫、組織的な導入方法などが共有されている。また、「#1_雑談や情報共有など」では、最新のアップデート情報や関連ニュースの共有、ちょっとした疑問の投げかけなど、より気軽な交流が行われている。
テキストによる情報交換については、参加者同士の知見の深化のみならず運営主体の活動にも重要な示唆を与えている。本プロジェクトでは、コミュニティ運営に加え、教員向けオンライン研修やポータルサイト構築など、複数の取り組みを並行して実施しているが、テキストによる意見交換を通じて、教育現場における具体的なニーズやプロジェクトに対する詳細なフィードバックを直接得られる機会となっている。例えば、教育×生成AIポータルサイトManabi AI(2024)の構築においては、メンバーからの情報や意見提供が、内容を充実させる上で貴重な示唆を与えている(ポータルサイトの詳細については別稿で論じる予定である)。このように、コミュニティ内でのコミュニケーションは、参加者間の知見共有という本来の目的に加え、運営主体の活動の質的向上にも寄与する重要な役割を果たしている。
今後の課題
本コミュニティの運営を通じて、今後取り組むべき課題も明らかになってきている。第一に、参加者の多様なニーズや状況に応じた個別最適な学習・交流環境の構築が挙げられる。先述の通り、教育現場における生成AI活用の課題や可能性は、学校種や教科、地域性などによって大きく異なる。そのため、全体での情報共有に加えて、より細分化された議論や実践知の共有が可能な場の整備が求められる。
第二に、参加者のエンゲージメント向上が課題として挙げられる。前述のように、コミュニティ参加者数に対してミーティングへの参加者数が限定的であることに加え、Slack上での発言も一部の参加者に偏る傾向が見られる。より多くの参加者が積極的に関与できる仕組みづくりや、参加へのインセンティブの検討が必要である。
これらの課題に対しては、参加者へのヒアリングやアンケート調査を通じてニーズをより詳細に把握するとともに、コミュニティに関する先行研究の知見も参考にしながら、改善策を検討していく予定である。生成AIの教育活用に関する知見の蓄積と共有は、今後ますます重要性を増すことが予想され、本コミュニティがその一助となることを目指して、継続的な改善を進めていく。
コミュニティに関する提言
本稿で述べてきたように、生成AIの教育活用に関する知見の共有と蓄積において、実践共同体としてのコミュニティの存在は極めて重要である。これは先行研究(Lave & Wenger 1991, Lieberman & Miller 2008)が示唆する通り、教員の専門性開発や実践知の共有において、コミュニティを基盤とした学びが本質的な役割を果たすためである。特に、生成AIのような新しい技術の教育活用においては、個々の教員が試行錯誤しながら実践を重ねる中で、その経験や知見を共有し、相互に学び合える場が不可欠となる。
本研究における実践からは、効果的なコミュニティ運営に関して、以下のような示唆が得られた。第一に、同期型(オンラインミーティング)と非同期型(テキストベースの対話)の交流機会を併用することで、参加者の状況や好みに応じた柔軟な参加を可能とすることの重要性である。第二に、運営主体からの一方向的な情報提供にとどまらず、参加者間の双方向的な対話を促進する仕組みづくりの必要性が挙げられる。第三に、コミュニティ運営が参加者のみならず運営主体にとっても有益な取り組みとなる点が明らかとなった。具体的には、教育現場のニーズや課題をリアルタイムに把握できること、運営側の取り組みに対する直接的なフィードバックが得られることなどが挙げられる。このように、コミュニティは知見共有の場としてだけでなく、教育施策や支援のあり方を検討する上での重要な対話の場としても機能することが示唆された。
これらの知見をふまえ、教育行政への提言として以下を示したい。まず、各地域や学校種別に、生成AI活用に関するコミュニティ形成を支援する体制の整備である。具体的には、コミュニティ運営に必要な環境整備への支援、運営ノウハウの共有、さらには複数のコミュニティ間での知見共有を促進するネットワーク構築などが求められる。また、教員の働き方改革の文脈において、こうしたコミュニティ活動への参加を、教員の職能開発の一環として正当に位置づけることも重要である。
現在、文部科学省が「初等中等教育段階における生成AIの利活用に関する検討会議」(文部科学省 2024)を設置しており、その中では主に生成AI利活用のガイドラインに関する議論が交わされている。ガイドラインにおいては、必要最小限の情報をコンパクトにわかりやすく伝えることが重要であるため、教員研修やコミュニティ形成などの詳細や方針は、2024年12月現在での案には十分含まれていない。ただし、教員研修やコミュニティ形成など学習環境を支える教員を支援する仕組みは重要であることから、それらについても今後議論を深め、施策を講じることは肝要である。
最後に、生成AIの教育活用はまだ始まったばかりであり、今後さらなる実践と知見の蓄積が求められる。その過程において、教員同士が学び合い、支え合えるコミュニティの存在は、より効果的かつ適切な活用を実現する上で重要な基盤となるだろう。
参考文献
- Lave, J. & Wenger, E. (1991). Situated learning: Legitimate peripheral participation. Cambridge University Press.
- Lieberman, A. & Miller, L. (2008). Teachers in professional communities: Improving teaching and learning. Teachers College Press
- Manabi AI (2024) 教育×生成AIポータルサイト Manabi AI, https://manabiai.super.site/ (参照日: 2024年12月9日)
- Wenger, E. (1998). Communities of practice: Learning, meaning, and identity.Cambridge University Press.
- 文部科学省 (2024) 初等中等教育段階における生成AIの利活用に関する検討会議, https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/193/index.html (参照日: 2024年12月9日)
◆ 教育×生成AI ポータルサイト Manabi AI(まなびあい)
教育における生成 AI の利活用に関する基本的な情報や最新情報をまとめることを目的にしたポータルサイトです。(吉田塁主席研究員: 監修・記事作成)