政治外交検証研究会レポート ―政治外交史研究を読み解く― 第2回「国際政治史研究の動向」前編 | 研究プログラム | 東京財団政策研究所

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政治外交検証研究会レポート ―政治外交史研究を読み解く― 第2回「国際政治史研究の動向」前編

September 13, 2019

令和の時代がはじまり、安倍政権は2019年6月7日に初代首相の伊藤博文を抜いて歴代第三位の長期政権となりました。世界情勢が大きく変動する中で、歴史的な視座から日本政治、および国際政治の動きを注視することは、これまで以上に大きな意義があるのではないでしょうか。東京財団政策研究所政治外交検証研究会では、日本政治外交史研究と、国際政治史研究の近年の研究動向を回顧しながら、最先端の研究により何が明らかになり、どのような課題が残されているのかを考察する研究会を行いました。

※本稿は2019年6月に開催した政治外交検証研究会の議論、出席者による論考をもとに東京財団政策研究所が構成・編集したものです。

発表者:細谷雄一(東京財団政策研究所上席研究員/政治外交検証研究会幹事/慶應義塾大学法学部教授)

なぜ歴史研究なのか

私からは、「政治外交史研究を読み解く―国際政治史研究の動向―」というテーマで、最初に私が監訳をしたモーリス・ヴァイスの政治国際関係史を中心にお話をしようと思います。また、それを含めて他にも幾つかの重要な国際政治史、国際関係史のテキストが出ていますので、こちらとも比較しながら、あるいは共通点に目を向けて、近年、一体どのような傾向が見られるのかについてお話しようと思います。

先ほど五百旗頭先生からお話ししていただいた日本政治外交史とは異なり、国際関係史は地球全体を覆うわけですから、「どこに軸を置くのか」「どういう問題関心から論ずるのか」によって描き方が大きく変わります。つまり議論をする上で、頭の中で構想を描くことが非常に重要な意味を持ちます。

「歴史とは現在と過去との対話」とは、E.H.カーの有名な『歴史とは何か』の一節ですが、歴史家とは、彼が生きている時代の人間なのであり、歴史家の存在そのものが生きている時代に縛り付けられています。これは言い換えれば、鏡で自らの姿を見るかのように、歴史研究の動向を見ることによって現在がいかなる時代であるのかを逆照射することが可能なのではないかと感じています。

ちょうど私は一昨日までイギリス・ロンドンに出張しておりましたが、滞在中にロンドンのもっとも大きな本屋フォイルズを訪れまして、そこで「歴史・政治」「国際関係」のコーナーを眺めて驚かされました。20世紀イギリス史のコーナーが、ネーションやイギリスの解体に関する歴史書で溢れていたのです。1520年前には、本屋に行けばアラブ、イスラム関連の本がずらりと並んでいました。それが今では、ブレグジットが起きたことで、イギリスは元来どの程度国家としての一体性があったのか、またその一体性が20世紀にどう変容し、いかに崩れつつあるのかといった問題関心から国家分裂への懸念が広がったことからも、アイルランドやスコットランド関連の本も散見されました。つまり、イギリスのフォイルズのような大きな本屋に行くと、現在われわれがどのような時代に生きていて、どのようなことに関心があるかということが、歴史研究から逆に見えてくる気がします。

今回は「近年の通史にどのような傾向が見られるのか」という問題意識から、以下3冊を取り上げてお話したいと思います。パリ政治学院名誉教授のモーリス・ヴァイスによる『戦後国際関係史―二極化世界から混迷の時代へ』、三人の若手・中堅外交史家による最新の通史である小川浩之・板橋拓己・青野利彦『国際政治史―主権国家体系のあゆみ』、そして一橋大学名誉教授である外交史研究の大家による大望の通史、有賀貞『現代国際関係史―1945年から21世紀初頭まで』です。

歴史としてのポスト冷戦時代

この3冊の通史に共通することとして、ポスト冷戦時代についての記述の分量が非常に多いことが挙げられます。私が大学生のころは、基本的には20世紀まで、つまり冷戦史を中心に歴史を学んでいたと思いますが、今の大学生は21世紀に生まれ、20世紀を知りません。冷戦どころか90年代も知らない世代がいま大学生として国際政治を学んでいるわけです。

そのような学生の問題関心は、当然ながら平成とほぼ重なる冷戦後30年がどのような時代であったのかという点に向かっていきます。例えばモーリス・ヴァイス『戦後国際関係史』では、全体の半分が冷戦後の記述です。冷戦後すでに30年が経過しており、第二次世界大戦終結から冷戦終結までが4045年ですから、「戦後+冷戦時代」と「冷戦後の時代」が徐々に同じ長さになってきており、当然といえば当然かもしれませんが、問題となるのは、この冷戦後の時代をどう位置付けるかということであり、恐らくそれが重要な意味を持つのだろうと思います。

この問いに対して、先に挙げた3冊の通史はそれぞれどう応答しているのかを見ていきます。まず、モーリス・ヴァイスは同書のサブタイトルに「二極化世界から混迷の時代へ」を掲げています。冷戦時代、一躍有名になったケネス・ウォルツの『国際政治の理論』は、国際政治を力(パワー)の分布によって論じようとし、二極、一極、多極というように、力を有する国家を極として表現し、米ソによる冷戦時代は一般的に二極と称されています。

ネオリアリズムの理論では、二極支配の国際政治こそが安定しているという言説が広く浸透したわけですが、ヴァイスもまた冷戦時代を二極として捉えています。ポスト冷戦期は、ソ連という帝国が崩壊したことでアメリカ一極となりましたが、その後アメリカがイラク戦争、アフガニスタン戦争によって国力を浪費し、2008年のリーマン・ショック以降さらに世界から後退していくことによって、アメリカが超大国としてのリーダーシップを失い、一極が零極、無極となりました。つまり現在は無極の時代なのだろうと思います。無極の時代とは、覇権安定論の理論で言えば混乱の時代だと言えます。このような時代をみて、ヴァイスはポスト冷戦期の時代を「混迷の時代」と位置付けたのではないでしょうか。

では、具体的に何が問題なのか。これについて、ヴァイスは必ずしも同書で明確に主張しているわけではありません。ただし、フランス的な視野から言えば、望ましい国際秩序とは多極である、つまり「ヨーロッパ協調(Concert of Europe)」なのです。

5大国によって勢力均衡と協調が図られた19世紀のウィーン体制は、このヨーロッパ協調の理想的なイメージであり、このイメージを基に、第一次世界大戦および第二次世界大戦の戦後処理が進められ、さらにはこれが国連安保理における常任理事国、いわゆる「P5」として帰結します。結局のところ国連P5の大国間協調による安定は、実現しませんでした。

フランスの歴史家の典型的な見方として、外交の長い伝統や歴史を持たないような、米ソという二つの超大国による二極支配により平和が担保されるということに対して、懐疑的なのだろうと思います。外交を熟知したイギリスやフランスが極として働かなければ、秩序の安定をはかることができないという姿勢がうかがえ、再び多極世界を望むような描き方は、ヨーロッパ外交史になじみやすいヨーロッパ中心主義的な見方であろうと思います。

続いて、小川さん、板橋さん、青野さんの『国際政治史』に話を移します。小川さんはイギリス外交史、板橋さんはドイツ政治外交史、青野さんはアメリカ外交史がそれぞれご専門であられます。どういう見取り図で描いているかは、著者のお一人である板橋さんから後で議論を加えていただければと思いますが、私の印象ではこの本は非常に古典的な、ヨーロッパの主権国家体系に基づいた描き方をしているように思いました。ウェストファリア体制、つまり国家を中心とした国家間関係が中心のヨーロッパからグローバルに広まっていくという捉え方です。

イギリスの専門家、ドイツの専門家、アメリカの専門家が描く国際政治史ということで、ある程度自然な成り行きであろうと感じますが、冷戦後の時代を扱う10章以下で、ポスト冷戦期をヨーロッパ主権国家体系の延長線上でどのように位置付けたらよいのかについて、実は「まだ定かではない」と書かれており、あくまでも問いかけで終わっています。既述のように、米ソ二極が崩れて零極時代の到来と言われる一方で、米中が二つの世界大国として二極の時代が再来するのか、議論が分かれるところでもあります。その点について、本書の著者お三方は、誠実に「わからない」と書いておられるのです。

そして、最後に有賀先生の『現代国際関係史』について触れます。同書では「6章 冷戦の終結」「7章 冷戦後の国際関係」「8章 アメリカ時代の終わり」とそれぞれの章タイトルがつけられています。

実は、こちらのテキストは、有賀先生が80年代までの原稿を執筆されたのちに、2013年にお亡くなりになり、門下生が集まって有賀先生が英語で発表された本をもとにつくられた本であります。An International History of the Modern World (『近現代世界の国際関係史』)とA Historical Guide to USA (『ヒストリカル・ガイド アメリカ』)という2冊の本を組み合わせて、冷戦後の時代をある意味では故人の言葉を用いながら再構成して書かれました。その際に用いられた本のうち、後者はアメリカ研究のヒストリーガイドなので、アメリカを中心に冷戦後の世界が描かれています。有賀先生はもともとアメリカ外交史がご専門ですから、そのような視点で書くことはそれほど不思議ではありません。つまり、冷戦時代あるいは冷戦後の時代を「アメリカの時代」として捉え、冷戦後をパックス・アメリカーナの終焉として見ておられるのです。

続きはこちら→ 第2回 後編「国際政治史研究の動向」

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