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政治外交検証研究会レポート ―政治外交史研究を読み解く―第2回「国際政治史研究の動向」後編

September 13, 2019

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西洋中心主義の相対化の模索

ポスト冷戦期の時代に対する3冊の描き方の相違を以上にみましたが、つづいてこの3冊の本に共通するもう一つの特徴についても触れたいと思います。それは、「西洋中心主義の相対化の模索」です。

ここで「模索」と言いましたのは、ヴァイス先生にしても、あるいは板橋さんや有賀先生にしても、そもそもアカデミックなトレーニングとしては、やはり欧米中心の国際政治史をこれまで学んできたのだろうと思います。それをいわば「接ぎ木」のように、力技で他の地域も加えていく。現代の国際政治を論じるためには、構造自体の見方を変えなければいけないので、やはり非常に難しいところがあると思うのです。

それでは非欧米世界をこれらの通史の中でどのように描いているかといいますと、例えばヴァイス先生は次のように書いておられます。すなわち、「長い歴史の中でヨーロッパ諸国が特権的に国際関係の主体として行動してきた。そのような歴史は崩れ、非ヨーロッパ諸国もまたそこに参画するようになり、地域により異なる論理によって時代が動いていく。このように非ヨーロッパ諸国がそこに加わることで戦後という時代はそれまでとは異なる特徴が見られるようになった。そしてそれが新しい人類史の幕開けとなったのは疑いがない」(2頁)。おそらく3冊のなかでは、非欧米世界を最も詳細かつ積極的に論じているのがヴァイス先生だと思います。

他方で、板橋さんのご本の中では、ヴァイス先生のような描き方とはやや異なり、「ヨーロッパ中心の国際社会がグローバルな国際社会となっていく」という描かれ方をしています。これは有名なヘドリー・ブルの英国学派の国際社会論の流れを汲むものだと推察しますが、言い換えればこれは直線的な拡大を意味します。対照的に、ヴァイス先生は、非ヨーロッパ諸国が新たに国際社会に加わるという、直線的な拡大ではない、まったく新しい人類史の幕開けを指摘されています。

ヘドリー・ブル的な国際社会の拡大というのはヨーロッパの規範や論理が世界中に広がり浸透していく過程を指しますけれど、ヴァイス先生が想定されている新しい人類史とは、それぞれの地域がそれぞれ異なるロジックで行動し、それぞれの異なる地域のロジックを束ねる全体の論理がないということです。したがって、ヴァイス先生の本が非常に読みにくいのは、チャプターごとに並列的に各地域を論じているからなのです。

しかし、全体を欧米世界中心で描いてしまったらそれは実際の歴史の発展とは異なる様相を描くことになるか、あるいは欧米の価値観で強引に歴史を束ねていることになると思いますので、結局はこのサブタイトルの「混沌」ということにも繋がってくると思います。実際の国際政治では、異なるロジックを有する地域を欧米の論理で束ねようとしたのが、恐らくはアメリカのイラク戦争、アフガニスタン戦争で、これが挫折の事例であることは多くの方が同意することだと思います。この本の表紙は、9.11テロ後の廃墟を背景に、途方に暮れた人が描かれています。西洋中心主義が相対化された後の混迷する時代を見事に表現しています。

対して小川さん、板橋さん、青野さんのご著書では「今日の世界では、グローバルなパワー・トランジション(またはパワー・シフトとも呼ばれる)が起こっている。中国やインドの経済的、軍事的台頭とロシアの脅威増大に加えて、冷戦後いったんは唯一の超大国として君臨したはずのアメリカの国力の低迷が目立っているのである」(295頁)と指摘されています。有賀先生も同様に、「リーマン・ショックのあとまず10月にG7の蔵相・中央銀行総裁会議が開かれて金融崩壊回避のための協調に合意したが、それに続いて11月に中国、インドをはじめとする新興経済大国や中東の富裕国なども参加する20か国首脳会議(G20)がワシントンで開催されて対応策が議論されたことは、かつて世界経済を取り仕切ってきた『西側先進国』の力の低下を象徴するできごとであった」(301頁)と書かれています。ただし有賀先生は2013年に亡くなったので、おそらくは天国で、あとは皆さんにお任せして、その続きはどうぞ皆さんで書いてほしい、ということなのかもしれません。少なくとも、それを書く時間は残念ながらも有賀先生には残されていませんでした。

混在化する国際秩序

これらを総合して言えることは、現在は国際秩序が混沌化しているということです。冷戦後の90年代には、これから自由主義や民主主義に基づいた新世界秩序がつくられて、国連を中心に国際協調主義的に世界が動いていくだろうという、非常にバラ色の楽観的なシナリオがみられました。

ところがその後の転換点が、イラク戦争と、リーマン・ショックだったのです。イラク戦争でアメリカの力と論理の限界が露呈し、リーマン・ショックにより欧米の優位そのものが崩れ、BRICsG20、中国やインドのような新興国が新たなアクターとして台頭してきました。

それではこれからは、‘Make America Great Again’というスローガンのもとで、アメリカの時代を再来させることができるのか。あるいは、たとえアメリカが指導的な立場から退いても、それ以外の諸国によって欧米の法の支配、民主主義、規範というものを、再確立するのか。それとも中国やロシアが中心となって権威主義的な体制がより大きな位置を占めてゆくのか。現在は国際秩序そのものが模索されているように思います。

歴史家が未来を予言することは控えるべきかもしれませんが、この混乱は一時的なものではなく構造的なものというべきであり、私個人の考えでは今後半世紀は続くと思うのです。つまり構造というものは、数カ月や数年単位ではなく、数十何年単位で動いていきますので、少なくとも過去30年のポスト冷戦期の歴史を眺めることによって、逆に今後の大きな展望が見えるのではないかと思います。それは今回取り上げた三冊の本におけるポスト冷戦期の記述からもうかがえるように、今後アメリカの時代が復活することもなければ、国際協調主義的な世界が到来することもなく、それぞれの地域ではそれぞれの論理によって政治が動いていくでしょうし、欧米中心に作られた規範や価値が世界に拡大、浸透するというほど簡単でもないのでしょう。

この潮流がどこにたどり着くのか。それを考える際、現在の政治外交史研究の一つの傾向として、1930年代への回帰という視点が指摘されています。20年代に築かれた国際連盟体制が崩れて、レアルポリティーク的な権力政治が国際政治を覆い、規範が大きく崩れていく時代です。ケロッグ=ブリアン条約で唱えられた不戦条約の規範が崩れていく30年代と現代とが非常に似ているのではないか、そのように歴史が繰り返されているのではないかとたびたび指摘されています。この混迷の時代がどこにたどり着くのか。このような不透明な時代故に、逆に言えば、現代とは歴史家にとっては非常に大きな挑戦であるのだろうと思います。

◆続きはこちら→第3回 前編「日本の知的資源をどう活かせるか」

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