-- 温室効果ガス排出世界第 2 位の米国がパリ協定から離脱することが発表されました。米国の離脱による影響をどのようにお考えですか。
平沼 まず、アメリカはCO2排出大国ですから、実際パリ協定から離脱し対策をまったくとらなくなるとすれば当然大きな影響が出ると思います。しかしアメリカは、パリ協定の離脱の表明とともに「再交渉を始めて公正な協定を結びたい」とも提案しています。これはドイツ、フランス、イタリアから拒絶されましたが、まだ国連気候変動枠組条約から抜けたわけではないので、どこまで具体的な影響があるのか今のところ明らかではありません。
トランプ大統領は選挙期間中から、環境政策における温暖化対策はやめると公約していますが、どのような政策転換を図るのか、疑問も残っています。なぜなら、テキサス州知事時代、導入量全米一の風力発電によって最も廉価な電力価格を達成しているリック・ペリー氏が、そのエネルギー政策の実績を買われて現在エネルギー省の長官に就いています。テキサス州は天然ガス、石油の開発、利用に力を入れてきましたが風力発電の導入にも力を入れ、今や風力発電導入量全米1位の地位を築き、テキサス州の風力発電の電力価格は補助金なしでも化石燃料による電力よりも安くなっています。こうしたエネルギー政策の方向性が全て中断されるとは考えにくいからです。
――ではエネルギー政策、また経済の視点から、クリーンエネルギー産業の動向は米国のパリ協定離脱にかかわらず進んでいくということでしょうか。
平沼 そう思います。限界費用のかかる石油、石炭、天然ガス、原子力等に対し、クリーンエネルギーの中核を成す再生可能エネルギーは、限界費用がゼロ、つまり燃料費がゼロですから、価格競争力があるのは明らかと言えます。
再生可能エネルギーの世界的な普及にともなって、コストも大幅に下がりました。例えば、世界では商業規模の太陽光発電の設備導入費は2010年からマイナス40~75%も下がってきており、もはや多額の補助金をかけて普及する段階は終わりに近づき、補助金なしでも市場で競争的にやっていける状況になりました。現在の欧米の電力自由化市場を見ればそれは明らかで、再生可能エネルギーが増え、石油、石炭、天然ガスが市場から押し出される状況が起きています。
ビジネスチャンスとしてのクリーンエネルギー市場
また、企業は160兆円規模になるといわれているグローバルなクリーンエネルギー市場をビジネスチャンスと捉えてその方向に進んでいます。160兆円と言えば、現在の自動車産業市場とほぼ同規模です。企業が今後この市場を狙っていくのは当然のことです。また、これまで再生可能エネルギーは気象条件に左右される不安定な電力のため電力網に統合するのが難しいとされてきましたが、近年のインターネットオブシング(IoT)、ビッグデータ、人工知能(AI)などの新規の技術を駆使して再生可能エネルギーを効率的に導入するエネルギーマネジメントを実現させる動きが加速しており、まさにエネルギーの部門においても第4次産業革命(Industry 4.0)が始まろうとしています。その波に乗って、新しい市場競争の中で生き残っていこうとしたら、まず自国の中に新規の技術を駆使したエネルギーマネジメントにより再生可能エネルギーを問題なくコントロールするエネルギー需給体制を構築し、その実績をもって世界の市場に打って出るのが定石でしょう。アメリカが気候変動の枠組みから脱落したところで、米国企業が第4次産業革命に向けての開発を止めてしまうことは考えられません。
企業のビジネス参入の動きに加え、RE100 [1] という企業グループによる取り組みにも注目しています。これは、スターバックス、ウォールマート、イケア、フェイスブック、コカコーラ等、多くの名だたる企業が参加する共同グローバルイニシアチブですが、自分達が使うエネルギーは100%クリーンな、再生可能エネルギーに変えていこうという取り組みです。実際、何年までに100%にするという目標に向けてすでに動き始めています。企業のCSR的な側面もありますが、やはりクリーンエネルギーを巨大市場として睨んでいるということでしょう。
例えば、グーグルもRE100に参加していますが、IT産業にとってクリーンエネルギーは大きな市場になります。再生可能エネルギー、例えば太陽光発電は、太陽が照れば発電するし、陰れば発電量が下がる、というように変動性のあるエネルギーですが、今までは、変動性のあるエネルギーを平準化できないから、送電網に入れることができなかったわけです。しかし、先ほどお話ししたように今や、IoT技術、ビッグデータ集積、AIによる解析によって電力需給が予見可能になってきました。各地のエネルギー需給シグナルを集めて、それぞれの需要と発電をインターネットでつなぎ、送電網につないで集中管理をすれば、電力を各地で融通することが可能なのです。まさに、こうした分野はIT産業にとって一大市場だと言えます。
―― 民間企業の動向に加え、米国内の州、市の間で、約束を果たすための努力を引き続き進める動きもあります。その意味で、今回の米国の離脱はそれほど大きな影響を及ぼさないのではないか、との見方もあります。
平沼 確かにアメリカの州レベルでは、すでにクリーンエネルギー施策を推し進めています。それも共和党・民主党に関係なく進んでいます。例えば風力発電導入トップ10の州は、4州が共和党を支持する州で、6州が民主党を支持する州です。どの州が導入量1位かというと共和党支持のテキサスが1位で、2位も同じく共和党支持のアイオワです。太陽 光発電導入トップ10の州は民主党・共和党ともに5州ずつになっています。1位は民主党支持のカリフォルニアですが、2位はアリゾナで3位がノースカロライナ、ともに共和党です。ですから、連邦政府が離脱を決めたとしても州の政策として続けていくことも十分あり得ますし、結局、州の努力で国の目標を達成してしまう可能性もゼロではないと思います。
これまでクリーンエネルギーを推進してきた人たちは、これからも引き続き努力し続けるでしょう。ただ、そのような各州の努力を止めざるを得なくなってしまう極端な政策が施行されるような状況にならないように、注視する必要はあります。リック・ペリーエネルギー省長官が、トランプ大統領から「風力発電を止めろ」と言われたとしたら、どうなるでしょうか? 政府の見解と国内の実情は必ずしも一致していないことを念頭に入れておくことが重要です。
―― ということであれば、米国離脱による日本への影響もそれほど考慮する必要はないのでしょうか。今後、日本が採るべき方向性は。
平沼 クリーンエネルギー産業を振興していく方向性は継続すべきです。重要なのは環境問題としてみる視点、もう一つは新しい産業が生まれるという経済的視点の2つを合わせもってこの問題を見ることです。世の中の論調は、いずれか片方だけを見て語っているように感じます。
もちろん、パリ協定で出された約束草案の削減目標をすべて実現しても、世界の気温上昇を産業革命前から2度未満に抑えることは難しいことは既にわかっています。これは米国の離脱がなくても同様です。実現には、さらなる目標と努力を積み上げていく必要がありますし、各国がパリ協定の約束草案(INDC: Intended Nationally Determined Contributions)に掲げた削減目標の見直しが5年ごとに入りますが、前期よりもハードルの高い目標を出さないと達成されません。
こうした環境問題としての気候変動とともに、経済の視点から見たら、米国が枠組みから脱落してこの市場の舞台から降りるとすれば、日本にとってはまさに大きなチャンスとなるわけです。もしGEやグーグル、テスラがエネルギーマネジメント技術の開発や電気自動車の開発をやめるとすれば、チャンスと捉えるべきでしょう。おそらくそのようなことは無いと思いますが。
日本は、気候変動問題としての対処はこれまでどおり進め、さらに積み上げていくことを見据えると共に、経済的視点からは、米国がやらないのであれば、今まで以上に力を入れていくという方向性を打ち出すべきです。とかく日本の中ではそういった声が一般には聞こえづらいですが、それは多くの日本企業も求めていることだと思います。
―― では最後に、逆説的に見てパリ協定は必要な枠組みなのでしょうか? 米国内でも離脱に強く反対する意見が大多数を占めている一方、支持する意見もあり、パリ協定の効果や温暖化そのものに懐疑的な見方をするシンクタンクや研究者もいます。
平沼 協定の評価は、誰の立場から見るかで大きく変わると思います。トランプ大統領は経済政策の助言組織として「戦略政策フォーラム」を立ち上げて、風力発電世界3位のメ ーカーであるGEの前会長のジャック・ウェルチ氏や2025年までに自社で使う電力の50%を再生可能エネルギーで賄うことを目指しているウォルマート・ストアーズCEOのダグ・マクミロン氏、それにクリーンエネルギービジネスの風雲児と呼ばれるテスラモーターズ社CEOのイーロン・マスク氏など、ビジネス界を代表する方を呼んでいますが、これらの人々は、今後クリーンエネルギービジネスは非常に大きな市場になり大事な分野になることからパリ協定は必要と考えているのではないでしょうか。この人たちの話もトランプ大統領は聞いているはずです。現にイーロン・マスク氏は離脱に反対し、トランプ大統領のパリ協定離脱発表後に「戦略政策フォーラム」のメンバーの辞任を表明しました。
他方で、今回の離脱の根拠になる気候変動問題に対する懐疑的な数字を発表した米国のシンクタンクの視点は、このようなビジネスの見方と根本的に違います。また、日本を含めパリ協定を批准した国々のように気候変動は科学的に証明されているという立場をとる人たちも多いことも事実です。立場や見解によって、協定の価値が変わってくるわけです。
途上国も先進国も参加する国際的合意
協定が本当に不要なものであれば、国際社会は合意に達していなかったと思います。今回の約束草案だけでは世界の平均気温上昇を「2度未満」に抑えることはできませんので、5年後の見直しでさらにハードルを上げていきましょう、ということも話し合われたのです。パリ協定が無駄であるかどうかは、これからの各国の努力にかかってくるでしょう。この目標に向かってみんなでやっていこうという意思表示がパリ協定ですので、現時点での約束草案を切り取って結論付けてしまうのは賢明だと思いません。より肝心なのは、これからのみんなの努力です。今はようやくスタートラインに立った段階です。
京都議定書にはアメリカもオーストラリアも参加しませんでした。パリ協定は、初めて途上国も先進国も参加する合意であり、すべての国が同じ方向を向いた、ということは大きな意味があると思います。アメリカは経済的な理由をあげて、京都議定書からも、パリ協定からも離脱しましたが、この二つの合意の間に状況はだいぶ変わりました。先ほどお話ししたとおり、クリーンエネルギー市場が構築され、さらに大きなビジネスになる方向にあります。今回、トランプ大統領が経済的な理由を述べましたが、「戦略政策フォーラム」のメンバーにはイーロン・マスク氏のように、トランプ大統領と違う意見を持つ人も少なくないのではないでしょうか。(談)
[1] RE100の名称はRenewable Power 100% を意味する。
◆英語版はこちら "Trump’s Paris Accord Exit Is a Rebuke to US Industry"
(6月8日収録・編集/東京財団広報)
研究分野・主な関心領域 資源エネルギー問題/国際関係(ユーラシア情勢) /環境
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