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【新春特別対談】2019年、日本の直面する課題とシンクタンクの役割(下)――やってみなければわからない、だから面白い

【新春特別対談】2019年、日本の直面する課題とシンクタンクの役割(下)――やってみなければわからない、だから面白い

January 16, 2019

日米と拠点を異にしながら、ともに経済学界をリードしてきた松山所長と伊藤評議員による小林研究主幹司会のもとでの対談。学生時代を振り返るとともに、シンクタンクの役割を論じた「上」につづき、「下」では経済学の潮流、理論と政策の関係、日本の直面する課題を論じる。日本や世界を良い方向に進めていくための取り組みとは――

【出席者】
伊藤元重(東京財団政策研究所評議員/学習院大学教授)
松山公紀(東京財団政策研究所所長/ノースウエスタン大学教授)
[モデレーター]小林慶一郎(東京財団政策研究所研究主幹/慶應義塾大学教授)

経済学の最近の潮流

小林 今、日本が直面する課題として、高齢化とデフレにある中でどう金融政策を行っていくかということがあります。昨年末の当研究所主催の座談会で、一橋大学教授の斎藤誠氏は「答えのない難問」と指摘されましたし、経済学的にも答えが見えてこない。こうした問題についてはどうアプローチしたらよいのでしょうか。

松山 経済学の枠組み自体を変えていくしかないでしょう。最近のマクロ経済学理論に、ハンク(Heterogeneous Agent New Keynesian Models: HANK)があります。年齢構造や貧富の差などを考慮して組み立てる理論です。
特に、年齢構造は非常に重要です。例えば、40代は住宅ローンや子どもの教育への支出、60代になると自分の健康への支出が中心になる。状況が異なるわけです。以前は年齢の分布をはじめとするさまざまな条件を考えてモデルを解こうとしても無理があったのですが、コンピュータの進化により、今、それが可能になりました。そういう方に研究が進んできていることは事実です。

伊藤 そうした学問の新しい領域を取り入れることは大事です。一方で、学生の時に経済学の古典で学んだことが、今になって重要な意味を持っていることに気づかされることもあります。例えば、学生の時にデフレや流動性の罠を勉強したときには、自分の一生の中でこんなことが起こるとは思わなかった。けれども、実際に起きた。そこでまたもう一回考え直す、というように。
外部媒体(2018年10月21日付「日経ヴェリタス」)にも書きましたが、古典派経済学では、物価はいずれ調整されるので、市場の調整機能に委ねるべきだという考え方が主流でした。それに対して、英経済学者ジョン・メイナード・ケインズはピーターパンの「ネバーランド」に譬えて「古典派の世界はネバーランドのようにどこか遠くにある夢のような存在である。現実は短期の連続である。目の前の問題に対して大胆な政策が必要だ」と指摘しました。
最近のいわゆるリフレ派の人たちの議論は、貨幣を増やせば物価が上昇する、つまり金融政策で物価の変動をコントロールできるというものです。ひょっとしたら、ネバーランドでは正しいのかもしれない。だけど現実は、市場の調整が進むまでに5年以上かかり、そこまでにさまざまな不都合が起こる。金融政策の運営は短期的な対応の繰り返しで、しかし長期的な方向性を見る必要がある。そういう視点をみんなが持っていると、議論が変わってくるかもしれません。

小林 先ほどのハンクは最新のモデルではあるのですが、その理論には、新古典派ではほとんど顧みられてこなかった、有効需要の原理などケインズの直観を再考しようという発想が入っているように思います。19~20世紀はじめに言われていたことが、今、理論的に扱えるようになってきたということかもしれません。

松山 経済学は日々発展するものです。発展させるのが経済学者の仕事です。問題はどういう方向に発展させていくかの選択です。大学院生からしばしば「何か面白い経済学上の問題はないですか」と質問を受けるのですが、私からすると経済学には面白い問題がありすぎて、どれから取り掛かるべきかを決めるのに困っている。ですから、優先順位を決めさせてもらう上でも、現場の人たちと話をすることは重要です。

小林 2008年9月のリーマンショック直後は、今の新古典派の「合理的期待」の枠組みに対して疑念が持たれましたが、その後、今の枠組み内で工夫する方向できている。それでいいのか。根本的な枠組みの変更、あるいは拡張を考えたら面白いのではないかと思うのですが、こうした経済学の大きな方向性についてはいかがお考えでしょうか。

松山 経済学者は大勢いるのですから、みんなそれぞれに試してみるということです。学術研究はやってみないとわからない。そこが面白いところです。

伊藤 おそらくすべての現象を説明できる唯一のモデルはない。ロバート・ルーカス(シカゴ大学教授)の合理的期待形成仮説は重要な意味を持ちます。しかし、それでリーマンショックを説明できるかと言うと、できない。最初のサックスの「現実に理論をあてはめる」話につながりますが、それに合う物を持ってくる必要があるし、あるいはそれがなければつくっていくということでしょう。

小林 病状にあわせて、どの理論が使えるものかを選びながらやっていくということですね。

伊藤 最近、行動経済学が話題になっています。現実に即している面があり、ビジネスの世界などでとても反応がいい。それが学問体系全体の中でどの程度正しいのかはよくわからないけれど、フィットするところはあるわけです。

理論の重要性は少しも変わらない

小林 ビジネスの世界では情報サービス産業の企業がデータを集めて顧客行動の理解や予測・ターゲティングに利用しています。これはミクロ経済学と行動経済学の融合分野です。こうしたビッグデータの分析から、学問へのフィードバックがあるかもしれません。

伊藤 ある本でGoogle翻訳の機能がなぜ飛躍的に発達したのかが紹介されていました。人工知能(AI)が発達したことにより、それまで専門家が扱っていた言語のルールを、ディープラーニング(深層学習)で自動的に学んでくれるようになったからだということです。
学問の世界も、昔は考えながら理論を立てて研究するものでしたが、コンピュータが発達してくると、プログラミングになるのか。そうはならないと思うのですが……

松山 そうはならないと思いますよ。

伊藤 ただ、オールドファッションの人間は特に、新しいタイプの、計算をどんどんやるような手法を取り入れていくことも必要だろうと自戒しています。

松山 理論の重要性は少しも変わらないと思うんですよ。1960年代には当時の基準でいうラージスケールの景気予測モデルがもてはやされましたが、それが1970年代には顧みられなくなった。想定外の行動変化が起きたときにはルールが変わり、プレイの仕方も変わってくるわけです。

伊藤 ネオクラシカルな教育を受けた人間は自分の研究対象とする経済問題を限定する傾向があるように思います。しかし、現実は、オーソドックスな経済理論の対象以外の分野の方が、経済学的な発想での議論が大きな貢献をもたらす。それを経済帝国主義と言われることがあるのだけど。シンクタンクが扱う問題として、一方では金融・財政、通商等の専門的な問題も必要ですが、もう少し広げたポリティカルエコノミーなどがこれから重要になるでしょう。それはもうコンピュータが計算する世界ではない。

小林 社会保障や医療、教育の問題もそうですね。教育は経済学的な分析がなされるようになっていますが、医療や年金は現実の制度が複雑で、経済学者がそれを把握するまでのハードルが高くて、難しいところがある。一方で、制度を決める人は経済学を知らなかったりするので……

松山 そうはいっても、医者も看護師も人間ですし、病院もある意味企業なわけですから、経済学の視点は重要です。それを持たない実務家に「こういうことを心配してください」と伝えることができます。
ゲーリー・ベッカー(シカゴ大学教授)が、かつて経済学を教育の分野に適用して政策提言を導いた際、当時の教育学の学者からは強い批判を受けました。しかし、時代が進み、経済学が貢献できる分野は社会全般にわたり幅広いということが理解されてきているわけですね。

伊藤 経済財政諮問会議での医療に関する議論では「見える化」を強調しています。都道府県別に見た人口1人当たり国民医療費を比べると、西高東低なのです。特に高知県、長崎県、鹿児島県が高く、埼玉県、千葉県、神奈川県が低い。その明確な理由はわかりません。一つの仮説としてあるのは、西の方は人口1人当たりのベッド数が多いことです。保有するベッド数の採算を合わせようとすると医療費が高くなる。問題を提起する上で、データを「見える化」する。間違ってしまうと恣意的になる可能性があるのだけど。そういうことはシンクタンクもできることです。ベッド数以外にも、透析や胃ろうなど医療提供に関する地域差が指摘されています。どこかに好ましくないことが起きていると考えられる。世の中の問題を提起するデータや分析は結構あります。

小林 データとして示すと議論の俎上に乗ってきますね。

未来に向けて

伊藤 シンクタンクが果たすべき役割の一つに、大きく動いているところについて、ある種の視点を提供することがあると思います。
例えば、グローバル化。モノやサービスの貿易自由化をめざす関税貿易に関する一般協定(GATT)、世界貿易機関(WTO)、自由貿易協定(FTA)などの組織・制度は、今、転機を迎えています。現在の米国通商代表部(USTR)の人たちの認識は「ステータス・クオ(現状維持)はもうだめだ」。中国の問題があるからです。WTOやGATTは先進国が構築したもので、そこに新興国を加えて自由貿易による利益をもたらそうと動いてきたのですが、多角的通商交渉(ドーハ・ラウンド)の妥結のめどが立たない。この先をどう考えるか。中国など新興国が入った形でルールづくりをすることになるのですが、現実はなかなか難しい。

小林 経済学を越えたグローバルガバナンスの仕組みをどう考えるのかということですね。

伊藤 ケインズはまさに1940年代中頃にそれを一所懸命考えていたわけです。

小林 そうですね。経済学のロジックや視点を持ちながら、領域を踏み越えて、米中が対立する中で世界全体の運営をどう考えるか。なかなかチャレンジングです。

松山 シンクタンクの役割として、問題提起は重要です。そのためには、繰り返しになりますが、現実にあった理論的枠組みで物事をとらえること、虚心坦懐に現場を知っている人たちの話を聞くこと、そして必要であればそれを理論に組み込み、説得力あるものにしていく不断の努力が不可欠です。
所長として、みなさんに期待されていることはもちろんやっていきます。それらに加えて、私自身のイニシアティブとして、政策研究に興味を持つ若手研究者の励みになることをやっていきたい。例えば、海外の審査付きのジャーナルに掲載された政策研究に関する優れた論文を、一般の日本人に日本語でわかりやすく説明する機会を提供する。そうした情報が蓄積すれば、若手研究者の励みになるし、学部学生の教材にもなるかもしれない。
そして何より、政策研究は面白い、魅力があるのだということを、特に若手研究者に伝えたい。実は、私は経済学者になりたいと思って経済学を勉強したわけではありません。経済学は面白い、もっと勉強したいという知的好奇心を追及していて、気が付いたら経済学者になっていました。その過程でサックス教授らの影響を受けた。日本には優れた若手研究者が大勢います。そうした人たちに政策研究は面白い、政策研究をテーマに選ぼう、と思ってもらえるようになれば、研究水準はすぐに高まります。そうなったら、自分がこの役職をお受けした価値が生まれると思うのです。

小林 若手研究者の目が開いていき、一般社会の人たちの目が開いていく、ということにつながりそうですね。
私は当研究所で、高知工科大学教授の西條辰義氏らと共同で「フューチャー・デザイン」という研究を進めています。地球環境問題、人口減少、政府債務の膨張など、世代を超えた持続性に関する政策課題を解決し、将来世代に持続可能な自然環境と人間社会を引き継いでいくために、どのような社会制度をデザインすべきかを追求するプロジェクトです。その一つの目標は「現時点の政治的意思決定の場に、将来世代の利益を代表するアクター(演者)を現出させること」です。
2015年、岩手県矢巾町で、今、黒字の上下水道事業について、2060年までの長期ビジョンを住民に作成してもらう実験を行いました。一般市民5、6人のグループ4組で議論して政策案をつくってもらうのですが、2組は通常の現在世代グループ、残り2組は「2060年に生きる将来世代」の立場になりきる役割を与えます。その結果、現在世代グループは、今、黒字なのだから、値下げして、全住民で利益を分け合えばいいのではないか、という議論になりました。一方、将来世代グループは、将来必要な上水道の設備交換のための資金を蓄えなければならないことを考慮し、今、黒字だけれども値上げしようという議論になった。実際、同町では2017年に水道料金の値上げを実施しています。
環境問題、高齢化やグローバル化などの長期課題に対しても、意思決定のやり方を変えることで解決策を見出すことができるかもしれません。
本日は貴重なお話をありがとうございました。

 

(2018年12月20日収録。編集・構成:東京財団政策研究所広報)

「2019年、日本の直面する課題とシンクタンクの役割(上)――学界と現場を知る人と社会との接点に」はこちら


伊藤元重
東京財団政策研究所評議員/学習院大学教授、東京大学名誉教授
1974年東京大学経済学部経済学科卒業、1978年ロチェスター大学大学院経済学研究科博士課程修了、1979年Ph.D.(ロチェスター大学)取得。1982年4月東京大学経済学部助教授、1993年同教授、1996年同大学院経済学研究科教授などを歴任し、2016年より学習院大学教授。この間、2006~14年総合研究開発機構(NIRA)理事長。税制調査会委員、経済財政諮問会議議員など多くの要職を務める。著書に『伊藤元重が警告する日本の未来』『伊藤元重が語るTPPの真実』ほか多数。

松山公紀
東京財団政策研究所所長/ノースウエスタン大学経済学部教授
1980年東京大学教養学部国際関係学科卒業。1987年ハーバード大学経済学部博士課程修了(Ph.D.)。同年ノースウエスタン大学経済学部助教授、1991年同准教授、1995年より同教授。2018年12月より東京財団政策研究所所長。現在、Econometric Society終身フェローのほか、Centre for Economic Policy Research (CEPR) リサーチフェローを務める。これまでにマサチューセッツ工科大学(MIT)客員教授、シカゴ大学客員准教授、スタンフォード大学フーバー研究所客員フェローを歴任。

小林慶一郎
東京財団政策研究所研究主幹/慶應義塾大学教授
1991年東京大学大学院工学修士課程修了、1998年Ph.D.(シカゴ大学)取得。経済産業省、経済産業研究所、一橋大学経済研究所などを経て、2013年より慶應義塾大学経済学部教授。2018年より東京財団政策研究所研究主幹。専門はマクロ経済学、金融危機、経済思想など。2001年日経・経済図書文化賞(『日本経済の罠』)、2002年大佛次郎論壇賞奨励賞(『日本経済の罠』)受賞。著書に『財政破綻後 危機のシナリオ分析』(編著)、『財政と民主主義 ポピュリズムは債務危機への道か』(共著)など。

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