バブル崩壊後の1990年代後半から、四半世紀にわたって、日本の経済成長率は平均約1%が続いている。これを2%以上に引き上げることが長年の経済政策の目標となっている。しかし、生産年齢人口1人当たりの過去30年間の経済成長率を各国比較すると、日本はG7の中央値程度であり、他の先進国に比べて遜色ない経済成長を実現している。生産年齢人口でなく、就業者1人当たりの平均経済成長率で見ても、2012年以降に限れば日本はG7のほぼ中央値となる。つまり、日本の労働者は他国の労働者に比べて同等程度に働いているのであり、これ以上、成長を高める余地があるとは考えにくい。手堅く見積もるなら現在の1%成長が日本経済の実力であろう。
もちろん、高い経済成長目標を掲げることは良いことだし、人工知能やITの爆発的な進歩によって高度経済成長が再来する可能性もあるだろう。しかし、高い成長を前提に財政再建を考えるのは神風が吹くことを前提に元寇を撃退する作戦を考えるようなもので、政策当事者としては無責任だ。財政運営を議論する者は、1%成長を前提に堅実な再建策を考えるべきである。
堅実な財政再建を見通せない現状が、将来不安を高めて、消費や投資を委縮させて経済成長を引き下げている可能性もある。このことは小さな確率で将来大惨事が起きるという予想があると現在の経済が悪化する「ディザスターモデル」で理論的に示される。ハーバード大学のカルメン・ラインハートとケネス・ロゴフらも、先進各国のデータから、「公的債務がGDPの90%を超えると、経済成長率が1%程度低下する」と主張している。
もし財政悪化が経済成長を抑制するなら、経済成長を先に実現して後で財政を再建する、という政府の従来の政策方針が成立しないことになる。堅実な財政再建の長期的ビジョンを示すことが、将来不安を取り除き経済成長を高める成長戦略ではないか。
また、根本的な問題として、2%成長は目指すべき目標なのだろうか。たとえば2%成長を1000年続ければGDPは現在の約4億倍になる。有限の地球でそのような成長は不可能である。物質的な富の増大には資源や環境の制約があるが、情報と知識の蓄積すなわち「知の成長」には制約がない。人工知能の出現によって、人類の理性の限界を超えて、知の成長が無際限に続く可能性が高まった。21世紀の我々は、物質的な経済成長から「知の成長」による非物質的な経済成長へと社会の目標を転換すべきではないだろうか。
「明日への話題 経済成長と財政再建」 月刊資本市場9月号(No.409)、2019年9月
出版元である公益財団法人資本市場研究会より許諾を得て転載