政府は5月25日、最後まで解除の対象外であった東京を含めた5都道県への緊急事態宣言を解除した。また、同時に新型コロナウイルスの感染拡大防止と社会経済活動の両立を目指した「新型コロナウイルス感染症対策の基本的対処方針」も改定されることとなった。
基本的対処方針では、緊急事態宣言解除後は一定の移行期間を設け、外出自粛や施設の使用制限などの要請を緩和しつつ、段階的に社会経済の活動レベルを引き上げるとされているが、今後の社会活動や経済の回復を目指すための経済政策の方向性はどのようになっていくのだろうか。これまで感染症の専⾨家を中⼼に構成されていた政府の「基本的対処⽅針等諮問委員会」のメンバーに経済学の専門家として新たに選出された、東京財団政策研究所の小林慶一郎研究主幹に訊ねてみた。
― 緊急事態宣言が解除されましたが、これまで休業や外出自粛要請に対応していた私たちに求められる行動は、今後変化するのでしょうか?
感染者数が減少したとはいえ、まだまだ感染再拡大の可能性はあるため、引き続き国民・企業には慎重な行動が求められる。
― 国内感染者数を見ると現在は減少傾向にありますが、社会活動や経済の回復に対して政府がまず取り組むべき課題や対策をどのようにお考えでしょうか?
社会活動・経済回復のロードマップは、感染不安が低減することなくしては進めることは出来ない。社会の感染不安を取り除くためにも、医療提供体制と検査体制の増強は必須だと考えている。政府・自治体は、秋のインフルエンザ流行、来年のオリンピックに向けた入国制限緩和などを念頭に、医療提供体制(特に中等症者・重症者の治療のキャパシティ)の増強と、大規模な検査能力の増強を急ぐべきであり、そのために必要な支援を早急に拡充すべきである。
― 検査数を増やすと医療現場が逼迫するという意見も多くありますが、どのようにお考えですか?
その点は医療提供体制の増強と検査体制の増強に取り組む上で、絶対に外してはならない最も重要なポイントである。大前提は医療の現場の負担を減らすこと。この前提をクリアする体制構築が肝要だ。そのため、検査体制と無症状者・軽症者の隔離は、医療界から切り離して、経済界の人材・資源・資金を使った体制整備を行うべきだと考えている。そのためには、厚労省に検査を丸投げしている現状を改め、官邸主導で新しい司令塔を置いて、国を挙げて1日10万件~20万件の検査能力を秋までに整備するべきだと提言している。
― 経済学者の立場からも医療提供体制・検査体制の拡充や整備にも提言をなさる真意とは?
前述のように感染不安の低減なくしては経済回復は困難であることから、まずは医療提供体制と検査体制の増強が必要であると考えている。また、検査体制を増強し検査数を拡大することは、国内の感染状況などを正しく把握をするために必要なエビデンスを確保することに繋がる。正確な現状把握が出来なければ、誤った判断を招きかねない。政策を立案する上で、検査数を増やし、エビデンスに裏打ちされた政策判断を行うことが必要不可欠である。
― 国内産業やあらゆる社会活動に対して、今後、政府や自治体が支援を拡充していくべきポイントは?
今後、感染リスクを避けるオンライン化があらゆる産業や社会活動(学校、医療、など)で進むことが予想される。そうなると、コロナ危機によって産業構造が大きく変化する可能性がある産業、例えば接触型の産業(飲食、観光、航空、交通など)は、接触を減らすビジネスモデルの構築を迫られることになる。それらの産業規模は縮小していき、今までの事業規模で継続していくことが難しくなるかもしれない。結果的に、他産業へ業種転換せざるを得ない企業が増加する可能性が高い。業種転換やM&Aを支援する政府の財政措置(補助金等)を増やすべきであると考えている。
― 緊急事態宣言解除後の個人や中小企業に対する現金給付について、考えをお聞かせください
個人の生活支援、中小零細企業の支援のための現金給付などは金額を増やし、期間も長くする必要があると考えている。最終的には、働き方や雇用形態によらず、最低限の所得はだれもが一律に政府に保障される「ベーシックインカム」型の社会保障制度を目指すべきではないだろうか。
― 医療提供体制や検査体制の増強、更には個人・中小企業への更なる現金給付について提言されていますが、その財源についてはどうお考えでしょうか?
当面は、財源は国債にせざるを得ないだろう。財政は悪化するが、非常時なので、出し惜しみすれば傷が深くなり、財政は更に悪化することが予想される。十分な金額を出して生活困窮者を支援するべきだと考えている。
― 新型コロナ危機で悪化した財政と、今後日本はどう向き合っていくべきでしょうか?
当然、感染症危機が終息したあとで、財政再建にしっかり取り組む必要がある。しかしグローバルな危機であったため、世界各国が財政再建のペースを合わせて行うべきと考えている。そのために、危機後に財政再建の国際協調を行うための国際機関(「世界財政機関」)の設立を、日本から提案していくべきではないだろうか。
※ 本インタビュー内容は個人の考えによるものであり、所属機関や政府諮問委員会の見解を反映したものではございません
2020年5月27日時点(聞き手:東京財団政策研究所 広報)
■小林研究主幹らが発起人となって発表した共同提言
【経済学者による緊急提言】「新型コロナウイルス対策をどのように進めるか?―株価対策、生活支援の給付・融資、社会のオンライン化による感染抑止―」
2020年3月17日(金)公開
[ URL ] https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=3361
[発起人] 小林慶一郎 東京財団政策研究所研究主幹
佐藤主光 一橋大学国際・公共政策研究部教授
■新型コロナウイルス対策共同提言フォローアップ(動画:東京財団政策研究所ウェビナー)
2020年4月20日(月)公開
[ URL ] https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=3391
[ 出演 ] 小林慶一郎 東京財団政策研究所研究主幹
佐藤主光 一橋大学国際・公共政策研究部教授