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【小林慶一郎研究主幹インタビュー:前編】何が日本のPCR検査拡充を阻んでいるのか? キーパーソンに聞く
写真提供:GettyImages

【小林慶一郎研究主幹インタビュー:前編】何が日本のPCR検査拡充を阻んでいるのか? キーパーソンに聞く

July 29, 2020

高木 徹
NHKグローバルメディアサービス 国際番組部チーフ・プロデューサー

 

私がプロデューサーの一人として制作している、NHK WORLD-JAPAN(英語放送)の番組「BIZ STREAM」(https://www3.nhk.or.jp/nhkworld/en/tv/bizstream/)は、日本やアジア、世界の経済の話題を取り上げている。2年前の番組スタート以来、様々な日本のビジネスの現場を取材してきたが、20203月以降は新型コロナウイルスとどう対峙するのか経済の切り口から伝えている。

当番組では、経済の専門家として「諮問委員会」に参加し、PCR検査の戦略やそのほかの観点から意欲的な提言を行い、日本の新型コロナウイルス対策のキーパーソンの一人となっている小林慶一郎氏に単独インタビューを行った。

その内容には、世界の視聴者からも反響をいただき、日本語でも多くの人と共有したいとの考えから、ここに機会をいただいてインタビューを再構成してお伝えし、社会的議論の深化の一助になればと願っている。

小林氏は、前述の「諮問委員会」に加えて、インタビュー実施後の202076日に初会合を開いた「新型コロナウイルス感染症対策分科会」にもメンバーとして選ばれ参加している。その小林氏に聞く今回の前編は、小林氏の主要な論点であり、社会の関心も非常に高いPCRをはじめとした検査戦略のあり方についてである。

受け身の対処から攻めの戦略へ

― まず、基本的な考え方からおうかがいします。私たちはCOVID-19で少しでも人命が失われないようにと数ヵ月にわたりさまざまな「自粛」をしました。そのために感染の広がりは少なくともいったんは下降線に向かいました。同時に経済には大きなダメージもありました。感染症対策と経済の維持のバランスをどのようにお考えですか?

小林: 経済と人命のトレードオフという考え方ではなく、経済そのものも人命に関わっていると考えないといけないと思っています。感染症で死ぬ人を減らすことを第一に考える一方で、経済の状態が悪くなると経済的な理由によって自殺をしてしまう方のような例がたくさん出てきます。

例えば1998年に日本で銀行危機があったときに経済の悪化は今よりも全然軽かったのですが、それでも年間で1万人ぐらい自殺をする人が増えました。それだけでなく、その後10年以上にわたって自殺者が1万人増えた状態が続いてしまいました。

だから経済的な混乱が起きると、結果として数万人とか10万人という単位で人命が失われる可能性があることを考えないといけません。最初の感染症のインパクトが薄れた後は、感染症と経済の被害、同じ人命被害の両方をきちんと考えながら、被害が全体として最も少ない政策を考えていかないといけないと考えています。

― 感染症と経済の両方の人命損失を防ぐため、PCRをはじめとする検査体制が決定的に重要だと主張されていますね?

小林: 消費者がいちばん不安に思うのは、街に出たらどれだけ感染のリスクがあるかということです。しかし、これまでのやり方では、市中感染がどのくらい広がっているか分からないので不安はおさまりません。

アメリカの経済学者の研究では、消費者が市中感染のリスクを感じていると消費が大きく落ち込むことがわかっています。その影響は先ほども言ったように人命にかかわります。

これを防ぐには、なるべく広く検査をして市中感染の状況を把握する必要があります。

そのためには、国民全員を検査するというのは現実的には難しいですが、まず症状がある人はもれなくすぐに検査できるようにする、そして陽性者の濃厚接触者であれば症状がない人も検査する。あるいは、医療施設や介護施設、そして障害者福祉施設に従事される方は感染リスクが高いことから重点的に検査できるようにする、さらにこうした施設に新たに入院する人、入居する方は症状のあるなしに関わらず検査する体制を作るべきです。

つまり、これまでの「受け身の対処」から「積極的な感染防止戦略」への転換です。「攻めの戦略」が必要だということです。

そのためには、例えば大きな病院であればPCR検査の機械を自前で設置すれば、そこで毎日でも検査できるようになります。あるいは小規模な医院や介護施設、福祉施設に対しては地域ごとに、PCR検査の設備を常備するというような形で検査を増やしていくということが考えられます。

PCR検査の全自動機械はすでにある

PCR検査には熟練の検査技師の技術と、数時間という時間が必要ということはしばしば報道されている。こうした問題を解決するPCR検査の全自動機械がすでに各国で開発されており、しかも日本のベンチャー企業も参入している。「BIZ STREAM」では松戸市にあるその「プレシジョンシステムサイエンス(PSS)」社を訪れて取材した。

12個の検体をカートリッジに入れて設置し、あとは蓋を締めてスイッチオンにして待つだけだ。結果が出るまでにかかる時間も2時間程度とはるかに短い。

コロナ禍が世界を覆って以来、フランスを中心とした欧州で販売を伸ばし、500台以上が採用され、正確かつ数多くのPCR検査の実施に役立っている一方、驚くべきことに日本ではつい最近まで保険適用になっておらず、ほとんど使われていなかった。

これは審査する厚労省の対応が今回遅かったというわけではなく、もともとこうした医療機械に対する審査基準が日本よりヨーロッパの方が簡略だという事情もある。いずれにしても、現在では保険適用となり、これを受けて同社は日本でも販売体制を整え、早くも数多くの引き合いが来ているという。

「全国でおよそ300施設には入れてもらうようにしたい」と田島秀二社長が語るように、8月には新型コロナウイルス検査のための使用が始まるようにして、想定される「第二波」対策に貢献したいという。

小林氏の指摘のように、こうしたPCR自動検査機械が日本各地の大病院や、地域的な拠点に置かれれば、迅速かつ大量の検査体制が大きく前進するだろう。

すでに海外メーカーの製品を入れている施設もあり、こうした自動検査機械の購入のための支援の政策も考えるべきだろう。

これは日本が国際的に今も通用するテクノロジー分野でもある。日本の国際医療戦略の観点からも、海外市場だけでなく国内でもこうしたベンチャーも含めた企業の活躍の場を広げ育成することが重要なのは言うまでもないことだ。

小林氏へのインタビューに戻ろう。

数値目標を示せ

― ここまで語られた検査体制の拡充のためには、具体的にはどのような道筋が必要だと考えますか?

小林: 医療や検査の体制の増強ペースがどうなるかについて、国民は数値的な目安を知りたいはずです。国民に対して将来像を数値で示してくれると経済活動がやりやすくなるのです。

具体的には、今後来るかもしれない第二波に備える意味でも、9月末までには全国で1日10万件は検査できるキャパシティーを作る計画を今のうちから立てて実行する必要があると思っています。

さらに、冬にはインフルエンザの流行が予想されます。発熱した人たちがインフルエンザなのかそれとも本当は新型コロナウイルスの感染者なのか、検査を受けてもらって診断しなければ医療現場は大混乱に陥ります。

インフルエンザの患者数は、流行の大きい年には週当たりピーク時には200万人にのぼります。これに対応するには、11月末までには1日20万件の検査能力を最低限確保する必要があります。そのためには、唾液を用いたPCR検査や、抗原・抗体検査の組み合わせも必要になるでしょう。

そうした数値目標を立て、着実に実行していくことで消費者の安心につながり、経済が再生していくと考えています。

さまざまに報道されていることだが、日本の現在の人口当たりの検査数は一時よりかなり増えたとはいえ、まだまだアメリカ、イギリス、ドイツなどのG7諸国と比較して突出して少ない。

例えば、この8日に日本記者クラブでの会見に参加したドイツ(人口8300万人)、ロベルト・コッホ研究所のローター・ヴィーラー所長は、「私たちの戦略では、感染の発生を早期に発見するために、早い段階から大量の検査能力を確保し、今では週に110万件(115万件強)のPCR検査能力を持つに至っている」と語っている。(https://www.jnpc.or.jp/archive/conferences/35678/report

これら欧米諸国では感染者数も日本より多いという事情もあるが、日本より人口当たりの感染者数が少ないか同レベルの中国、韓国、オーストラリア、ニュージーランドといった東アジアや太平洋に面する国々も日本より多い検査を行い、感染者や死亡者を抑えることに成功しているのが実情だ。

小林: さらに水際対策も重要です。

今は海外から日本に来る人は非常に少なくなっていますから全員検査ができていますが、オリンピックを見据えれば、来年の春にはもっと外国から人が入ってくることになります。たとえ簡素化したとしても最盛期には1日何万人という人が入ってくるでしょう。その全員検査にも対応しなくてはなりません。

そして、海外からの観光客も、将来的には以前ほどでないとしても再び来てもらわなくては、日本の経済は復活できないのです。以前の十分の一の数でも、1日1万人にのぼります。

全員検査がもたらす安心

すでにスポーツやライブエンターテイメントの世界では、プロ野球やJリーグなどで症状のあるなしにかかわらず全員検査が行われ、活動の再開に繋がっている。

墨田区保健所では、同区内の音楽ホールを本拠地とする新日本フィルハーモニー交響楽団のメンバー74人に検査を行った。(https://www.city.sumida.lg.jp/smph/kuseijoho/kutyounoheya/corona/corona-message-13.html

そうすることで、選手やアーティストたちは安心して活動ができ、私たちもそれを楽しみ心を豊かにすることができる。

こうした「全員検査」に反対する人はごく少数だろう。そしてもちろん、五輪を開催するには、選手、役員、そしていくら絞ったとしても観客も含めて現在の入国者数に対応するのとはけた違いの検査体制を整えることができなければ、それはすなわち東京オリンピックの開催が不可能になることを意味する。

すこし話はそれるが、76日の「分科会」で配布された資料や記者会見の中で、無症状で感染リスクの低いカテゴリーの人々に対して検査をする際、PCR検査の「特異度」を99%と仮定すると、相当数の偽陽性の人々が出てしまう恐れがある、という主旨の話が出ていた。

特異度とは、感染していない人を正しく陰性と判定する確率のことだが、それが99%、すなわち、1%もの偽陽性(感染していないのに誤って陽性と判定すること)が出てしまうという仮定は現実的なのだろうか?

例えば、Jリーグの発表では3000人以上の選手や関係者のPCR検査をすでに2回行い、いずれも陽性者は1人も出ていない。つまりのべ6000人以上の結果である。プロ野球でも選手や監督、コーチ、球団スタッフ、審判員2000人以上をPCR検査し、やはり陽性はゼロ。

上記の新日本フィルでも陽性者は出なかった。さらには同じ「分科会」の資料の別のページには、福岡市が中州の「接待を伴う飲食店」の従業員353名を対象にPCR検査をしたところ全て陰性だった、とある。100人に1人偽陽性が出る検査で、このようなことが続けざまに起こるのだろうか。

これらの事実はは、現在日本各地で行われているPCR検査の特異度が実際には99%よりはるかに高いことを示していると考えるのが論理的だろう。

あるいは、海外では数多くの実績をすでに出している全自動検査機でも、100人に1人もの偽陽性を出すのだろうか? PSS社でも「限りなく偽陽性をゼロに近づけるように努めているし、それは可能です」と言う。

技術は日進月歩であり、現場では検査の質の向上のためにまさに命がけの努力が続けられている。新型コロナウイルス対策という、多くの人の命がかかる重大課題の方針を決める時、たとえ仮定の計算であろうと大雑把な数字ではなく、最新の現実に即したデータを精査したうえで当たってほしいと願うのは私だけだろうか。

今後の「分科会」では、こうしたPCR検査の実務家や、開発者の証言を聞くという方法もあるはずである。

再び小林氏の話に戻ろう。

必要なのは政治のリーダーシップだ

― 検査の数を大幅に拡充することについて、以前は医療現場への負担などを心配する向きもあったと思います。こうした懸念についてはどう考えますか?

小林: 全く無症状の人がいきなり医療機関にやってきて検査するということになれば、現場を混乱させる恐れがあります。そうならないようにするべきです。また、陽性の無症状者や軽症者は、医療機関に入院するのではなくホテルなどに入ってもらい隔離する政策がとられていますから、そうした人たちが医療機関を満たすことにはならないのです。

逆の言い方をすれば、具体的な検査数の増強の数値計画を定めてはじめて、こうした施設の必要数の想定と確保ができます。

さらには、新規の入院患者の方への検査を行うことは院内感染を防ぐことに繋がります。これも検査の拡充が医療現場の負担をむしろ軽減することにつながると考えます。そして、予算と人材、資源を積み増しし、検査能力と医療対応能力が増強できるようにしっかりと支援していくことが大切です。

小林氏は、こうした考えをまとめるにあたって医療従事者の意見も幅広く聞いている。それは、小林氏が中心となって618日に出された「緊急提言」(https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=3456)の賛同者の中に、京都大学の山中伸弥教授や医療の最前線で病院経営に携わる医師たちも入っていることにも見て取れる。

それだけでなく、そこには、多種多様な学界、経済団体、経営者、労働界、各県知事、ジャーナリスト、法律家、シンクタンク研究者、スポーツ関係者など、日本中のありとあらゆる分野の巨頭たちが揃っており、そのネットワーキング能力の卓越ぶりに驚かされる。なにしろ、経済界のトップである三村明夫日商会頭や榊原定征前経団連会長と、労働界の神津里季生連合会長が名を連ねているくらいなのだ。緊急事態を前にまさに呉越同舟と言える。

これはもちろん小林氏の主張が各界の実務や深い経験と見識を積んできた幅広い人材や指導者たちに対して普遍的な説得力を持つことの証明であり、こうしたさまざまな見地を総合した上での対策こそが、いまや国民全員、あるいは人類共通の課題となっている新型コロナウイルスに対峙する上で必要なのだ。

― これまで安倍首相をはじめ、政府や各自治体のさまざまな要人たちが「検査の拡充」について触れてきました。確かに数は増えてきていますが、まだまだ各国のレベルには遠く、第二波のおそれもある中、多くの人が不安に思っていると思います。小林さんの提唱する数値目標に向けても隔たりがあります。検査体制強化へのポイントはどこにあると考えますか?

小林: 今はどうしてもボトムアップなんですよね。要するに各地域の自治体でどれぐらい検査が必要かというのを調べて、それを集計して厚労省でまとめてから検査の件数を増やしていくというボトムアップのやり方になっていて、このやり方だと確かにスピードがなかなか出ないだろうということはあります。

ですので、政治のリーダーシップが重要です。首相官邸がしっかりと目標値を定めて全体の号令をかけて調整するというやり方をしないとスピードが出ないと感じます。

大きな方向性を決めるというのはやはり政治の役割で、官邸が動く必要がありますし、そうすれば、周囲ももっと動きやすくなると思います。

前述の「緊急提言」は、71日に、榊原前経団連会長、神津連合会長らとともに小林氏の手から西村内閣府特命担当大臣に提出されている。その内容は極めて明確だ。

9月までに10万人、11月末までに20万人、実行できるのかしないのか、ここから先は政治のリーダーシップがどのように発揮されるのか、そこにすべてはかかっている。そして多くの人の眼が、その行方に注がれている。

 

2020年7月11日 講談社「現代ビジネス」掲載 https://gendai.ismedia.jp/articles/-/73968

※ 本インタビュー内容は個人の考えによるものであり、所属機関や政府諮問委員会、分科会等の見解を反映したものではございません

後編はこちら


■小林研究主幹らが発起人となって発表した共同提言

【知事・有識者による緊急提言】積極的感染防止戦略による経済社会活動の正常化を

2020年6月18日(木)公開
[ URL  ]  https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=3456
[ 発起人・賛同者]   小林慶一郎 東京財団政策研究所研究主幹ほか、弊所研究員を含む

【経済学者による緊急提言】「新型コロナウイルス対策をどのように進めるか?―株価対策、生活支援の給付・融資、社会のオンライン化による感染抑止―」
2020年3月17日(金)公開

[ URL  ]  https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=3361 
[発起人] 小林慶一郎 東京財団政策研究所研究主幹
     佐藤主光  一橋大学国際・公共政策研究部教授

■新型コロナウイルス対策共同提言フォローアップ(動画:東京財団政策研究所ウェビナー)

2020年4月20日(月)公開
[ URL  ]  https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=3391

[ 出演 ]   小林慶一郎 東京財団政策研究所研究主幹
        佐藤主光  一橋大学国際・公共政策研究部教授

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