現在のところ、森友学園との国有地取引を巡る財務省の決裁文書改竄の目的や経緯は不明であるが、厚労省でも決裁文書の書き換えがあったとの報道があり、このような問題の再発を防止する方策を早急に検討する必要がある。
まず、いまの行政文書は、基本的に「公文書等の管理に関する法律」(以下「公文書管理法」という)に基づき管理されている。この公文書管理法は、我が国の歴史的な歩みを将来の資産とすることを目的に制定されたもので、極めて重要な法律である。この法律の制定を主導したのは、自民党の福田康夫元首相であり、2009年に制定され、2011年に全面施行となった。
なぜ、公文書管理法が重要なのか。それは、公文書管理法第1条(目的)にも記載があるように、国民主権の理念に則り、健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源として、主権者である我々国民が正しい情報を得て民主主義的な判断を行うためである。特に外交や安全保障などの公文書は、我が国の歴史的な歩みを現在及び将来の国民が把握するための貴重な資産となる。
保存期間1年未満の行政文書、曖昧な取り扱い
行政文書は、その重要性や性質に基づいて「30年」や「10年」などの保存期間が法令で定められている。最も短い保存期間は「1年」であるが、公文書管理法第7条では、行政文書の保存に関する行政官の負荷を軽減するため、1年未満保存の行政文書を行政文書ファイル管理簿に登録しなくても構わない例外としており、この例外ルールを利用すれば、同法第8条や第21条・第22条の規定において、廃棄を各府省の判断で行い、審査請求を回避することもできる法構成となっている。実際、森友学園との国有地取引や南スーダンPKO日報の問題では、交渉記録などの関連文書を1年未満の保存期間に設定していたことが批判された。
このような問題を改善するため、1年未満保存の行政文書を7種類に限定するよう、政府は2017年12月に「行政文書の管理に関するガイドライン」を改正した。この7種類の行政文書とは、「①正本・原本の写し、②定型的・日常的な業務連絡・日程表等、③出版物・公表物を 編集した文書、④所掌事務に関する事実関係の問合せへの応答、⑤明白な誤り等の客観的な正確性の観点から利用に適さなくなった文書、⑥意思決定の途中段階で作成したもので、当該意思決定に与える影響が極めて小さい文書、⑦保存期間表において、保存期間を1年未満と設定することが適当なものとして、業務単位で具体的に定められた文書」である。
また、通常は保存期間が1年未満の行政文書であっても、重要又は異例な事項に関する情報を含む場合など、合理的な跡付けや検証に必要となる行政文書については、1年以上の保存期間を設定するとしたが、依然として「1年以上」と「1年未満」の区別は曖昧であることは明らかであり、本質的な問題は何も解決していない。すなわち、1年未満保存の行政文書に恣意的に位置付けてしまうと、その作成や廃棄も外部からは全く分からない「ブラックボックス」とできるという「法の抜け穴」を利用し、従来と同様、貴重な資産(行政文書)の一部を廃棄することも可能となっている。しかも、公文書管理法は、1999年に制定された情報公開法と「対」をなすもので、公文書管理が形骸化し、重要な行政文書が廃棄されてしまうと、国民主権や民主主義の基盤の一つである情報公開法の意義も低下するという問題も依然として解決していない。
記録を残す仕組みや罰則の強化が行政官の身を守る
さらに、今回の決裁文書改竄の問題が極めて深刻なのは、法令やガイドラインの範囲内で行政文書の一部を廃棄する可能性などは想定する議論があったものの、行政文書自体を改竄する可能性までは想定していなかったことである。しかも、それが「官庁の中の官庁」と呼ばれる財務省でも起こってしまった。改竄の目的や経緯は不明だが、決裁文書の改竄は法令違反の可能性があり、行政官に対する信頼を揺るがす問題といっても過言ではない。
決裁文書の改竄については、刑法上の虚偽公文書作成罪(156条)・公文書偽造・変造罪(155条)や国会に対する偽計業務妨害などが既に存在するとともに、刑事訴訟法239条2項では、「官吏又は公吏は,その職務を行うことにより犯罪があると思料するときは,告発をしなければならない」という規定や、公益通報に関する制度(例:国の行政機関の通報処理ガイドライン(内部の職員等からの通報))等が存在するにもかかわらず、組織内で自浄作用が機能しなかったのも残念である。けれども、このような事件が起こってしまった背景には、虚偽公文書作成罪や公文書偽造・変造罪などに抵触するリスクがあるものの、決裁文書の「修正」と「改竄」の区別が曖昧であったことも関係しているかもしれない。
また、行政文書の管理が基本的に組織内で完結しており、外部のチェックが機能しないことも関係しているだろう。決裁文書改竄も、財務省が大阪地検に提出した改竄後のPCデータを、「デジタルフォレンジック」等の技術により、改竄前のデータを復元できたことで発覚したのであり、このような技術が存在しなければ「闇」に葬られていた可能性が高い。
もっとも、日本よりも欧米の方が優れているか否かについても断定できない。例えば、ガーディアン紙の調査によると、数年ほど前、イギリスの外務省が、公文書館に移管されるべき100万超のファイルをバッキンガム州の施設に隠していたことなどが判明している。どうやら、各国共通の課題でありそうである。
では、このような問題を解決するためには、どうすれば良いか。公文書管理や情報公開法を強化するほど、行政官は行政文書を益々残さないようにする可能性もある。現在のところ、行政文書を残すと、情報公開法や国会との対応で、行政官に過重な負担がかかるというペナルティ的な側面が大きくなっている。メディア上では、行政文書の電子化やブロックチェーン技術の活用などの議論もあるが、電話や口頭伝達などで対応し、これまで作成していた行政文書や従来は記載されていた情報が記載されなくなる恐れがある。このため、行政文書を残すインセンティブをどう構築するかも重要な課題であるが、なかなか妙手が存在しないのも事実である。
このような問題や現実を前提すると、再発防止のためには、もはや以下のような検討も必要かもしれない。
1)まず、決裁文書の改竄を禁止するとともに、それに対する罰則の新設も検討する。
2)行政文書の作成や廃棄が把握できない1年未満の保存期間は原則廃止するか、あるいは1年未満保存の行政文書の指定要件を厳格に法定化する。
3)上記に対して、電話・口頭伝達や私的メモ等で対処する「抜け穴」を防ぐため、そのうち重要なものについても、作成を義務付ける行政文書の範囲を法定化する。
4)実際に存在する行政文書を「廃棄した」というような虚偽の国会答弁等を許さないよう、必要があれば一定数以上の議員の発議で、政治的に独立した組織(例:国会の下に設置)が行政文書やその管理実態の外部チェックを行うことができる組織を創設する。なお、各府省には一元的な電子システムでの電子決裁を義務付け、その管理(修正した履歴を含む)は当該組織が担うものとする。
5)また、公文書管理法や情報公開法に違反する行為があったとき、上記の組織に内部通報してもその職員の身分を保障する仕組みを強化する。
なお、現行の公文書管理法では罰則規定は無いが、「およそ役人たらんとする者は法規を楯にとりて形式的理屈をいう技術を習得することを要す」(末弘厳太郎著『役人学三則』岩波現代文庫)という格言もある。むしろ、複雑な利害調整を担う行政官が強い政治的な風圧に曝されたとき、罰則規定を含む上記1)から5)の措置こそが、適正かつ公平な行政の執行のほか、その意識決定プロセスにおける行政官の身の潔白を示すために役立つと言えるのではないか。
最後に、現時点で森友問題の真相は不明であり、本稿は、決裁文書改竄の問題を中心に執筆を行った。国有地取引の妥当性や官邸との関係を含め、森友問題の全貌については、軽々にコメントするのは困難であり、まずは財務省がいま行っている調査結果や地検の捜査結果を待って改めて再考したいと思う。