東京財団政策研究所「リアルタイムデータ等研究会」メンバー
跡見学園女子大学マネジメント学部 教授
2019年10月、消費税率は8%から10%に引き上げられた。今回の消費税増税では、景気への悪影響を軽減するために、様々な景気対策が打たれた。キャッシュレス決済を使うとポイントが還元される制度などである。幼稚園や保育所の利用料無償化も同時に実施されている。総合的にどのくらいの景気へのインパクトがあるのか、政策担当者でなくても気になるところだ。
しかし、10-12月期のGDP(国内総生産)が初めて発表されるのは、2020年2月17日の予定だ。GDPは日本経済の総合的な活動を表している。発表が遅いのではないかという意見もあるだろう。とはいえ「早かろう悪かろう」でも困る。以下では、最近の統計改革の動きと絡めて、GDP統計の速報と精度の関係について考えてみたい。本論考を通じ、読者の方々が、景気判断に当たって重要な統計の作成において生じている課題や、トレードオフの存在を知ることで、国民が合理的な意思決定を行うための基盤といえる政府統計整備のあり方について考えるきっかけとなれば幸いである。
GDP統計の1次速報の発表は諸外国に比べて遅い
日本のGDP統計の発表は遅いのか。2019年7-9月期の1次速報値[1]について他の国と比べてみよう(図表1)。ユーロ圏、イタリア、フランス、米国は10月末には発表している。英国が日本より多少早い11月11日、ドイツは日本と同日の11月14日、カナダは11月29日である。
図表1 2019年7-9月期GDP1次速報値の発表時期
(注)カナダと英国は月次GDPを公表。
ただ、カナダと英国は月次GDPを発表していることに注意が必要だ。他の国は四半期ごとにGDPを推計しているが、両国は毎月GDPを推計している。7月、8月のデータはすでに発表済みであり、その意味で速報性に優れている。こうしてみると、日本はドイツとともに発表が遅いグループに入る。
家計調査を使わなければ1次速報公表の早期化が可能
GDPはさまざまな基礎統計を集計して作成される。GDPが早く出せるかどうかは、基礎統計が早く発表されるかどうかにかかっている。主要統計のうち最も発表が遅いのは総務省の「家計調査」で、この統計の発表が早まれば1次速報公表の早期化が可能だ(図表2)。さらに、「家計調査」については、使わないという選択肢もある。
図表2 GDP作成に使う基礎統計の発表日(2019年7-9月期の場合)
「家計調査」は、GDPのうち消費を推計するために使っている。同調査は、個人に家計簿をつけてもらう調査で、支出額を集計して毎月発表している。家計簿をつけるのは大変なため、調査サンプルが時間的余裕のある人に限られる可能性がある。「餃子消費量ランキング」など年間消費額を比較するには重宝するが、毎月発表する消費額の信頼性については疑問を持つエコノミストが多い。
GDP統計の品目別推計では、販売側統計やサービス統計への移行が進んでおり、家計調査を使っている部分は全体の10%程度に過ぎない(内閣府 2018)。
対象四半期の最終月に関する「家計調査」が発表されるのは、対象四半期が終了してから1か月と1週間程度後だが、これを使わないことで、1週間程度早くGDP統計を作成することが可能になる。
ただ、ことはそう簡単ではない。もう一つ進行中のプロジェクトがある。
法人企業統計の一部早期化に向けた取り組みが進行中
財務省が発表する「法人企業統計」の統計の一部を速報として早期に公表する取り組みが進行している。「法人企業統計」は企業の財務状況を四半期ごとに調査する統計で、GDP統計に関しては設備投資の基礎統計の一つとして重要だ。問題は発表が遅いことだ。2019年7-9月期分は12月2日に公表された。GDPの1次速報作成時には間に合わず、2次速報作成時から採用される。このため、2次速報で設備投資が大幅に修正されることがあり、問題になっていた。
経済財政諮問会議(2016)で1次速報作成に間に合うように早期化が提案され、政府の公的統計の整備に関する基本的な計画(総務省 2018)でも一部早期化が工程表に組み込まれた。2019年度は試験調査の段階で、2022年度末までのできるだけ早い時期に結論をだすことになっている。
法人企業統計の一部早期化は画期的だ。しかし、企業の調査負担も大きいため、大企業中心に設備投資など主要項目だけを早めに調べることになっている。さらに、早期化しても公表は対象四半期最終月の翌々月の上旬となり、「家計調査」と同時期の発表となってしまう。「家計調査」の使用をやめても、「法人企業統計」の速報値を使うことにすれば、1次速報の公表を早期化できない。
速報化より精度向上を優先すべき
「家計調査」と「法人企業統計」のいずれも使わない「超」速報値を出して、米国並みに速報化することはできる。鉱工業生産などの基礎統計の7-9月分の推計値を、7月と8月のデータだけ使って推計すれば、さらに速報化することも可能だ。日本経済研究センターなどは月次GDPを推計しており、内閣府が月次GDPを推計することも技術的には可能である。
一方で、速報化と精度向上はトレードオフ(あちらを立てればこちらが立たず)の関係にある。早く公表すると、後の改訂幅が大きくなる。速さを重視するか、正確さを重視するかは、統計ユーザーのニーズ次第である。
私見では、政府統計については、速報化を進めて後で改定するよりは、発表時期が遅くても精度向上を優先すべきではないかと思う。一方で、民間機関は速報化を進めて多様な情報を提供していくべきではないかと考える。
脚注
[1] GDPは、1次速報値、2次速報値、第一次年次推計値、第二次年次推計値のように、基礎統計の追加公表などを受けて順次更新がなされる。
参考文献
経済財政諮問会議(2016)「統計改革の基本方針」経済財政諮問会議、2016年12月21日。https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/cabinet/2016/2016_toukeikaikaku.pdf
総務省(2018)「公的統計の整備に関する基本的な計画(第III期基本計画)」2018年3月6日閣議決定。http://www.soumu.go.jp/main_content/000536501.pdf
内閣府(2018)「QEの推計精度の確保・向上に関する工程表への対応:国内家計最終消費支出における統合比率の再推計結果」国民経済計算体系的整備部会、第3回QEタスクフォース、内閣府経済社会総合研究所、2018年11月21日。http://www.soumu.go.jp/main_content/000585873.pdf
山澤 成康 跡見学園女子大学 マネジメント学部 教授
1962年広島県生まれ。1987年京都大学経済学部卒業。日本経済新聞社データバンク局、同編集局経済部、日本経済研究センター短期予測班総括などを経て、2009年4月から現職。2016年4月から2年間総務省統計委員会担当室長を務める。2017年3月埼玉大学で博士(経済学)取得。主な著書に「実戦計量経済学入門」(日本評論社)、「ディズニーで学ぶ経済学」(学文社)など。第1回景気循環学会中原奨励賞受賞。