東京財団政策研究所「経済データ活用研究会」メンバー
跡見学園女子大学マネジメント学部 教授
はじめに
新型コロナウイルス感染拡大の影響は、社会の在り方も変えていく可能性がある。最近の消費の動きを詳細にみるとともに、テレワークの進展やオンライン消費の拡大の動きを確認していく。
新型コロナウイルス感染拡大下での消費
2020年4-6月期の実質民間最終消費支出は前年同期比11.6%減と大きく落ち込んだ。基礎統計の一つである総務省「家計調査」をみると、旅行、外食、エンターテイメント産業での落ち込みが大きい。ただ、少数ながら外出自粛で消費が増えた品目もある。
2020年4-6月期における消費支出全体(総世帯、1世帯当たり)の前年同期比伸び率に対する寄与度が最も高かった品目は、「マスクなどの保健用消耗品」だ(図表1)。2位は、「傷害保険、旅行保険など」である。4月に東京都が自転車保険を義務化した影響が大きい。3位は「割りばし、紙製食器など」で、自宅のベランダや庭での食事が増えたためとみられる。「豚肉」、「牛肉」、「鶏肉」など肉類の支出も増えた。「こしょう、七味、みりんなど」、「清掃用具、洗濯用具、工具など」の消費も伸びた。
一方、外食への支出は大きく減少した。中でも、「ファミレス(ファミリーレストラン)、社食(社員食堂)など」、「酒代」、「和食」の減少が大きかった。交通関連支出の「ガソリン」、「鉄道運賃」、「航空運賃」も大きな減少だ。旅行は、「国内向けパック旅行費」、「海外向けパック旅行費」ともに減少した。「映画・演劇等入場料」も大幅な減少だ。「幼児教育費用」は、保護者が家にいる時間が長かったので減少したものとみられる。
図表1 前年同期比寄与度ベスト10、ワースト10
(出所)総務省「家計調査」。2020年4-6月期における消費支出全体(総世帯、1世帯当たり)の前年同期比の品目別寄与度によるランキング。単位は%ポイント。「家計消費状況調査」にある品目は同調査を優先。「保健用消耗品」は「マスクなど保健用消耗品」、「ほかの非貯蓄型保険料」は「傷害保険、旅行保険など」、「他の家事用消耗品のその他」は「割りばし、紙製食器など」、「他の調味料」は「こしょう、七味、みりんなど」、「他の家事用消耗品のその他」は「清掃用具、洗濯用具、工具など」、「他の主食的外食」は「外食(ファミレス、社食など)」とした。
代表的な品目について、日次で消費動向を追ってみよう(図表2)。「マスクなど保健用消耗品」は品不足が顕著だったゴールデンウイークまでは支出が急増したが、その後は落ち着いた動きになっている。肉類はゴールデンウイークにかけて消費量が増えたがその後一段落し、緊急事態宣言解除後はむしろ減少傾向だ。
「外食(ファミレス、社食など)」への支出は緊急事態宣言発令中減少したが、その後回復している。「外食(飲酒代)」は、6月に入って増加傾向にあるが、1-2月の水準に比べればかなり低く、サラリーマンなどが飲み屋に行く回数は減ったままであることがわかる。
図表2 家計調査の日次集計
(出所)総務省「家計調査」、網掛けは7都府県で緊急事態宣言が発令された4月7日から緊急事態宣言解除前日の5月25日までの期間。
テレワーク関連の消費が増える
パーソル総合研究所によると、正社員のテレワーク実施率は4月10日~4月12日の調査では27.9%だったが、緊急事態宣言解除後の5月29日~6月2日調査では、25.7%に低下した。それでも正社員の4分の1程度はテレワークを継続している。東京商工リサーチの調査では、緊急事態宣言解除後の6月調査で、26.7%の企業が「新型コロナウイルス感染拡大以降テレワークを導入したが、現在は取りやめた」と回答した。一方、継続してテレワークを行っている企業も31.0%ある。多くの業務をテレワークにすることは無理でも、テレワークが働き方の選択肢として定着していく可能性はある。
家計側の統計からみてもテレワークの進展がうかがえる。総務省が半年ごとに発表している個人向けプロバイダーの通信量(トラフィック)をみると、通信料が急増しており、2020年5月のダウンロード量は前年同期比57.4%増加した。総務省の「家計消費状況調査」でインターネット接続料(2人以上世帯、一世帯当たり)の動きを見ると、2月を底に上昇を続けており、6月は、前年同月比3.1%増加した(図表3)。通信量が1.5倍に増えているのに接続料金の伸びが緩やかなのは定額制の普及によるものと考えらえる。
家庭でのパソコンへの需要は増えた。電子情報技術産業協会(JEITA)によると、国内のパソコン出荷台数(法人向け、個人向けの両方を含む)は、2020年4-6月期に前年同月比7.4%減少し、出荷金額も同3.3%減少した。一方、総務省「消費状況調査」では、2人以上世帯、1世帯当たりのパソコン購入金額は 2020年4-6月期に前年同月比92.7%増とほぼ倍増している。パソコンの需要が法人から個人へとシフトしていることがわかる。パソコン需要にはテレワークのほか生徒や学生がオンライン授業で使うものも含まれており、その内訳はわからないが、家庭内での「デジタルトランスフォーメーション(DX)」が進んだのは確かだろう。
人の移動面からみると、総務省「家計調査」の日次集計のうち「交通費」は、緊急事態宣言解除後上昇しているが、1-2月の水準には戻っていない(図表4)。グーグル社はサービス利用状況から様々な場所への移動状況を記録する「コミュニティ・モビリティ・レポート」を発表している。「働き場所」についてみると、新型コロナウイルス感染者の拡大で1-2月平均に比べて約35%減少した後、ゴールデンウイーク後に増加した。7月以降は1-2月平均の10%減程度で推移している。テレワークの進展をみるうえでは、今後平時の水準まで戻るかどうかが注目される。
最後に不動産市場をみてみよう。東証REITオフィス指数は、大都市オフィスの将来需要を折り込んでいると考えられる。同指数は、東証REIT住宅指数に比べて低迷しており 、オフィスの縮小・テレワークの拡大を見込んでいるものといえる。
図表3 インターネット接続料の増加
(出所)総務省「家計消費状況調査」。パソコンへの支出金額とインターネット接続料への支出金額。
図表4 進まないオフィス回帰
(出所)交通費は総務省「家計調査」、日次集計の7日移動平均。Google LLC "Google COVID-19 Community Mobility Reports". https://www.google.com/covid19/mobility/ Accessed:2020/08/04. 祝日など極端な動きは平準化、1-2月は、1月6日から2月6日の該当曜日の中央値。網掛けは7都府県で緊急事態宣言が発令された4月7日から緊急事態宣言解除前日の5月25日までの期間。
オンライン消費は急増
インターネットを利用した消費(オンライン消費)も急増している。総務省「家計消費状況調査」をみると、5月にインターネット経由で購入した世帯(2人以上世帯)の割合は初めて5割を超えた。6月も上昇し、50.8%となった(図表5)。年齢別にみると、どの年齢層でも上昇傾向で、利用の少なかった世帯主が65歳以上の世帯でも、2020年1月の22.8%から30.3%へと7.5%ポイント上昇した。
5月に緊急事態宣言が解除された後の6月の数値は、64歳以下では0.3%ポイント低下したが、高水準であることには変わりがない。今後も高水準が続くかどうか注視する必要がある。
電子マネー(クレジットカード、デビットカードは含まない)の保有比率も急増した(図表6)。2019年10月にポイント還元制度が開始されたが、保有比率が急上昇したのは、2020年4-6月期に入ってからだ。外出自粛の影響が電子マネー保有比率を高めたといえる。
図表5 インターネット支出世帯比率
(出所)総務省「家計消費状況調査」
図表6 電子マネー保有比率
(出所)総務省「家計消費状況調査」、電子マネー保有比率は(電子マネー1人保有世帯比率×1+同2人保有世帯比率×2+同3人以上保有世帯比率)/平均世帯人員で計算。
オンライン消費の支出品目について詳しく見てみよう。2020年6月、オンライン消費支出は前年同月比20.3%増加した(図表7)。総額には、旅行などの急減した品目も含まれており、それを上回る形で増加した。
緊急事態宣言発令期間が大半の5月をみると、出前が前年同月比168.5%増えた。自粛期間の間、デリバリーへの需要が拡大したとみられる。6月は、家具、家電、出前が伸びており、オンライン消費の拡大が続いている。
図表7 オンライン消費の支出品目
(出所)総務省「家計消費状況調査」。「家事雑貨など」は「上記に当てはまらない商品・サービス」でアクセサリーも含む。「各種ソフト」は、「音楽・映像ソフト、パソコン用ソフト、ゲームソフト」、「ダウンロード」は「ダウンロード版の音楽・映像、アプリなど」。
ポイント還元事業終了でコンビニに駆け込み需要
最後に、販売側の統計を使って直近の消費の動きをみておこう。経済産業省の「商業動態統計」を使えば6月までの月次の動きがわかる。7月、8月も含めた動きは経済産業省の「BigData-STATS」で把握できる。この統計はPOS(販売時点情報管理)データを使って週次で販売額を把握する先進的な統計である。
6月末でキャッシュレス決済ポイント還元事業が終わり、7月1日からレジ袋の有料化が始まった。内閣府の「景気ウォッチャー調査」の7月分のコメントをみると、コンビニに関しては「前月の駆け込み需要の反動が生じている」「キャッシュレス還元終了やレジ袋有料化が向かい風」と制度変更が逆風となっている。スーパーに関しては、「内食需要が続いている」「還元事業は終了になったが、意外と影響が少ないように感じる。また、レジ袋が有料化になったが、その影響もないように感じる。」と対照的だ。
「BigData-STATS」のデータをみると、コンビニの販売額は6月末にかけて減少幅が縮小したが、その後拡大している(図表8)。一方、スーパーは緊急事態宣言解除後も増加基調だ。コンビニは、オフィス街への立地が多く、7月からレジ袋有料化を始めた店舗が多い。また、キャッシュレス決済ポイント還元に積極的に取り組んでいた企業が多かっただけに、反動も大きかった。
ホームセンターの売り上げは増加傾向だが、家電大型専門店は、8月に入って失速している。品目別にみると、パソコンやテレビはプラスの伸びを保っているが、エアコンや冷蔵庫などが減少しており、猛暑の前に需要は一巡したとみられる。
図表8 週次小売販売額指標(前年同期比)
(出所)経済産業省「BigData STATS」。赤は、「商業動態統計」で発表されていない7、8月のデータ。
おわりに
2020年6月までの時点では、テレワークの進展とオンライン消費の拡大が確認できた。テレワークが今後浸透していくかどうかは、家計のインターネット接続料金や、「交通費」への支出、「仕事場」への移動量などを見ていく必要がある。オンライン消費の動きは、インターネット経由の消費の動きを品目別に追っていくことでわかるだろう。
山澤 成康 跡見学園女子大学 マネジメント学部 教授
1962年広島県生まれ。1987年京都大学経済学部卒業。日本経済新聞社データバンク局、同編集局経済部、日本経済研究センター短期予測班総括などを経て、2009年4月から現職。2016年4月から2年間総務省統計委員会担当室長を務める。2017年3月埼玉大学で博士(経済学)取得。主な著書に「実戦計量経済学入門」(日本評論社)、「ディズニーで学ぶ経済学」(学文社)など。第1回景気循環学会中原奨励賞受賞。