東京財団政策研究所「リアルタイムデータ等研究会」座長
神奈川大学経済学部 教授
10月1日に消費税率が10%に引き上げられた。今回の消費税率引き上げ前の駆け込み消費等は、過去に比べて弱いと言われていた。日本銀行の黒田東彦総裁も、9月19日の会見で「現時点で経済が大きく影響を受けるとはみていない」と語っていた。
確かに、現時点で8月までの実績値が判明している日本銀行「消費活動指数」の実質消費活動指数の推移を、前回の消費税率引き上げ(2014年4月)前と比較すると、前回より弱い動きとなっている(図1)。
一方、前回の消費税率引き上げにおいても、駆け込み消費が顕在化したのは引き上げ前月の2014年3月であった。実際、消費税率が引き上げられた後、駆け込み消費が実は今回も出ていたという報道が出始めている。10月5日付の日本経済新聞では、日経POS(販売時点情報管理)データを用いて、駆け込み消費が発生したことを報じている。それでは、前回と今回で駆け込みの在り方に変化はあったのだろうか。
本稿では、株式会社ナウキャストが提供している「日経CPINow」のデータベース中の「日次物価指数」(T指数)と「日次売上高指数」に注目する。これらの指数は、スーパー(約800店舗)のPOSデータを用いて作成されている。販売価格と販売数量の両方のデータが得られるため、日々の売上構成を反映した物価指数(トルンクビスト指数)が算出できる[1]。スーパーを対象にした調査のため、食料品・日用品に限定されるという限界はあるものの、日次で物価や売上高が把握できるというメリットがある。本稿執筆時点で10月6日までのデータが判明している。なお、日々のデータはブレが大きいため、以下では後方7日移動平均のデータを用いてグラフと数値を示す。
日次売上高指数を見ると、前回の消費税率引き上げ前では12日前(3月19日)から前年同日比の伸びが急激に高まったが、今回は6日前(9月25日)から急激に高まった(図2)。引き上げ前日の伸び率は、前回(3月31日)は27%であったが、今回(9月30日)は31.7%であった。スタートは遅れたものの、直前の駆け込みの勢いは上回っている。
こうした駆け込み行動を引き起こした一因が、値引き販売だ。前回の消費税率引き上げ局面では、16日前(3月14日)から日次物価指数が下落に転じ、引き上げ前日(3月31日)にはマイナス0.7%まで下落幅が拡大した(図3)。消費税率引き上げ直前に、スーパーなどが値引き販売を行って販売増を狙ったことがうかがえる。
これに対して、今回は消費税率引き上げ30日前から物価上昇率が縮小してきたものの、6日前(9月25日)までは前年同日比プラスを維持していた。その翌日から下落に転じ、引き上げ前日にはマイナス0.6%と前回並みまで下落幅が拡大した。
スーパーなどの店頭では、9月に入ってからまとめ買いを促すような店頭看板が目立ち始めていた。しかし、データを見る限り、当初は大幅な値引き販売には踏み切ってはおらず、直前になって特売を打ち出した模様だ。確かに、9月20日の日経電子版では、ユニクロが同日から期間限定の増税前セールを始めたことを伝えている。こうした販売側の方針転換が、駆け込み消費を誘発した可能性があろう。
なお、今回の駆け込み消費が前回より弱いとみられていた一因は自動車、家電など耐久財の消費が盛り上がらなかったことも一因である。「消費活動指数」の実質消費活動指数の耐久財の推移をみると(図4)、前回より弱い。そして、この主因は乗用車販売の不振であろう。乗用車登録台数(軽自動車含む)の前年同月比の動きを比較すると(図5)、今回の弱さは歴然である。すでに公表されている9月分は前年同月比13.6%まで拡大したが、一時は20%も超えた前回に比べて弱含みといえる。これが、消費税率引き上げ以降の購入に対する減税などの販売促進策によるものなのか、今後注視が必要であろう。
[1] 政府の物価統計では、基準年において採用を決めた品目とそれらの売上構成比を用いて指数が算出されている。実際に売れ筋商品は日々変化しているため、この方法で作成した物価指数の精度には限界があるとされる。これに対して、トルンクビスト指数では、価格の前年比に加え、当年と前年の売上高構成比の平均を用いて、価格の変化率を加重平均している。指数として望ましい性格を持つとされる。
飯塚 信夫
神奈川大学経済学部 教授
東京財団政策研究所 政策データラボ アドバイザー
1963年東京都生まれ。86年一橋大学社会学部卒業、日本経済新聞社入社。編集局経済解説部記者、日本経済研究センター主任研究員などを経て、2011年神奈川大学経済学部准教授、14年より現職。2004年千葉大修士(経済学)。専門は日本経済論、経済予測論、経済統計。著書に『入門日本経済(第5版)』(共編著、有斐閣、2015年)、『世界同時不況と景気循環分析』(共編著、東京大学出版会、2011年)