東京財団政策研究所「経済データ活用研究会」座長
神奈川大学経済学部 教授
1. はじめに 2. 一般会計歳出は決算ベースでほぼ横ばい 3. 多かった補正後予算の使い残し 4. 特別会計を考慮に入れた歳出純計でも節約傾向 5. おわりに |
1. はじめに
2020年8月28日の記者会見で安倍晋三氏は首相退陣を表明した。9月14日の自由民主党総裁選で菅義偉氏が新総裁に選出され、16日に次期首相に選出された。
2012年12月に首相となった安倍氏の経済政策である「アベノミクス」では、第2の矢として機動的な財政政策が打ち出された。土居(2020)が示すように、景気拡張局面にもかかわらず毎年のように財政出動が行われている。一方、安倍政権下の実質GDP(国内総生産)成長率における政府支出の寄与(2013~19暦年の単純平均)に注目すると、実質GDP成長率の平均が1%だったのに対して、政府支出の寄与度は0.3ポイント。これは、民主党政権時代(2009~12年の単純平均)の寄与度の0.4ポイントとほぼ変わりない。さらに、財政出動によく用いられる公共投資(公的固定資本形成)の寄与に注目すると、政権発足時の2013年こそ実質GDP成長率に対して0.3ポイントの寄与となったものの、2018年まではほぼゼロ(2015年はマイナス0.1ポイント)だった(注1)。
「アベノミクス」の第2の矢(機動的な財政政策)は放たれていたのか。財政データを虚心坦懐に観察することを通じて、検証してみたい。
2.一般会計歳出は決算ベースでほぼ横ばい
図1は、「日本の財政関係資料」でおなじみの一般会計ベースの歳入(税収)と歳出、公債発行額の推移を示したものである。2013年度から、現時点で実績が判明している2018年度までの決算の推移を見ると歳出はほぼ横ばいだった(注2)。リーマン・ショック後の景気対策で急増した2009年度の一般会計歳出(101兆円)を、2018年度までは超えていない。財政支出を拡大しているという印象はなく、緊縮財政で知られた2000年代の小泉純一郎政権と似通っている。この間、景気回復や消費税率引き上げなどにより税収は順調に増えた結果、安倍政権における公債発行額は2018年度まで減少傾向にあった。
表1は、歳出の主な内訳について、第2次安倍政権前の2012年度決算と2018年度決算を比較したものである。一般会計歳出の約3割を占める社会保障関係費は、高齢化を背景に2012年度から2018年度にかけて3.4兆円増加した。国債費は1.5兆円、公共事業関係費は1.1兆円、防衛関係費は0.7兆円増加している。
一方、地方交付税交付金等は0.4兆円減、その他が4兆円減少しており、これらの節約により2012年度から2018年度の歳出増を1.9兆円にとどめている。このその他には、文教及び科学振興費、恩給関係費、経済協力費、中小企業対策費、エネルギー対策費、食料安定供給関係費、その他の事項経費が含まれている。中でも、減少額が大きいのはその他の事項経費(3.1兆円減 )である。その他の事項経費は、注3で示したように様々な費目が含まれている。
3.多かった補正後予算の使い残し
毎年のように財政出動が行われたことと、決算ベースにおける節約志向はなぜ両立しているのか。図2は、一般会計の歳出額について、当初予算、補正後予算、決算の推移を示したものである。直近では2007年度に、歳出の決算額が当初予算額を下回ったことがあったが、08年度以降は決算額が当初予算額を上回る状況が続いており、第2次安倍政権下でも同様であった。しかし、決算額が当初予算額を上回る幅(折れ線グラフ)は、政権初年度の2013年度から急速に縮まっている。
さらに、決算額と当初予算額の差を、①補正予算が組まれた後の予算(補正後予算)と当初予算の差、②決算と補正後予算の差、に分解してみる。すると、2014年度以降も①はコンスタントに3兆円台のプラス(2017年度を除く)であった。しかし、2013年度はプラスだった②は、2014年度以降はマイナスになっている。つまり、補正予算で積み上げても使い残しをしていることが確認できる。
上記、①、②について、歳出の主な内訳について確認してみよう。表2は、①について2013~18年度について示したものであるが、6年間の累計に注目すると、財政出動にはつきものの公共事業関係費が6.2兆円と金額が大きいが、その他は12.1兆円と2倍近い。さらに、その他の内訳を注目するとその他の事項経費が5.7兆円と約半分を占める。前述の通り、その他の事項経費には様々な費目が含まれているが、経済対策で様々な費目で歳出増を行ったことが背景にあろう。一方、②について表3で2013~18年度の推移を確認すると、主な内訳の費目でまんべんなく“節約”していることが確認できる。
4.特別会計を考慮に入れた歳出純計でも節約傾向
国の歳出予算には、ここまで検証してきた一般会計のほかに、特別会計もある。そこで、最後に、国の歳出純計で第2次安倍政権の歳出動向を確認したい(注4)。図3を見るとわかるように、第2次安倍政権下では、2016年度を除いて、歳出純計額は230兆円を下回る額で推移している。2012年度から2018年度にかけての増加額は4.8兆円。社会保障関係費が12.8兆円 増加する一方、その他で6.9兆円 減少しており、やはり節約志向が確認できる(注5)。
公共事業関係費は2012年度から2018年度にかけて1兆円増加したが、財政出動が行われている割には大きくない。これは、補正予算などにより当初予算よりも決算見込み額が大きくなるにもかかわらず、決算額は見込み額を下回っていることが一因と考えられる(図4)。
5.おわりに
以上、財政データを虚心坦懐にながめると、第2次安倍政権での財政は、派手な経済対策とは裏腹に節約傾向であったことが確認できる。それが偶然の産物だったのか、行政機構の知恵によるものだったのかは、データからはわからない。ただ、コロナ禍によって2020年度の歳出は急拡大し、税収は減少することは確実だ。菅新政権が、実質的な節約傾向を引き継ぐのか注目していきたい。
(注1)2019年は久しぶりにプラス0.2ポイントとなったが、2020年12月に公表予定の確報値で改定される可能性がある。
(注2)本稿執筆時点において、2019年度の一般会計歳出額は101兆円程度だったことはわかっているが、詳細な内訳のデータがないため2018年度までのデータを取り扱う。ちなみに、2019年度の補正後予算の一般会計歳出額は104.6兆円だったため、2018年度までの使い残し傾向は続いていたと考えられる。
(注3)その他の事項経費は、地方創生推進費及び地方創生基盤整備事業推進費、沖縄振興費、北方対策費、青少年対策費、文化関係費、農村地域資源維持・継承等対策費等、森林・林業対策費、自動車安全特別会計へ繰入、国際観光旅客税財源充当事業費が含まれる。
(注4)一般会計と特別会計は相互に完全に独立しているわけではなく、一般会計から特別会計へ財源が繰り入れられているなど、その歳出と歳入の多くが重複して計上されている。特別会計を含めた国全体の財政規模を見るうえでは、単純に一般会計と全特別会計の総額を見るだけでなく、重複計上額及び国債の借換額を除くことが求められる。重複計上額等を除いたものが純計額である。
(注5)図3の元データは小数点第2位以下を四捨五入している関係で、図3上の数値の単純な差と実際の増加幅の間にズレが生じている。
参考文献
土居丈朗(2020)「<新型コロナ問題と税・社会保障>その9 財政出動でGDPを「操れる」幻想 」、東京財団政策研究所ホームページ、2020年9月3日
飯塚 信夫
神奈川大学経済学部 教授
東京財団政策研究所 政策データラボ アドバイザー
1963年東京都生まれ。86年一橋大学社会学部卒業、日本経済新聞社入社。編集局経済解説部記者、日本経済研究センター主任研究員などを経て、2011年神奈川大学経済学部准教授、14年より現職。2004年千葉大修士(経済学)。専門は日本経済論、経済予測論、経済統計。著書に『入門日本経済(第5版)』(共編著、有斐閣、2015年)、『世界同時不況と景気循環分析』(共編著、東京大学出版会、2011年)