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どの政権でも「忖度」消えぬ

July 26, 2017

加藤 創太
上席研究員

東京都議会議員選挙で、自民党が歴史的な惨敗を喫した。過去の都議選は、その後の国政選挙の先行指標となることが多かった。今回も、自民党惨敗は都政だけでなく国政による部分も大きいはずだ。個別の大臣・国会議員の言動もあったが、学校法人「森友学園」への国有地払い下げ問題、学校法人「加計学園」の獣医学部の新設問題、そして安倍晋三政権の対応のあり方が大きな影響を与えたのは間違いないだろう。

そのうち、加計学園の問題には、1990年代以降に日本が進めてきた政治・行政制度改革の功罪が象徴的に現れている。

* * *

90年代以降の改革熱狂が志向した大きな方向性は、政冶・行政面での政冶主導および官邸主導の実現と、経済面での規制改革だった。今回、岩盤規制のーつとされる獣医学部の新設が官邸主導で認められたことは、見方によってはまさにこうした制度改革の成果であり、ここ20年以上、日本が目指してきた方向性そのものと言える。

戦後日本の政治・行政システムは、経済学者の故・青木昌彦氏らが「仕切られた多元主義」と呼んだように、省庁ごとの仕切りの範囲内で政官財の利害調整を行ってきた。そうした仕切りを乗り越え、仕切りの中で長年醸成された既得権や利権を打破する政策を実現する手法として、官邸主導は極めて有効である。日本が環太平洋経済連携協定(TPP)への署名にこぎ着けたのも、強力な官邸主導に多くを依っている。

他方で、加計学園問題は、政治主導、官邸主導の問題点も浮き彫りにした。

90年代以降の一連の改革は一貫して、政治家、特に官邸に強い力を与える方向を志向してきた。背景には上記の「縦割り行政」に加え、「官僚主導」「決められない政冶」への強い批判があった。

もともと議院内閣制は、大統領制や半大統領制などに比べて行政府の長(首相)とその周辺(官邸)が強い権力を持ちうる制度である。以前の中選挙区制であれば、自民党が一党優位であっても、自民党内の派閥が「党内党」として首相に強い規律を求めた。多くの欧州国家が採る大選挙区制では、政権の連立政党が首相に強い規律を設けている。

しかし90年代に導入された小選挙区制が議院内閣制と組み合わさったことにより、首相および官邸は、政権内で絶大な権力を握ることが可能となった。さらに先の民主党政権への有権者の強い幻滅が加わり、小選挙区制度の下で政権への最大の規律となるはずの対抗野党が政権批判の受け皿となれない状態が続いている。

政治から一定の距離を保つはずの各種機関にも官邸の強い力は及んでいる。行政機関については、官邸は内閣人事局を通じて幹部人事権を握った。報酬などで差異を設けづらい行政機関において、公務員の最大のインセンティブ(誘因)となるのは人事であり、人事権を握られた官僚たちが官邸への「忖度」を競い合うのは当然の帰結だ。

ほかにも、政治からの一定の独立性が求められる日銀の審議委員の任命には、「経済または金融に関して高い識見を有する」という日銀法の基準よりも、アベノミクス(安倍首相の経済政策)への賛同の度合いが重視されている印象がある。最高裁判事人事、内閣法制局長官人事、NHK会長人事などにも、従来の慣行を超えた官邸の強い介入があったと報じられている。

加計学園問題で明らかになったのは、官邸への権力集中とその権力の中枢への「忖度」が永田町や霞が関を中心に広がっている姿である。権力集中には大きなリスクが伴う。また、官邸主導により既存勢力の既得権や利権が打破されたとしても、その既得権や利権が一般には開放されずに、新たな権力の下での新たな利権になるのでは意味がない。

権力集中の弊害を防ぐには、権力へのガバナンス体制の構築が何より重要となる。数年に一度の選挙による政権交代に政治行政のガバナンス(統治)のすべてを託すのではなく、各種の政治行政制度を総合的に見た上で、あるべき日常的なガバナンス体制を判断していかなければならない。

* * *

まずは、権力分立のあり方だ。例えば日本と同様に議院内閣制と小選挙区制を併用する英国では、政治家の官僚への人事権は強く制限されている。米国では大統領が官公庁幹部を政治任用するが、大統領は議会から強い規律を受ける。一方、日本は首相の議会解散権の行使に制約がない数少ない国であり、この面でも首相および官邸の権力が強い。

人事や政策の実施については、透明化、ルール化、第三者の関与などを通じて、政府(特に官邸)の説明責任を高めることが必要だ。安倍政権は企業経営者の説明責任を高めるためコーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)の導入を積極的に推し進めた。政治や行政においても、政府の日常的な説明責任を促すような仕組みの導入が必要だ。米国などで一般的となっているエビデンス(証拠)に基づいた政策立案や政策評価の手法を導入することも有益だろう。

都議選での自民党の歴史的大敗は、官邸への権力集中一辺倒の流れを冷静に見直す良い機会となる。あらゆる改革がそうであるように、改革の成否を決めるのは、改革そのものよりも改革後の地道な試行錯誤と微調整である。権力の集中と分散のバランスが問われている。

2017年7月9日付『日経ヴェリタス』異見達見より転載

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