R-2022-125
昨今、日本人の性と生殖に関連するニュースを見ない日はないと言っても良いであろう。連日のように報道される少子化関連のニュースに加え、梅毒患者が東京都では過去最多を更新している。しかしながら、そのベースとなる性的活動の実態について詳細はよくわかっていない。過去数十年の間に性的活動に影響を与える要因は大きく変化していて、例えば、出会い系アプリの登場、ポルノグラフィが無料でかつ容易に入手可能になったことなどが挙げられる。同時に、多くの国で、成人の性行為の頻度が低下していて、そうした傾向が新型コロナウイルスの流行によってさらに加速した可能性についても報告されている。このような背景を踏まえ、著者らは最近、日本人の性的活動の実態について分析を行いその結果を公表した。本Reviewではその調査結果の中から代表的な点について紹介したい。
1.我が国における性的指向の実態 |
1.我が国における性的指向の実態
性的活動の実態を把握するためには、性的指向[a] についても実態を把握することが必要だが、現在我が国で行われている調査の大半は、異性間に限定したものである。そこで著者らはまず、我が国における性的指向の実態について分析を行った。その結果、
- 性的指向に関しては女性の82.9%、男性の87.4%が異性愛者と回答し、20-29歳ではこの比率が最も低かった(女性75.7%、男性80.4%)。
- 女性ではバイセクシャルが5.5%、ホモセクシャルが0.9%、男性ではそれぞれ3.4%、2.0%であった。アセクシャル(無性愛)と答えた人は女性10.0%、男性6.9%で、特に20-29歳で最も多く(女性14.7%、男性11.1%)、年齢とともに少なくなった。
特に20代男女のかなりの割合が、自分は無性愛者であると回答している点については興味深い。この数字は、年齢とともに減少するが、しかしなお諸外国と比較すると圧倒的に高い(英国・スウェーデンともに1%未満と報告)。[1][2]
2.増える「生涯での性交渉“未経験者”の割合」
ここからはあらゆる性的指向を対象に、我が国おける最近の性的活動の実態について説明したい。まずは、これまでの生涯での性交渉経験についてであるが、女性の15.3%がこれまでの生涯で性交渉相手がいなかったと答えており、この割合は20-29歳では29.7%、40-49歳で7.3%であった。男性では、19.8%が生涯での性交渉相手なしと答えており、年齢別割合は43.0% (20-29歳)、7.4%(40-49歳)であった。これまでの性的パートナー数の中央値は(性産業従事者との性交渉含む)、女性で3、男性で4であった。性交渉開始年齢の中央値は女性・男性ともに20歳で、性交渉開始年齢を16歳未満と回答した割合も女性・男性ともにほぼ同じで、それぞれ8.0%、8.4%だった。
著者らは、過去に2015年に実施された出生動向基本調査の割合を用いて同様の解析を行なっているが(30-34歳の女性の12%、男性の13%、35-39歳の女性の9%、男性の10%が異性との性交渉経験がないと報告)[3]、その当時よりさらに性交渉未経験者が増えている。両者の調査は、調査対象者や質問項目設定等が異なるため単純比較は難しいが、2015年から2022年の間に性交渉未経験者が増えた可能性が考えられる。
3.性交渉の頻度・満足度も欧米と比較して低い水準に
また、性交渉経験ありと回答した人を見ても、その頻度・満足度ともに低水準にあることも明らかとなった。過去1年間に週1回以上の性交渉があったと答えた人は(性産業従事者との性交渉含む)、女性で13.0%、男性で13.2%であった。女性の45.3%、男性の44.5%が、過去1年間に性産業従事者含めて性的パートナーがいなかったと回答しており、日本人の成人男女の半数近くで性的パートナーがいないのが実情である。この割合は他の先進諸国の割合と比較すると突出して高く、例えばドイツで過去1年間に性交渉経験がないと回答したのは女性・男性ともに約20%前後であった[4][5]。こうした諸外国の調査はその大半が新型コロナウイルス流行前に実施された調査であることには留意が必要であるが、例えば出生数の国際比較でも欧米各国では新型コロナウイルスの流行で一時的に出生率が低下したものの現在は回復傾向にある一方、日本は引き続き低下トレンドにあることなどを踏まえても、日本での性的活動は欧米と比較すると低水準にあると言える。
また、性生活に「満足している」と答えた人の割合は、女性で27.8%、男性で23.1%だった。「満足していると思わない」と答えた人の割合は、女性で17.6%、男性で27.1%だった。性交渉を「とても大切だ」「やや大切だ」と回答した人の割合は、女性で37.4%、男性で54.2%であった。「あまり重要でない」「全く重要でない」と回答した人の割合は、女性で33.8%、男性で16.1%であった。各国で用いられている調査様式が異なることや根本的に性交渉やセクシャルヘルスに関する文化・価値観が大きく異なるため単純な国際比較は難しいが、性的活動もまたその満足度も日本では低いことがわかる。
4.活発な性産業の利用実態
先進諸外国と比較して低調な性的活動が明らかとなった日本であるが、他方で、性産業の利用状況は諸外国に類を見ないほど高い。これまでの生涯で性的産業のサービスを利用したことがあると答えたのは、女性で4.0%、男性で48.3%であった。男性が最もよく利用するサービスは、ソープランド(30.6%)、コールサービス(ファッションヘルス・デリバリーヘルス)(27.1%)、ピンクサロン(19.5%)であった。スウェーデンでは、生涯で性産業に対して金銭等の報酬を提供したことがある割合は16 – 84歳の男性で約10%、女性では1%未満にとどまる[2]。イギリスでも過去5年間の間に性交渉のためにお金を支払ったことがあると報告した男性の割合は、年齢層を超えて3−5%の範囲、女性ではほぼゼロであった[6]。
性的活動については(生涯の経験割合、頻度、パートナー数、満足度等)、性産業の利用を含めて完全に個人の自由意志で行われるものであり、第三者がそのありようについて意見をするような類のものではない。しかしながら、昨今、性と生殖に関するさまざまな課題が噴出している我が国において、異性間に限らず性的活動の実態を明らかにすることは、エビデンスに基づいた対策を行う上で必要不可欠である。著者らは過去に、性交渉経験と社会経済的要因が関連していることもまた指摘している[3]。個人の自由意志として尊重されるべき部分と、政策介入を行い社会として改善していくべき部分とその冷静な見極めに今回の調査結果が活用されることを期待したい。
注
[a] 人の恋愛感情や性的関心がいずれの性別に向かうかの指向。自分自身が自認する性別と同じ性別に指向が向く場合にはホモセクシャル(例:自身の性自認が男性で、自身の性的指向も男性の場合)、両方の性別に向かう場合にはバイセクシャルと言う。他者に対して性的欲求・性的魅力を抱かないものをアセクシャルと言う。
参考文献
[1] Aicken C et al. Who reports absence of sexual attraction in Britain? Evidence from national probability surveys. Psychology & Secuality. 2013. 4(2):121-135.
[2] Public Health Agency of Sweden. Sexual and reproductive health and rights (SRHR) in Sweden. 2017.
[3] Ghaznavi C et al. Trends in heterosexual inexperience among young adults in Japan: Analysis of national surveys, 1987-2015. BMC Public Health. 2019. 19(1). 355.
[4] Buetel M et al. Declining sexual activity and desire in men-findings from representative German surveys, 2005 and 2016. The Journal of Sexual Medicine. 2018. 15(5): 750-756
[5] Burghardt J et al. Declining sexual activity and desire in women: Findings from representative German surveys 2005 and 2016. Archives of Sexual Behavior. 2020. 49(3) 919-925.
[6] Mercer C et al. Changes in sexual attitudes and lifestyles in Britain through the life course and over time: findings from the national surveys of sexual attitudes and lifestyles (Natsal). Lancet. 2013. 283(9907): 1781-1794.