R-2023-047
・在宅看護の不都合な現状と課題 ・会場参加者との意見交換 ・まとめ |
2023年6月24日~25日に新潟市で第5回日本在宅医療連合学会が開催され、笹川保健財団のスポンサードシンポジウム「在宅看護の不都合な真実」に石原研究主幹が座長として登壇した。会場には250名が参加し、このテーマへの関心の高さを実感した。
笹川保健財団では2014年度から地域における看護サービス事業者を8都道府県で約150カ所(在宅看護センター)育成しており、同財団の育成事業を修了して、在宅看護センターを開業した2名のセンター代表者がシンポジストとして登壇された。本研究プログラムでも、150カ所の在宅看護センターのネットワークに調査を行い、在宅看護の現場を通じた現状分析や政策提言に参画いただいている。
シンポジウムでの意見交換の様子 |
座長を務めた笹川保健財団喜多悦子会長(右)と石原美和研究主幹(左) |
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在宅看護の不都合な現状と課題
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会場参加者との意見交換
在宅看護や在宅医療に従事する同財団の育成事業を修了して、在宅看護センターを開業した2名のセンター代表者、専門家であるシンポジストから以下の5つの点について、在宅看護に関する仕組みの不都合について事例をあげて問題意識が示された。
不都合な真実① 「医師からの訪問看護指示書が出されないと、訪問できない」
ケアマネジャーより訪問看護師に対し、患者が痩せてきており、訪問看護が介入して体調の管理をしてほしいと依頼があった。患者は、熱傷のため、家族介助で皮膚科に通院しており、皮膚科の医師に訪問看護指示を依頼した。しかし、その医師は、毎日、患者が処置のために通院しているため訪問看護は不要と判断して、訪問看護指示書を発行しなかった。結局、その患者は、毎日通院していたが、指示書の発行を断られた6日後に重症肺炎で亡くなった。医師の指示書がなくても、緊急を要する場合は、訪問看護師が患者の状態をアセスメントするために訪問できるような新たなしくみを創設する必要があるのではないか。
不都合な真実② 「ケアマネジャーが患者に医療は必要ないと判断した場合は、ケアプランに訪問診療や訪問看護が含まれず、患者には医療サービスが提供されない」
ケアマネジャーが関わっている利用者については、ケアマネジャーが医療の必要性はないと判断することがあり、その場合は訪問看護につながらない。現在、退院時には、在宅側の窓口としてケアマネジャーが病院とのファーストコンタクトを担っていることが多いが、在宅療養をさらに普及していくためには、訪問看護師が病院との最初の対応や調整を行っていくべきではないか。
不都合な真実③ 「ケアプランが作成され、サービス担当者会議を開催するまで、初回の訪問ができない」
訪問看護ステーションに新規の依頼があっても、ケアマネジャーがケアプラン作成に時間を要している場合、その間は訪問できない。サービス担当者会議もケアプラン作成後に開催されるため、退院してから2週間後となり、利用者の体調がすでに悪化して再入院となってしまった事例があった。退院直後は、ケアマネジャーによるケアプラン作成を必要としない訪問の仕組み(医療保険による退院直後の訪問)にすると、患者の安全確保や再入院の予防ができるのではないか。
不都合な真実④ 「腹膜透析は特別な管理が必要だが、訪問看護サービスへの加算が少なく、限度額超過分は患者自己負担となっている」
腹膜透析は患者への負担が少なく、在宅生活を継続しながら行うことができる。しかし、訪問看護師による腹膜透析に関する経済的評価は、特別管理加算Ⅰ「尿道留置カテーテル」「胃ろう」等の留置カテーテルと同じである。特別な管理が必要であり、需要が多いにもかかわらず経済的評価は低い。また、1日2回の訪問看護で対応しているが、介護保険の給付限度額では収まらず、要介護度5であっても13043単位(約14万5千円)となり、限度額を超える。専門性の高い看護技術を提供する訪問看護サービスに対しては、適切な経済的評価を行う必要があり、医療保険や介護保険で給付する場合は、限度額を超えた給付の扱いについて検討する必要がある。
不都合な真実⑤ 「看護小規模多機能型居宅介護[1]が普及していない」
日本看護協会を中心に、在宅での多様なサービスが期待できる看護小規模多機能型居宅介護事業の普及活動が行われている。しかし、事業所数は1000か所未満であり、小規模自治体では1か所もないところもある。一方で、看護小規模多機能型居宅介護は介護保険法上の地域密着型サービスに位置付けられるため、市町村を越えた利用については利用者・事業所共に手続きが煩雑であり、利用につながらないという声もあった。今後の対策としては、自治体が条例で定員を定められるので、受け入れ利用者数を増やせることを周知し、サービスを提供する事業所がある市町村外の近隣住民の利用手続きの簡素化を進める必要がある。
会場からは「在宅看護の不都合な真実」について活発な意見交換がなされた。以下に論点を整理する。
▶利用者の容態によっては、迅速な対応が必要な場合がある。しかし、医療の知識が十分でないケアマネジャーの場合は、緊急性の判断ができず、訪問看護の出動が間に合わなかったり、遅れてしまったりするという事例が発生している。ケアマネジャーに対しては、医療ニーズについて教育してきたが、適切なタイミングで医師や看護師と連携を図り、医療ニーズのある利用者のケアプランを立てる必要がある。
▶退院直後の患者に対して、頻回な(週4日以上)訪問看護が必要と医師が認めた場合、特別訪問看護指示書は、通常月に1回発行される。気管切開管理、あるいは、重度の床擦れがある者に限り月に2回まで指示書を発行できる。しかし、利用者の状態についての条件が極めて限定的なため、医療ニーズがあっても訪問看護の利用が制限されている。
▶訪問看護サービスの提供が必要な場合に、訪問できるような支援をしてほしい。法律上、医師の指示書により、訪問看護サービスを提供することになっているが、医師の指示書がなくても、訪問看護師の役割である疾病を持ちながら療養するための指導や、患者の病態を観察してアセスメントすることができるような新たなシステムが必要である。こういった訪問看護は、早期発見・早期対応を可能として、高齢者の緊急入院を減らすことにつながる。
以上のように、「在宅看護の不都合な真実」について在宅医療の現場からの発言があり、特に「医師の指示、指示書による不都合」、「ケアプラン等に係る不都合」、「病院からの退院遅延による不都合」で、訪問看護の利用に際して他専門職の判断や許可を経由する点についての発言が目立った。
これは、訪問看護サービスでは医療的観察や処置等を伴うことが多く、利用までのタイムラグが発生すると、患者の病状の悪化や十分なケアによる看取りに支障となる事例が発生しているということである。
まとめ
介護保険制度創設時には、多くの訪問看護師がケアマネジャー資格を習得して、実際にケアマネジャーとして利用者のケアプランを立てていたが、看護師資格を有するケアマネジャーの割合は、2001年は36%[2]であったのに対し、2021年では7%[3]に激減している。今後、地域医療構想では、2025年に在宅療養者100万人の増加が見込まれており、2040年には、年間死亡者がピークを迎えて170万人になると予測されている。その対応方策としては、訪問看護とケアマネージメントのパッケージ報酬を創設し、医療ニーズや健康上の不安を有する高齢者に対して、改めて「人を全人的にとらえる」看護の特性を最大限に活用すれば、ワンストップである程度の解決や対応が図られ、前述のタイムラグは改善できると思われる。また、在宅の生活と医療・介護ニーズの総合的な見立てや、段取りが速やかに示され、2040年に向けて、暫定的であっても、脆弱な在宅医療の受け皿の強化につながるのではないか。
[1]「訪問看護」と「小規模多機能型居宅介護」を組み合わせた、一体的かつ多様なサービスを提供している。退院後もスムーズな在宅生活を実現するために、訪問看護師などが必要に応じて利用者の自宅を訪問し、医療的ケアや家族の介護サポートを行う。また、介護を担う家族の休息時間を確保するため、利用者が日中は施設で過ごしたり、一時的に宿泊したりすることも可能である。24時間365日、幅広いサービスを提供している。
[2] 平成23年度老人保健事業 居宅介護支援事業所における介護支援専門員の業務及び人材育成の実態に関する調査,p14
[3] 令和4年度厚生労働省老人保健事業 居宅介護支援及び、介護予防支援における令和3年度介護報酬改定の影響に関する研究調査事業報告書p380より筆者算出