医療インバウンドの推進に向けて(2) | 研究プログラム | 東京財団政策研究所

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医療インバウンドの推進に向けて(2)
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R-2024-040

医療インバウンド受け入れ医療機関に求められる重要成功因子
医療インバウンドの好事例
医療インバウンド促進に向けた新たな施策の提案

医療インバウンド受け入れ医療機関に求められる重要成功因子 

前回の論考(医療インバウンドの推進に向けて(1 )における課題分析を踏まえ、医療インバウンドに取り組む医療機関に求められる重要成功因子(Key Success Factor; KSF)は以下の通りと考えられる。

  1. 明確なコアバリュー(医療価値・付加価値)の提示:日本を選んで渡航する価値があることを、わかりやすく提示することが不可欠である。例えば、がん治療を例に挙げると、特定のがん種や治療法において日本が優位性を持ち、その治療を必要とする患者に的確にアプローチする具体的な戦略が必要となる。医療的価値だけでなく、患者の体験全体を通じた価値創造が求められる。例えば、治療費の支払いを簡素化する専門チームを設置するなど、患者の利便性を高める工夫が必要である。

  2. ターゲット患者の明確化と外国人診療に対する強いコミットメント:日本の医療機関は、長年公的保険制度のもとで運営されてきたが、自由診療を日本医療の新たな柱として位置づけ、保険診療とは独立した体制でリソースを確保し、継続的な投資を行うことが求められる。自由診療では、まず患者を受け入れ、院内で検査を行い、最適な治療選択を提供するという新たなオペレーションの確立が必要である。

  3. 専門的なコンシェルジュ機能の整備:患者トリアージ、ハイエンド対応、多言語対応など、専門的なコンシェルジュ機能を備えることが求められる。これらの機能を医療機関単独で賄うことが難しい場合は、専門企業へのアウトソースも検討すべきであり、患者体験を最大化する体制構築への投資が必要である。

  4. 提供価値に見合った価格設定と継続的な投資:医療渡航のコストを精査し、提供する価値に見合った適切な診療価格を設定することが重要である。これにより、医療機関として持続可能な体制を確立し、継続的な投資を可能にする。

  5. アクセスの良さと付加価値の提供:都心部に位置する医療機関は、アクセスの良さが強みとなるが、地方に位置する場合でも都市部に匹敵する付加価値を提供することが求められる。

これらの成功因子を満たすことで、医療インバウンドにおける競争優位性を確立し、日本の医療機関が持続的に成長するための基盤を築くことができると考えられる。

医療インバウンドの好事例 

地方の中堅病院でありながら、年間約150名の医療渡航患者を受け入れている病院の事例を紹介する。この病院は、理事長の強力なリーダーシップのもと、在日外国人患者や訪日外国人患者の受け入れを全国に先駆けて推進している。さらに、外国人医師の研修受け入れや外国人看護師・介護士の雇用、海外との医療交流や医療技術の輸出など、国際診療全般に深くコミットしている。

当病院では、最新の医療機器を導入して高度医療を提供できる体制を整えるだけでなく、これまでに100名を超える外国人医師の研修を受け入れており、この長年の活動が外国人医療関係者や患者の信頼を築いている。この病院のファンとなった医師や患者は、自国に戻った後もその価値を伝える存在となり、結果として、地方病院でありながら、グループ全体で年間約3,000名の外国人患者(在留外国人患者等を含む)を受け入れている。また、2023年度には約150名の医療渡航患者を受け入れる成果を上げている。

さらに、近隣の大学病院や中核病院と緊密なネットワークを構築し、必要に応じて大学病院での治療を紹介するなど、地域における患者受け入れのハブとしても機能している。外国人受け入れ体制としては同規模の医療機関では類を見ない規模の20名の専門チームを配置し、外国人スタッフを多く採用することで、言語対応のみならず、食事や文化にも配慮した安心できる治療環境を提供している。このようなトップの強いリーダーシップと現場の徹底した意識改革により、今後さらに受け入れの拡大が期待されている。

医療インバウンド促進に向けた新たな施策の提案 

ここまで論じてきた通り、医療インバウンドの課題は非常に多岐にわたり、成功に向けた道筋も極めて複雑である。低迷する医療インバウンドに風穴を開けるには多方面からの包括的なアプローチが必要と考えられる。

1) 医療インバウンド受け入れ成功モデルの構築

すべての医療機関が医療インバウンドに対応することは現状では難しい。そのため、まずは重要成功因子(KSF)を実践する医療機関の成功事例を積み上げることが必要である。例えば、日本の強みであるがん検診や低侵襲治療を組み合わせ、仮にがんが発見された場合でも迅速に治療を提供することで、新たなコアバリューを創出する。また、再生医療イノベーションフォーラム(FIRM)や細胞・再生医療の拠点地域と連携し、再生医療を医療インバウンドの核として位置づけることが有望である。さらに、予防医療と観光資源を組み合わせることで、医療インバウンドの裾野を広げるアプローチも効果的である。

コアバリューを明確に定義し、それをどのようにターゲット患者に届けるかをマーケティング戦略として確立する。また、患者目線で市場調査を実施し、他国との医療との違いや日本を訪れる価値を強く訴求することが不可欠である。さらに、外国人診療を公的保険診療の補完ではなく、自由診療に特化した独立組織として確立することが求められる。病院単独での対応が困難な場合は、医療機関と民間企業が連携し、受け入れ調整から治療費支払いに至るまで、顧客満足度を最優先にした体制を整備する。

具体的な施策の例:

  1. 全ての医療インバウンドを希望する病院で外国人受け入れを促進するのは難しいため、受け入れ医療機関の成功事例を積み上げることが不可欠である。
  2. 前提として、インバウンド促進に向けた全体構想を策定するための徹底した市場調査を実施する必要:
  • 日本の医療の強み調査(シーズ探索)
  • 競合国調査
  • ターゲット顧客調査
  • 患者体験調査
  • マーケティングチャネル調査
  • 市場プレーヤー調査
  • 原価コスト評価
  1. 全国で5〜6ヶ所の実証を行う意欲的な地域や医療施設を公募で選定の上、各医療機関が個別の課題に対して適切な戦略立案と体制整備がなされるように伴走支援を行う。
  2. 医療現場への負担軽減: 医療現場に負担をかけない仕組みを導入する。病院全体のマネジメント改善、質の高いサービス提供に特化した環境づくり、DXやタスクシフトによる生産性の向上が含まれる。

これらの施策を実施し、医療インバウンドの成功モデルを構築することで、日本の医療機関が国際的に競争力を持ち、持続的に成長するための基盤を確立する。

2) 日本の医療ブランド発信強化のためのマーケティング戦略の確立

医療機関へのインタビュー結果から、医療渡航促進策として最も共通して挙げられたのは「日本の医療ブランドの発信強化」である。現状では、プロモーションが圧倒的に不足しているとの指摘が多い。一方で、日本の医療は公的保険のもとで均てん化されており、医療機関が独自の強みを打ち出したり、差別化を図ったりする環境が整っていない。多くの医療機関が宣伝・広告機能を持たないため、各医療機関が個別にプロモーションを行っても、その効果は限定的である。これは各医療機関の医療的価値が低いわけではなく、医療機関の本来の機能を考えれば当然のことである。

日本の医療ブランドを海外に向けて効果的に発信するためには、個々の医療機関に頼るのではなく、情報発信に特化した組織が必要である。この組織が日本の医療を一体化してブランド化し、マーケティング戦略を立案したうえで、海外に向けて情報発信を行うことが求められる。

具体的な施策の例:

  1. 医療機関の強みを集約したブランディング:個々の医療機関が持つ独自の強みを集約し、「医療インバウンド受け入れ成功モデルの構築」と連携しつつ日本の医療全体をブランディングする。
  2. 海外向け発信コンテンツの作成:海外市場に向けた発信コンテンツを作成し、海外イベントや学会でのブランドキャンペーンを展開する。
  3. 観光庁等との連携によるプロモーション:観光庁との連携を強化し、観光要素と組み合わせたプロモーションを展開する。
  4. 個別病院へのマーケティング支援:個別の病院に対して、マーケティング戦略の策定やマネジメント改善などの支援を提供する。

これらの施策により、日本の医療ブランドを強化し、国際市場での競争力を高めることが可能となる。

3) 医療インバウンドの障壁となっている制度面の改善

多くの医療機関から指摘された医療インバウンドの障壁として、医療滞在ビザの発給に時間がかかること、そして広告規制によって十分なプロモーションが行えないことが挙げられる。医療滞在ビザの発給プロセスは、患者が身元保証機関を通じて受け入れ医療機関を確定し、必要書類を在外公館に提出するという流れであるが、この手続きはすべて紙ベースで行われ、1か月以上を要することも少なくない。特にがん患者のように治療を急ぐケースでは、ビザ発給にかかる時間と手間が、日本が渡航先として選ばれない要因となっている。韓国では電子システムを導入し、ビザ発給を迅速化しており、日本においても必要な患者にはビザの迅速発給が求められる。具体的な改善策として以下のような調査と検討が必要である。

具体的な施策の例:

  1. 医療滞在ビザ検討委員会の設置:関係省庁横断的に、医療滞在ビザの迅速化を検討する委員会を設置する(第3次健康・医療戦略の一環として実施を検討する)。
  2. 医療滞在ビザ発給プロセスの実態調査:他国から日本への医療渡航時におけるビザ発給プロセスの実態を調査する。
  3. 他国のビザ発給プロセスの調査とギャップ分析:他国におけるビザ発給プロセスを調査し、日本とのギャップを分析することで、日本のプロセス改正の必要性を検討する。

また、医療機関の広告に関しても、現行の医療法による広告規制が厳格に適用されているため、医療インバウンドに対するプロモーションが制限されている。現状では、広告の対象が国内患者に限定されるのか、医療渡航患者にも適用されるのかが明確でなく、現行規制に準じた形で広告が行われている。医療インバウンドの促進には、医療機関広告が重要な要素であり、他国の広告規制を参考にしつつ、現行規制の解釈を見直す必要がある。

具体的な施策の例:

  1. 医療渡航患者向け広告規制検討チームの組織化:厚生労働省内で、医療渡航患者向けの医療広告規制を検討するチームを組織化する。
  2. 他国の医療広告規制の実態調査:他国における医療広告規制の実態を調査し、日本とのギャップを分析する。
  3. 医療広告規制の解釈見直し:医療渡航患者向け広告規制の解釈について、グローバル標準を考慮しながら見直しを検討する。

これらの多角的な取り組みを着実に実施することで、日本の医療インバウンドにおける成功事例を増やし、そのノウハウを共有することが、日本の医療インバウンドのさらなる前進に繋がる。医療インバウンドの促進は、日本の医療サービスに新たなオプションを提供し、国内外の患者に多様な選択肢を与えるとともに、日本の医療産業の復活に貢献する可能性を秘めている。

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