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教育における生成AI活用のELSI(倫理的・法的・社会的課題)と未来展望
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教育における生成AI活用のELSI(倫理的・法的・社会的課題)と未来展望

February 12, 2025

R-2024-090

概要
1.はじめに
2.生成AIの教育利用における主な課題
3.必要な対応策
4.結論

概要

生成AIGenerative AI)は、教育現場において個別最適化学習や教材作成の効率化、遠隔教育の支援など、多くの可能性を秘めた技術である。特に少子高齢化や人口減少が進む日本では、限られた教育資源を効果的に活用し、教育格差を解消しながら、多様な学習者のニーズに応える技術として期待されている。一方で、この技術の利用には倫理的・法的・社会的課題(ELSI)が伴い、それらに適切に対応しない場合、教育の本質的な意義を損なう危険性もある。

本稿では、生成AIの教育分野における利点と課題を整理し、初等教育から高等教育、社会人のリスキリングまでの各段階での活用可能性を考察する。また、教師、学習者、保護者といった利用者の視点の違いを踏まえた上で、教育格差の解消や多様な学習者のニーズに対応するための政策的アプローチを提案する。

1.はじめに

生成AIGenerative AI)は、教育現場における個別最適化学習や教材作成の効率化など、多くの利点を持つ。

初等・中等教育においては、生成AIを活用した個別最適化学習が学習者の進度や理解度に応じた教材提供を可能にし、学びの効率化を実現する。また、遠隔教育の強化や補助教材の提供を通じて、地域間や経済的格差を緩和することが期待されている。特に、地方やリソースが不足している学校では、生成AIは教員不足を補うツールとして有用である。

高等教育においては、生成AIは研究支援や高度な学術的利用を促進する一方で、教育方法をより柔軟に設計するツールとしても活用される。さらに、リスキリングの場面では、労働市場のニーズに応じたスキル育成や、個人に適した学習プログラムの提供が可能となり、社会人のキャリア再構築を支援する。

生成AIは、教師にとっては、教材作成や成績評価の効率化を通じて業務負担を軽減し、創造的な教育活動に集中するための時間を確保するツールとなる。学習者にとっては、学びを楽しくし、自己成長の実感を与える可能性がある。保護者にとっては、子どもの学習進度や成果を把握しやすくする利点がある。

東京財団政策研究所が取り組む研究プログラム『ウェルビーイングを育む教育パッケージの開発・検証』も、これらの利点を踏まえ、生成AIも活用した教育ソリューションのあり方について地方自治体と連携しながら検討を進めており、教育格差の解消や学習者の多様なニーズに対応する取り組みとして注目に値する。

一方で、生成AIの活用には、倫理的・法的・社会的課題(ELSI)が浮上している。

生成AIが注目を集める以前から、教育データの活用は多くの教育現場で取り組まれてきた。例えば、学習者の学習履歴を活用した適応学習システムや教育分析ツールが導入されてきたが、それに伴いいくつかの課題が指摘されていた。具体的には、データのバイアスやプライバシー侵害、データ利用の透明性の欠如が主な問題として挙げられる。これらの課題は、生成AIの登場によってさらに複雑化しており、技術の発展とともに解決すべき重要な論点となっている。

生成AIの技術がもたらす利点を最大限活用しつつ、課題に対応するためには、実証研究と政策的アプローチが必要である。本稿では、学術論文や国際的な報告書、ウェブ記事を活用し、生成AIの教育現場への導入に伴う課題を整理するとともに、必要な対応策を検討する。特に、日本における少子高齢化や人口減少に対応するための生成AIの活用の可能性について重点的に考察する。少子高齢化が進む中で、限られた教育資源を効率的に活用し、地域間格差を縮小する手段として、生成AIの役割が期待される。

2.生成AIの教育利用における主な課題

2.1 倫理的課題

生成AIが引き起こす倫理的問題の一つに、公平性と透明性の欠如がある。生成AIのアルゴリズムがブラックボックス化しているため、その判断基準や結果の妥当性が不透明である点も問題視される。

World Economic Forum(世界経済フォーラム)は、AIが教育現場で使用される場合、データの透明性確保と偏りへの対策が急務であると述べている。学習データの偏りは、特定の社会経済的背景を持つ学習者に不利な影響を及ぼし、結果として差別を固定化するリスクがある。過去の成績や背景データをもとに生成された予測モデルが、学習者の潜在的能力を過小評価する場合がある。例えば、アメリカのある小学校では、生成AIを使用したカリキュラムの開発が特定の社会経済的背景を持つ学生に不利な結果をもたらした。また、イギリスの学校では、生徒のパフォーマンスを予測するAIモデルが特定の地域や民族的背景を持つ学生に不公平な評価を与えた事例がある。このため、モデルの訓練データに多様性を持たせ、偏りを軽減するための取り組みが求められている。

さらに、生成AIによる教育コンテンツの使用が学生の自主性を阻害するリスクも指摘されている。特に、AIが生成する答えに頼りすぎることで、学生が自ら問題を解決する能力が低下する恐れがある。

教師がAIの提案をどの程度信頼すべきか判断が難しいケースも報告されている。

日本国内では、こうした問題に対処するために、生成AI利用に関するガイドラインの策定がなされている。

2.2 法的課題

法的課題として、生成AIの利用によるデータプライバシー侵害と著作権問題が挙げられる。例えば、日本国内で導入されたAI支援型学習システムでは、学生の学習データが十分に匿名化されておらず、プライバシー侵害のリスクが報告されている。

また、生成AIが生成する教材やコンテンツの著作権が不明確であるため、教育現場での混乱を招く可能性がある。フランスの教育省では、生成AIを使用した教材の著作権を公的機関が管理する方針を採用し、法的紛争を未然に防ごうとしている。さらに、内閣府が進めるAI戦略会議では、教育現場における著作権問題やデータ保護の強化も議論されており、これらの政策は課題解決に向けた重要な基盤を提供している。

特に、学生データの収集と利用に関する透明性が求められる場面では、各国の政策的対応が大きく影響する。例えば、カナダではAIによるデータ利用に関して厳密な規制が設けられ、教育機関とテクノロジー企業の間での責任共有が明確化されている。

生成AIを含むAI技術の発展に伴い、法的課題も複雑化している。例えば、EUでは2024年にAI法(Artificial Intelligence Act)が制定され、AI技術全般に対する規制が強化されつつある。この法律は、AIのリスクに基づいた分類を行い、特に高リスクとみなされるAIシステムには厳格な要件を課すことで、透明性と安全性を確保することを目的としている。

教育分野においても、この規制の影響は大きいと考えられており、生成AIを活用したシステムがこれらの規制をどのように満たすべきかが議論されている。例えば、学生データの収集と利用に関する透明性や、AIが生成するコンテンツの知的財産権の取り扱いが、具体的な課題として浮上している。

2.3 社会的課題

生成AIの導入に伴う社会的影響として、経済的格差と社会的受容性の課題がある。例えば、インドの農村部では、生成AIを活用したオンライン教育プログラムがインフラ不足のため十分に機能しなかった事例がある。一方で、カナダでは、地方自治体が低所得地域の学校にインターネットインフラを整備し、生成AIの導入を支援している。

さらに、日本では少子高齢化が進む中で、地方の学校が教育リソース不足に直面している。この問題を解決するために、生成AIを活用した遠隔教育や個別化学習が重要な役割を果たす可能性がある。例えば、北海道のある地域では、生成AIを活用して不足している教員を補う形で遠隔授業が実施されている。このプロジェクトでは、生成AIを活用した授業設計により、生徒一人ひとりの学習進度に合わせた個別化支援を行い、学力向上の成果が観測されている。また、保護者や地域社会との連携を通じて、技術導入に伴う懸念の払拭にも取り組んでいる。

教育現場での技術導入が保護者の懸念を引き起こすケースも多い。例えば、EdTech関連の導入に対する社会調査によれば、保護者の約60%がAIの透明性と倫理性に疑念を抱いていることが報告されている。これを解消するためには、教育機関と技術提供者が連携して透明性を高め、信頼性の高い情報を提供することが求められる。例えば、スペインの一部地域では、生成AIを「不自然な教育手段」と見なした反対運動が導入を妨げた。こうした社会的課題に対処するには、関係者間のコミュニケーションを強化し、透明性を高める必要がある。

図表
以下は、生成AI導入に伴うELSI上の課題と対応策を視覚的に示した図表である。

課題 主な内容 必要な対応策
倫理的課題

公平性・透明性の欠如、過度な依存のリスク

バイアス軽減、多様なデータセットの使用、透明性の向上
法的課題 個人情報保護の不備、知的財産権の不明確 データ管理のルール化、著作権の明確化
社会的課題 経済的格差、社会的受容性の欠如、少子高齢化への対応 インフラ整備、遠隔教育導入、トレーニング提供、関係者への啓発

(出所:著者作成)

3.必要な対応策

3.1 倫理的対応策

生成AIの教育利用においては、AI開発者向けのガイドラインと利用者向けのガイドラインの両方が必要である。開発者向けのガイドラインでは、バイアスの軽減や透明性の確保、個人情報保護のための技術的基準が求められる。一方、利用者向けのガイドラインは、教師と生徒、そして保護者のニーズを考慮した内容とする必要がある。例えば、教師にはAIを教育補助ツールとして適切に活用するためのトレーニングが必要であり、生徒や保護者には、生成AIの限界やリスクを理解し、安全かつ効果的に利用するための情報提供が求められる。教育者と学習者双方に対して、生成AIの適切な利用方法に関するトレーニングを提供し、リスクの認識を深めることが重要である。

また、教育の対象が初等中等教育、高等教育、リスキリングなど多岐にわたることを踏まえ、それぞれの段階に応じた指針を策定することが重要である。初等中等教育では、生成AIの倫理的な利用を教えると同時に、教師の役割を補完する形で個別化学習を実現することが求められる。一方、高等教育では、研究や高度な学術的利用を支援するための柔軟性が必要であり、リスキリングでは、労働市場のニーズに応じた実践的な学習支援に重点を置くべきである。

生成AIが引き起こす倫理的課題に対応するためには、まず多様性を考慮したトレーニングデータの使用が必要である。オーストラリアの教育プロジェクトでは、多文化的視点を取り入れたAIモデルを開発し、バイアスを軽減する試みが行われている。

さらに、アルゴリズムの透明性を向上させる仕組みを導入することで、AIの出力に対する信頼性を高めることができる。日本の文部科学省の生成AI利用に関するガイドラインにおいても、透明性確保を重視したルールが導入されている。

3.2 法的対応策

法的課題を克服するためには、学生データの収集と管理に関する厳格なルールを制定し、法的枠組みを強化する必要がある。また、生成AIによるコンテンツの知的財産権を明確化することで、教育現場での混乱を防ぐことが重要である。日本においては、内閣府のAI戦略会議において、どのような法的対応が必要かの検討が進められているが、AI全体に関する法的ルールを策定したEUも参考に、教育現場におけるAI活用のための法整備が求められる。

3.3 社会的対応策

社会的課題に対応するためには、全ての学校が生成AIを利用できる環境を整えるための資金援助やインフラ整備が重要である。また、保護者や教育関係者に対してAI技術の利点とリスクを分かりやすく説明し、技術への信頼を築く取り組みも必要である。World Economic Forumが推進するEducation 4.0イニシアチブは、AIを活用した教育の将来像を具体的に描き、学習者中心の教育モデルを提唱している。このイニシアチブは、生成AIを含む先端技術を統合し、個々の学生のニーズに対応する個別化された学習体験を提供することを目指している。日本でも、生成AIパイロット校においていくつかの例は試されつつある。こうした取り組みも参考にして、日本らしいモデルの実証と実装を進めるべきである。

4.結論

生成AIの導入が目指すべきは、学習者、教師、保護者それぞれのウェルビーイングの向上である。初等・中等教育では、学習者が主体的に学び、自己成長を実感できる環境を構築することが重要である。高等教育では、柔軟な教育設計を通じて研究や学術的成果を支援することが求められる。また、リスキリングの分野では、労働市場の変化に対応できるスキル習得を支援する仕組みが必要である。さらに、人口減少社会における教育課題に対応するため、限られた教育資源を効果的に活用し、全ての学習者に公平な学習機会を提供することが不可欠である。

生成AIはこうした様々な教育の段階で、それぞれの関係者にメリットをもたらす可能性を秘めているが、真に誰のウェルビーイングに資するものとするかは、技術の設計と政策形成のあり方次第である。生成AIの公平性、透明性、利用者教育に重点を置いた包括的なアプローチを採用し、学習者、教師、保護者の期待に応える教育環境を構築することが重要である。そのため、倫理的・法的・社会的課題に対応するための包括的なガイドラインが必要である。

研究プログラム『ウェルビーイングを育む教育パッケージの開発・検証』が示すように、ウェルビーイングを重視した教育改革は、地域社会全体の幸福度を高める重要な要素として期待される。

本稿で示された提案が、今後の政策立案や教育実践に寄与することを期待する。

(なお、本稿作成にあたっては複数の生成AIを活用した。)

 


参考文献

  • Lim, W. M., et al. (2023). Generative AI and the future of education. The International Journal of Management Education, 21(2), 100790.
  • Fu, Y., & Weng, Z. (2024). Navigating the ethical terrain of AI in education: A systematic review on framing responsible human-centered AI practices.
  • OECD (2023). Generative AI in the classroom: From hype to reality? Directorate for Education and Skills.
  • An, et al. (2024). Decoding AI ethics from Users' lens in education: A systematic review.
  • 若林 魁人、岸本 充生 (2023). 教育データEdTechELSIを考えるための国内外ケース集. Retrieved from  https://elsi.osaka-u.ac.jp/research/2424
  • Goto, et al. (2023). Students’ acceptance on computer-adaptive testing for achievement assessment in Japanese elementary and secondary school.
  • Aljabr, F., & Al-Ahdal, A. (2024). Ethical and pedagogical implications of AI in language education: An empirical study at Ha'il University.
  • 文部科学省. (2024. 初等中等教育段階における生成 AI の利活用に関するガイドライン(Ver.2.0)(令和61226日公表)Retrieved from https://www.mext.go.jp/a_menu/other/mext_02412.html
  • World Economic Forum (2024). Revolutionizing Classrooms: How AI Is Reshaping Global Education.

Retrieved from https://www.weforum.org/press/2024/04/revolutionizing-classrooms-how-ai-is-reshaping-global-education/

Retrieved from https://www8.cao.go.jp/cstp/ai/ai_senryaku/12kai/12kai.html

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