R-2023-101
12年間、自治体立の急性期病院の看護局長を務めた角田直枝氏(現在常盤大学看護学部教授)は、2023年11月18、19日に開催された第13回日本在宅看護学会学術集会で「急性期病院とともに進める在宅看護の人材育成—アクセシビリティの向上に向けて」という教育講演を行った。また、同学会において、本研究プログラムが主催した交流集会「看護がつなぐ医療と暮らし 在宅看護サービスへのアクセシビリティ向上のための政策研究」では、病院側の看護管理者の立場から、訪問看護サービスの利用の推進について発言された。本インタビューでは、急性期病院[1]での在宅看護の人材育成という挑戦的な教育に挑んだ角田氏に、改めてその思いをうかがった。
角田直枝氏(常盤大学看護学部教授) |
がん看護専門看護師として働くなかで、在宅看護の重要性を認識
―茨城県立中央病院という急性期病院で働くまでにはいろいろな職場を経験したそうですが、どのようなご経験を積まれたのですか。
短大を卒業後、最初、筑波メディカルセンター病院で働き、それから同センターの訪問看護ステーションの管理者となり、訪問看護の現場も経験しました。その後、また病院に戻り副看護部長を経験した後、日本訪問看護振興財団に勤務し、2010年から茨城県立中央病院に移り、12年間看護局長を務めました。言ってみれば急性期病院と訪問看護を行ったり来たりしていたわけです。
―そのご経験の中で、急性期病院で、訪問看護に携わる看護職人材を育成しようと思ったきっかけは何だったのでしょうか。
以前働いていた病院では、自分はがん看護をやりたいと思い、進学してがん看護専門看護師の資格も取りました。その病院は院長も看護部長も、在宅医療にとても熱心でした。私も、自分が退院指導した患者さんの状態を知りたくて、訪問看護に同行させてもらったのです。余命1カ月と言われた末期がんの患者さんでしたが、行ってみたら、びっくりするほど元気になっていました。何より病院ではずっと暗い顔しか見たことのなかった患者さんが、家族に囲まれて明るく笑顔になっていたのです。もちろん、それで余命が延びたわけではなかったのですが、家に帰ることで患者さんの残りの人生がどれほど豊かになるかを知りました。
そういう経験を積むうちに、在宅看護を進めるには、急性期病院で働く医師や看護師の考え方を変えないといけないことに気づきました。ですから茨城県立中央病院から声がかかった時、自分が考えていたことができるのではないかと思い、移ることを決めました。
―最初は、随分ご苦労されたと思いますが。
病院スタッフの意識改革も最初は大変でした。そもそも入院している患者さんが、訪問看護を知らず、家に帰る選択肢があるなんて知らない。看護師も医師も家で看られないから入院していると思い込んでいるわけです。患者さんに、「訪問看護という方法もありますよ」とお伝えしたら、担当の医師から「わたしの患者に余計なことを言わないでください」とクレームを受けたこともあります。病棟の看護師も、家に帰ればもっと良くなるとは思わないので、ここで家に帰って訪問リハビリをやればいいのにと思う脳卒中の患者さんを、リハビリのために転院させてしまうのです。家で家族に励まされながらリハビリした方がモチベーションもずっと上がって長続きするのに、本当にもったいないと思います。
ですから、私はまず病院の看護師たちに、退院して家に帰った患者さんの家での様子を見に行かせました。そうしたら、皆、びっくりして帰ってくるわけです。急性期病院はワンパターンの療養環境で、プライバシーもなく、決して安心してゆっくり休める環境ではありません。患者さんは、いつも緊張して病院のスケジュールで生活しなければならず、誰かが急変すれば、病棟の看護師は急変患者にかかりきりになり、その他の患者も一刻も休まる暇がありません。回復に優れた環境は、実は病院ではなくて家なのです。家に帰れば、自分のリズムで好きなように過ごせます。自分の状態に合わせて療養環境を整えることができます。病院の看護師たちも、その状況を実際に見てくると、入院している患者さんを見る目が変わります。「もしかしたら、この患者さんも、あの患者さんも家に帰れるのでは?」って。
よくご家族から主治医に発せられるのは、「元通りに戻れますか?」という質問です。「それは無理です」と主治医が言うと、家族は「では家で看るのは無理です」という話になります。でも、そのやり取りがなぜか主治医の頭の中で、『転院希望』と翻訳されてしまうのです。それで、退院調整の時も『転院希望』ということで、話が進んでいってしまいます。病棟の看護師もそれを不思議に思わないのです。ですから、医師・看護師の意識改革も必要ですけれど、家族や患者さんに訪問看護を知ってもらうこと、訪問看護師が何をしてくれるのかを理解してもらうことも必要です。
退院して家に帰るという決断をした人でも、退院時に訪問看護を提案すると、「いや、結構です」という方もいます。そうして、退院直後の時期に、訪問看護を利用せず、療養環境を整えないで過ごすケースでは、また悪化して再入院する方が多いです。
療養環境を整えながら家に帰すのが大事
―療養環境の整備が大事とのことですが、それはどういうことでしょうか?
ただむやみに家に帰せばいいわけではありません。病院にいれば看護師が服薬の管理やケア、日常生活のサポートをしています。しかし、家に帰ったら、それらを自分でやらなければなりません。それには、薬をどこに置いて、服薬の有無をどうやってチェックするか、ケアの道具をどこに置くか、お風呂に入るときの手順など、あらかじめ決めておかなければなりません。家での動線や生活のリズムに合わせて、ベッドや棚、机の配置から入浴時の環境まで、配慮して整備しておく必要もあります。それをやらずに家に帰すと、また救急外来に戻って来ることになります。
一つの事例として、心不全で入退院を繰り返していた患者さんがいたのですが、退院時に看護師による環境調整がありませんでした。点滴につながれているわけでもなく、管も通っていないと、普通に過ごせると勘違いしてしまうのです。それで、食事の塩分制限もせず、働きすぎたり運動しすぎたりして、あっと言う間に体重が10kgも増えて、むくみと呼吸困難による再入院を繰り返していました。そこで退院時に、「だまされたと思って1週間だけでも訪問看護を使ってみませんか」と提案したところ、それがうまく行き、再入院することがなくなりました。こうした場合、自宅での環境整備が整えば、訪問看護そのものをやめることも可能です。また、退院時に訪問看護師が濃厚に関わり、療養環境を整えておけば、その後はずっと訪問看護を使わずに過ごせることもあるのです。
がんの患者さんなども、病院にいれば疼痛コントロールを受けているのですが、家に帰ると痛みがあっても薬を飲まずに我慢してしまう方が多いです。薬は飲まない方が良いと勝手に思い込んでいるわけです。それで、とうとう痛みに耐えられなくなって救急外来に来る人も多いです。
がん相談センターでの相談業務 |
訪問看護体験の実際と病院へのメリット
―そうでなくても超多忙な急性期病院で、訪問看護体験を院内の看護師に経験させるのは大変だったと思うのですが、実際、どのようにされたのですか。
訪問看護体験は、訪問看護ステーションの看護師に1日1人ずつ同行することを基本としており、家に帰った患者さん3人から4人くらいの様子を見てきます。多い時だと、年間20人くらいの看護師がこの訪問看護体験を経験しました。600人いる看護師のうち120人くらいが体験者ですから、5人に1人の割合です。師長の8割以上が体験者です。
その結果、病院全体の看護師のモチベーションも上がり、何とか早く家に帰せないかと頑張ります。すると、自然と患者さんも家族も早く家に帰りたいと思うようになります。その結果、在院日数10.5日、在宅復帰率95%以上を達成することができました。また、看護師の離職率は5%以下です。もちろんこの背景には、医師の認識が変わったことも大きいですね。
―これからの訪問看護に望むことは何でしょうか。
1つは、病院と訪問看護がもっと相互に乗り入れるような形ができないか―ということです。病院でその人の状態を良く知っている看護師が、引き続き在宅看護の導入時に関われるようになれば、患者さんも安心感が増すと思います。逆に、訪問看護師が入院中の患者さんの状態を見に行ける形でもいいですね。
もう1つは、訪問看護がもっと予防的に関われるようにならないか―ということです。家にいる患者さんが、健康状態が安定しているときに訪問看護を利用して、生活環境をさらに整えることで将来の悪化を防ぐことができれば、ひどくなって再入院するケースも減るのではないかと思います。ヘルパーさんは、訪問看護が整えた環境を維持することはできますが、医療的に細かな部分をチェックすることはできません。例えば、在宅酸素療法を受けている患者さんが何度も風邪をひくケースがありました。訪問看護が入って確認したら、酸素チューブがとても汚れていたのです。介護が専門の人に、そこまでの配慮を求めるのは酷です。
いずれにしても、病院と地域をつなぐキーパーソンは『訪問看護師』です。今後ますます重要となるその役割に、多くの看護師が参画してくれることを期待しています。
(研究主幹 石原の考察)
訪問看護師としての経験のある角田氏だからこそ、急性期病院で訪問看護体験プログラムを立ち上げて、患者が自宅へ退院することを推進することができました。積極的に訪問看護につなぐことにより、在院日数が短縮され、在宅復帰率も上昇することになり、病状悪化による再入院が減ったことで、病院側と患者側の双方に望ましい結果となりました。
本研究プログラムで実施した調査でも、調査対象の急性期病院では積極的に自宅への退院を進めているものの、じっくり患者さんや家族の意向を調整して、療養環境を整えてから退院することは難しいため、転院という選択をせざるをえない事情も明らかになりました。病院が患者の退院後の生活を計画する際、ガイドのような支援ツールがあれば、退院先として「自宅」も視野に入れられるようになるのではないでしょうか。
さらに、角田氏もインタビューで「患者やその家族が訪問看護について知らない」ことを指摘していますが、本研究プログラムで実施した調査でも、そのことが退院先に自宅を選択しない大きな要因となっていることが明らかになりました。
訪問看護へのアクセシビリティを向上していくには、病院側の医師や看護師への働きかけが重要であり、一方で、患者さんやその家族への情報提供、国民全体に向けた自宅での療養生活の普及啓発が必要とされていることが、角田氏へのインタビューからも明らかになりました。
[1]病気・手術・負傷などにより、急激に健康状態が悪化した患者に対し、24時間体制の高度な医療介入によって病気の進行を止め、回復が見込める目処がつくまでの「急性期」 (acute care)の医療を提供する病院。