E-2023-022
2024年1月18日(木)に、東京財団政策研究所主催ウェビナー「あなたが最期を迎えるなら、自宅がよいですか?病院がよいですか?~看護がつなぐ医療と暮らし~」を開催いたしました。
本ウェビナーの目的は、研究プログラム「看護がつなぐ医療と暮らし 在宅看護サービスへのアクセシビリティ向上のための政策研究」の研究成果を一般の人たちに分かりやすく解説するとともに、視聴者の反応を通じて研究内容の妥当性を評価し、訪問看護を周知することです。
■開催概要
日時:2024年1月18日(木)19:00~20:30
登壇者(敬称略)
<研究プログラム「看護がつなぐ医療と暮らし 在宅看護サービスへのアクセシビリティ向上のための政策研究」メンバー>
・石原美和(東京財団政策研究所 研究主幹、神奈川県立保健福祉大学 保健福祉学研究科 看護開発学 教授)
・松永早苗(東京財団政策研究所 主席研究員、神奈川県立保健福祉大学実践教育センター 実践研究担当課長 兼 保健福祉学部准教授)
<ゲスト登壇者>
・柴田三奈子(株式会社 ラピオン 代表取締役)
・前村聡(日本経済新聞社 東京本社 社会保障エディター)
■動画
■プログラム
1.石原美和「はじめに」[発表資料]
2.松永早苗「研究から見えてきた訪問看護へのアクセシビリティの課題」 [発表資料]
3.柴田三奈子「地域に根差した訪問看護とは その取り組みと課題」[発表資料]
4.前村聡「医療ジャーナリストからみた在宅医療・訪問看護」 [発表資料]
5.石原美和「政策提言」[発表資料]
6.ディスカッション:柴田三奈子、前村聡、石原美和、松永早苗
以下、それぞれの概要を報告します。
1.石原美和「訪問看護とは」
2021年に日本財団が58歳~67歳の人へ行った調査では、58.5%の人が最期は家で迎えたいと思っているにも関わらず、実際は65%の人が病院で亡くなっている実態を紹介しつつ、2040年には年に170万人が亡くなる多死社会を迎える前に在宅医療や訪問看護の普及が不可欠であることを強調しました。そもそも訪問看護の役割は、医療的管理、療養生活支援、予防的ケア、多職種との連携です。中でも一番重要なのは療養生活支援です。持病がありながら在宅で生活する人の生活環境を、周囲の関係者の力も出し合いながら整えることは、他の職種にはできないことです。
入院していれば当たり前に受けられる看護サービスが、自宅に戻った途端、受けるのが困難になるのはなぜでしょうか。訪問看護を使うには、介護保険または医療保険を利用できますが、どちらを使うにしても医師の「訪問看護指示書」が必要になります。介護保険を使うにはさらに要介護認定やケアマネジャーによるケアプラン作成が前提になります。そのケアプランに訪問看護が盛り込まれて初めて医師に「訪問看護指示書」の発行を要請することになります。このように利用開始までの手続きや制度が煩雑であることが、訪問看護へつながることを阻害する要因の一つとなっています。
本研究の目的は、急性期病院から自宅へスムーズに退院するにはどうすれば良いのかを明らかにし、隘路となっている障壁を取り除くための政策提言により、在宅看護サービスへアクセスしやすいようにすることです。
2.松永早苗「研究から見えてきた訪問看護へのアクセシビリティの課題」
ここでは5つのモデル病院と同法人に関連する訪問看護事業所での聞き取り調査、ならびに日本財団在宅看護センター147事業所を対象としたアンケート調査の2つの調査結果に基づいた報告を行いました。調査対象の急性期病院の退院先は、他施設への転院が55%、在宅への移行が32%でした。また、訪問看護は51.7%が医療保険、48.3%が介護保険を用いての利用でした。調査結果から、訪問看護へのアクセシビリティを阻害する要因を抽出し、〈患者・家族側の要因〉と〈病院・訪問看護ステーション側の要因〉の2つに分け、それぞれの阻害要因を分析・解説しました。〈患者・家族側の要因〉としては、訪問看護を知らない、重症でないと利用できないと思っていた、訪問看護の内容を理解していない、などが挙げられました。一方、〈病院・訪問看護ステーション側の要因〉としては、入退院計画書に訪問看護師が関わる仕組みがない、チェックシートに訪問看護という項目がない、病院看護師から主治医に訪問看護の必要性をうまく説明できない、ケアマネジャーがケアプランに訪問看護を盛り込まない、などが挙げられていました。
こうした阻害要因に対し、調査対象となった施設の担当者が、さまざまな工夫で問題点を克服しようと努力している実例を紹介しました。
3.柴田三奈子「地域に根差した訪問看護とは その取り組みと課題」
柴田三奈子氏は、人口19万人の東京都日野市において2009年に(株)ラピオンを設立した事業者です。現在、(株)ラピオンは、訪問看護事業所、リハビリセンター(半日通所介護)、在宅サポートハウス(医療ケア付き賃貸住宅)、ヘルパーステーション(訪問介護)、デイサービス(療養通所介護・児童発達支援・放課後等デイサービス)、ナーシングホーム(看護小規模多機能型居宅介護)、こどもデイサービス(児童発達支援・放課後等デイサービス)など地域に密着したさまざまな事業を展開しています。年間約80名の在宅での看取りを経験している中で、自宅で最期を迎えたい人が自宅に帰れない現実も目の当たりにしているといいます。その多くは、訪問看護に巡り会う前に転院になってしまったり、訪問看護や訪問診療の導入は「死」をイメージさせると考えたりする患者や家族の誤解や、導入の判断がケアマネジャーに委ねられている現実を具体的な事例を交えて解説しました。これらを踏まえ、柴田氏は「訪問看護師と医療機関が共同して訪問看護の必要性を判断するシステムを構築すること」、「早期から訪問看護の導入の体制を作ること」、「訪問看護がもっと使いやすいサービスになるよう工夫すること」、などを提案しました。
4.前村聡「医療ジャーナリストからみた在宅医療・訪問看護」
前村聡氏の話は、87歳の独居の伯母の介護体験から始まりました。彼女は、高血圧を患っていましたが、コロナ禍で散歩の習慣が失われたことが原因で転倒・骨折し、救急搬送されて3か月入院した後、自宅に戻ったのですが、未明にトイレに行く際に不安を感じて119番で救急車を呼ぶことを繰り返したそうです。前村氏はそのたびに呼ばれ、車で引き取りに行く経験をしました。訪問診療と訪問看護で在宅での生活を保てないかとケアマネジャーに相談しましたが、骨折前にかかりつけだった診療所が外来受診できる患者の往診しか対応していないなど、紹介状を書いてもらうことに苦労し、訪問看護にたどり着くまでに1年以上かかったそうです。社会保障を専門分野とする新聞記者が、伯母の介護でこれほどまでに苦労するとは思わず、ましてや何の知識もない人が、急性期病院から在宅へ移行するのは至難のことだと実感したそうです。前村氏は、取材している中央社会保険医療協議会で議論の中心となっている医療ニーズの高い患者をどうするか、三次救急に運ばれた高齢者の下り搬送(救急医療機関等を受診後に他の医療機関でも対応可能な患者を転院搬送すること)をどうするかという内容も紹介しつつ、かかりつけ医とケアマネジャー、訪問看護師が分断されている現状を打開するには、退院時の窓口をケアマネジャーだけに任せるのではなく、訪問看護師や訪問診療を担う医師も関われるようにすべきではないかと訴えました。
5.石原美和「政策提言」
政策提言では、3つの柱をテーマに発表を行いました。一つ目は「訪問看護の国民への周知・啓発」です。そのためには、訪問看護ステーションが現在無償で行っている情報提供や健康相談を受けるような場を設け、健康相談や予防活動を行った場合に加算を創設することを提案しました。また、病院の外来にブースを作り、プッシュ型で患者や家族に対して、訪問看護サービスの内容やアクセスの方法を啓発する活動に対しても診療報酬や介護報酬の支払い対象として認める仕組みを提案しました。
二つ目は「退院後の訪問看護へのつながり(アクセシビリティ)を高める政策」です。これは、病院の看護師が多忙で、退院後の患者にまで手が回らない現状を打破するため、退院後支援の対象となる患者を神経難病や高齢者の脱水、終末期状態の患者、自己管理が困難な人などに広げるとともに、訪問看護サービス事業所と病院が協定を結び、病院看護師が行う退院後訪問指導を訪問看護サービス事業所に委託できるように弾力化する提案です。さらに、看護師によるケアマネジメントを推進するため、看護師によるケアマネジメントや訪問看護事業所がケアマネジメント事業所を併設する場合にインセンティブを付与する案も提示しました。
三つ目は「訪問看護普及のための基盤整備」です。この提言には、緊急性がともなう訪問看護の医療DXの推進として「訪問看護指示書」のIT化、全国医療情報プラットフォームへの訪問看護ステーションからの参加が挙げられます。また、訪問看護の働き方改革による人材確保や育成、実態把握のための公的統計の整備などの必要性を訴えました。
6.ディスカッション
最後に、事前に寄せられた質問事項への登壇者からの回答や、登壇者同士のディスカッションや提案が行われ、以下のような提言につながる発言がありました。
・急性期病院は早期退院を急ぐあまりじっくり患者の今後を考えるゆとりがないのが現状。退院支援の中にコーディネーター機能をもたせることが必要ではないか。
・救急搬送された場合、救急医には在宅医療への移行など念頭にない。そのため急性期を過ぎた後の患者の流れが規定されてしまうことがある。救急医にも在宅医療や訪問看護の知識をもってもらうことも大切ではないか。
・地域包括支援センターからケアマネジャーにつながるケースが多いが、ケアマネジャーが訪問看護を理解していないと訪問看護を選ぶという選択肢がなくなる。函館市のように行政がバックアップして医療・介護連携支援センターを運営するなどの取り組みがあるとよいのではないか。
・介護職が在宅で療養上のお世話をする場合は医師の指示書は必要ないが、看護職が同じことをするには医師の指示書が必要という制度上の矛盾点を何とかできないか。
在宅医療は専門職間で議論されることが多いため、一般の方々には伝わりにくい状況が続いていたと省察しました。これからは、最期の時間をどこでどのようにすごすのかを、患者さん本人も考えておくのがよい時代となり、家族も含めて、専門家に任せるのではなく、後悔がないように主体的に考えていけるように関わっていきたいと思いました。身近に頼れる看護師がいて、自宅でも安心して療養できるようになることで、社会全体の不安が軽減し、国民が最期まで生き生きと暮らせるようになることと思います。