このレビューのポイント
●国内の主要な5都道府県(北海道、東京、大阪、福岡、沖縄)を対象に、2022年9月30日時点のCOVID-19に対する集団免疫レベルの推計を行った。また、免疫の減衰を考慮したシミュレーションにより、再流行時期の予測を行った。
●沖縄以外の4都道府県では遅くとも2023年の春先までには第7波初期の水準まで免疫レベルが減少し、第8波が起こることが予想される。それを防ぐためには自然感染を経験していない人を中心にワクチンの追加接種を進めることが効果的である。
●本稿のモデルは滞在時間によって免疫の低下を考慮できる点で現実的と言えるが、行動変容や季節性などによる個人の社会的活動の時間変化(transient collective immunity)を考慮していないため、集団免疫の過大評価や流行の過小評価に繋がっている可能性があり、注意が必要である。
R-2022-066
1.はじめに 2.モデル 3.結果 4.考察 |
1.はじめに
2022年10月現在、国内のCOVID-19の報告数は減少傾向にあり、流行は抑制されていると言える[1]。同年6月末から始まった第7波は、過去最大の流行規模であったため、自然感染による集団免疫レベルは相当に増加したと考えられる。実際、著者らは先行記事[2]において、国内の主要な都道府県を対象としたシミュレーションを行い、各地で集団免疫レベルが高まっているという推計結果を得た。そのため、今後しばらくは国内での再流行の恐れはないと考えるが、自然感染やワクチン接種によって人々が獲得した免疫が低下するタイミングで第8波が起こる可能性は否定できない。本稿では、免疫の減衰を考慮したシミュレーションによって、再流行が起こる可能性のある時期の予測を行う。
2.モデル
先行研究[2]と同様に、集団を感受性S、潜伏期E、感染I、回復Rに区分するSEIR感染症モデルを考える。特に、自然感染のみによる免疫を持つ集団と、ワクチンによる免疫を持つ集団にはそれぞれ別々の滞在時間(免疫保持後の経過時間)[3]を導入し、各滞在時間に応じた獲得免疫の減衰の効果を考慮した。自然感染による免疫の減衰の効果は[4]を、ワクチンによる免疫の減衰の効果は[5]のデータを参考にしてモデルに導入した。モデルの感染率とワクチン接種率は時間(日)とともに変化するパラメータとし、各都道府県の日ごとの感染報告数[1]とワクチン接種回数[6]のデータを用いて推定した。より詳細なモデルの設定とパラメータの推定方法については付録[7]を参照されたい。
3.結果
国内の主要な5都道府県(北海道、東京、大阪、福岡、沖縄)を対象に、2022年9月30日時点の集団免疫レベルを推計した。また、同日を含む前一週間の感染報告数とワクチン接種回数のデータを利用し、同様の傾向が続くと仮定して2023年5月1日までの推定を行った。その結果を以下の図1に示す。
図1 国内の主要都道府県の集団免疫レベルの推計(2021/1/1~ 2022/9/30)と予測(2022/10/1~2023/5/1)
図1において、赤は自然感染による免疫、紫はワクチンによる免疫、黄緑はそれらの和、青は部分免疫を表す。ただし、ここでの部分免疫とは、自然感染の経験か1回以上のワクチン接種経験がある人の割合を意味し、時間とともに減少することはない。
4.考察
図1の予測において、どの都道府県でも自然感染による免疫(赤)とワクチンによる免疫(紫)はいずれも減少傾向となっている。特に、ワクチンによる免疫の減少が顕著であり、それに影響される形で両者を合わせた免疫(黄緑)も減少している。上述のように、青で示される部分免疫は時間とともに減少することはないため、再流行の時期を予測する上では黄緑の曲線に注目することが妥当であると考えられる。沖縄以外の4都道府県では、遅くとも2023年の春先には、黄緑の曲線は第7波の初期と同じレベルまで減少することが予想された。したがって、年明けから遅くとも2023年の春までには主要都道府県を中心に第8波が起こる可能性があると考えられる。それを防ぐためには、自然感染を経験していない人を中心にワクチンの追加接種を進めることが効果的である。
本稿のモデルは、滞在時間による免疫の減衰の効果を考慮に入れているため、集団免疫レベルの推移を捉える上で現実的と言えるが、以下の点に注意が必要である。
- 自然感染とワクチン接種をいずれも経験した人は十分な免疫を持ち、本シミュレーションのタイムスパンでは免疫は減衰しないと仮定している。
- 再感染は考慮していない。
- ウイルスの変異による免疫逃避や、行動制限の緩和による接触率の増加の影響は、予測において考慮していない。
- 行動変容や季節性などの影響による個人の社会的活動の時間変化を加味した免疫は transient collective immunity[8]と呼ばれ、本稿で考慮した集団免疫とは異なる概念である。第7波が終息した原因として transient collective immunity の影響が大きいと考えられるが、本稿ではこちらに関する推計は行っていない。
これらは集団免疫レベルの過大評価や、流行の過小評価に繋がっている可能性がある。その他、考え得るモデルの限界については、先行記事[9]とその付録を参照されたい。
参考文献
[1] NHK, 特設サイト 新型コロナウイルス,
https://www3.nhk.or.jp/news/special/coronavirus/data/ 2022年10月13日閲覧
[2] 國谷紀良, 徳田安春, 中村治代, 諸見里拓宏, 渋谷健司, 第7波後の主要な都道府県の集団免疫レベルの推計,
https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=4073 2022年10月13日閲覧.
[3] 稲葉寿編, 感染症の数理モデル 増補版, 培風館, 2020年.
[4] H. Chemaitelly et al., Duration of immune protection of SARS-CoV-2 natural infection against reinfection in Qatar, medRxiv,
https://doi.org/10.1101/2022.07.06.22277306
[5] NIID国立感染症研究所, 新型コロナワクチンの有効性を検討した症例対照研究の暫定報告(第三報),
https://www.niid.go.jp/niid/ja/2019-ncov/2484-idsc/10966-covid19-71.html
2022年10月13日閲覧.
[6] デジタル庁, ワクチン接種記録システム(VRS),
https://info.vrs.digital.go.jp/opendata/ 2022年10月13日閲覧.
[7] 付録 https://www2.kobe-u.ac.jp/~tkuniya/appendix221013
2022年10月13日閲覧.
[8] A.V. Tkachenko et al., Time-dependent heterogeneity leads to transient suppression of the COVID-19 epidemic, not herd immunity, PNAS 118 (2021) e2015972118
https://doi.org/10.1073/pnas.2015972118
[9] 國谷紀良, 渋谷健司, 徳田安春, 中村治代, 諸見里拓宏, 数理モデルによるCOVID-19の国内の集団免疫割合の推計,
https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=3954 2022年10月14日閲覧.