2.世襲議員の政策立案能力
世襲議員の問題は、通常は社会流動性(social mobility)、機会の均等、後援会・政治資金団体の存続を通じた既得権益の保護、格差問題、といった観点から批判されることが多い。それぞれ重要かつ批判的に検討されるべき問題であるが、本稿では、今まであまり論じられてこなかった世襲議員と、政策形成における政治主導との関係につき論じていきたい。まず、世襲議員の政策立案能力はどうなのだろうか?
(1) 世襲議員と既得権益バイアス
世襲議員には通常、先代議員を支えてきた後援会がそのまま付いてくるため、親、あるいは祖父、さらには曾祖父の時代からの様々なしがらみや既得権益に縛られ、政策立案に既得権寄りのバイアスがかかりやすいことは推測できる。若い世襲議員などから「(自分は本当は議員になりたくなかったが)親を支えてくれた周りの人たちの手前、跡を継がないとはとうてい言えなかった」という本音がこぼれることがよくある。特に地方では、与党議員を支える後援会には様々な既得権益が結びついており、議員と運命共同体となっている支援者も多い。
他方で、地方議員などから一代で議員になる方が、まったくの無の状態から自分の後援会や政治資金団体を築きあげなければならないため、地元の権益に縛られやすいという見方もありうる。世襲議員の方がその他の議員よりも当選率が高いため、選挙区の利害に囚われにくいという面もあるだろう。
実例として、日本の国会内投票で珍しく与党内で対応が割れた郵政民営化の例を見てみよう。郵政民営化法案に反対あるいは棄権・欠席したいわゆる自民党の造反議員のうち、世襲議員の比率は41.8%で、自民党全体の世襲議員比率と大きな差はない。しかしそれをさらに細分化して見ると面白い数字が見えてくる。法案に反対票を投じた議員の世襲比率は32.4%と低く、棄権・欠席した議員の世襲比率は64.3%と非常に高い。
これは、親や祖父の代から所属していた自民党への忠誠心や、これも親や祖父の代から支援を受けてきた地元有力者とのバランスを取った行動とも見えるし、世間的に世襲議員が批判される「ひ弱さ」「優柔不断」というイメージとも結びつけられるだろう。もちろん郵政民営化法案に反対・棄権した自民党議員が地元権益と強く結びついていたとは決して断定できないが、興味深いデータである。
(2) 世襲議員の政策形成能力
それでは、純粋に政策立案能力で見た場合、世襲議員のこの異様な多さはどういう問題点をはらむであろうか? 特に官主導から政治主導が強く唱えられる中、この問題は感情論を超えた重要な意味を持つ。
たとえばざっと自民党議員を見回した感覚では、世襲議員の政策形成能力が劣るという印象は受けない。むしろ「政策通」と言われる議員の中には世襲議員の比率が高い印象すら受ける。しかしそのことを額面どおりに受け取るのは適切ではない。
政策形成能力が高い有為な人材は、政治家になる以外に様々な魅力的な職業の選択オプションがあるのが通常である。そういう人材が議員を一つの選択オプションとして見た場合、議員という職業の「やりがい」に、議員になれる可能性(当選可能性等)を掛け合わせ、議員という職業オプションの期待値を割り出すことになる。当然、当選可能性が一般人より非常に高い世襲議員予備軍にとって、議員という職業オプションの期待値は一般人に比べ高くなる。これに対し、当選確率の低い一般人にとって議員という職業オプションの期待値は低くなるので、他に豊富な職業オプションがある有為な人材ほど、他の職業オプションを選ぶ人が多くなる。
つまり、多数の会社から良い条件で誘いを受けているような有為な若者が、わざわざそういう魅力的な他のオプションを捨て、対立候補が非常に強く当選確率が低い選挙区から議員を目指して立候補する可能性は低くなる(そもそも立候補までこぎ着けるのが難しい)。しかしその若者も、祖父の代から築かれた地盤があって、当選がほぼ確実な選挙区を譲られれば、議員を志すかもしれない3。
このように当選確率を一般人と世襲議員とで同等にしない限り、各所から引っ張りだこの有為な人材であればあるほど、一般人は議員という職業オプションを避ける傾向が強まる。さらに、一般人にとっては有力政党から公認を得るまでのプロセスも一大ハードルとなる。つまり一般人は世襲議員予備軍に比べ、当選確率でも大きなハンディキャップがあり、その前段階の立候補確率(有力政党からの公認)でさらに大きなハンディキャップを背負う。そうなると、官僚や地方議員など特別なルートを持つ者を除けば、他に有力な職業オプションを持たない「一か八か」の人材ばかりが、一般人から議員を目指すことになりかねない。世襲議員の存在そのものが、有能な非世襲議員の参入を妨げ、世襲議員の政策形成能力の相対的な優位性を確保しているという見方ができるのである。
(3) 世襲経営者とのアナロジー
議員の政策形成能力は客観的に測ることが難しい。ただ、ジャンルは違うが、世襲経営者が支配する企業のパフォーマンスについては、経済学者による綿密な実証研究が存在する。それによると、世襲経営者が支配する企業は同一産業内において業績が劣っており、研究開発への支出が小さい4。また、Perez-Gonzalez スタンフォード大学ビジネススクール教授の行った実証研究によれば、公開企業で創設者の子孫がCEOに選任されると株価は1パーセント下落する一方、部外者が選任されると2パーセント上昇するという5。ROEなど各種経営指標も、世襲経営者がCEOに選ばれた後に大きく落ちる傾向がある。Perez-Gonzalez教授が言うように、世襲経営者など縁故者登用は、労働者市場における人材間競争を制約することで、企業のパフォーマンスを落としている。
また近年、食品偽造問題が発生し、「市場原理主義」や「過当競争」のせいだと言われることが多い。しかし、問題となった企業を見ていくと、不二家、吉兆、石屋製菓(白い恋人)、赤福。多くが同族経営の歴史の古い企業であることがわかる。少し前の雪印、日本ハム、食品ではないがパロマなども同族経営である。偽造などが始まったのも最近ではない。
これらの同族経営企業で不祥事が起きた理由は、世襲経営者の経営能力以上に、同族による内輪の経営の結果ガバナンスが効かなくなったことが要因と考えられる。つまり、競争が過剰だったからではなく、むしろ社内における競争や人材の流動性などが抑圧された結果、有能な経営者が選ばれることが妨げられた上、相互監視の機能が効かなくなったのである。これは、先代から後援会や政治資金団体をそのまま引き継ぐ世襲議員も十分に注意しなければならない現象である。
(4) 多元的な価値観の実現
国民全体を代表する者として、議員は、民主主義過程を通じた政策立案に、多元的な価値観を持ち込むことが期待される。Robert Dahl など政治学者の規範的研究を挙げるまでもなく、民主主義国家において多元性はそれ自体価値があるし、一定の条件の下で、同種の価値観や判断枠組みを持つ人間の中に、異種の価値観や判断枠組みを持つ人間を入れることで、全体としての判断能力が増すことも数理的に説明できる。
世襲議員の割合が異常に高くなることは、民主主義過程を通じた政策形成における多元性の確保、という意味で重大な問題をはらむ。「カバン(鞄)、カンバン(看板)、ジバン(地盤)」の三バンが参入障壁として新たな人材の前に立ちはだかることにより、異なるバックグランドの人材の参入が制約されるのである。世襲議員は似たような経済環境、家庭環境で育ち、卒業大学などでも偏りがあることが指摘されている6。
憲法上保障された参政権には、「選ぶ権利」だけでなく「選ばれる権利」も含まれる。極端な話、いくら選挙権が十全に保障されたとしても、立候補者が1人しかいなければ(認められなければ)、民主主義は成立しないし、多元性も実現されない。「三バン」という参入障壁が日本の民主主義過程に多元的な価値観が流れ込むことを阻んでいるとすれば、日本の民主主義にとって大きな問題となりうる。
以上、前半部では現在の日本の立法府・行政府中枢における世襲議員の突出を簡単に概観した上、世襲議員の政策形成能力について、既得権益との関係性、世襲経営者の経営能力とのアナロジー、多元性の実現可能性、といった観点から見てきた。
後半部では、「政治主導」時代に世襲議員をどう捉え直すべきか、という観点で議論を展開する予定であり、求められる改革案などについても言及していく。
私は以前から、日本における世襲議員の突出と、「官主導」の政策形成は補完関係にあると指摘してきた。政策形成における真の政治主導を実現するのであれば、世襲議員の問題を再考することは避けて通れない問題であろう。
3 この例は非常に単純化されている。実際には、政治家にどの程度やりがいを感じるかは人によって大差があるので、非世襲候補の方が競争激化を通じてより有為な人材を集めることが可能な部分もある。しかしいずれにせよ、条件の均一化は候補者の資質の向上をもたらすはずである。
4 Morck., R. K. eds. 2000. Concentrated Capital Ownership. Chicago: University of Chicago Press. など参照。
5 Perez-Gonzalez, F. 2006. “Inherited Control and Firm Performance?” American Economic Review. Vol. 96-5.
Working Paper (http://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract_id=320888)
6 わかりやすい例を挙げれば、現麻生内閣閣僚の出身大学は慶應大学が6人と最も多数を占めるが、その全員が世襲議員である。