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解散時期で探る首相の腹の内
写真提供:GettyImages

解散時期で探る首相の腹の内

October 22, 2020

・菅義偉首相が持つ衆議院解散権は株式コール・オプションに見立てられる。
・内閣支持率は株価に相当、オプション価値が最大になる行使時期を探る。
・解散権の行使は、先行きの内閣支持率(株価)が下がるとみている表れ。
・権利の行使時期は菅首相のリーダーとしての資質を見極める好機になる。

発足したばかりの菅義偉政権が解散総選挙に打って出るかが盛んに取り沙汰されている。自民党の下村博文政調会長は、即解散が「自民党の国会議員のほぼ総意」だと発言した。たしかに今は解散の絶好の機会と言えるかもしれない。新政権発足直後に見られる支持率の跳ね上がりの効果もあり、菅政権の支持率は非常に高い。対決する野党サイドを見ても、9月には新・立憲民主党が発足したものの盛り上がりに欠け、勢いは全く感じられない。

首相の解散権の行使は、政権及び与党議員の命運を賭けた判断である。筆者らはかつて、首相の解散権を金融商品のコール・オプション(アメリカ型)に見立て、解散権の行使時期を分析したことがある[1]。解散権オプションにおいて、コール・オプションの株価に相当するものは内閣支持率である。行使期間は衆院の任期4年である。株価のように上下する内閣支持率の動向を見極めつつ、首相は衆議院任期満了までの最適な時点で、解散権を行使しようとする。

最新の内閣支持率は、日本経済新聞社等調査で74%となっており、この30年間の政権支持率平均である46%(上記調査を基に計算)と比べても、高支持率を誇った第2次以降の安倍政権の平均支持率53%(同上)に比べても、大幅かつ有意に高い。さらに、衆議院の残りの任期が1年程度しかないことを考えれば、その間に今の支持率を上回るのは厳しいと考えたり、あるいは今までの「平均への回帰」、すなわち支持率の下落が生じると考える者も多いだろう。いったん支持率が下落すると、さらなる支持率の回復を待つ時間的余裕は、任期満了まであと1年強の菅政権にはない。

◇   ◇

他方、金融商品のコール・オプションと、首相の解散権オプションとの間には違いもある。最も大きな違いは、後者の場合、行使権者の首相自身が、行使決定のおそらく最大の目安となる内閣支持率に直接影響を与えられる立場にあるという点だ。コール・オプションで言えば、対象企業の社長自らがオプション所有者であるような、インサイダー取引規制にかかりかねない特異なケースだ。

この場合、首相は自らしか知り得ない情報も勘案して今後の支持率の推移を予測し、解散権を行使するか否かを決めるだろう。たとえば有権者の歓心を買うような大規模な経済対策を腹案として持っていれば、その対策を打つまで、解散権の行使を踏みとどまるかもしれない。

ニューヨーク大学のアルスター・スミス教授は、首相が有権者に対して情報面で優位に立つという前提で、首相の解散権行使についてゲーム理論的な分析を行った[2]。その分析によれば、首相は、有権者の持たない情報も加味した上、政権の政治・経済パフォーマンスが今後落ちて支持率が下がると自ら予測すれば、解散に打って出る。逆に、支持率が今後上向くか維持されると予測すれば解散権行使を引き延ばす。

◇   ◇

有権者の方も簡単には騙されない。政権が早めに解散に踏み切れば、それが「政権のパフォーマンスが今後落ちる」というシグナル(兆候)だと捉え、そのことを織り込んで政権への支持態度を修正する。つまり現政権への支持を低下させる。今回のケースで言えば、菅首相が即解散に踏み切れば、有権者は、菅首相が現在の高支持率を、自らの政権運営でさらに伸ばすことは難しいと認識していると捉える。現在の高支持率が自分への過剰評価だと認識するからこそ即解散すると考えるのだ。

スミス教授は英国のデータを使い、解散時期が予想より早ければ早いほど(1)解散発表後の内閣支持率の落ち込みが大きい、(2)選挙後の経済パフォーマンスの落ち込みが大きい、などを実証した。日本でも(1)は今まで多く観察されてきた。株式市場においても、創業経営者などが所有する株式を売却すると、株価がその売却額の影響を超えて下がることが実証されている。情報面で優位に立つ経営者による「この先良いことがない」というシグナルだと、市場で捉えられるからだ。

このように、菅首相による解散権の行使時期は、われわれ有権者には見えない菅首相の腹の内を探るバロメーターとなりうる。特に新任の首相の場合、首相と有権者との間で大きな情報格差があるのは、首相としての資質である。また、その資質に対する首相自身の自己認識である。今のような解散の絶好機にあえて解散を踏みとどまるとすれば、それは菅首相の今後の政治経済の見通しや、自らの政権運営能力への強い自信と見て取ることも可能だ。その場合、おそらくこの半年ほどの間に、菅政権のスタンスを明確にするような政策を矢継ぎ早に打ち出す自信があるのだろう。もちろんそこで手間取ったり、打ち出した政策が有権者に受け入れられなければ支持率は下がり、菅政権は任期満了の袋小路に追い込まれる。任期満了前後の選挙では、与党は大幅に議席数を減らす傾向がある。

ただ早期の解散に踏み切ったとしても、スミス教授が指摘するように、その発表自体が政権の将来へのマイナスのシグナルになり、菅首相の支持率低下を招くかもしれない。あるいは就任直後の解散に菅首相の計算高さを感じ反発する有権者もいるだろう。コロナ禍の下での解散にも不安や反発は出てくるはずだ。即解散で自民党が再び圧勝する可能性は高いとは思うが、こちらにも誰も確証は持てないだろう。

日本ほど首相がフリーハンドで解散権を行使できる国は今は少ない。菅首相が解散権をいつ行使するかは、今までは黒子役が多かった菅首相のリーダーとしての意志や資質を見極めるための絶好の機会ともなる。

 

2020年10月11日 『日経ヴェリタス』掲載


[1] Sota Kato, Masayuki Inui. How Valuable is Prime Minister's Dissolution Option?: Black-Scholes Approach to Parliamentary Dissolution. APSA 2013 Annual Meeting Paper. 

[2] Alastair Smith. Election Timing in Majoritarian Parliaments. British Journal of Political Science, 2003, Volume 33, Issue 3, pp.397-418.

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