【麻生内閣】 ・前編:概論、平成20年9月24日~12月24日 ・後編:平成20年12月24日~平成21年9月16日 |
麻生内閣は、2008年(平成20年)9月24日から2009年(平成21年)9月16日までだが、「持続可能な社会保障構築とその安定財源確保に向けた中期プログラム」(以下、「中期プログラム」)の閣議決定された2008年(平成20年)12月24日を区切りとして前後2回に分けて掲載する。
概論
リーマンショックへの経済対策として、公明党の主張する定額減税と自民党の定率減税が対立する中、2008年(平成20年)9月1日に福田総理の突然の辞意表明があり、9月24日に幹事長であった麻生太郎氏が後継総理となった。それに先立つ自民党の総裁選挙で、立候補した与謝野馨氏は2010年代半ばまでの消費税率の10%程度への引上げと社会保障税を主張した。これに対し麻生氏は、当面は景気対策、財政再建は中長期の課題と主張するなど意見の相違が見られた。このような言動から、麻生総理は財政再建にはそれほど積極的ではないと思われていた。
しかし総理就任後は、一転して財政再建に積極的な姿勢に転じ、財政規律派の与謝野氏を福田内閣から引き続き経済財政政策担当大臣に再任させたこともあり、一貫して抜本的税制改革に向けて議論を進めていった。リーマンショック後の大胆な景気対策を講じつつ、あわせて中期的な財政に対する責任を明確化するため、平成20年12月に、持続可能な社会保障構築とその安定財源確保に向けた「持続可能な社会保障構築とその安定財源確保に向けた中期プログラム」(「中期プログラム」)を閣議決定した。この方針を踏まえ、所得税法等の一部を改正する法律が制定され、法律の附則第104条(以下、「附則第104条」)に、抜本税制改革の道筋や基本的方向性等が明記された。
具体的には、「経済状況を好転させることを前提として、遅滞なく、かつ、段階的に消費税を含む税制の抜本改革を行うため、平成23年度までに必要な法制上の措置を講ずる」として、「2010年代の半ばまでに持続可能な財政構造を確立する」ことなどが規定された。
このようなことから、政権交代後の民主党政権の下で行われる税・社会保障一体改革へつなげていく土台・基礎を形成した政権であったと評価できる。
麻生内閣
平成20年(2008年)9月24日~12月24日
麻生内閣は、財務大臣中川昭一氏、経済財政政策担当大臣与謝野馨氏、党税制調査会会長津島雄二氏という布陣で幕を開けた。
麻生総理は、自民党総裁選挙で、「当面は景気対策、中期的には財政再建」というスタンスだったが、総理就任後の初仕事として、抜本的税制改革を含む「中期プログラム」の策定を指示した。これがその後の「中長期税制改革プログラム法案」につながる。
10月17日に開催された麻生内閣第一回目の経済財政諮問会議で、総理は以下のような指示を出した。諮問会議の司会を務める与謝野大臣の記者会見から引用する。
一方、当時の政権のトッププライオリティー政策は、9月15日のリーマンブラザーズの経営破たんから生じたリーマンショックへの国内景気対策で、この一環として麻生内閣は10月30日に「国民のための経済対策」を発表した。その場での総理記者会見では、「中期プログラム」について、以下のような発言があった(下線筆者)。
(経済対策の話をした後)次に、財政の中期プログラムについて申し上げさせていただきます。今回の経済対策の財源は、赤字公債を出しません。しかし、日本の財政は、依然として大幅な赤字であり、今後、社会保障費も増加します。国民の皆さんは、この点について大きな不安を抱いておられます。その不安を払拭するために、財政の中期プログラム、すなわち歳入・歳出についての方針を年内にとりまとめ、国民の前にお示しします。
その骨格は、次のようなものであります。景気回復期間中は、減税を時限的に実施します。経済状況が好転した後に、財政規律や安心な社会保障のため、消費税を含む税制抜本改革を速やかに開始します。そして、2010年代半ばまでに、段階的に実行させていただきます。本年末に、税制全般につきまして、抜本改革の全体像を提示します。簡単に申し上げさせていただけるのなら、大胆な行政改革を行った後、経済状況を見た上で、3年後に消費税の引き上げをお願いしたいと考えております。
私の目指す日本は、福祉に関して、中福祉・中負担です。中福祉でありながら、低負担を続けることはできません。増税はだれにだって嫌なことです。しかし、多くの借金を子どもたちに残していくこともやめなければなりません。そのためには、増税は避けて通れないと存じます。勿論、大胆な行政改革を行い、政府の無駄をなくすことが前提であります。
92-AS-01-01 総理記者会見(概要). 2008年(平成20年)10月30日.
また同日には、あわせて総理指示として「『生活対策』一国民の経済対策の概要」が公表された。
92-AS-01-02 『生活対策』一国民の経済対策の概要. 2008年(平成20年)10月30日.
このような麻生総理の指示を受けて、経済対策と同時並行で、持続可能な社会保障構築とその安定財源確保に向けた「中期プログラム」の早急な策定を目指して議論が開始された。
一方、生活対策として、国民全員に1人当たり12,000円(65歳以上の者及び18歳以下の者については20,000円)を給付する定額給付金の給付が決定された。高所得者にも一律給付をすることについては、世論や党の内外から様々な批判があった。
筆者はこの決定の直前に、柳澤自民党税調小委員長から、給付と減税を組み合わせ高所得者への減税は制限するという「給付付き税額控除」の導入の是非についての説明を求められる機会があった。背景には、減税について定率減税を主張する自民党と定額減税を主張する公明党との話し合いが行われており、減税の恩典を受けない低所得者へは給付を行うことができないかという問題意識であった。公明党にすれば、減税だけでは支持基盤の中低所得者には十分な恩恵が受けられないので、給付を組み合わせたいという思惑があった。種々議論の結果、所得に応じた給付・減税という「給付付き税額控除」を導入するには、正確な所得把握ができることが条件で、納税者番号制度が導入されていない現段階では無理という結論になった。その結果、国民全員を対象に一律給付をするということになったわけである。この検討の中で、納税者番号制度は徴税のためだけではなく、社会保障給付にも必要な制度だという認識が与党内の関係者に生まれ、納税者番号制度の導入が後述する附則第104条にも明記され、その後の導入につながっていく。その意味で、定額給付金を巡る様々な議論は、大変価値があるものであったといえよう。
一方で、コロナ禍の今日、マイナンバー制度が導入され国民の所得の把握が飛躍的に進んだにもかかわらず、その活用はなされず、国民一律の特別定額給付金の給付が実施されたことは、この間の政府のデジタル化対応や低所得者対策などの政策形成が不十分であったことを物語っている。
11月4日には、福田前総理が始めた社会保障国民会議の最終報告が行われた。福田内閣の2008年(平成20年)1月17日に参考資料として内閣府が経済財政諮問会議に提出した参考試算(91-FU-02-00)が添付され、以下のように、消費増税に関して具体的な税率まで明示されることとなったことは注目される。
「基礎年金国庫負担を3分の1から2分の1に引き上げるために必要な費用を加えれば、社会保障の機能強化のために追加的に必要な国・地方を通じた公費負担は、その時点での経済規模に基づく消費税率に換算して、基礎年金について現行社会保険方式を前提とした場合には2015年に3.3~3.5%程度、2025年に6%程度、税方式を前提とした場合には2015年に6~11%程度、2025年で9~13%程度の新たな財源を必要とする計算になる。」
92-AS-04-00 社会保障国民会議. 社会保障国民会議 最終報告. 2008年(平成20年)11月4日.
このような麻生総理の急ピッチの方針について、財務省内ではやや驚きを持って受け止められた。加えて、衆議院選挙を間近に控え、消費増税の具体的年次や税率を書き込むことに対して、公明党から強い異論が寄せられ、「中期プログラム」の具体的な書きぶりについては、年末までもつれることになる。
また消費税収の使途について、自民党内部にも財務省内にもさまざまな意見があった。とりわけ「財政規律派」からは、消費増税の税収を社会保障に全額使えばプライマリーバランス(基礎的財政収支)の黒字化や財政再建に金が回らず財政再建が遅れるので、増税だけでなく増収の使途についての議論も必要ではないかとの意見が寄せられた。
消費増税に伴う増収を、「社会保障財源の強化」(社会保障費のうち国債で賄われている部分への充当、つまり財政健全、その後「機能強化」と変わる)と「社会保障基盤の安定化」(社会保障を拡充するための費用への充当)のどちらにどの程度振り分けるのかという問題は、もともと自民党の財政改革研究会の議論で行われたものであるが、財政改革研究会の中間報告では必ずしも明確な結論は出なかった。社会保障税10%についてまずは医療・年金・介護・子育ての4経費に充当し、2015年度には4経費をすべて賄うことが可能となり、その後は財政再建に使える、という考えもあったが、そのあたりは明確ではなく、コンセンサスは得られていなかった。
清水真人氏は、社会保障費の赤字部分を税財源で充当することによって財政赤字の縮小を目指す財務省と、新たな社会保障充実のための財源としたい厚生労働省との意見の相違があったと解説、さらに財政収支の改善を優先すべきとする自民党税調小委員長の柳澤伯夫氏と、国民会議の座長で機能強化を優先すべきとする吉川洋氏との考え方の相違があったとしている[1]。
このことについての決着がつくのは後の民主党政権になってからである。消費増税5%分の使途について、3%が「社会保障の安定化」(年金の2分の1への対応として1%、制度改革に伴う増として1%、高齢化等に伴う増として1%)、「社会保障の充実」として1%、消費税引き上げに伴う社会保障支出等の増として1%というのが、2011年(平成22年)6月2日の社会保障改革案(第10回社会保障改革に関する集中検討 会議提出資料) であるが、このことは後日公開予定の本シリーズにて詳述する。
11月には政府税制調査会から「平成21年度の税制改正に関する答申」が公表された。ここで「中期プログラム」について以下のように記述された。
政府が前述の「中期プログラム」の策定を通じて、改革の道筋を明らかにすることは、基礎年金国庫負担割合を2分の1に引き上げるための所要財源を含めた国・地方を通じた社会保障の安定財源確保と、税制抜本改革の具体化に向けた第一歩として重要な意義を持つものである。当調査会としては、政府がその策定に当たり、昨年の答申における提言内容を十分に反映させるとともに、税制抜本改革の実施時期を明らかにした「中期プログラム」とすることを強く求めたい。政府における「中期プログラム」を踏まえ、当調査会は、昨年の答申で示した所得・消費・資産にわたる各税目の改革の方向性について…(中略)…さらに議論を深めることとする。
このように、「中期プログラム」は、税制に関して、消費増税だけでなく、個人所得税・法人税・資産税などの見直しを含む抜本的な税制改革を目指したものである。
92-AS-03-00 政府税制調査会. 平成21年度の税制改正に関する答申(抄). 2008年(平成20年)11月.
この「中期プログラム」を法案化して、消費増税の実施時期を明示しつつ段階的に進めていこうというのが与謝野氏の考え方であったが、衆議院選挙を控えて消費増税の時期を具体的に書き込むことについては、公明党だけでなく自民党内からも強い反論が寄せられた。そのような議論を踏まえて12月12日には与党税調から税制改正大綱が公表された。
そこでは、「持続可能で堅固な社会保障制度の実現に向けて消費税を主要な財源とした財源確保の道筋をつけるべきである。」とし、「毎年1兆円規模で費用が増大する社会保障制度の持続可能性の確保はもとより、来年度から実施する基礎年金国庫負担割合の2分の1への引上げや、社会保障の機能強化に対する国民の要請に適切に応えていくためには、制度的準備を整えた上で、経済状況の好転後、速やかに税制抜本改革を実施する必要がある。われわれは、経済活性化と財政健全化の両立を図っていくべき責任を有する与党の矜持として、来るべき税制抜本改革の具体的な道筋を以下のとおり示す。」として、税目ごとの改革の方向が示された。消費増税を含む抜本的税制改革の具体的な日時は示されなかった。
92-AS-05-00. 自由民主党、公明党. 平成21年度税制改正大綱(抄). 2008年(平成20年)12月12日.
公明党の反対などから税制改正大綱に消費増税の具体的な期日が書けなかったことから、麻生総理と与謝野氏は、元蔵相の額賀福志郎氏をヘッドとするプロジェクトチームを12月13日に立ち上げ、与党での合意を目指して仕切り直しを図った。激論の結果具体的な日時が「中期プログラム」に記載されることとなった。
筆者は、このころ額賀氏からの要請で、消費税引き上げの意義や経済に与える影響、さらには逆進性対策としての給付付き税額控除導入の必要性、さらにはそのインフラとしての納税者番号制度の整備などをレクチャーしたが、額賀氏の税制改革に向けての並々ならぬ熱意を感じ取ったことを記憶している。
自民党、公明党との調整を終えて、2008年(平成20年)12月24日に「中期プログラム」が閣議決定された。リーマンショックに端を発する世界経済の落ち込みに対処するため、「生活対策」(平成20年10月)をはじめとする大型の経済対策が実施される中、中期の財政責任を明らかにし、社会保障の安心強化に向けた取組みの方向性を明らかにするために策定されたものと説明された。
92-AS-06-00 持続可能な社会保障構築とその安定財源確保に向けた「中期プログラム」. 2008年(平成20年)12月24日.
この中で、「国民の安心強化と持続可能で質の高い『中福祉』の実現に向けて、…(中略)…基礎年金の最低保障機能の強化、医療・介護の体制の充実、子育て支援の給付・サービスの強化など機能強化と効率化を図る。このため、…(中略)…確立・制度化に必要な費用について安定財源を確保した上で、段階的に内容の具体化を図る。」として、安心強化と財源確保の同時進行という考え方が示された。
その上で、社会保障を支える財源については、「給付に見合った負担という視点及び国民が広く受益する社会保障の費用をあらゆる世代が広く公平に分かち合う観点から、消費税を主要な財源として確保する」とともに、「消費税の全税収を確立・制度化した年金、医療及び介護の社会保障給付及び少子化対策の費用に充てることにより、消費税収はすべて国民に還元し、官の肥大化には使わない。」として、消費税収の使途を明確化する方針も併せて示された。
「中期プログラム」では、税御抜本改革の道筋については、以下のように記述された(下線筆者)。
(1)基礎年金国庫負担割合の2分の1への引上げのための財源措置や年金、医療及び介護の社会保障給付や少子化対策に要する費用の見通しを踏まえつつ、2008年度を含む3年以内の景気回復に向けた集中的な取組により経済状況を好転させることを前提に、消費税を含む税制抜本改革を2011年度より実施できるよう、必要な法制上の措置をあらかじめ講じ、2010年代半ばまでに段階的に行って持続可能な財政構造を確立する。なお、改革の実施に当たっては、景気回復過程の状況と国際経済の動向等を見極め、潜在成長率の発揮が見込まれる段階に達しているかなどを判断基準とし、予期せざる経済変動にも柔軟に対応できる仕組みとする。
(2)消費税収が充てられる社会保障の費用は、その他の予算とは厳密に区分経理し、予算・決算において消費税収と社会保障費用の対応関係を明示する。具体的には、消費税の全税収を確立・制度化した年金、医療及び介護の社会保障給付及び少子化対策の費用に充てることにより、消費税収はすべて国民に還元し、官の肥大化には使わない。
長い議論を経て、消費税を含む税制抜本改革の具体的なスケジュールが初めて閣議決定されたのである。
[1] 清水真人『消費税 政と官との「十年戦争」』(新潮社、2013)