第1部:世界の中で見た日本の二院制(加藤創太、茨木瞬) I. 根強い二院制批判――「参議院無用論」から「強すぎる参議院」へ II.各国との比較で見た日本の二院制の位置づけ 第2部:日本の二院制をどう考えるか:分析の視点(加藤創太) Ⅲ.制度改革を行う上で考慮すべき視点 第3部:日本の二院制をどう変えていくべきか:政策提言(加藤創太) Ⅳ.日本の両院制のあり方――制度改革の方向性 Ⅴ.結び |
Ⅳ.日本の両院制のあり方−−制度改革の方向性
すでに述べたように、本稿では法律・規則・慣行レベルでの制度改革を中心に提案することとし、憲法改正については方向性のみ簡略に提示する。すなわち、図2などにある二院制の諸類型のうちどの類型の機能を日本の衆参両院は担っていくべきかを考えた上、それに必要な制度改革を法律・慣行レベルで具体的に提案する。
図2:リップハルト(2012)の二院制の類型
1.改革の全般的な方向性
図2の中でリップハルトは日本を第Ⅱ象限の「中間的に強い二院制」に分類した。しかし過去の研究やシミュレーション結果が示唆するように、第Ⅱ象限の二院制は、二院制のプラス面を十分に取り込むことができない。両院の構成が似通えば、たとえ両院の権限が同等レベルであっても、冗長(redundant)で「カーボンコピー」的な存在にしかならないからだ(McCarty & Cutrone 2008)。よって福元(2007)が指摘するように、日本の参議院も、衆議院と議員構成や法案審議が似通う現況を脱さなければならない。
ただ憲法43条により、両院とも「全国民を代表する選挙」で選ばれた議員で構成されることが定められているため、法律レベルでは、衆参両院で選出母体を抜本的に異なるものに転換することはできない。他国の第二院ではよく見られる議員の任命制も採り入れられない。議員選出方法や業務の差別化などにより、両院の構成や機能が異なるように誘導していくことが必要である(改革の方向性1)。
衆参両院の選出母体を異なる方向に持って行くと、日本の二院制は図2の第Ⅰ象限「強い二院制」の類型化に近づくことになる。選出母体が異なれば、衆参両院の「ねじれ」は現在よりも生じやすくなり、「強い参議院」の問題がより顕在化する。連邦制を採る国ならともかく、日本が米国のような「強い二院制」となることについて国民のコンセンサスを得ることはおそらく難しい。
よって両院の選出母体の差異を拡げるのと並行して、第二院(参議院)の権限をある程度縮小するのが望ましい改革の方向性だ。図3に記された矢印はその方向性を示している。
図3:制度改革の方向性
ただ、衆議院の優越事項が憲法で定められているため、衆参両院の権限も法律・慣行レベルで改革できる範囲は限られる。よって法律・慣行レベルでは、「膠着(gridlock)」をなるべく回避する仕組みを提唱したい(改革の方向性2)。シミュレーションや既存研究で明らかにされているように、強い二院制の最大の問題は、両院がお互いに拒否権プレーヤーとなって政策決定が「膠着(stalemate)」することだからだ。
2.改革の方向性1:衆参両院の選出母体、機能、役割などの差別化
参議院は「良識の府」とも呼ばれ、民意への敏速な反応が求められる衆議院に比べ、より長期的な視点から、冷静かつ理知的な討議が実施されることが求められる。また、政府(行政)と衆議院が融合する議院内閣制において、政府及び衆議院を監視する機能も重要となる。
こうした機能を果たすためには、そういった議員を選出する選挙制度の導入と、参議院自体にそれらの機能を取り込んでいくことが必要となる。
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選挙制度の差別化(公職選挙法改正)
憲法が両院の議員に要求するのは「全国民を代表する選挙」で選ばれることであって、具体的な選挙制度は、公職選挙法など法律に委ねられる。小選挙区制主体で地域代表の性格が強い衆議院と差別化する意味でも、公職選挙法を改正し、全議員を全国区の比例代表制から選出する選挙制度を導入する。これにより、地域などの利害から離れて長期的な視点で政策を冷静に討議する議員が増えることが期待される。また、比例代表では少数政党が生まれやすいため、参議院では衆議院と異なり、少数の多様な意見を採り入れる機会が増えることも期待される。
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独立的推計機関の参議院での設置(新法制定)(東京財団 2013; PHP総研 2019参照)
東京財団政策研究所では従来から、政策の検討・立案の基盤となる日本の経済財政や社会保障などの推計を行う独立的推計機関を国会に設置することを提唱してきた。党派からの独立性を担保する仕組みを採り入れつつ、その推計機関を参議院に設置する。議会の元々の最大の役割の一つは、政府の財政運営の監視だ。ただ議院内閣制の下では内閣と衆議院は融合することなどから、衆議院が日常的な政府の監視機能を果たすことは難しい。参議院は、衆議院より任期が長く、内閣の解散権の行使の影響も及ばない。長期的な視点を取り込める参議院に、独立的推計機関を置くことが適切である。
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行政監視委員会における政策評価機能の拡充(国会法・参議院規則改正)
参議院に置かれてきた行政監視委員会の機能と調査スタッフを拡大し、エビデンスに基づいた政策評価機能を採り入れる。独立的推計機関とともに、衆議院と同じ法案や予算の審議であっても、データなどエビデンスに基づいた冷静な政策討議を実施する場として参議院を特徴づける。また、そのような政策討議を遂行できるような議員が選ばれることで、衆議院との選出母体の差別化も進むはずだ。
3.改革の方向性2:参議院の権限の制約と「膠着」の回避
たとえば「改革の方向性1」により参議院議員全員が比例代表の全国区で選ばれるようになると、衆院与党が参議院で過半数の議席を安定的に握ることが難しくなる。参議院内での多数派を形成する連立の動きが重要となるが、「ねじれ」のような状態が現在より頻発する可能性もある。参議院が拒否権プレーヤーとなって「膠着」が生じると、シミュレーション結果でも示されたように、国民厚生が大きく損なわれる。したがって、「改革の方向性1」とセットで、この「改革の方向性2」を通じた「膠着」回避の道を追求する必要がある。
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両院協議会の改革(国会法、衆議院規則・参議院規則等の改正、超党派合意)
衆参両院の意見が異なったときに設けられる両院協議会は、かつて参議院で保守系独立会派の緑風会が大きな勢力を持っていたときは「しかるべく機能」していた(森本 2016)。しかし、平成以降の「ねじれ国会」の際にはほぼ無力だった。両院協議会の機能強化については様々な案が出されているが、法律レベルでは「膠着」を打破する決定権は付与できない。そうした制約の下で、いかに合意に向けた建設的な議論ができる場にするかが問われており、そのために以下を提言する。
- 両院協議会の議論をインターネット同時中継を含め徹底的に公開する。
非公開の方が実質的な議論もできるという考えもあるが、今の両院協議会の状況からすれば、非公開の場でも形式的な議論以上は期待できない。国民は「膠着」が自らの厚生にマイナスであることは熟知している。膠着の打破のために努力する政党や政治家を評価するはずだ。インターネットなどで議論が公開されることを通じ、両院の委員が国民に対し、いかに自分や自分の所属する政党が膠着を打破し合意に向けた努力をしているかをアピールする方向に向かうことが期待される。
- 協議委員のうち各院半数の5名を常置の委員とし、その時点の各院全体の会派勢力を反映させる。残りの5名の委員についても各院全体の会派勢力を反映させた構成とし、各党の党首クラスや政策立案責任者を充てることとする(超党派合意)。
常任の委員を置くことで、日頃から衆参両院の各種調整が可能となるとともに、委員間の信頼関係なども醸成できる。こうした日頃からの両院間の調整メカニズムがなければ、両院の判断が異なった際に短期間で合意に導ける可能性は低い。また、平成以降の両院協議会で合意に達することができた唯一の例である政治改革関連法案のケースでは、総理大臣と野党党首との「総総合意」があったことが最大の推進力となった。与野党幹部クラスのコミットを両院協議会で行いうるような体制が必要となる。
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予算関連法案の審議における衆院判断の尊重(超党派合意)
予算案の審議については衆議院の優越が憲法上認められていることを尊重し、予算関連法案については、衆議院の判断を尊重する超党派合意を結び、それを慣行化する。予算関連法案全体が無理だとしても、特例公債法案など予算自体の裏付けとなる法案については、衆議院の判断を尊重する超党派合意を結ぶ。
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直近の衆院選結果の尊重(超党派合意)
直近の選挙が衆議院議員選挙である場合、特に選挙時の主要争点に関連する法案などついては、衆議院の判断を尊重する超党派合意を結び慣行化する。そ場合でも、直近が参議院選で衆参両院の判断が異なると「膠着」するが、その際には、政権与党は衆議院を解散して国民の信を問うことができる。これは、2005年に自民党の小泉純一郎政権が、郵政民営化関連法案を参議院で否決された後に採った対応である。
4.改革の方向性3:憲法改正の場合の考えられる方向性
憲法改正の場合でも、すでに述べてきた改革の方向性を徹底すれば、二院制のプラス面を生かしつつ、両院間の「膠着」を回避できると考えられるため、二院制を維持すべきと考える。
その場合、より徹底的に衆参両院の選出母体を差別化すべきだ。たとえば参議院議員には、都道府県知事、学識経験者など、任命制の議員を入れることも考慮すべきだ。また選挙制度についても、今までの地域でなく世代によって選挙区を割り振る世代別選挙区制度の導入も考慮すべきだ。財政や環境など、現在の重要な政策の多くは、長期的な視点が必要となる。世代別選挙区制度の導入は、そういった政策について世代間の不公平を緩和する効果があると考えられる[1]。
このように衆参両院の選出母体を大きく差別化すると、衆参両院で「ねじれ」が生じるケースも頻発するはずだ。それによる「膠着」を防ぐために、衆議院の優越事項を憲法上で拡げることが必要となる。また参議院で否決された際の衆議院での再可決についても、現行の「出席議員の三分の二以上」の割合を緩和することなどが考えられる。
Ⅴ.結び
冒頭で発言を引用したシェイエスは、フランス革命時の思想的リーダーの一人であり、一院制の主唱者としても知られる。しかしやがて成立した一院制の国民公会は虐殺や粛正など多くの悲劇を引き起こし、ほんの3年で幕を閉じる。シェイエスは国民公会におけるジャコバン独裁などの反省に鑑み、その後、三院制など様々な権力分立の仕組みを提案するようになる。一院制の「独裁」のリスクと、二院制の「膠着」のリスクとの狭間で思い悩んだ姿が思い浮かぶ。この歴史的経験が語るように、権力の集中と分散のあり方については、理論的な最適点は存在しない。本提言も一つのたたき台として、今後、様々な試行錯誤を通じてあるべき形を模索していくことが求められる。
<参考文献>
福元健太郎 2007.『立法の制度と過程』。木鐸社。
McCarty, Nolan, and Michael Cutrone. 2008. “Does Bicameralism Matter?” In B. R. Weingast, and D. Wittman (eds). The Oxford Handbook of Political Economy. Oxford UK: Oxford University Press.
森本昭夫 2016.「両院協議会改革の難航」『立法と調査』374号。参議院事務局。
PHP総研 2019.『統治機構改革1.5&2.5』。PHP総研。
Rogers, J. R. 1998. “Bicameral Sequence: Theory and State Legislative Evidence.” American Journal of Political Science 42(4): 1025-1060.
東京財団 2013.『政策提言 独立推計機関を国会に』東京財団。
[1] なお、世代別選挙区制度は、現在でも法律レベルで導入可能だとも考えられるが、選挙のあり方を抜本的に変化させる以上、憲法で明記することが必要であろう。