【野田内閣】 ・前編:概論、平成23年9月2日~平成24年3月30日 ・後編:平成24年3月30日~12月26日 |
概論
平成23年(2011年)9月2日に誕生した野田内閣は、3回の内閣改造を行った。第一次改造:平成24年(2012年)1月13日~同年6月4日、第二次改造:平成24年6月4日~同年10月1日、第三次改造:平成24年10月1日~同年12月26日である。
野田総理は直前のポストが財務大臣であり、また総裁選挙では菅前総理の消費増税路線の承継を掲げて戦ったことから、就任早々税制改革に取り組んだ。総理就任後の内閣の基本方針は、「必要な社会保障の機能強化を確実に実施し、同時に社会保障全体の持続可能性の確保を図るため、社会保障・税一体改革成案を早急に具体化する」こと、つまり経済成長と財政健全化の両立を目標として掲げた。
一方党内には消費税増税に対して、まず歳出削減や行政改革を徹底させるべきとの指摘や、デフレ下の増税の影響、逆進性の問題、中小事業者の価格転嫁の問題などの懸念から消費増税に反対する声が小沢一郎氏を中心に出ており、議論が具体化するにつれて党内抗争は次第に大きくなっていった。
民主党の意思決定メカニズムが整備されていないこともあり、意見の集約化には膨大な時間がかかった。とりわけ「素案」を法律化していく過程では、小沢氏を中心とするグループ(以下、小沢グループ)の反対論が噴出し、これを押し切る形で意思決定を行わざるをえなかったことが党内分裂につながっていく。
結果として、党が分裂する形で法律をまとめ上げ、それを自民党・公明党との三党合意に持ち込んで、社会保障・税一体改革を完成させたという意味で大きな功績を上げた。その後の第46回衆議院総選挙で大敗し、民主党の凋落につながったことから野田氏の政治家としての評価は必ずしも高くはないが、消費税という観点から見れば、最大の功労者であり、後世でより高い評価が与えられるべきだろう。
野田内閣
平成23年(2011年)9月2日~平成24年(2012年)3月30日
2011年(平成23年)8月30日、菅第二次改造内閣が内閣総辞職し、野田佳彦氏が内閣総理大臣に指名され、同年9月2日に正式に野田内閣が発足した。鳩山由紀夫内閣、菅内閣に次ぐ第3代目の民主党内閣である。相田みつをの詩を愛好することから、「どじょう内閣」と称された。官房長官は藤村修氏、財務大臣は安住淳氏、財務副大臣は五十嵐文彦氏、藤田幸久氏である。
就任直後、内閣の基本方針が閣議決定された。その中で、「必要な社会保障の機能強化を確実に実施し、同時に社会保障全体の持続可能性の確保を図るため、社会保障・税一体改革成案を早急に具体化する」との一文が入った。
95-NO-00-10 閣議決定. 基本方針. 2011年(平成23年)9月2日.
9月16日に野田内閣初めての政府税制調査会が開催された。所信表明では、政策の優先順位として、①震災復興、②原発事故の収束、③日本経済立て直し、④社会保障・税一体改革となっていた。最大の課題は、東日本大震災の復旧・復興の財源をどうするのかということであった。10月11日、政府税調が復興財源等に係る税制改正大綱を取りまとめ、11月10日に民主・自民・公明税調会長取りまとめなどを経て11月11日三党合意が成立した。時限的な税制措置として、所得税と法人税に付加税を課すこと、個人住民税均等割りの税率の臨時的な引上げなどが決まった。その後に行われた三党合意の予行演習といえよう。
消費税の議論が始まったのは12月からである。12月5日に、検討本部を改組した「政府・与党社会保障改革本部」が開催され、本部長(総理大臣)より年内を目途に、同年6月の「成案」を具体化した「素案」をとりまとめるなど以下の指示が行われた。
①年内目途に、6月の「成案」を具体化した「素案」とりまとめ。2政府・与党間で十分調整。政府部内は、関係5大臣を中心にとりまとめ63社会保障の機能強化の内容等を国民にわかりやすく説明。年内目途に、6月の「成案」を具体化した「素案」とりまとめ。2政府・与党間で十分調整。政府部内は、関係5大臣を中心にとりまとめ63社会保障の機能強化の内容等を国民にわかりやすく説明。年内目途に、6月の「成案」を具体化した「素案」とりまとめ
②政府・与党間で十分調整。政府部内は、関係5大臣を中心にとりまとめ
③社会保障の機能強化の内容等を国民に分かりやすく説明年内目途に、6月の「成案」を具体化した「素案」とりまとめ。2政府・与党間で十分調整。政府部内は、関係5大臣を中心にとりまとめ63社会保障の機能強化の内容等を国民にわかりやすく説明。
95-NO-01-00 本部長(総理大臣)指示. 2011年(平成23年)12月5日.
この総理指示を踏まえ、政府税制調査会において、社会保障・税一体改革作業チームを設置することとし、消費税を中心とした税制抜本改革の具体的な姿について検討を行い、論点の整理を行うこととなった。さらに作業チームからの検討状況報告を踏まえ、政府税制調査会の全体会合において一体改革成案(税制抜本改革部分)の具体化に向けた審議が行われるとともに、これと並行して民主党の税制調査会・社会保障と税の一体改革調査会の合同会議においても関連団体からのヒアリングや上記の一体改革作業チームにおける議論の状況等を踏まえつつ、様々な分野・論点について一体改革成案の具体化、年内決着を目指して議論が精力的に行われた。
特筆すべきは、民主党の意思決定の仕組みが大きく変化したことである。鳩山政権、菅政権と継続してきた政府税制調査会の一元化(政府と党)をやめ、与党の事前審査制を復活させた。党税制調査会長として藤井裕久氏(元財務大臣)が任命された。自民党時代の与党・内閣の二元制度の復活である。その下で、以下の様々な議論が行われた。
95-NO-02-00 政府税制調査会. 社会保障・税一体改革作業チームについて(案). 2011年(平成23年)12月5日.
95-NO-02-01 政府税制調査会. 「社会保障・税一体改革成案」具体化のための検討課題. 2011年(平成23年)12月5日.
95-NO-02-02 政府税制調査会. 今後の進め方(イメージ). 2011年(平成23年)12月5日.
95-NO-03-00 民主党・社会保障と税の一体改革調査会会長細川律夫. 民主党・社会保障と税の一体改革調査会について. 2011年(平成23年)12月5日.
95-NO-04-00 厚生労働省. 厚生労働省の各審議会等の検討状況について. 2011年(平成23年)12月5日.
95-NO-05-00 財務省. 社会保障・税一体改革について(平成21年度税制改正法 附則第104条). 2011年(平成23年)12月7日.
95-NO-07-00 財務省. 資料〔いわゆる「逆進性」問題への対応に関する留意点〕2011年(平成23年)12月13日
95-NO-08-00 財務省. 資料〔消費税の引上げに関する留意点〕. 2011年(平成23年)12月13日.
95-NO-09-00 財務省. 資料〔個別間接税との関係〕. 2011年(平成23年)12月14日.
95-NO-10-00 財務省. 資料〔課税の適正化について〕. 2011年(平成23年)12月14日.
95-NO-12-00 社会保障・税一体改革作業チーム. 資料〔論点整理(国税)〕. 2011年(平成23年)12月21日.
95-NO-13-00 財務大臣、厚生労働大臣、民主党政策調査会長. 平成24年度以降の基礎年金国庫負担の取扱い等について. 2011年(平成23年)12月22日.
多岐・多分野にわたる論点をこなしつつ、同年12月29日に開催された民主党税制調査会・社会保障と税の一体改革調査会合同総会において「税制抜本改革について(骨子)」が取りまとめられた。野田総理自ら党の合同総会に出席し、消費増税の実施時期について当初案から半年ずらすなどの妥協案を示しながら、深夜での決定(了承取り付け)となった。
この政府・与党社会保障改革本部会合における議論については、元民主党官房長官の藤村修氏の回想録『民主党を見つめ直す』(毎日新聞社、2014年)に詳しく記述されている。とりわけ12月20日から開始され29日に結論が出された民主党税制調査会・社会保障と税の一体改革調査会合同総会の箇所は「拍手と握手で取りまとめたよ」という野田総理の発言が記述されるなど臨場感にあふれている。
95-NO-14-00 民主党税制調査会. 税制抜本改革について(骨子). 2011年(平成23年)12月29日.
骨子には、消費税率の引上げの時期について、2014年4月に8%、2015年10月に10%に引き上げるとの考えが示され、その理由として以下の点が記されている。
・前回総選挙時の代表発言や政権交代時の連立与党合意も踏まえ、前回総選挙において付託された政権担当期間中において、消費税率の引き上げは行わない。
・人口規模の大きい団塊の世代(1947~1949年頃に生まれた世代)が2014年にはすべて年金受給者となることから、引き上げの始期を判断する必要がある。
・今回の社会保障改革案で決めた社会保障の充実・安定化のための財源確保、特に1/2国庫負担安定財源の早期確保を、消費税によって順次行いつつ、2015年までに図る。
・経済や国民生活・家計への影響等に鑑み、引き上げは段階的に行うべきである。
・引き上げ後の経済への影響等を注視し勘案できるよう、次の引上げまでに、十分な期間をとる必要がある。
・段階的引き上げを行うにあたっては、事業者への配慮等から、1年以上準備期間を設ける必要がある。
その中で、国・地方の消費税率について、2014年(平成26年)4月1日より8%、2015年(平成27年)10月1日より10 %へ段階的に引き上げるとした。はじめて消費増税の具体的な日時が正式に決定された。
95-NO-15-00 閣議報告. 社会保障・税一体改革素案について. 2012年(平成24年)1月6日.
素案の閣議決定にこぎつけるまでには、小沢グループを中心とする党内反対派との激しい攻防があった。また、民主党の意思決定メカニズムが整備されておらず、様々な会議での議論が錯綜し、集約されなかったという背景がある。
2012年(平成24年)1月13日、内閣改造が行われ野田第一次改造内閣となった。岡田克也氏が副総理兼社会保障・税一体改革担当大臣に就任した。しかし最低保障年金の資産を巡って党内が紛糾するなど依然党内は一本化されておらず、素案の法律化までには紆余曲折があった。
95-NO-16-00 一体改革・広報に関する基本方針. 平成24年(2012年)1月20日.
2月17日、素案は、「社会保障・税一体改革大綱」(以下「大綱」)として閣議決定され、消費税率については段階的に引き上げること、その使途については法律で全額年金、医療、介護、少子化対策の社会保障4経費に充てることを明確にし、会計上も予算等において使途を明確化することで社会保障財源化することとされた。
95-NO-17-00 閣議決定. 社会保障・税一体改革大綱について. 2012年(平成24年)2月17日.
また消費税の税率構造については、今回の改革においては単一税率を維持することが明示された。他方、消費税率引上げに伴う低所得者対策に関しては、「今般の一体改革において盛り込まれた社会保障の機能強化の一環として、低所得者への年金加算、介護保険料・国民健康保険料の軽減措置等、きめ細かな機能強化策を着実に実施する」ことに加え、「所得の少ない家計ほど、食料品向けを含めた消費支出の割合が高いために、消費税負担率も高くなるという、いわゆる逆進性の問題も踏まえ、2015年度以降の番号制度の本格稼動・定着後の実施を念頭に、関連する社会保障制度の見直しや所得控除の抜本的な整理とあわせ、総合合算制度や給付付き税額控除等、再分配に関する総合的な施策を導入する」(下線筆者)とし、これらの再分配に関する総合的な施策の実現までの間の暫定的、臨時的措置として、「社会保障の機能強化との関係も踏まえつつ、給付の開始時期、対象範囲、基準となる所得の考え方、財源の問題、執行面での対応可能性等について検討を行い、簡素な給付措置を実施する」との方針が示された。
この他、中小事業者の事務負担への配慮から、事業者免税点制度等の中小特例制度の維持、その上で、消費税制度に対する信頼を確保するための見直しを行うこととされた。
あわせて、税率の引上げが段階的に行われることも踏まえ、事業者が円滑かつ適正な転嫁を行えるよう徹底した対策を講じていくこと、医療や住宅などの検討すべき事項についても考え方の方向性が示された。
消費税率の引上げと経済との関係については、先述の民主党における議論を踏まえ、「法律成立後、引上げにあたっての経済状況の判断を行うとともに、経済財政状況の激変にも柔軟に対応できるよう、消費税率引上げ実施前に「経済状況の好転」について、名目・実質成長率、物価動向など、種々の経済指標を確認し、経済状況等を総合的に勘案した上で、引上げの停止を含め所要の措置を講ずるものとする旨の規定を設ける」(下線筆者)こととされた。
さらに、所得税や資産税(相続税)の見直しについても、一定の方向性が記述された。
大綱合意後の平成24年(2012年)2月27日、衆議院予算委員会で参考人質疑が行われ、筆者は参考人として出席、意見陳述を行った。大綱のスキームに対して一定の評価を加えつつ、1)低所得者対策としての給付付き税額控除導入とその意義、2)番号制度導入の必要性、3)私的年金制度の充実と日本版IRAの提言の3つを主張した。
給付付き税額控除と番号制度については、その後民主党で検討され、低所得者対策として法律に書きこまれることになる。また番号制度については、2016年6月30日に「社会保障・税番号税制改正大綱」が民主党として決定されるが、再びの政権交代があり、立法化されるのは自民党政権下となる。
95-NO-17-01 第180回国会衆議院予算委員会会議録第16号. 2012年(平成24年)2月27日.
3月半ばから、大綱を法律案に取りまとめるための合同総会方式での与党事前審査が始まった。その際にも、民主党内の意思決定メカニズムの不備が露呈し、党内で様々な議論が行われ、なかなか合意形成ができなかった。「のべ8日間、約46時間のマラソン審議の末[1]」、3月28日未明に前原民主党政策調査会長の一任で押し切り、ようやく素案の党議決定にこぎつけた。
以降、小沢グループとの全面対決、民主党分裂へとつながっていく。
[1] 清水真人『財務省と政治』(中公新書、2015年)