【第一次小泉内閣】 ・前編:概論、平成13年4月26日~12月31日 ・中編:平成14年1月1日~12月31日 ・後編:平成15年1月1日~11月19日 |
概論
平成13年(2001年)4月26日に誕生した小泉政権は、80%台の高い支持率によって国民から歓迎された。小泉政権は、「聖域なき構造改革」を前面に打ち出し、消費税については、在任中に税率の引上げには消極的であった。もっとも正式に消費税率引き上げを行わないと公言したのは、平成15年(2003年)9月22日の第二次内閣改造後の記者会見で、「私は長くてもあと3年間です。3年間の間に消費税を上げる環境にはないと思っております。」と発言した。これは、財務省にとって、消費税議論に「一定の枠」をはめられたものと受け止められた。[1]
一方、党内では与謝野馨氏を中心とする「財政健全派」による、社会保障財源確保のための消費税率引き上げについての議論があり、竹中平蔵経済財政政策担当大臣や中川秀直自民党幹事長などの「上げ潮派」と、活発な財政政策を巡る政策議論が行われた時代でもある。
それは、小泉総理が、財政健全化に向けての政策や消費税率を巡る議論については、自由闊達に行うことを許容したからである。あるべき税制に向けての議論が、党内や政府部内で、議論の主導権争いも含めて積極的に行われた。
これらの政策についての議論の場は、橋本行革で設立された経済財政諮問会議である。筆者はこの時代、財務省財務総合政策研究所に勤務をしていたが、不良債権処理方法の是非、デフレの研究などの議論が、経済財政諮問会議から政府全体に広がっていくことを肌で感じた。そもそもこの場は、「内閣総理大臣の諮問に応じて経済全般の運営の基本方針、財政運営の基本、予算編成の基本方針その他の経済財政政策に関する重要事項について調査審議する」ということで設立されたものである。森内閣時代は、総理のリーダーシップやコミットメントが十分でなく、諮問会議での議論は低調であったが、小泉内閣に変わり、担当大臣として竹中平蔵氏が就任、これまで財務省が独占していた予算編成の官邸主導を目指した。象徴的なのは予算編成プロセスの改革で、6月に閣議決定する経済財政運営と構造改革に関する基本方針に基づき各年の予算編成が行われることとなった[2]。
そしてこの論考のメインテーマである消費税を巡る議論についても、これまでの政府税制調査会と党税制調査会の2本立て体制(政府税制調査会は税制の理論を論じ、党税制調査会は実際の税制を決定するとの役割分担のもとで、財務省主税局がその間をつなぐ仕組み)から、経済財政諮問会議が議論に加わることによって、議論が複雑化、活性化、主導権争いという意味で政治化していったのである。また、今日の安倍政権とは異なる、自由な議論の時代でもあった。
高い国民支持率の下で5年半続いた小泉時代だが、政策のプライオリティーは郵政民営化と不良債権処理にあり、また前述のように一定の枠がはめられていたため、税制改正の具体的な道筋を示すというところまでは至らなかった。この点、社会保障・税一体改革への前さばきを行った時代という評価がある一方で、高い国民的人気と経済回復を背景に、安定政権での消費増税のチャンスが高かったにもかかわらず「逃避した」というネガティブな評価もある。[3]
第一次~第三次小泉内閣の税制議論について、第一次内閣から順に、資料とともに詳細に見ていくこととしたい。
第一次小泉内閣
平成13年(2001年)4月26日~12月31日
小泉総理は就任後の内閣総理大臣所信表明演説(平成13年(2001年)5月7日)で、「経済・財政の構造改革―構造改革なくして景気回復なし」というフレーズを掲げ、三つの経済・財政構造改革の断行を宣言した。第一は不良債権の最終処理、第二は競争的な経済システムのための構造改革、第三は財政構造の改革である。
演説では財政構造改革について、「我が国は巨額の財政赤字を抱えています。この状況を改善し、二十一世紀にふさわしい、簡素で効率的な政府を作ることが財政構造改革の目的です。私は、この構造改革を二段階で実施します。まず、平成十四年度予算では、財政健全化の第一歩として、国債発行を三十兆円以下に抑えることを目標とします。また、歳出の徹底した見直しに努めてまいります。その後、持続可能な財政バランスを実現するため、例えば、過去の借金の元利払い以外の歳出は、新たな借金に頼らないことを次の目標とするなど、本格的財政再建に取り組んでまいります。」とした。その上で、「私が主宰する経済財政諮問会議では6月を目途に、今後の経済財政運営や経済社会の構造改革に関する基本方針を作成する」と約束した。
以後小泉内閣の経済・財政政策運営や議論は、平成13年(2001年)1からの中央省庁再編により誕生した経済財政諮問会議(以下、「諮問会議」)の場に移っていく。発足した森喜朗内閣時代にはほとんど活用されなかった諮問会議が、小泉時代には、経済・財政政策を巡る議論の主戦場に躍り出たのである。
就任後最初の諮問会議は平成13年(2001年)5月18日に開催された。5月31日に提出された「今後の経済財政運営及び経済社会の構造改革に関する基本方針」には、財政構造改革について、持続可能な財政バランスの実現、一般会計・特別会計を通じた歳出の徹底的な見直し、公的サービスの水準とそれを賄うに足る国民負担のあり方の検討の3項目が書かれていた。
一方政府税制調査会は、小泉総理就任後の平成13年(2001年)6月15日、石弘光税制調査会会長の談話という形で「今後の税制のあり方」を公表した(87-KO-01-00)。この中では、税制調査会における望ましい税制の構築に向けての検討、望ましい税制の構築として「ありうべき Tax Mix」の姿などが項目に並び、さらに今後の議論を小委員会で進めることが書かれていた。
事前に財務省と総理の打ち合わせの上での談話だが、財務省としては、消費税議論を行うことについてお墨付きを得たということでもある。実際、第19回参議院議員選挙(平成13年(2001年)7月29日)後の9月から、政府税制調査会の基礎小委員会で中期答申のための議論が開始された。中期答申というのは、3年ごとの税制調査会委員の任期に合わせて、わが国の中期的な税制の姿を描くもので、「ありうべきTax Mix」の姿として、消費税についても議論されることとなる。
87-KO-01-00 石弘光. 今後の税制のあり方. 平成13(2001)年6月15日.
平成13年(2001年)6月26日の経済財政諮問会議(第11回)では、「今後の経済財政運営及び経済社会の構造改革に関する基本方針」(87-KO-02-00)が了承され、閣議決定された。そこには、経済財政の中期見通しと政策プロセスの改革として、1.中期的な経済財政の展望、2.中期的な経済財政計画の策定と予算編成プロセスの刷新、3.改革を通じる中期目標(プライマリーバランス(以下、「PB」)等)の達咸、4.政策プロセスの改革が記載された。
87-KO-02-00 今後の経済財政運営及び経済社会の構造改革に関する基本方針(抜粋). 平成13(2001)年6月26日.
来年度予算編成が迫る中、11月26日に開催された諮問会議で小泉総理は「税制改革のあるべき姿を本格的に半年か10か月かけてやるべき。来年やりたい。消費税以外にもやるべき改革はたくさんある。」旨の発言をし、自ら税制改革の議論を行うことを奨励し、以後税制についても諮問会議で多様な議論が行われることとなった。竹中氏の著作[4]によると、先立つ11月18日、総理・官房長官・民間議員などが参加する夕食会の場で、総理から税制改革を取り上げるよう明確な指示があったということである。
税制の議論は、予算に合わせて毎年暮れに収束していく。12月13日の政府税制調査会答申は、「7月に設置した基礎問題小委員会においては、総会との連携を図りながら、租税特別措置等の見直しなど当面の課題について検討を行うとともに、現在、来るべき抜本的な税制改革に向けて、中長期的な税制のあり方について検討を進めている。」と記述し、望ましい税制の構築に向け、議論は継続していることを示した。具体的には以下のように記述している。
公的サービスの水準が上昇傾向にある一方、租税負担を含む国民負担が低水準に留まっている結果、歳出と歳入のギャップが拡大傾向にある。現在、明らかに租税の果たすべき公的サービスの財源調達機能は極めて不十分な状態に置かれている。21世紀のあるべき経済社会を展望し、租税は公的サービスを賄うのに十分な財源を国民皆が広く公平に分かち合うものであることを改めて認識した上で、少子・高齢化、国際化・情報化、ライフスタイルの多様化など、経済社会の構造変化と調和のとれた望ましい税制の構築に向けて、税制全般にわたる抜本的な改革が必要となると考える。
こうした点を踏まえ、現在、基礎問題小委員会において、現行税制の歪みや不公平と指摘されている点について、理論的・基礎的検討を行っている。公正で活力ある社会を実現していくため、構造改革の一環として、公平・中立・簡素といった租税の基本原則に則った望ましい税制の構築に向けて、今後、速やかに議論を進めることとする。
また12月14日には与党(自民党、公明党、保守党)の平成14年度税制改正大綱が決定された。本文の最後である「検討事項」に、以下のように記述された。「今後の税制における消費税の重要性にかんがみ、制度に対する国民の信頼を高める観点から、今後、消費税全体の見直しを行う際に、納税者の事務負担にも配慮しつつ、中小特例措置、インボイス方式、申告納付制度のあり方などについて検討を行うとともに、消費者の便宜を図る観点から、総額表示の普及に取り組む」(87-KO-03-00)。財務省としては、消費税率の引上げに備えて消費税の信頼を高める改正を前広に行うことが検討事項として明記されたという点で、一歩前進といえよう。
87-KO-03-00 自由民主党, 公明党, 保守党. 平成14年度税制改正大綱(抄). 平成13(2001)年12月14日.
このように小泉内閣一年目は、財務省にとって、税制改革に向けての議論の自由度を確保しつつ、増税に向けての前広な準備も可能になったという点において、まずまずの滑り出しということができよう。
[1] 福田進・元主税局長口述記録では小泉総理の発言を「制約条件」という表現を使って認識している。
[2] 竹中平蔵『構造改革の真実』(日本経済新聞社、2006年)に詳しい。
[3] 石弘光「平成経済の証言 石弘光その3」(『週刊東洋経済』2008年2月24日号)
[4] 竹中(2006)、前掲書