【第一次小泉内閣】 ・前編:概論、平成13年4月26日~12月31日 ・中編:平成14年1月1日~12月31日 ・後編:平成15年1月1日~11月19日 |
第一次小泉内閣
平成14年(2002年)1月1日~12月31日
年が明け、平成14年(2002年)1月14日、「構造改革と経済財政の中期展望について」(以下、「改革と展望01」)(87-KO-04-00)が公表された。「改革と展望01」は、これまで経済企画庁が作成していた中期経済計画と、大蔵省が機械的計算として公表していた「財政の中期展望」を一体化したもので、竹中大臣の「マクロ経済運営の枠組みを抜本的に変えたい」という強い要望からできたものである[1]。
87-KO-04-00 構造改革と経済財政の中期展望について(抄):閣議決定. 平成14(2002)年1月25日.
この中で、「団塊世代が年金受給開始年齢になる2010年代初めまでにプライマリーバランス(以下、原文中の表記を除き「PB」)を黒字化すること」を財政目標と掲げ、規制緩和・経済構造改革による経済成長と歳出改革を進めていくことが初めて明記された。
PBについては、「単年度の借金関連以外の財政収支、具体的には、『歳出から公債利払費や償還費を除いた支出』と『歳入から公債金収入を除いた収入』についての財政収支のことをいいます。(中略)つまり、直接国民のために使われる支出と、国民が納める税金などからの収入のバランスを意味します。これは国民が現在、負担している税金の額を大きく上回る行政サービスを受け、将来の世代に負担を転嫁していることを示しています。
プライマリーバランスを均衡させることにより、長期金利と名目経済成長率が等しい場合、公債残高は対比で見て一定に保たれ、財政は中長期的に持続可能であるとされています。しかし、現状のように長期金利が経済成長率を上回っている場合、つまり、国債の元本と利子の合計がGDP以上のスピードで増える状況において、債務残高の対GDP比を持続可能な水準に止めるためには、プライマリーバランスを黒字化することが必要なのです。」と説明された。[2]
政府の文章に初めて入ったPBだが、この黒字化が今日まで財政目標の最も重要な指標となっている。そして黒字化の程度、手段を巡って、成長率と金利論争など経済学者や政治家、財務省などが今後激しい議論を展開していくことになる。
一方税制改革に関する記述は、やや抽象的である。21 世紀にふさわしい税制と題して、「税制は政府活動のための財源を調達する基本的な仕組みであり、持続可能な財政の確立に向けて、経済の市場化、国際化、少子化・高齢化という観点から、貯蓄・消費行動、投資・起業行動、労働供給・就業形態に対する誘因をも考慮しつつ、公平・中立・簡素の原則を踏まえた税制改革を行っていく必要がある。その際、所得、消費、資産等の適切な課税ベースの選択、できるだけ広い課税ベースの確保、政策目的に対して有効な政策手段であるかの検証等、幅広く税制を見直していくことが不可欠である。」と抑制的な記述に終わっている。
以降、予算編成において、「改革と展望」を1月に、後述する「経済財政運営と構造改革に関する基本方針」を6月に公表し、それに基づき予算編成を行い、翌年1月に「改革と展望」の改定をするというプロセスが正式に認知された。また経済財政諮問会議(以下、「諮問会議」)については、民間議員ペーパー、大臣取りまとめ、総理指示という形で議論が霞が関に伝達される流れが定着した。
このような予算編成に向けての新たな議論の場と流れについては、「官邸主導」、「2001年体制」などとわが国の意思決定が大きく変わったとの指摘がなされている。予算権限を奪われることになる財務省は強く反対したとの見方もあるが、筆者の実感としては、財務省として、新たな意思決定メカニズム、手法が、これまでの政・官・財の三位一体からなるいわゆる55年体制に代わるものであれば評価すべきだ、という意見も多かったように感じている。一方、事前に党とのすり合わせを行わない議論が、最終的にどこまで実現可能性を持つものなのか、結局財務省の年末の査定段階で、根回し不足として暗礁に乗り上げるのではないかという疑心暗鬼の見方もあった。
平成14年(2002年)3月8日の諮問会議において、石弘光氏と本間正明氏による有名な「石・本間論争」があった(87-KO-05-00)。租税の原則をめぐり、「公平・中立・簡素」(石一橋大学教授)か「公平・活力・簡素」(本間大阪大学教授)かという議論が行われた。背後には、経済活性化の手段として法人税の税率そのものの引き下げを行うのか(本間)、投資減税など租税特別措置の活用で対応すべきか(石)についての考え方の相違があった。結局は、後述するように1兆円の先行減税という形で投資減税の拡充などによる法人税改正が行われることになる。筆者の実感では、税制の分野に諮問会議が参入し、法人税率の引下げという税制の大改革を仕掛けてきたことへの財務省の反発も背後に見受けられた。
87-KO-05-00 経済財政諮問会議議事録(平成14年第6回). 平成14(2002)年3月8日.
消費税の将来を巡る議論について、極めて重要な出来事があった。5月17日、小泉総理が、政府税制調査会石会長らとの会食で、自らの在任中は消費税率を引き上げないことを明言したということである。この段階で、消費増税を含む税制改革は平成19年度(2007年度)以降になるということが事実上固まった。
6月7日の諮問会議では、「今次税制改革については、先ず第1に、「包括的かつ抜本的な税制改革」とする必要がある。この税制改革には、平成15年度から着手し、「改革と展望」の期間内(18年度まで)に完了することとしたい。」との「内閣総理大臣指示」(87-KO-08-00)が行われた。また、「財源なくして減税なし」を基本とすること、税制改革の財源は、原則として国債に依存しないこと、税制改革は歳出改革と一体となって行い、財政収支を中期的に改善していくという指示も行われた。これは安易な減税を封じる効果があった。
87-KO-08-00 経済財政諮問会議. 内閣総理大臣指示. 平成14(2002)年6月7日.
その後平成14年(2002年)6月25日に閣議決定された「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2002」(以降、骨太の方針2002)には、「減税先行」「多年度税収中立」と記述された。「多年度税収中立」という言葉には、減税先行を認めるという意味があり、後述の法人税につながっていく。
一方で、消費増税を含む望ましい税制についての議論は、総理の要請を受けて加速した。税制調査会における内閣総理大臣発言につながり(87-KO-0)、平成14年(2002年)6月の以下の内容の「あるべき税制の構築に向けて基本方針」となった。
87-KO-06-00 政府税制調査会. あるべき税制の構築に向けた基本方針(抄). 平成14(2002)年6月.
「消費税については、世代間の公平の確保、経済社会の活力の発揮等の観点から、今後、その役割を高めていく必要がある。制度に対する国民の信頼感を高めるべく適正化を図り、税率水準の見直しを図ることが課題である」として、「所得・消費・資産等の間でバランスのとれた税体系に配意しつつ、21 世紀初頭において国民皆が広く公平に負担を分かち合う観点からあるべき税制を構築し、持続的な経済社会の 活性化を実現していくことが課題」とされた。これは、中長期な観点から消費税を含む抜本税制改革の必要性を示すものと理解された。さらに11月の「平成15年度における税制改革についての答申―あるべき税制の構築に向けて―」につながっていく。
同時に総理指示として、「平成15年度改正において検討すべき主な事項5項目」が示された。平成15年度税制改正から、所得・消費・資産等の各税法を一本化して改正する形がとられ、配偶者特別控除の上乗せ部分の廃止、消費税の中小事業者特例の見直しや総額表示への変更、相続税等の税率構造の見直し、所得税から個人住民税への税源移譲を始め消費税を含む抜本税制改革に向けた取組が進められた。消費税制度の見直しは、国民の消費税制度への信頼を高めるという意義を持っており、財務省としては将来の消費増税の布石ととらえられていた。
諮問会議は6月25日、骨太の方針2002(87-KO-09-00)を決定した。
87-KO-09-00 「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2002」について(抜粋): 閣議決定. 平成14(2002)年6月25日.
骨太の方針2002には、税制改革の進め方として以下のように記述された。
(1)<はじめに>で述べた理念に基づく今次税制改革は、2003年度に着手し、“広く薄く”等の理念の下、本格的かつ構造的な税制改革に取り組むとの考え方に立ち、可能なものから順次実施し、「改革と展望」の期間内(~2006年度)に完了させることを目指す。なお、時限的な政策税制を行う場合も、税制改革全体との整合性を保つことが重要である。
(2)また、現在の厳しい財政状況をふまえて、税制改革は「改革と展望」に基づき、財政規律を重視しながら行うこととし、税制改革の財源は、原則として国債には依存しない。
(3)「改革と展望」の期間内に、国と地方双方が歳出削減努力を積み重ねつつ必要な行政サービス、歳出水準を見極め、また経済活性化の進展状況および財政事情を踏まえ、必要な税制上の措置を判断する。
(4)「改革と展望」に基づき、2010年代初頭に国と地方を合わせたプライマリーバランスを黒字化させることを目指す。そして、将来にわたって国民負担率の上昇を抑制することを目指す。
この当時の政権の経済政策のプライオリティーは、不良債権処理の問題と経済のデフレ化懸念への対応の2つであり、財政再建を進めることについての重要性は認識されつつも、消費税増税の必要性、タイミングなど具体的な議論はなされなかった。つまり税制の議論は、経済活性化のための法人税を中心とする先行減税に終始した。
平成14年(2002年)8月2日の諮問会議、引き続く10月17日の諮問会議で、「多年度税収中立の下で、1兆円の先行減税を一括法で」行うことが決まった。「デフレ圧力の緩和に向け、1兆円を超える、できる限りの規模、目途としては 2.5 兆円を超えるような先行減税を実施する必要がある。法人の税負担軽減を通じた企業活動の活発化、土地、証券等の資産取引の活性化等を目指す。また、不良債権処理の加速に合わせ、不良債権の無税償却基準の緩和や欠損金の繰越期間の延長及び繰戻しの凍結解除と期間延長を行うことも考えるべきだ」とされた。
87-KO-12-00 経済財政諮問会議. 「税制改革の全体像」. 平成14年10月17日.
一方、あるべき税制の議論は淡々と進み、9月3日、「税制調査会中間整理」(87-KO-10-00)、「税についての対話集会のまとめ」(87-KO-11-00)が行われ、それを踏まえて11月に中期答申(87-KO-13-00)が公表された。
87-KO-10-00 政府税制調査会. 「あるべき税制」の実現に向けた議論の中間整理(抄)~総理指示5項目を中心に「対話集会」を踏まえて~. 平成14(2002)年9月3日.
87-KO-11-00 政府税制調査会.「税についての対話集会」のまとめ. 平成14(2002)年9月3日.
87-KO-13-00 政府税制調査会. 平成15年度における税制改革についての答申(抄)― あるべき税制の構築に向けて―. 平成14(2002)年11月.
年度改正として、平成14年(2002年)12月13日 平成15年度税制改正大綱が策定され、先行減税などが決定された(87-KO-14-00)。
87-KO-14-00 自由民主党, 公明党, 保守党. 平成15年度税制改正大綱(抄). 平成14(2002)年12月13日.
また消費税は、中小事業者への特例措置があり、それが国民から「益税」という批判を招いていた。そこで、消費税に対する国民の信頼度を上げるためには所要の消費税法改正を行うことが必要という認識で、平成15年度改正で、消費増税の前に必要な消費税に対する信頼度を上げる消費税法の改正が行われた(87-KO-16-00)。
平成15年度 消費税改正の概要(平成16年4月1日以後開始する課税期間から適用)
1 中小事業者に対する特例措置
(1) 事業者免税点制度の適用上限が1,000万円(改正前3,000万円)に引き下げられた。
(2) 簡易課税制度の適用上限が5,000万円(改正前2億円)に引き下げられた。
これにより免税事業者は、個人・法人合計で、361万9,000者から231万4,000者に減少する。簡易申告者も106万3,000者から56万5,000者に減少すると見込まれた。
2 中間申告制度
直前の課税期間の年税額が、4,800万円(地方消費税込6,000万円)を超える事業者は、中間申告納付(原則として、前年確定税額の12分の1)を毎月(行わなければならないこととされた。
3 総額表示の義務付け
課税事業者が取引の相手方である消費者に対して商品等の販売、役務の提供等の取引を行うに際し、あらかじめその取引価格を表示する場合には、消費税額(含む地方消費税額)を含めた価格(総額)を表示することが義務付けられた。
87-KO-16-00 国税庁. 平成15年度消費税改正の概要. 平成15(2003)年4月.
[1] 竹中平蔵『構造改革の真実』(日本経済新聞社、2006年)
[2] 小泉内閣メールマガジン第55号(平成14年(2002年)7月18日配信)