内閣府が1月30日の諮問会議で、プライマリーバランス(基礎的財政収支)の改訂試算を公表した。わが国の最も重要な財政目標であり、毎年2回の改定はこれまで大きな注目をあびてきた。
今回も日経新聞などマスコミは、それなりに報道をしたが、報道の中心は、「非現実的」な内閣府の試算そのものに充てられている。
ではなぜ、わが国の(事実上唯一の)財政目標である、プライマリーバランス黒字化に注目が集まらなくなったのだろうか。筆者はその原因は以下の2つであると考えている。
第1に、昨年、プライマリー黒字化の目標達成年度を、2020年度から2025年度に5年延期したため、「遠い目標」になってしまったことである。さらに言えば、5年目標を延期しても、国債マーケット(長期金利)などに大きな影響がなかったことも背景にある。
第2に、ベースとなる内閣府の経済試算が、あまりに非現実的で、改定のたびに現実に合わせる下方修正が行われるなど、国民の信用する推計になっていないということである。つまり、政権に都合のよい「恣意的な」経済推計が行われているので、今回の改定でプライマリー黒字化が前回試算より1年早まる(目標からは1年遅れる)といっても、それがどの程度の意義を持つことなのか測りかねるということでもある。
成長実現ケースの内容を見てみよう。今回の改定では、わが国の潜在成長率が17年度、18年度1%であるのに、21年度から一気に1.8%に上昇し、その後2%程度の成長が続くという内容になっている。その根拠はITの活用・普及というが、潜在成長率を2倍にするほど効果があるのだろうか、という疑問がわく。
図表
この内閣府推計は単に財政目標に活用されるだけではない。5年ごとに行われ、本年がその年である、年金財政検証にもそのまま使われる。つまり年金分野においても、甘い見通しを基づいた検証が行われることになるわけで、国民の正直な議論を妨げるという大きな影響を及ぼす。
このような恣意的な推計を公表することは、さまざまなエコノミストや学者が主張してきた(そして賛同が増えつつある)「独立財政機関」(IFI: Independent Fiscal Institution)の設立の必要性を広く認識させるという効果を持つ。
欧米を中心に多くのOECD諸国は、健全な財政運営を議論するために、政府から独立した機関(国会や会計検査院などの権能として)が客観的なデータに基づいて経済を分析する「独立財政機関」を持っている。
わが国でもたびたび必要性が主張されるが実現しない。その理由は、「財務省が反対する」ということのようだ。しかし本当だろうか。
筆者の感覚としては、財務省が省益としてではなく国益として反対するのは、歳出予算と歳入予算の分離である。双方が分離されることになれば、予算編成は安易な歳出増加圧力にさらされることになる。筆者もこれだけは守らなければならないと考えている。
しかし安倍政権の下での内閣府のように、楽観的な推計とそれに基づいた財政目標を作ることは、財政再建にとってはマイナスなわけで、財務省にとっても「本意ではない」のではないか。これまで逃げ水のようにプライマリーバランス黒字化は先送りされてきたわけで、それは財務省にとっても「苦い思い出」のはずだ。
こう考えれば、財政政策に影響を及ぼす中立的な「独立財政機関」の設立の前に、まずは、経済の中長期の推計を専門とする中立で独立した機関、例えば独立経済推計機関のようなものを、政府から独立した形で作ることから始めていってはどうだろうか。国民の将来を左右する経済や財政がどうなるのかは国民の最大の関心事である。この点について、政府・政権から独立した機関を作ることは多くの国民から賛同が得られるのではないか。
おそらく反対するのは、安倍官邸とその周りで経済を恣意的に判断する取り巻きだけだろう。