1 預貯金口座へ付番の声
国民全員への10万円の給付金(特別定額給付金)が遅れ、マスコミや国民から不満の声が広がっている。
その原因は、本来スムーズに申請できるはずのマイナンバーカードを使ったオンライン申請システムの不備などもあるが、給付金を受け取る国民の預貯金口座のチェック(本人確認、口座の誤記の有無など)に時間がかかるという点にある。
諸外国では基本的に国民と国税当局が個人番号(マイナンバー)を通じて直接オンラインで結ばれており、口座情報も紐づけされているので、新型コロナへの対応は、素早く給付されている。一方わが国では番号と口座情報の紐づけは行われていない。そこでわが国でも、預貯金口座を番号(マイナンバー)と紐づけること(口座付番)が課題として浮かび上がった。
自民党政務調査会マイナンバープロジェクトチーム(PT)は、「マイナンバー制度等の活用方策についての提言」を取りまとめ、緊急時等の給付事務においてマイナンバーを利用できるようにすること、本人同意を前提に一人一つの給付金等の振込口座をマイナンバー付きでマイナポータルに登録・管理できるようにすることなどを内容とする「緊急時給付迅速化法」を議員立法として提出するという。
パッチワーク感が否めない内容だが、口座付番を政治のイニシアティブで取り上げたことは評価したい。
口座への付番は、番号導入以来長く議論されてきたが、なかなか実現しない問題である。本稿では、議論の経緯を振り返りつつ、それを取り巻く利害関係者の議論を解説してみたい。
2 口座付番を巡るこれまでの議論
2016年1月から始まった番号制度だが、制度の骨子となる「社会保障・税番号大綱」は、民主党政権時代の2011年6月に政府・与党社会保障改革検討本部で決定された。
そこには番号制度導入の理念として、①より公平・公正な社会の実現、②社会保障がきめ細やかかつ的確に行われる社会の実現と明記されている。また番号制度でできることとして、①よりきめ細やかな社会保障給付の実現、②所得把握の精度の向上等の実現などが書かれている。
一方、番号の利用範囲については、国民のプライバシーなどへの懸念に配慮して、法律で税・社会保障に絞るとともに、戸籍事務、旅券事務、預貯金付番など5分野については、法律の施行後3年を目途として適用範囲の見直しを行うこととされた。いわゆる3年後見直しと呼ばれるものである。
口座付番について継続的に検討された結果、2018年1月から番号法を改正して、預貯金者への番号告知義務付けを行わない形で実施されることとなった。預貯金者が新規口座開設や住所変更などで窓口を訪れる際、金融機関が付番の是非について問うという対応になった。これが「任意」の口座付番と呼ばれるものだ。
その上で金融機関は、税務当局からの照会に対し、預貯金情報を番号で検索可能な状態で管理するよう義務付けされることとなった。預金者に義務付けをしないので、付番は遅々として進んでいないのが実態だ。
3 皆見合わせ
このような経緯のある口座付番だが、関係者の思惑を筆者なりに分析すると以下のようになる。
当事者の国民は、国(税務当局など)に自分の口座情報を知られたくないという根強い思いがある。なかでも個人事業者は、ストック情報からフローの所得が推測できるので、本音では付番には消極的だ。
しかし口座に付番したからといって、国が個人の口座内容を勝手に見ることができるわけではない。逆に、税務調査の必要上、税務当局が個人の口座内容を見ることは、付番の有無にかかわらず可能である。
もう一方の当事者である金融機関だが、8億とも10億ともいわれている口座に付番することは、莫大なコストと手間がかかる。とりわけ休眠口座を探し出し付番することは無理だろう。いずれにしても超金融緩和で収益の低迷している金融機関にとって、付番コストの負担は避けたいところだ。
金融機関を監督する金融庁も、経営弱体化している金融機関に付番を押し付けることはやりたくない。
付番を望むのは、税務当局だ。口座情報は、所得税調査だけでなく、相続税調査にも役に立つ。まさに適正・公平な課税のためだ。しかし自らが前面に立って口座付番を唱えれば、徴税国家との批判を招き逆効果になりかねない。また利子所得への課税は、源泉分離課税(名義を問わず利子の支払い時に20%を源泉徴収する制度)なので、税の取漏れはない。
このように口座付番の関係者に、口座付番に向けての熱意は見られない。
最後に、口座付番を推し進める役割を担う総務省や内閣官房、さらに政治は、国民の反発を買いたくないので、打って出る気はない。関係者皆がにらみ合っている。これが現状である。
4 口座付番のメリット
口座付番のメリットは何だろうか。
第1に、所得税、相続税の把握の精度を向上させることである。これは、番号制度の導入目的の一つである「適正・公平な課税」に必要なことであり、本来国にとって極めて重要なことである。
次に、社会保障においても、所得(フロー)基準で決められている社会保障給付や負担を、預貯金残高(ストック)の情報も加味して決めることができれば、国民の公平感は増す。番号制度の導入理由である「社会保障給付・負担の公平化・効率化」に資する。
このように、口座と番号の紐づけは、番号制度の導入理由そのものといえる。諸外国の例を見ると、利子所得が番号で税務当局に報告される制度となっている。これは銀行口座と番号が紐づけされていることを意味している。口座と結びついていない番号制度はわが国だけではないだろうか。
表 諸外国の番号制度と資料情報制度(個人)
(出所)OECD Tax Administration in OECD and Selected Non-OECD Countries:Comparative Information Seriesなどに基づき筆者が作成
5 預金保険機構を活用してはどうか
口座付番を効率的に行う方法がある。それは、すでに番号で預金情報の提供を求めることが認められている預金保険機構を活用することである。
法律で義務付けられていたが罰則がなく告知が進まず、証券口座の付番が遅れていたが、ほふり(証券保管振替機構)が直接、住基ネットから顧客の個人番号をまとめて取得し、証券会社や株式等の発行者(企業)に提供できる仕組みが2020年4月から導入された。
この例にならい、2018年の改正で番号の利用が認められた預金保険機構を活用すれば金融機関のコストはかからず一気に進めることができるのではないだろうか。
口座付番は、政治が逃げてきた問題である。今回コロナ禍で判明したのは、わが国の番号制度が、システムも含めて極めて不備であるということだ。口座情報とマイナンバーが結びつくことのメリットが認識されたこのチャンスに、口座付番について国民的な議論を始めてもらいたい。
そのためには国・政治が、口座付番の必要性、つまり「適正・公平な課税」と「社会保障給付・負担の公平化・効率化」の重要性について国民にきちんと説明する必要がある。
その際には、国が国民全員の口座情報を見ることができるというような誤解について丁寧に説明し、透明性のある運営ができるよう個人情報保護の整備も進めるとともに、政府の様々な課題に対する対応ぶりを見直し、国民からの信頼度を高めることが必要なことは言うまでもない。