デジタル経済のもたらず課税上の困難に対応し、市場国で多国籍企業の利益に課税することを可能にするための議論がOECD(経済協力開発機構)・G20で進展している。一方、国際的な合意を待たずに、独自の課税措置として「デジタルサービス税」(Digital Service Tax)を導入する動きが欧州からアジアや南米にも広がっているようだ。こうした中、2020年6月2日、アメリカ合衆国通商代表部(USTR)は、英国ほか9か国の「デジタルサービス税」は米企業を狙い撃ちにすることを企図したものであるとして、通商法301条に基づく調査を開始した。
表1: USTRが調査の対象として名指しした国・地域(2020年6月)
(注)USTR資料ではEU委員会はデジタルサービス税を検討中と記述されている。EU委の資料(COM(2020)442final 15頁)はOECD・G20主導による国際合意に基づく課税案を積極に支持すると述べている。ただし、国際合意がなければ行動すると付言している。
2018~2020年にかけての米・中間での追加関税の応酬にみられたように、USTRの調査は二国間の深刻な貿易紛争につながる危険をはらむ。一方、OECD・G20における国際的な合意に基づくデジタル課税策(「新課税権」)の議論が本年末までの合意を目前に最終段階にある。
関税を用いた脅しによる二国間での解決と国際的協調による解決…これらはお互いに逆の方向を向いた動きに見える。本稿では、デジタルサービス税と新課税権の異同について整理し、各国の経験を踏まえて今後国際社会が打つべき手について考えてみる。
デジタルサービス税とは
デジタルサービス税の原型は、2018年3月の欧州委員会の提案(暫定的な解決策)に見出すことができる(その後アイルランドなど4か国の反対により廃案となっている)。この税の骨子は、①利益でなく売上(グロス)に対する間接税であること、②デジタル事業(オンライン広告やプラットフォームの提供)が対象であること、③全世界で7.5億ユーロ(960億円)かつ自国内でも数十億円の売上のある大企業に限定されていること、④3%ほどの低税率であること、などである。(後述「表2」参照)
デジタルサービス税が登場し、広まった理由は、ハモンド英財務相(当時)の予算演説(2018年10月)の次の一節に端的に示されている。
「税制は進化するビジネスモデルに追い付いていない。デジタルプラットフォーム事業者は莫大な価値を英国で生み出す一方、その事業に係る税の支払いを免れている。これを続けることはできないし公平でないことは明らかだ」。
税制がビジネスモデルに追いついていないというのは、法人税についての租税条約による縛りのことを指す。デジタル事業を行う多国籍企業は、売上先の顧客が存在する国(市場国)の支店や子会社を通じることなく、遠隔地(しばしばアイルランド等のタックスヘイブン)から事業を行い、利益をそこにためこむことができる。しかし、現在の租税条約の下で市場国が課税できる外国法人の利益は、自国内に課税根拠とされる支店や子会社があり、それらを通じて行った事業活動の分の金額に限られている。市場国の課税を可能にするためには国際課税ルールを変えなければならない。
一方、売上税(間接税)は租税条約の対象ではないので課税は禁止されない(ただし、自国企業も対象とすることで通商条約等に規定する内外無差別をクリアする必要がある)。デジタルサービス税が広がった大きな理由の一つである。
国際的な合意に基づく「新課税権」とは
一方、「新課税権」の骨子は、①利益(ネット)に対する法人税であること、②多国籍企業の連結利益の一定割合を各国の売上高に応じて市場国に定式的に配分することによる課税であること、②課税対象は、米国の主張を反映して、消費者向けビジネスに広げることによりデジタル企業狙い撃ちという色彩を排除していること、③対象は連結売上高7.5億ユーロ(960億円)以上、かつ利益率10%以上といった、大規模・高利益率の多国籍企業であること、といった点である。(後述「表2」参照)。
デジタルサービス税と新課税権の異同
デジタルサービス税と新課税権は、間接税か所得税か、グロス(総額)課税かネット(純額)課税か、対象がデジタル事業に限定されるか否か、といった点で大きな違いがある。しかし、大企業への限定や、売上に対する実効税負担率が数パーセントと低い点など、実質的に見れば類似点もある。両者の異同について表2に示す。
表2: デジタルサービス税と新課税権
国際社会の取るべき対応
関税による脅しは成功していない
USTRがデジタルサービス税に噛みついたのはこれが初めてではない。2019年7月にもフランスについて301条調査を開始した。12月に公表した報告書は、仏政府職員や議員の発言によれば米国企業を狙い撃ちするものであると示唆されていることや、高額の売上基準によって米国企業が集中的に対象となる一方で非米国企業が外れている、といった(やや間接的と思える)理由に基づき、米国のデジタル企業を差別的に扱うものと断じた上で、スパークリングワインをはじめとする24億ドルのフランス製品に100%の報復関税を課す提案を行った。
仏・ルメール財務相は、フランスが国内法のデジタルサービス税を撤回するとすれば、それは関税による報復のためではなく国際合意によると主張した。その後、2020年1月の米財務長官・仏財務相会談において、①フランスはデジタルサービス税の適用を2020年12月まで延期すること、②米国は報復関税発動を留保すること、③両国はOECDにおける課税議論を促進すること、に合意することで折り合っている(経済産業省「2020年版不公正貿易報告書」67頁)。
デジタルサービス税とWTOルール
デジタルサービス税は、WTO(世界貿易機関)のルールに抵触し、紛争処理手続きの対象となるだろうか。ポイントとなる点を検討してみる。
まず、租税条約が適用されるかを検討する。租税条約の対象となる事案はWTO紛争処理の対象外となる(GATS22条③)。租税条約の対象税目は、一般に、所得税、法人税及びこれらと実質的に類似の税である。デジタルサービス税は売上金額のみを考慮して事業者の所得を考慮しないので、法人税類似の税に該当せず、租税条約の適用はない(そもそも、租税条約が適用されれば、課税根拠となる支店や子会社を持たない外国企業へのデジタルサービス税の課税は禁止される)。
GATS(サービスの貿易に関する一般協定)は、“同様の(like)”外国事業者に自国の事業者より不利でない待遇を与える義務を規定する(GATS17条)。フランスのデジタルサービス税がこれに違反すると米国が言うためには、7.5億ユーロ以上という対象企業の線引きは、表面的には中立的だが、実質的には米国企業を差別的に扱っていると主張して認められる必要がある。USTR報告書(2019年12月2日26頁)は、フランスのデジタルサービス税の適用が見込まれる多国籍企業27社の内訳は、米系が17社、仏系が1社であり、差別的だと主張する(なお、日系は2社)。しかし、7.5億ユーロという金額はOECDがBEPS国別報告書提出基準として採用しているほか、OECD・G20の「新課税権」も採用すると見込まれる国際的に認知された基準でもある。悩ましい問題だが、これらを考え併せると、対象企業の多くが米系となることのみを根拠にWTO違反と結論することにはやや飛躍があるように思う。(確実な国際合意の達成こそが問題解決の近道)
国際協調による解決への期待
以上で述べたイギリスやフランスのエピソードから得られる示唆は、デジタルサービス税を導入した国も必ずしもそれがベストな選択ではないと考えており、独自の措置(デジタルサービス税)の撤回を実現する近道は国際合意であることだ。また、ムニューシン米財務長官は2019年12月3日のグリアOECD事務総長宛書簡で「各国は独自の措置をやめ、OECDで議論すべき」と訴えた。問題解決のヒントはここにもある。
英、仏、伊、スペインは、国際合意がある場合には自国のデジタルサービス税を取り下げる方針に言及してきている(このため、暫定的な措置ともいわれる)。しかし、新型コロナウイルス感染症対策のための財政措置を講じた各国にとって、いかなる税であれ財源としての意味は以前より増している。現に、インドネシアの電子取引税(2020年7月施行)はコロナ問題を受けて導入されたものだ。デジタル企業はコロナ禍による経済的ダメージが相対的に小さいことから、競争条件の平等や公平の確保といったこれまでの観点に加え、財源としてのデジタルサービス税(あるいは類似の税)が注目される可能性もある。ひとたびこうした動きが拡大すれば、各国に廃止を迫ることは困難になってしまう。
新たな緊張と国際合意の行方
ところがここへ来て国際合意の見通しを曇らせる事態に接した。6月17日の報道[1]によると、ムニューシン米財務長官は12日に仏、英、伊、スペインの財務大臣に書簡を送り、コロナ禍対応を理由に借りて国際的な議論の中断を提案したというのだ。4か国は直ちに連名で返簡を送り、「巨大テクノロジー企業に適正な課税を行うための国際合意を急ぐべき」と主張して欧州の団結を見せつけた。国際的な合意を急ぐべきだというのは、上で述べたように元々はムニューシン長官のセリフだ。ルメール仏財務相は「合意がなければ予定どおり来年からデジタルサービス税の徴収を開始する」と述べた。英国も同様の反応だ。
今回の米国の動きにより「あと数センチに迫った」(ルメール氏)国際合意が壊れる可能性はあるのだろうか。デジタルサービス税を阻止する決め手は国際合意の達成かWTOでの勝訴しかない。そのことを熟知しているムニューシン財務長官が先行きの見通しのない提案をせざるを得なかった背景には、USTRの調査開始との協調といった政権内の事情があったとしか推察できない。しかし、デジタル事業に課税できない現状が税制として不公平であることについては国際的なコンセンサスがあるのだから、国際合意による解決が図られなかった場合、各国(そして日本も)は次善の策としてデジタルサービス税の導入を検討すべきだろう。一方、米国も含めた国際合意達成のために、国際社会は米国が提案した新課税権を企業の選択制とする案[2]の採用に向けた検討をすべきだ。対象となるべき租税を免れている企業が選択しない場合には、執行の強化等の努力を通じて選択を促していく方法もある。
OECDのグリア事務総長は、6月19日に簡潔で力強い声明を出し、予定どおり2020年末までの国際合意に向けた議論の継続を訴え、この時期に貿易戦争を招く行為は経済や雇用を傷つけるだけだと呼び掛けた。コロナ禍がもたらした現実を受け入れるならば、国際合意を先延ばしすることは得策でなく、むしろ合意を急ぐべき段階にあったはずだ。濃密なオンライン会議をこなしている各国の税ポリシーメーカーには、そのための知恵と意欲、そして団結があると信じたい。
[1] Financial Times “US upends global digital tax plans after pulling out of talks with Europe” 2020年6月17日
[2] 岡直樹「OECDデジタル国際課税策の評価と合意可能性【下】BEPS」参照。
(参考)主要日程
(出所)OECD資料、各国資料より筆者作成
(注)DST:デジタルサービス税