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ポスト・コロナ、定額給付金を給付付き税額控除につなげ、デジタル・セーフティーネット構築を - 連載コラム「税の交差点」第76回
画像提供 共同通信イメージズ  2020年4月30日 令和2年度補正予算案が参議院で全会一致で可決

ポスト・コロナ、定額給付金を給付付き税額控除につなげ、デジタル・セーフティーネット構築を - 連載コラム「税の交差点」第76回

May 12, 2020

ポスト・コロナの社会思想

いまだ終息の兆しを見せぬ新型コロナウイルス問題だが、ポスト・コロナの世界ではいろいろな変化が予想される。すでに、ホームワーク、オンライン診療、オンライン授業などが始まっているが、デジタルを活用した第4次産業革命の進展は急ピッチで進むと予想される。

ポスト・コロナの社会思想も大きく変わるだろう。筆者が変化の兆しを実感したのは、英国ボリス・ジョンソン首相が退院後のスピーチで、「社会というものはあった」と発言したとことだ。サッチャーをはじめこれまでの英国保守党の伝統的な考え方は、「社会などはない、あるのは個人だけだ」という認識だっただけに、この変化(変わり身?)には驚かされた。

このように、ポスト・コロナの社会思想が、国にセーフティーネット充実や格差是正を求めて変化すると予想される中、ポピュリズム(大衆迎合主義)の広がりに冷静に対処しつつ、現実にセーフティーネットを高めていく政策を地道に模索していく必要がある。

ベーシックインカムは選択肢足りうるか

わが国では、今後も継続せざるを得なくなる可能性のある特別定額給付金の将来像をめぐる議論がきっかけになるかもしれない。政府はこの給付金の趣旨を、緊急事態宣言の下で「人々が連帯して一致団結し、見えざる敵との闘いという国難を克服するための簡素な仕組みで迅速かつ的確な家計への支援策」と説明している。経済対策ではなく連帯への支援という位置づけだ。

一方これまで新自由主義を掲げて現実に政治を動かしてきたタレントや学者は、この給付金の将来像について「継続的に発展させてベーシックインカム(Basic Income)へ」と主張し始めている。

そして課題である財源問題については、「国民の命を守るためには財源など考える必要はない」「国債発行日銀引き受けでやればいい」「人の命を救うのに財源を問題とするのはおかしい」などと、冷静な議論を許さないポピュリズムの言論が興隆し始めている。

しかし財源手当てを考えなければいずれ国家は破綻し、医療も介護も崩壊する。コロナ禍どころではないパニックとなり、国民の生命が危険にさらされる。

ベーシックインカムというのは、国家が無条件に(勤労しているかどうか、所得・資産の多寡にかかわらず)、最低限の生活を保障するための現金給付を行うという考え方である。

本来リベラル思想の系譜で提唱されてきたものだが、その後、社会保障制度をスリム化し規模の小さい政府を主張する新自由主義者からも主張されてきた。興味深いのは、最近では、フェイスブック創業者のザッカ―バーグ氏など、シリコンバレーの起業家も主張に加わり始めたことだ。AIの発達により国民の半分が失業した状況では、購買力(需要)が不足し、AIの発達は絵に描いた餅になるという認識からである。もっともシリコンバレーの起業家は、自ら所得をタックスヘイブンに移転させ租税を回避しており、国家が税金で国民の生活を保障すべきだという彼らの主張に対する賛同者は少ない。

ベーシックインカムを現実の政策とするための課題は2つある。一つは、勤労あるいは勤労モラルに与える影響で、人々の行動が怠惰になるかどうか、賃金がどう変化するかという点である。この点は欧米で社会実験が行われているが、今日までポジティブな結果は出ていない。素朴な疑問は、国民全員の生活が保障されれば、新型コロナウイルスに感染するリスクの高い運搬やごみ処理の仕事は誰がするのだろうかというものである。

二つ目は財源問題である。あくせく働かなくても生活できる費用が仮に一人当たり月10万円(年間120万円)とするならば、わが国では140兆円もの財源が必要になる。年金・介護・生活保護など社会保障費の一部を廃止して財源に充てるとベーシックインカム主張者はいうが、それだけでは足りず、現在の税収である60兆円との差額はあまりにも大きい。

わが国でベーシックインカムの提言を行って財源メニューを示しているエコノミスト原田泰氏の提言を見てみよう(『ベーシック・インカム』中公新書、2015年)。

氏は、「20歳以上人口の1492万人に月7万円(84万円)20歳未満人口の2260万人に月3万円(36万円)を支給する。必要な財源96.3兆円は、現行所得税の基礎控除は廃止して一律30%で課税するほか、社会保障や公共事業の一部を廃止する」として、以下の計算をしている。(数字は2012年のデータ、筆者要約、数値は原典のママ)

わが国の雇用者報酬と自営業の混合所得を合わせると256.5兆円で、一律30%課税をすれば77.3兆円の税収が得られる。現行所得税は廃止されるのでその税収13.9兆円は差し引いて、96.3-(77.3-13.9)=32.9(兆円)。これが財源の不足分である。老齢基礎年金(16.6兆円)、子ども手当(1.8兆円)、雇用保険(1.5兆円)の廃止で19.9兆円をまかなう。残りの不足分は、公共事業予算5兆円、中小企業対策費1兆円、農林水産業費1兆円、生活保護費1.9兆円、地方交付税交付金1兆円などの削減で賄うとしている。

公共事業など社会保障以外の費目の廃止も前提としているが、果たしてそれが可能だろうか。最大の問題は、中間層の負担がどうなるのかという点であるが、氏は、ほとんど変化はないと試算している。しかし、基礎控除なく30%の所得税を課して中間層の負担に変化がないはずはない。

ベーシックインカムの財源として、ヘリコプターマネーやMMT(Modern Monetary Theory、現代金融理論)を主張する者も出てきている。MMTの考え方は、政府と中央銀行の統合勘定を前提とするので、政府の国債発行残高のうち日銀保有分は帳消しとなる。また、わが国のように国内で国債を消化できる状況では、政府の借金の拡大は国民の資産の拡大と観念されるので、政府は緊縮財政を行う必要はなく、民間経済に貯蓄の余剰(カネ余り)があるかぎり、赤字を出すような経済政策が望ましいとされる。金融政策の有効性を否定し、すべては財政政策だということになる。

積極的財政政策をうたう点は、ケインズ主義と似ているが、財政赤字は貨幣の発行で埋めれば良いので継続可能だという点で異なっている。おおかたのエコノミスト、学者は「インフレが制御できなくなる」として反対している。筆者も、MMTの考え方で財政運営を行うと、たちまち市場の許容するインフレの範囲を超えて制御不能になってしまうと考える。

現実的な選択肢は給付付き税額控除

では今後継続の可能性も見込まれる特別定額給付金を、安易なポピュリズムに流されるベーシックインカムではなく、現実的な政策としてどう位置づけていくべきなのか。

それは、欧米で導入されている給付付き税額控除である。この制度は、勤労を条件に、低所得者には一定の減税・給付を行うもので、米国では勤労税額控除(Earned Income TaxEITC)、英国ではユニバーサルクレジット(Universal Credit)と呼ばれている。思想的には米国経済学者のフリードマン教授が唱えた「負の所得税」を起源としている。

東京財団政策研究所では、この制度についてたびたび提言を出してきた。

政策提言 「税と社会保障の一体化研究 ―給付つき税額控除制度の導入―」2008514日)

政策提言「給付付き税額控除 具体案の提言~バラマキではない『強い社会保障』実現に向けて~」(201084日) 

政府部内でも、これまでたびたび検討が行われてきた。200711月の税制調査会答申「抜本的な税制改革に向けた基本的考え方」には、「議論が進められていく必要がある」と書かれた。また2009年の所得税改正法附則第104条には、「給付付き税額控除の検討」が明記された。しかしその後の政権交代でうやむやになってしまった。

この制度を執行するためには、納税者一人一人の所得情報(税務情報)と給付を結びつけるインフラが必要になる。今回米国や英国のコロナ対策の現金給付が、本人の口座に直接給付する形でスピーディーに行われたのは、給付付き税額控除により、番号で国民全員の税情報(課税所得)と社会保障給付を一体的に運営する制度が導入されていたからである。

コロナ禍で所得の減少した勤労者への今後の対策としてこの制度は大変有効だ。今こそデジタル時代のセーフティーネットとして、この制度を本格的に検討する良い機会だ。

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